プロローグ
時期は7月下旬。終業式が終わり狂喜乱舞するクラスメイト達の声を聞き流しながら帰路について数十分。
額から滴り落ちる汗を拳で拭いながら青蜂月瀬はアスファルトの上を歩いていた。上を見やれば太陽が有り余るパワーを降り撒き、東西南北すべての方向からはセミの大合唱が耳をつんざき、足元に視線を落とせば干からびた虫の死体と目が合う。おまけに車の少ない道路からは蜃気楼の微笑む気配がする。ただでさえ真夏日並の気温が更に高く感じてしまい、無意識のうちにクソデカため息が零れ落ちてしまった。
――おかしい……。ここは日本であって赤道直下の国じゃないはず……。
そんな事を考えながら、カバンに潜めていたスポーツドリンクを一口飲む。朝に冷凍庫から取り出したものなのにもう半分以上溶けていた。おかげで包んでいたタオルがじっとりと湿っている。冷たさを気力に変換したところで、さぁさっさと帰ろうそして着替えよう家は近くだと前を見やる。
魔法少女が落ちていた。
熱中症ガチャで幻覚を引かされたのかもしれない。月瀬はもう一口スポーツドリンクを飲んで、まだちょっと冷たいペットボトルを首に当て、目元をこすり、再度同じ場所を見やった。
ピンクの魔法少女が倒れていた。道のど真ん中に。仰向けで。
「……生き、てる? あ、あの。大丈夫、ですか……?」
恐る恐る近づいてしゃがみこんだ。そっとその子の肩に触れ、それが幻覚ではない事を胸に刻み込む。そして、かすかにだが胸が上下している事を確認し、安堵の息を漏らした。……が、それもつかの間。その子が平熱とはとても思えない表面温度を宿していることに気が付き。
「あっつ! 熱やば! 死ぬって!! ヤバイヤバイこのままじゃ死ぬ死ぬな生きろ生きてくれ頼むから名も知らんコスプレイヤーさぁああぁあっぁああん!!!」
鳥や虫も拒絶する程度にはほっかほっかなコンクリートに横たわっていたらそりゃあ熱くもなる。女子高生特有の騒ぎ声を撒き散らしながら先ほどまで飲んでいたスポーツドリンクを口の中に無理やり突っ込んだ。この際間接キスになってしまうがそんな事言ってられる場合ではない。ちなみに救急車を呼ぶという選択肢は頭の中からすっぽ抜けていた。
「ごぼ……縺」縺、舌?√≦……!?」
力なく閉じていた魔法少女の目元に力が籠もり、喉が上下する。口に入りきらなかった水分が溢れ、衣装とアスファルトにシミをいくつも作ったところで、魔法少女が盛大に咳き込み、力無く立ち上がった。月瀬の手にしたスポーツドリンクの中でコロンとまだ凍ってる部分が転がる。
上体を起こした魔法少女は盛大にげほごほと咳き込み、ひとしきり肩を揺らしたところでゆっくりと目を開いた。コスプレか二次元の世界でしかお目にかかれないピンクと赤のオッドアイが現れ、警戒を宿した視線が月瀬を貫く。本来はピンクを主体とした可愛らしいはずの衣装が赤と茶に汚れ、ところどころ破れている部分から傷口――擦り傷などではない。火傷の跡と、乾いているとはいえ生々しさの残る深い切り傷――が覗き見える事すら気にせずに、だ。
「あなた今死にかけて――って怪我してる! 手当するから家来て! 歩いてすぐだから!」
「縺医?√、≠縲√……∴?」
日常生活でならまず見ないであろうグロい傷口が与えた恐怖が――暑さも相まって――頭から正常な思考回路を完全に追い出し、とにかく早く目の前の怪我人をなんとかする事でいっぱいいっぱいになっていた。
慌てて魔法少女の手を引っ張るようにして立ち上がらせ、そのまま二人走ってその場を後にする。
なお、『倒れていた怪我人(しかも熱中症疑惑あり)をいきなり立たせて走らせるなんてかなり過酷な事してしまったんじゃ』という気づきを得たのは、帰宅して一息ついた後であった。