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3日目-2 魔法少女の謝罪は現金で

 そんなこんなで、シグニーミアの仲間を名乗る幼女魔法少女・イチェアを招き入れてから五分程が経ち、お茶やら高級茶菓子やら――祖母用に買ってあったやつがあって助かった――を出した頃。彼女が口を開いた。


「改めまして、わたしはイチェア。シグニーミアの仲間の一人なの。綺麗なお姉さん、あなたのお名前を聞いてもいいかしら?」

「あ、わ、私は青蜂月瀬」

「せいぼーつきせさん……覚えたのよ。じゃあ早速だけど、月瀬さん、あの子の仲間兼保護者代理としてお礼申し上げるの。保護してくれてありがとう。お礼にこれあげるの」

「え? あ、ありがとう」


 四人は座れるであろうダイニングテーブルにて、月瀬の正面に座ったイチェアはどこからか取り出したものを月瀬の前に差し出す。

 それは、親指程の大きさの小瓶であった。中には空のような青い光を放つ石が一つ入っている。


 それは昨日シグニーミアから一時的に借りたペンダントと同様、見ているだけで吸い込まれそうな錯覚を覚えた。それだけではない。落ち着くような、心が安らぐ感覚もする。


「これはお守りなのよ。気休め程度だけど、もし辛くなった時とかにこれに想いを込めれば、大体の悪いものは追い払えるの」

「よくわからないけど凄い……。ありがとう」


 嬉しさを少し顔に出しながら――本人は完全に隠しきっているつもりである――貰ったものを近くのタンスに仕舞おうとしている月瀬の横で、シグニーミアはつまんなさそうに羊羹を食べていた。

 イチェアはそんな様子のシグニーミアをどこか寂しそうな目で見ていたが、やがて出されたお茶をじっと見つめ、そっと手に取って飲み始める。

 彼女が一息つくと、戻ってきた月瀬に疑問をぶつけた。


「ところであなた、シーニーの事をミアって呼んでいるのね?」

「うん。……その、シーニーってのもあだ名なんだよね?」

「ええ。他の子が呼んでいたのを真似したのよ。……あ、そうだあなた、おちび……わたしに質問とかあると思うの。答えられる範囲なら答えるのよ。勿論、その子について知っていることも答えるのね」

「いいの!?」

「勿論なのよ」


 刹那、月瀬の頭の中に数え切れない程の質問が思い浮かぶ。

 シグニーミアは何者なのか、あなたも魔法が使えるのか、衣装がメイド風だが本当にメイドなのか、なぜ一人称がおちびなのか、なぜシグニーミアは私の前に現れたのか――。

 唇をきゅっと噛み締め、頭の中で勝手に浮かんでは毛糸玉の如くこんがらがっていく質問を一個ずつ解き、整理していく。

 最初に言葉になったのは、かつての魔法少女への憧れを言語化したものだった。


「あ、あなたも魔法少女……なんだよね。あなたとミアはどんな魔法少女なの? 悪い奴と戦うタイプとか、それとも困ってる人を助けるタイプとか、そんな感じの……」

「両方なのよ。今までいくつもの世界を渡って、数え切れないほどの人助けをしてきたのよ。勿論、悪いやつにお仕置きしたりだってしたんだから!」

「じゃあ、魔法も使ったの?」

「勿論なのよ。せっかくだし、魔法少女らしく披露しましょーか?」

「み、見せてくれるの!?」

「簡単なものならいいのよ。そーねぇ、じゃあ、こんなのはどう?」


 イチェアが人差し指を立てると、彼女の指先に粒が凝縮されたような光の玉が出現した。彼女は指先で円を描くようにくるりと動かすと、シャラランと小さな音が鳴り、指先の軌跡を描くように光の道しるべができる。


 これは一体何の魔法だろう。期待に胸を踊らせながら月瀬がイチェアを観察するも、何も起きない。


「……えっと……今のは?」

「ああ、地味な魔法だからわかりにくかったわよね。もういっちょ」


 再び指先で円を描くイチェア。だが、やはり変化は《……せ……ん》


 ――もしかして魔法少女な《……月瀬ちゃん……》ハッタリ……?


 不安になった月瀬がそんな事を思《……月瀬ちゃん……》た時。

 シグニーミアでもイチェアのでもない声がする事にようやく気がついた。

 声の高さからして年老いた女性のものだろうか? だがこの家に魔法少女以外の誰かを招き入れた覚えなど無い。


 心霊現象か、それとも不法侵入者か。唐突に怖くなり――急に大きくなった心臓の音が余計に恐怖を煽る――小さく震えながらどこから発せられているのかと周囲をよく見渡す。


「あっち見るのよ。あっちの壁」

「へ? ――ひぃッ!?」

《月瀬ちゃん……》


 イチェアの指さした方を見てみると、なんと、壁にうっすらと大きな唇――色は壁紙と同じ古ぼけた白色。ただし横に一メートルはありそうな巨大唇。しかも見た目がだいぶリアル――が浮かんでいるではないか!

 月瀬は思わず悲鳴を上げかけた。ファンシーな魔法少女が壁に唇を浮かばせてくるなんてどうして想像できようか。


「もう少しファンシーにすればよかったかしら? ……まぁいっか。おちびができる事の一つに、『物体への干渉』があるのよ。魔法で操ったり、情報とかを聞いたり……。これもその一つ。最初はただ喋れるようにしただけなんだけど、月瀬さんわかってなかったみたいだから、とりあえず唇っぽい演出つけてみたのよ」


 そんな事を言っているが、怖いものは怖い。

 なお、シグニーミアは素知らぬ顔で皿に盛られた羊羹を頬張るばかり。何かしらの反応を見せる様子は欠片もない。


「ねぇあなた、どうせなら月瀬さんに何か言ってみたら? 不満なり感謝なり、何かあるでしょう?」


 イチェアが壁唇に向かって問いかけると、相手(?)は「ぁ……う……」とまごまごした様子を見せた。そして数秒ほどして、再度ゆっくりと唇を開く。


《月瀬ちゃん……学校から帰ってきた時に、カバンをカーリングの玉みたいに投げるのはおよしなさい……。カバンの底擦れてるのアレのせいだよ……》

「ッわぁあああぁああぁあああああああああああああ!?」


 刹那。月瀬は無意識のうちに壁唇の声をかき消すかのごとく大声を張り上げていた。

 そこそこ慣れた一人暮らし。普段から綺麗にしておくようにこそ心がけているものの、誰も居ないのを良いことにはっちゃけていたのをこんな形で――しかも可愛い可愛い魔法少女ズが居る前で――暴露されるのは拷問でしかない。

 一方、魔法少女ズは揃って肩を震わせていた。二人共、月瀬の素っ頓狂な声に驚いたのだろう。


「いっ、いいの! カバン壊されたし!!」

《ああ……その子が壊してたね……》


 刹那、イチェアが固まる。数回瞬きできる時間が流れ、彼女はゆっくりと月瀬を見上げた。

 灰紫の三白眼が震えていたのはきっと気のせいではないだろう。


「え、待って。その子って……シーニー……?」

「あっ」

《そうだよ……》


 月瀬は一瞬誤魔化そうか考えたが、それよりも早く壁唇が肯定をしていた。

 顔を強張らせたイチェアは月瀬を見て、続いてシグニーミアを見た。彼女が気まずそうに頷くのを見届け、再び月瀬に視線を移す。非常に素早い動きで。


「こっ、この子、他に迷惑かけてないのねッ!?」

「……もの、壊されました。スマホと、玄関の鍵も……」


 再び硬直するイチェア。少しして再度シグニーミアの方を見る。

 先ほどと同様、気まずそうに頷くのを見届けると、イチェアは人差し指で空中を切った。指先が触れたところに空間の割れ目――としか言いようがない。切り口を横に広げたような裂け目――に片腕を突っ込む。

 そのままもぞもぞと数秒経過。何かを握った状態で割れ目から腕を引っこ抜く。


 そして、椅子から降りた彼女は月瀬の側までやってきて、頭を下げた状態でそれを差し出した。

 直後、月瀬の目が大きく開かれる。

 なぜなら……名刺を渡すかのように両手に持たれたそれは、二つに折られた千円札であったからだ。


「……絶対、足りないと思うけど、今はこれしかなくって……なんとかして、この子が壊した分、弁償……しま、す……」

「いっいやいやいやまって! 待って! 受け取れないっ! 流石に受け取れませんって!!」

「でもっ、スマホ? っての、かなり高いって聞いたし……っ。お家の鍵だって……!」

「いやいやいやいやもう解決した事なので! 新しいのもう買っちゃったので!」


 震える手でイチェアが差し出してきたそれをテンパリながらも拒否をする。月瀬より頭一つ以上小さいちびっこから金銭など受け取れないととっさに判断した、という方が正しい。

 だが、イチェアは月瀬の手に千円札を押し付けてくる。


 ――まずい。何がまずいのかよくわかんないけどまずい。


 早くこの状況をなんとかしなくては――心拍数の上がる心臓が精神を追い詰めてくる。そんな中、手段を思いついたと共に月瀬の口は動いていた。


「じゃ、じゃあっ、あのっ、あなた魔法少女なんですよね!? どんな感じだったのか教えて下さい! それでミアが壊した分チャラって事で!」

「え? そ、それくらいならいい、けど……」

「え。ツキセ、家事して払えって――」

「ちょっとミア黙ろうか」


 とっさに振り向きシグニーミアの口を塞ぐ月瀬。シグニーミアの表情が明らかにむすっとしたものになったが、気付かないフリをした。

 口を塞いだままイチェアの方へ顔を向ける。彼女もまた居心地悪そうな表情を浮かべたままだ。


「それでそのっ、魔法少女なんてミア以外に会ったの初めてでっ、何やってたのかとか気になってるんです! あ、あああああと、この子記憶無いみたいだから思い出す手がかりになればなって思って!」

「ああ、そういう……なら、喜んで語るのね。何から語ろうかしら……」


 イチェアが明らかにほっとした表情になるのを見届け、つられて少しだけ安心する月瀬。イチェアが千円札を引っ込めたのを確認すると同時に、月瀬はシグニーミアの口から手を離した。

 やがてイチェアは元の席まで戻り、お人形のようにちょこんと座る。そのまま口元に指を当て、そっと目を閉じた。


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