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2日目ー8 ただのラスボスと、魔法少女なのね

 それから数時間。夜の帳が降りた頃。

 建物が修復された商店街のとある一角にて、男女が合計五人居た。五人のうち三人は数時間前に商店街でスプレー缶片手に好き勝手した男達。ただし、その中の一人は意識を失った状態で倒れている。

 そして、その男達ははらはらとした様子で、倒れている仲間と、彼の側で立膝になっている青年を交互に見ていた。


「な、なぁ。ちゃんと生き返るんだよな?」

「大丈夫だ。今入れる」


 震え声を抑えきれない男の問いに答えたのは、彼が見たことない男――夏だというのに、淡い青緑のコートを羽織り、ワイシャツの上にボディ用ハーネスを巻き付けている不思議な美青年――だ。


「ほらね? おちびの見立ての通りなの」


 建物によりかかったままウィンク一つ零したのは、赤と黒を中心としたメイドロリータ衣装の美幼女――こちらも、男達の知らない存在――である。

 ツリ目気味な三白眼の彼女は独特の可愛さを持ち合わせているのだが、纏う雰囲気は明らかに大人びたもの。呼吸を止めたまま倒れている男を前に動揺する様子を欠片も見せない、それどころかくすりと笑っているその様子は異質そのものだ。


「お願いします生き返らせてください! 俺等にできる事なら何でもするから……!」

「うっせーの! 静かにするのね!」

「おめーが一番うっせぇぞちびすけ。あとそこ、自分を安売りするな! ろくでもないのに目をつけられるぞ!」


 男の一人が放った懇願に、ちびすけと呼ばれた幼女が食って掛かり、それを青年が制止する。一陣の風が吹き、青年の羽織っているコートがふわりと揺れた。

 立膝の青年の前には、男達の仲間の一人が地面に寝っ転がっている。

 青年が口の中で日本語には聞こえない言葉を紡ぎ、彼の手元にあるどこか濁った色の光を倒れた男の胸元に押し込むように手を動かす。


 光が男の胸に吸い込まれてから十数秒立たずして、倒れている男が小さく呻き、目を開く。と、同時に男二人の歓声が上がり、倒れた男の側へ駆け寄った。


「あ……? お、俺、たち、あの化け物……やられた、んじゃ……」

「生き返らせてくれたんだよこの人が!!」

「そうだぞ感謝しろ! こんな経験二度とねぇよ! あってたまるかだけど!!」


 喜びのままに騒ぐ男共の後ろで青年が立ち上がり、両手で膝についていた土埃やらを払いのける。


「詳細は省くが、お前達の記憶を読み取ってそれらしい体を作り、その中にお前達の魂をねじ込んだ。だから蘇生と言えるかは怪しいな。複製の方が近い」

「あんた達の体腐ってたのよ。どろっどろのくっさ~い体でいいなら今からでもやり直すのよ? こいつがね」


 刹那。騒ぎ声と男たちの顔に浮かんでいた歓喜の表情が消失する。

 体が腐っていた。その事実に男達の体が強張り、自分の体に変なところが無いか触れて見ての確認作業を慌てて始めた。青年と幼女の「ざけんなおめーがやれ」「いやなのよー」という軽いやりとりさえも耳に入っていない様子である。


「俺は元々のお前達の容姿を知らんが、その反応なら外見は問題無さそうだな。……ああ、中身はうまく再現できているかわからない。鑑定魔法当てられないように注意しろよ。一発で人外だってバレる」

「この世界鑑定魔法無さそうなのよ」

「マジ? まぁ取り敢えず、体掻っ捌かれないように注意しとけ」

「されてたまるかよそんなん!」


 肉体の確認を終えたらしい男の一人が睨みながら声を張り上げた。その様子にも青年は動じず「ほう。負の感情ばかりはびこっている割には平和なんだな」とよくわからない事を漏らすばかり。


「そうだあなた達。元気が戻ったのならこれを返さなきゃいけないのね」


 その声で、男達の意識が幼女へと向く。そしてすぐに、その目が揃って点になった。

 彼女は自分たちの命ともいえるもの――スマホを手にしていたからだ。しかも、ホーム画面が映っている状態で。


「!? か、返せ俺のスマホ! てかロックかかってたのになんで!」

「そんなの、この子達に聞けば一発でわかるのよ。持ち主が悪い事してるんです助けてーって声が聞こえたから、応えてやっただけなのね」

「ハァ!? 何馬鹿なこと言ってんだよ!」


 幼女が三台のスマホを札束扇子を持つかのような手つきで見せびらかす。男達のうち何人かがあれはハッタリだと思ったのか、自分の服のポケットに手を勢いよくつっこむ。だが、探し物は無く、顔が青くなっていく。


「ま、用は済んだから返してやるのね」


 幼女がそのままスマホを差し出すと、男達は慌てて彼女の元にかけより、スマホをひったくるようにして奪っていく。

 そのうちの一人が慌ててPINを入力し、そのまま画面の上で指を走らせ、足元から崩れ落ちた。


「お、おい! 動画のデータ全部消えてる! 撮ったばかりのやつも! 編集してたやつも! ……チャンネルも!!」


 男の一人がそう声を上げた瞬間、他の二人も「嘘だろ!?」と男のスマホを覗き見る。画面には普段動画を入れているフォルダが映し出されていたのだが、数時間前まであったデータが無くなっているのだ。

 スマホを持っている男が慌てて操作するも、バックアップ用にクラウドに保存してあったものから、DLしていた動画制作に必要な素材まで綺麗さっぱり消去済みだ。


 それどころか、チャンネルの削除までされている。家のパソコンになら残っているかもしれないが、立ち直すのには長い時間のかかる事間違いなし。

 動画投稿サイト側がおふざけと犯罪の境目をはっきりさせる気が無い事を良いことに好き勝手していた応報とでも言うべきか。突然無収入になる事が確定した男達が口を大きく開けたまま固まるのにそう大した時間はかからなかった。


「あんたら、魔物撮ってただろ? 見慣れないもん見て興奮する気持ちもわかるが、今騒ぎを起こされたら困るんだよ。というわけで悪いが消させてもらった。ついでに犯罪らしき行為を見せびらかしている証拠があったが……それはこいつが勝手に消した」

「そりゃあ、悪い子には相応のお仕置きなのね。ここでひっぱたかれない分だけマシだと思いやがれなのよ」

「ふざけ……ッ」


 明らかに煽っている態度の幼女に対して男の一人が殴りかかろうとするも、残りの二人が慌てて男を鷲掴みにし、食い止める。


「やめろ!そいつらは俺達を蘇生したんだぞ! よくわかんねーけど多分喧嘩売っちゃいけねぇよ!」

「PINもパスワードも複雑なやつにしたのに見破られたんだぞ! パスワードマネージャーだって使っていなかったのに! これ以上やったら家族にバラされてもおかしくない!」


 無論、青年と幼女は敵意をむき出しにされても眉一つ動かしていない。それどころか幼女に至っては「へぇ。思ってたより賢いのね」なんてにやつきながらぼやいているせいで、殴りかかろうとしている男の額に血管が浮かび上がった。

 そんな男達と幼女の顔を交互に見て、一つため息を着く青年。彼がやれやれと言わんばかりの様子で手を空中にかざすと、どこからか音が聞こえた。


 音はこの場に在るもの全ての物質を無視して、頭の中で鳴り響く。


 たゆたう水のように広がり揺れるその音は、地球に存在するもので例えるのであれば、重低音を生かした楽器――特に弦楽器の奏でる音に近い――だろう。

 奏でる音の不規則なリズムにつられるように、男達は心――否、内蔵と体内にあるありとあらゆる水分の揺れる感覚を覚える。


 非常に不思議で、どこか心惹かれる音は男達の心を暴力から遠ざけるのに力を発揮した。

 視界が揺れ、自分が今立っているのか、倒れているのかすらわからなくなる。だが、男達の足はしっかりと地面を踏みしめたまま。


 音が聞こえたばかりのときこそ彼らは困惑した表情を浮かべていたものの、鳴ってから十秒足らずで彼らは殴りかかる事も拘束する事も忘れた様子で腕を下げ、三十秒も経った頃には催眠術にかかったかのような虚ろな目をし、とろんとした表情を浮かべていた。

 隣で幼女がつまらなさそうに飛ばしてくる視線をガン無視しつつ、青年が口を開く。


「そろそろよさそうだな……。そこの三人、俺達はやることあるしお暇するぞ。お前らもそろそろ帰ったほうがいいんじゃないか? もう夜もいい時間だ」


 その言葉に、三人の意識が現実へと引き戻されたらしく、彼らが慌てて周囲を見渡したり、スマホの電源をつけて「やべぇ!」と素っ頓狂な声をあげる。この騒ぎですっかり忘れていたが、周囲は月光輝く闇で満たさている。

 それじゃあ、と青年と幼女が――幼女は不満げな顔であったが――くるりと背を向け、歩き出す。


「ま、待ってくれ! あんたら一体なにもんなんだ!?」


 男の一人が発したその言葉に、二人の歩みが止まった。

 沈黙一秒。揃って振り返る。


「大したもんじゃない。ただのラスボスだ」

「ぷりちーあいらびゅな魔法少女なのね」


 淡々とした様子での答え合わせ。

 ラスボス、魔法少女……日常生活なら――二次元の話題でも無い限り――出てこない単語に男たちがそれぞれ驚愕の表情を浮かべる。一人は大きく口をあけ、一人はきょとんとした表情を浮かべ、一人は目を大きく開いている。


 これがただのホラ吹きなら後で馬鹿にする事もできるだろう。だが、彼らは実際に自分たちを蘇生した上に変な魔法を使ったという事実を男達は知っていた。だから、青年と幼女の言葉を疑う事など、どうしてできようか。


「いいか、これに懲りたら悪いことなんざするんじゃないぞ。……魔法少女がやってくるから」

「次は助けてあげられないかもなのよ~」


 魔法少女がやってくるから。それはどういった意味合いなのか。それを問うよりも前に、今度こそ青年と幼女が歩き出す。

 残された三人は、そんな二人の背中を見続けていた。

 そして、姿が見えなくなった頃、驚愕の表情を崩せないまま、三人で見合っていた。


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