4日目ー0 飲んだくれは刃の香り
「あ――ッ! 美味しいッ! 魔法少女業のお礼で買ったビール最ッ高!!」
月瀬達が夢の中にいた頃、彼女らが住んでいる場所から数キロは離れた地点にて、一人酒盛りをしている女性が居た。
プルタブの開いたビールの缶を持ち、ブルーシートも敷かずにあぐらをかき、側にはスナック菓子やらプラスチックのパックに入った焼き鳥……これが芝生の上ならともかく、ビルの屋上であるから明らかに異常な光景である。
なお、現在時刻は深夜。カーテンなりブラインドなりで外からの闇をシャットアウトしている時間。その上彼女は十階はあるであろうビルの屋上に居るので、目撃できる者は居ない。したがって誰からも通報されないというわけだ。
「魔法少女の体は若くて可愛いけど、酔えないのが欠点なのよね~! 毒に強すぎるのも酒の前では欠点でしか無いわ!!」
その女性――茶髪のミディアムヘア、そして柄付きTシャツにジーンズ、スニーカーというどう見ても一般人にしか見えない格好をしている。年齢は二十代といったところか――はビールを煽るように飲み、「ぶはーっ!」とオッサンのような声とともに酒臭い息を吐き出した。
明らかに赤くなっているだけではなく、目が完全に座っているというどう見ても酔っ払いの表情。そのまま彼女はもう一度酒を煽ろうとして――。
「……あ、もう無くなっちゃった?」
彼女は上を向き、逆さまにした缶を振って落ちてきた水滴を舌で受け止めた。それを数回繰り返し、もう本当に何も残っていない事を確認すると、姿勢を直し、残念そうに缶を置く。
「すぅっっっごく久しぶりに飲めたのに……。またしばらくお預けかぁ……」
残ったつまみを一気に平らげ、彼女はスマホをつける。今の主流のものよりも遥かに古いそれは電池残量ゼロ、立っているアンテナもゼロ、繋がっているwifiも無いというのに、画面は巷で流行っているSNSを映し出していた。
それらの投稿を流し読みし、この辺りで緊急性の高いSOSを発している人が居ない事を確認した後に、女性は画面を画像フォルダに変える。
そこに写っていたのは、月瀬の家から一番近い場所にある交番。そして、一人の警察官と応対している二体の肉塊――この女性は知らない話だが、夏休み二日目にて、月瀬が少年を警察に預けた際に軽く触れられていたものだ――が写っている。この画像を貰った時に聞いたのだが、これは監視カメラに写っていたものらしい。
映っている警察官の表情に動揺は無く、何らかの洗脳か、幻覚を見ている事は見ただけでわかる。……また、この警官は行方不明になっていると聞いた。
「……はぁ、面倒ね……」
女性はスマホの電源を消し、空間に切れ込みを入れる。切れ込みの先が別の空間に繋がったが、それを確認する事無くスマホを放り投げた。スマホが別の空間に吸い込まれていったと同時に空間の切れ込みは消え失せ、女性が立ち上がる。
直後、女性の全身が光り輝いた。
数秒も経たずして、その場には別の女性が立っていた。
見た目は十代後半から二十代前半で、身長は先程よりも数センチ高い百六十センチ代後半。そして先程とは比べ物にならないくらいの豊満な胸――大体身長も胸も月瀬と同じくらいだ。
髪色は茶髪から美しい金髪へと変わっており、髪型も先ほどよりも長さが少しだけ短くなったミディアムヘアとサイドテールが両立した、コスプレや二次元以外で見かける事の無いもの。そして、その頭に乗っかっているのはシンプルなティアラ。
赤いリボンが揺れ、マントが風になびく。同じく風に揺られるその衣装は緑と白色を中心としたもの――多少のアレンジ加われど、シグニーミアとの色違いだ。
「あ~あ……。さっきまで気持ちよかったのにもう覚めちゃった。これだから魔法少女は……あっ、やばっ。ゴミ片付けないと」
彼女は慌ててしゃがみ、ビニール袋に缶やらスナック菓子の袋やらを詰め込む。
自分が居た痕跡を全て消去した後、ゴミ袋片手に再び立ち上がった。その顔からは赤みが消え、無駄のない動きからは完全に酔いが覚めきっている事がわかる。魔法少女の体は毒耐性が強すぎてアルコールだろうが薬だろうがあっという間に分解してしまうのだ。
彼女はそのまま遠くを見渡す。リボンやマントと同じ重厚感のある赤色の瞳がパトランプのような力強い光を宿した。……怒りや強い警戒を宿した目だ。
「……さて、殺るか」
そのまま彼女はビルの屋上を走り、ビルとビルの谷間を飛び越え、去っていった。
そう、月瀬の家がある方向へと。




