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3日目ー5 ここを拠点とするのね!

 ――これも魔法!? え、待って、ミアは……。


 月瀬は慌てて周囲を見渡した。

 そして、自分よりも圧倒的な数のリボンで雁字搦めにされたシグニーミアと、そんな彼女の前で仁王立ちしているイチェアを見つける。

 やはりこれはイチェアの魔法らしい。

 シグニーミアを無理やり連れて行く気らしく、シグニーミアを見上げるイチェアの瞳は――元からツリ目だが、更に――つり上がっており、憤怒の感情が伺える。


 一方のシグニーミアは、後ろ手で縛られるようにして雁字搦めになっているものの、イチェアを見つめ返すその表情はむすっとした子供そのもの。捕まった事に対する焦りなどは何一つ伺えない。

 だが、結構きつく縛られているらしく、リボンが小さく揺れると「ぐえ」という呻きを漏らした。


「言う事聞かない子はおいたしちゃうのよ! ちょっと苦しいだろうけど我慢しやがれなのよ! あ、月瀬さんは解放するのね」

「あ、どうも」


 その言葉と共に月瀬に絡みついたリボンがしゅるりと解け、危なげなく足が床に着地する。

 一方のシグニーミアは目の前でむすっとしたイチェアをじっと見つめていたが、やがて後ろで縛られている腕を「ぬう……ッ!」という力みのある吐息と共に動かす事を試みる。


「さ、このままおちびと帰るのよ。抵抗は無駄なのね。おちびのリボンがどれだけ頑丈か知……って……」


 刹那、イチェアの言葉が途切れ、大きく開かれた目はシグニーミアのみを映していた。

 それもそのはず。

 シグニーミアを縛っていた全てのリボンが解けるようにして地面に落ちたのだから。

 硬直。後に震えと形になっていない声。明らかに動揺しているイチェアの事を気にせず、軽やかに降り立つシグニーミア。やはりむすっとした表情を浮かべたままだ。


「――ッ!」


 刹那。イチェアは口元に力を込め、リビングに空間の亀裂をいくつも作った。

 月瀬が一回瞬きを終えた時、それら全てから伸びた赤リボンがシグニーミアに向かって勢いよく飛び出していき、再び雁字搦め――否、足の指先から口元までミイラのようなぐるぐる巻きにされてしまった。


「ん゛ー! んん゛ー!」

「っはぁ……。やるようになったじゃねーのねシーニー! やれるもんならこれも解いてみやがれなのよ!!」


 だが、シグニーミアがそのままイモムシのように体を前後にくねらせ、足と腕を中心にもぞもぞと動く事を試みる。

 ギ……ッとリボンとは思えない重い音が聞こえ、イチェアが唇をきゅっと結んだ。そして、まるで壊れかけたベッドのスプリング音みたいな音と共にシグニーミアの鈍い悲鳴が響く。イチェアがリボンの締め付けを強くしたらしい。

 シグニーミアの顔は赤みを増し、充血した目元からは今にも涙が零れそうだ。


 一方の月瀬は、そんな彼女から目を離すことができないでいた。心を埋めるのは、これからどうなってしまうのかと言った緊張と不安。

 自分とは何一つ関係ないのに、自分の心臓までリボンできつく締め付けられているような錯覚を覚え、耐えきれずにイチェアの元へ駆け寄った。


「あ、あの……すごく、苦しそうにしてるから……! そのっ、解いてあげて……っ!」

「いいえ月瀬さん。もうちょっと見ていてほしいのね。多分あの子……解くから」

「へ?」


 何を言っているのかわからないまま、月瀬は再度シグニーミアに視線を移す。

 するとどうだろうか。先程より顔に赤みを増した彼女であったが、全身をひねるように動くだけではなく、足首と手首をもぞもぞと動かしているではないか。

 月瀬の心臓が力強く鼓動する事数回。


「ん゛んぅ゛ぅうう゛ッ!!」


 シグニーミアはそんな力強いうめき声を発した後、地面に落ちるようにしてリボンの呪縛から逃げる事に成功した。

 それに少し遅れて、彼女の側にリボンの切れ端が花びらのように舞い降りる。切断部から察するに、何らかの力で――それこそ刃物のように――切ったらしい。


「ミアっ!」


 気がつくと、月瀬はシグニーミアの元まで全力で駆け寄っていた。崩れるように座っているシグニーミアは肩で息をしており、顔色も良いとは言い難いもの。

 混乱というデバフがかかった上、何をすればいいのかわからず背中をさすりながら「大丈夫!?」「ポ◯リ持ってこようか!?」などといった言葉をかけ、シグニーミアからの返答――首を振る事しかできていないが――を待つ事しかできない。


 一方で、シグニーミアを追い詰めた元凶であるイチェアはため息を一つついていた。


「はぁ……! ……前とは比べ物にならないくらい力が強くなっているのね。シーニー、あなた、変な事したか、変な事に巻き込まれたでしょ」

「しら……っ、っはぁ、ない……っ!」

「ああ……バカイネが大喜びするのが目に見えるのね……」


 呆れ口調のイチェアであったが、そんなシグニーミアの元に寄り添うようにしゃがみ込み、彼女へ手をかざす。そして、手から緑色の淡い光の玉を出した。

 どうやらそれは回復魔法のようで、シグニーミアの顔がいつもの健康な色へ戻り、息も平常なものへと戻っていく。

 ふぅ、とシグニーミアが一息つくと、イチェアは彼女の顔を覗き込んだ。


「シーニー、先程はごめんなさいなのよ。苦しかったでしょう?」

「うう゛……」


 片目に涙を見せ、恨めしそうな表情で見上げるシグニーミア。


「……ねぇ、本拠点に戻りたくないのよね? 理由を聞かせてほしいのよ」


 静かに、だが温かみのある声でイチェアが問いかける。眉を下げた表情は、彼女が本気で心配している事を月瀬に悟らせた。

 シグニーミアは困惑した表情でイチェアを見上げる。自分よりも小さい彼女を見上げる二色の瞳は小さく震えていて、まるで怯えている子供のよう。


 そして、そんなシグニーミアを見つめ返すイチェアは唇をぎゅっと結んでいて、こちらもまた何かしらの非常に強い感情を漏らしてしまわぬよう堪えているのがわかる。

 明らかに不必要な声をかけてはいけない状況。

 呼吸まで我慢しなくてはいけないような錯覚を得る程緊迫した空気が続く中、シグニーミアが小さく開く。


「……めいわく、かけたから……」


 刹那、イチェアの瞳が強く震えた。


「初めてあったとき、ツキセのもの壊した。きのうも、壊した。……やっちゃいけない事、いっぱいした……。でも、ツキセは許してくれた。色々教えてくれた……! ワタシ、ここに居る。ツキセといっしょに居るの、楽しい、ここに居たい……!」


 そう、言葉を吐き出すシグニーミア。その隣で月瀬も目を大きく開く。

 確かにシグニーミアはやってきた時から毎日一回は問題を起こしていたが、会話の成立する頻度に比例して、凶暴さが減っていった。


 ――楽しい? ここに、居たい……? ミアが……魔法少女が……私と一緒に、居たい、って……?


 出会いと巻き込まれた出来事の数々こそあれど、憧れていた魔法少女と出会い、ここに居たいと言ってくれた。こんな夢みたいな出来事が存在するのだろうか。

 月瀬の視線はシグニーミアから外せなくなっており、気がつくと頬をつねっていた。痛みが走ったのは言うまでもない。


「もの壊したことへの反省半分、楽しさ半分ってとこなのね……? ……まぁ確かに、一方的に迷惑かけてトンズラなんて魔法少女のすべき事じゃあないけど……」


 一方、イチェアは難しそうに「ん゛~~~~……」と唸っていた。眉間にシワができてしまう目を強くつむり、腕をしっかりと組んだ状態で首を何度も捻っている。

 やがて、彼女は小さなため息と共に口を開く。その視線は月瀬へ向けられていて、思わず月瀬も彼女を見やった。


「……月瀬さん、さっきおちびはシーニーを連れて帰るって言ったのよね」

「う、うん。……まさか」

「そのまさかなのね。さっき言ったことは撤回するの。……おちび達の本拠点と、この家を繋げさせてほしいのよ!」

「うんわか――ん? 待って!? どういう意味!?」

「こういう事なのよっ!」


 月瀬に背を向けたイチェアが空中に丸を描くようにして空間を切り裂く。

 何も無いはずのところに丸く切られた傷跡のような模様が出現し、数秒たらずで円の内側が見たこと無いとてもファンシーな空間へと切り替わる。まるで額縁のようだ。

 ぽかんとしている月瀬をよそに、イチェアが説明を始めた。


「この先にあるのはおちび達の本拠点。おちび達魔法少女が体を休めたり、今まで通ってきた世界で集めたりもらったりしてきたものの保管所なのね」


 イチェアがくるりと片足を軸に回転し、月瀬の方を振り向く。そのまま見上げてきた顔は、自信満々といった様子そのもの。


「どうかしら月瀬さん。このお家と本拠点を結ぶ権利をくださいなのね?」


 シグニーミアの居候延長は予想していたが、まさか魔法少女の本拠点と我が家を結ぶことになるなど誰が予想できただろうか。

 予想のよの字もできていなかった展開に月瀬は大きく開いた口を防げずにいた。


 これから自分の生活に魔法少女達が食い込む頻度が増えるのだろうか?

 この夢みたいな状態はいつまで続くのか?

 そもそも魔法少女なんてシグニーミアが居れば十分ではないか?

 この状況を放置し続けたらいつか様子見に来るであろう祖母に何か言われるのでは?

 様々な疑問が月瀬の頭の中をエアー抽選機に入ったくじの如く飛び回る。


 やがて口周りの筋肉が疲労を訴え始めた頃、月瀬は一番重要な疑問が何かを理解し、すぐさま声に変換した。


「その、一つ聞いていい?」

「勿論」

「私に拒否権ある?」

「無いのよ♡」


 非常に可愛らしい笑みと甘えるような声は、小悪魔を連想させるものであった。


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