表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/62

3日目ー6 嵐の前の静けさ

 月瀬は数分前まで無かった空間の亀裂をじっくりと見る。正面から見たら存在がばっちりわかるのに、なぜか横や裏側から見たら認識すらできない。

 目の前に明らかに化学では説明できないものがあるという現実は月瀬の好奇心を多少興奮させたが、それよりも無断での行動に対しての不満が強い。

 言いたいことはいっぱいあるんですけど、という言葉を飲み込み、口を開く。


「……あの、そもそもそっちの拠点をわざわざうちに繋げる理由って何? うちに来たいなら玄関から来ればいい話じゃ……」

「シーニーがいつでも本拠点に帰れるようにする為なのね」


 その答えを聞いたと同時、不満の大半が消えた。

 せめて最初に相談してほしかったという思いは残っていたが、『まぁわりかし緊急時だし仕方ないか』『害がないならいいや』という結論を勝手に出して己を無理やり納得させた。


「あぁ……。気が向いて本拠点に戻った時、なんか思い出してくれたら……みたいな感じ?」

「そんな感じなのね。……そうだ、今からあなたも来てみる?」

「え、い、いいの!?」

「勿論なのよ! ついでに、おちび達が使わないもののなかで気になるものがあるなら持ってっていいのよ? シーニーの壊したものの埋め合わせをさせてほしいのよ。魔道具の小物とか、魔法について書かれた本とか、ここでは取れないであろう薬草とか、いぃ~っぱいあるのよ!」


 言い終えたと同時、イチェアがわざとらしくウィンクを一つ飛ばす。彼女の言葉は月瀬の心に残っていた不満を全て吹き飛ばし、好奇心で満たすのには十分すぎた。


 ***


 その後三人で食事休憩を済ませ、いつの間にか宅配ボックスに届いていたnewスマホの設定やら引き継ぎやらを済ませ、データを引き継ぎできなかったアプリに対して涙を流すなどしているうちに寝る時間になってしまっていた。


 そんなこんなで深夜少し手前の時刻。

 月瀬はパジャマ姿のままベッドに座っていた。

 その手にあるものは深い海のような青色をした手のひらサイズの剣の飾り。イチェア曰く、持ち主が魔力と願いを強く込めれば本物の長剣になるとの事。

 だが、月瀬には魔力が無いらしく、ただのおしゃれな小物でしかない。


「……いつまでそれ見てるの?」


 じっと見とれていたところ、すぐ隣から声をかけられ、正気に戻る。左を見るとムスッとした顔のシグニーミアが居た。


「あ、ああごめんね。……とても綺麗だなーって思って」

「綺麗?」

「うん。この刃の部分が……これが、とても、綺麗だなって……」


 細剣を模した飾りは、剣身の部分が透き通る青色であった。

 その深みのある青色は……大昔、母方の祖父母に連れられて訪れた水族館で見上げた水と光の融合した景色を連想させた。もう居ない母方の祖父母を想い、月瀬はそっと目を閉じる。目を開けていたら涙を封じ込めない。


 月瀬の様子がどこか変なのを感じとったのか、シグニーミアは不思議そうな表情を浮かべながらも無言のまま。

 いけない、そう思い月瀬はバレないように深呼吸する。

 心と目の奥に秘めた熱が落ち着いてきた頃、話を変えるべくシグニーミアの方を見やった。


「そういやミア……今日ずっとムスってしてたよね」

「え?」

「してたよ。あとテンションも声も低かった」

「そう……。気をつける」

「いや気をつけはしなくていいけど、何か嫌な事でも思い出しそうになったの……?」


 そこまでいい終えたところで、もしかしたら自分は言ってはいけない事を言ってしまったのでは? という疑問を抱く。

 やはり冷静ではない時に無理に話を振るものではない。数十秒前の自分の言動に後悔を抱きつつも、慌てて言葉を付け足した。


「あ、いやあの、答えたくないなら答えなくてもいいんだけどっ」


 シグニーミアは目を伏せた。不機嫌というよりは何か考え事をしているような顔。だからなのだろうか、彼女の長いまつ毛が光に当たり、キラキラとしている光景はどこか儚げで幻想的だ。


「……何も、思い出してない。……けど」

「けど? ――わっ!?」


 唐突な衝撃が二連で続いて、月瀬の口から思わず素っ頓狂な声が漏れる。どうやら自分はシグニーミアに抱きつかれた衝撃でベッドに倒れ込んでしまったらしい。

 唐突な行動に月瀬が目を丸くするも、シグニーミアは月瀬の胸に額をぐりぐりと押し付けながら、続きの言葉を紡いだ。


「……今日、全然話しかけてくれなくて、少し……なんか、胸が、ぎゅーってなった……ような……」


 背中に回された腕に力が込められたのがわかる。

 胸の奥がじんわりと不思議な暖かさを感じている一方で、月瀬は彼女を拾った日の事を思い返していた。

 彼女を拾って今日で三日目。良く言えば随分と慣れてくれた。少し微妙なニュアンスの言葉で言えば、距離の縮め方がとんでもなく早い。これは元々彼女がそういう気質だからなのだろうか。それとも……記憶喪失から生じる不安か。


 確かに、今日はほとんどシグニーミアと話していない。シグニーミアの記憶を取り戻すという名目で、イチェアの異世界話をずっと聞いていた。イチェアと月瀬の空間に混じっていく事ができず、一人さみしい思いをしていてもおかしくはない。

 一人話題についていけず、いたたまれなさを抱きながら消え去りたいと思った事は何度もある。月瀬は左手をシグニーミアの背中に回し、右手で彼女の頭を優しく撫でた。


「そうだね。今日はずっとイチェアちゃんと話してた。……ごめんねミア。あなたの記憶取り戻す手伝いって言っておきながら、あなたを放置してた」

「……わかってくれたならいい。ねぇツキセ、一緒に寝てもいい?」

「いつもと同じじゃん……。でも、いいよ」

「んふ」


 そのまま二人は一緒のベッドに寝転がり直し、そのままタオルケットをかけなおした。


 ――なんか、ずいぶんと甘えん坊になったな。なんでだろう。


 そのまま夢の世界に沈んでいくシグニーミアの背中を優しく叩きながら、月瀬は彼女を拾った日の夜を思い返す。

 あの時から今日までずっと、二人一緒のベッドで眠る日が続いている。このまま二人寝る日が続いてしまったら、いつか来るであろう一人寝に対して抵抗や寂しさを抱いてしまうかもしれない。

 だからそれよりも前に離れて眠るようになってほしいというのが本音なのだが……。


 ――いつかこの子とお別れの時が来る。情を抱きすぎちゃ駄目。……でも、ずっと隣に居てほしいよう、な……?


 随分と心を許すスピードが早いシグニーミアに戸惑いを抱く一方で、人のぬくもりに飢えた心が相反する本音を叩き出している。 

 そんな二つの気持ちに自分でも説明できない疑問を抱きながら、月瀬の意識は闇に沈んでいった。


 ***


 時刻は更に過ぎ、深夜一時を回った頃。イチェアは魔法少女達の本拠点に居た。

 白を中心とした清潔感のある部屋。丸テーブルや椅子などがあるこの空間は『ダイニングルーム』や『洋風の広間』という単語が近いのかもしれない。


「ねぇ、コヨは帰ってきたかしら?」


 壁に埋め込まれている棚に尋ねるも、帰って来るのは無言のみ。だが、それでもイチェアは理解したらしく「わかったのよ」と返事をする。


 そのまま彼女は己の目の前に青いウィンドウ――それこそ、なんちゃってヨーロッパな世界に転生しちゃった系の話でよくある「ステータス!」と叫べば出てきそうなやつ――を出現させ、指を滑らせる。そのまま画面はコウヨクなる相手とのチャット画面になり、イチェアは今日起きた事の箇条書きを記入し、送信した。


 ふぅ、と軽くため息をつく。そして、壁に刻まれている円の模様――魔法陣にはあまり見えない――へ指を伸ばすと、彼女は指先に集まった光をそこへと打ち込んだ。

 魔法を壁が受け止める。だが、穴やヒビの生まれる気配はどこにもない。それどころか、その模様がぼんやりと淡い光を発した。


「聞こえる? おちびなのよ」


 円の模様に向かって問いかけるイチェア。


《おうよ。シグニーミア見つかった?》


 十秒もせずに声が返ってきた。勿論、発生源は円の模様だ。

 その声は男性のもの――昨夜、イチェアと共に居た青年のもの――であった。相手の声も、イチェアの声も、日常会話かと思ってしまう程度には緊張感が無い。


「ええ。情報通りの場所に居たの。……だけど、様子がおかしいのよ。一緒に居た子は記憶喪失って言ってたのね。実際、おちびの事も覚えていないように見える。目の色も変わっていて……おちび達と離れ離れになった後、何かあったのは確かなのよ」

《目の色……そうか、訳ありなのはわかった。んで、そのシグニーミアはどうした? そこにはいなさそうだが》

「保護してくれた子と一緒に居るのね。そうそう、こっちの子も情報通り。身長があんたよりもちょっぴり低くて、紺色の髪が背中くらいまであって、おっぱいとお尻のおっきい子よ」

《改めて聞くとメルセントが目をつけそうな見た目だな……》

「いい加減あのクソスライム躾けてほしいのよ。それで……ごほん。魔力も覇気も感じなかった。どう見ても一般人なのよ。この件で一つ、お願いがあって……」

《休戦延長かー?》

「襲撃しに来てほしいのよ」


 時にして一瞬。非常に短い時間であったが、沈黙に支配された場を緊張感のあるものへと変換させるには十分すぎる時間であった。


《確かに休戦期間はシグニーミアが見つかるまでと決めていたが……様子おかしいんだろ? その上、魔法少女が一般人を危険に巻き込もうってか?》


 青年の声色に戸惑いが溶け込んでいる。イチェアは唇を、にっ、と歪ませると、自信満々な余裕のある表情を浮かべた。


「あら、気にしなくていーのよ。このあたり人少ないみたいだし……いつ来やがろうが、シーニーもその子も守れるのよ? カイネ」


 堂々とした態度は声にも出ていたらしく。通話口である模様からは《……ほう》という明らかに低く苛立った声が返ってくる。挑発が相手に伝わったのだ。

 イチェアは口元と目元を更に歪ませ、続きの言葉を待つ。


《いいだろう。その喧嘩買った。シグニーミアの様子見もかねて襲撃しにいってやんよ。覚悟しとけコラ》


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ