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3日目-3 魔法少女と敵は、だいたい仲良し

「諸事情あってね。おちび達は敵達と色んな世界を旅しながら殴り合っているの」

「た、旅? すいませんどういう事ですか……?」

「そのままの意味なのね。敵共が迷い込んだ世界で暴れてるから、おちび達が追いかけてとっちめるってのを続けているの」


 口を開いたイチェアの放った言葉は、最初こそ月瀬に戸惑いを与えたものの、内容としてはよくある魔法少女もののストーリーを連想させるものだった。

 暴れる敵と、彼らを止める魔法少女。


 では、この地球にも敵というのは来ているのか? 昨日見た怪物達はその敵がばらまいたりしたからなのか? そんな疑問が喉元まで上がったが、口に出そうになるのをぐっと堪える。

 今優先すべきなのは、シグニーミアの記憶回復に繋がるであろう思い出話を聞くことだ。


「それは……敵が自分達の住む世界にやってきて暴れたから追い払ったけど、何らかの事情で追いかけ続けなきゃいけなくなった……って感じ?」

「大体あっているのよ。おちび達はね――」


 そんな切り口で語り始めたイチェア達魔法少女の行いを簡単にまとめたのが以下だ。


 一:魔法少女達が敵を追いかけて別の世界に行く。

 二:たどり着いた世界で敵が悪さ(住民に危害を加えるなど)をこっそり始める。

 三:住民が困っているのを聞きつけた魔法少女達が対処&敵をしばきに行く。

 四:敵の拠点を見つけ、拠点を破壊&敵をしばく。

 五:敵が別の世界へ逃げるので追いかける(一に戻る)。


 このように、ずっと魔法少女と敵たちは追いかけっこをし続けていたらしい。だが、時々例外もあったとか。


「逃げられる前にコテンパンにやっつけたりとかしないの?」

「毎回毎回コテンパンにやっつけてるのよ! でも、あいつら回復するのすぅっごく速いの! しかも倒し方が気に食わないからまた倒しに来いみたいな事言ってすーぐどっか行っちゃうのね!」

「それは……面倒だね」

「そうなのね! 本当に面倒な連中なのよ!」


 月瀬の質問に怒りを露わにするイチェア。だが、なぜだろうか、目はつり上がっているものの本気で怒っているようには見えない。小さい子だからなんでも可愛く見えるだけだろうか。

 一方で月瀬はイチェアの言っていた事を心の中で反芻していた。『倒し方が気に食わないからまた倒しに来い』。なぜだろうか、この敵からは厄介オタクの気配がする。詳細を聞こうとする唇に力を込め、堪えた。


「そんなこんなでおちび達は色々な世界を巡ってきたのよ! そーねぇ印象的なのは……」


 そう言ってイチェアは色々な世界の話をしてくれた。

 歌う事によって気持ちを通わせるのが常識の世界に迷い込み、敵側の総大将が住民洗脳ソングを歌ってしまい魔法少女達が全力でボコりにいった話。

 大災害が起きたばっかりの世界に迷い込み、復興の手伝いをした話。

 非常に殺伐としている上ほぼ全ての住民に人権が無い荒廃した世界に迷い込み、魔法少女達が搾取されそうになったので慌てて逃げた話……。


 イチェアは楽しそうだったり、逆に明らかに不満げだったり、非常に淡々とした様子だったりとコロコロ表情を変えながら語りを続けている。彼女の表情と抑揚のある声色は月瀬の想像を具体的にするのに大いに貢献し、封印していた非現実に憧れる心に灯りをともしていく。


 そんな話を聞きながら何度かお茶を追加で淹れたり、おかしを出したりしているうちに数十分が経過。

 気がつくと月瀬は話に夢中になっており、瞳は強い光が宿っていた。

 それはまさに、シグニーミアの記憶を引き出すという本来の目的を忘れてしまう程に。


「あ、あの、質問いい?」

「どうぞなのよ」

「なんか話を聞いていると、毎回敵を倒しているようには聞こえなくって……私の気のせいかな?」

「気のせいじゃないのよ。カイネの望んでいる事は『魔法少女達によってなんかいい感じに倒される事』なのよ。だから、この世界は油断すると全員死ぬかも……って世界に迷い込んだらさっさとトンズラするのね。それでおちび達も後を追っかけるのよ。……あ、カイネってのは敵の総大将の事なのよ。ケツのしばきがいがある男ね」

「お尻しばいた事あるんだ……」

「ええ。結構弾力のあるいいケツしているのよあいつ」

「そ、そうなんだ……」


 カイネというのがどんな外見なのか知らないが、『魔法少女達によってなんかいい感じに倒される事を望んでいる男性』という言葉のせいで、幼女に尻を叩かれて喜んでいる成人男性を連想してしまう。


 ――いやいやいやいや。いくらなんでもドMって結びつけるのは止めよう。全然知らない人だぞ自分……。


 月瀬は目を閉じ、頭に浮かび上がった変な想像を心の中で追い払った。

 一方、月瀬の目の前に座るイチェアが羊羹を一切れ口に入れ、静かに目を輝かせる。


「あと、『互いに戦っている場合じゃねぇ!』ってなった時は一旦休戦している時もあるのね」

「休戦!? ……って、その、敵側と?」

「勿論なのよ。その後はだいたい協力や共闘なのね」


 敵との共闘……戦闘要素の強い話に惹かれた者なら間違いなく心踊る単語。

 それは月瀬も例外ではなく、肩がぴくりと動き、瞳は星空を映したかの如く光り輝いた。隣で暇そうにかつどこか不満げにしているシグニーミアとは対照的だ。


「それって……迷い込んだ世界で敵側よりも強い存在が住民に迷惑振りまいていたとか、それで一時的に魔法少女達と敵側が共闘したとかっ……そういう!?」

「ははーん。さてはあなた、敵との共闘が好きなのね?」

「うん……!」


 月瀬の考えを見透かす様に、イチェアがむふんと微笑む。その一方で、月瀬の瞳に更なる光が宿った。物語に夢中になる子供の瞳だ。


「あなたのご想像通り、何回かあったのよ。世界的ヒーローを真似た怪物が暴れていた世界、住民が溶けてゆく世界、願いが歪な形で叶えられてゆく世界……全部、共闘したのね」


 話を続けるイチェアは、ぐいぐい来る月瀬に対して顔色一つ変えない。

 その代わり、もう一人の魔法少女であるシグニーミアを見て、寂しそうに眉尻を下げた。当然だ。彼女の記憶を思い出させる試みとして昔話をしているのに、当の本人は暇そうにぼーっと天井の角を見つめるのみなのだから。


 何らかの反応を見せる気配はおろか、話の内容に興味を持つ素振りすらない。そんなシグニーミアを見ていたイチェアだったが、やがて彼女は月瀬達にギリギリ聞こえないくらいのため息を一つ吐き、視線をシグニーミアから月瀬に戻した。


「そうね、比較的最近の話だと……子供だけに聞こえる不協和音が流れている世界があったのね。でもその世界は大人しか魔法が使えなくって……無力な子供が発狂してしまう場所だったの。

 それで、元凶の特定までしたところでシーニーがやられちゃって、もう一人の魔法少女だけじゃ手が足りなくて」

「もう一人居るの!?」

「ええ。合流したら紹介するのよ。それで……敵側に事情を説明して共闘した事があるのよ。おちびはその時シーニーの介抱していたから具体的にどんな事していたのかは説明できないけど……。ねぇシーニー、覚えている? あなた、トランペットで頭吹っ飛ばされかけたのよ」


 改めてイチェアがシグニーミアを見やる。つられて月瀬も視線をシグニーミアに視線を移した。

 だが、当のシグニーミアは視線を天井からイチェアに戻した。どうやら話は聞いていたらしく、少し考えた様子を見せるも、首を左右に振るばかり。


「……覚えてない」

「そう……」


 一方の月瀬は、トランペットで頭を吹っ飛ばされかけたというパワーワードが気になっていたのだが、唐突に空気が重くなった事、そして本来の目的はシグニーミアの記憶を思い出させる事を思い出し、何も言えずにいた。


 ――その後どうなったのかものすごく聞きたい。でも、でもっ、聞ける空気じゃない……!


 唇に力を込め、イチェアとシグニーミアを交互に見る。この空気に対する困惑半分、話の続きが聞きたいという願い半分の意思を込めておろおろしていたら、月瀬の様子に気がついたらしいイチェアが口を開いてくれた。


「ああ、そのトランペット吹いてた子は、敵共とうちのもう一人の魔法少女と、現地の子が協力してなんとかしたのよ。……だけど、どうもカイネのやつが目をつけていたようでね……無力化した後に口説いて仲間に引き入れやがったのよあいつ」

「口説いたの!?」

「そーよ。おかげで見事な信者に成長しやがったのね」

「……それ、協力したもう一人の魔法少女さん怒らなかった? あなた達も……」

「んー。まぁ、思うところは結構あるけど、複雑な事情もあったし、敵が増えたらその分殴ればいいや? って感じになってたのね」

「へ、へぇ……」

 

 複雑な事情というのは話すと長くなるタイプのものか、それとも部外者にはこれ以上話せないという暗黙の思いが込められているのか。


 ――下手に突っ込まない方がいいやつかな、これ。


 判断する時間を貰うまでもない。きっと後者だろう。これまでの人生経験から、月瀬はとっさに判断する。


 月瀬はちらりと時計を見た。アナログのそれはイチェアを招いてから一時間半が経過しようとしている事を指している。初対面の客が滞在するには長い時間だ。

 本物の魔法少女が現れてくれた上に武勇伝――武勇伝とは言い難いものも結構あったが――をいくつも語ってくれた。初対面の月瀬に対して。一時間以上も。これこそが奇跡だったのだ。


 ――もういい時間だ。……潮時かな。話の流れ的にも……。


 聞きたいことは山程ある。だが、相手の事情や予定もあるだろう。これ以上根掘り葉掘り聞かない方がいい。

 だから、いい感じに会話を終わらして、この後どうするか聞いて、その答えによってどうするか身の振り方を考えなくてはいけない。


 だけど、それはこの時間を終えなくてはいけないという事でもあって。夢物語の世界から現実に引き戻された感覚がして。


 ――ああ、やだな。


 どこか、寂しかった。


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