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2日目ー6 既視感の答え合わせ

「ちょっと遅れてごめんね。今やっつけるから」


 背を向けたまま彼女はそう応える――やけにスラスラとした喋り方だ――と、怪物の気を逸らすように近くの建物へ飛び移った。そのまま怪物に向けて杖を振り下ろす。


 杖の先に電撃を帯びたような玉が発生し、それが彼女の顔くらいまで大きくなったところで杖を大きく振りかぶり、弾を弾き出す。

 だが、怪物は余裕といった様子で体を反らし、弾は建物へぶつかってしまう。重い衝撃が生じ、店の壁に大きな穴が空いてしまった。


「はやい……!」


 シグニーミアが驚いている様子から察するに、この怪物もといゲーミングミニゴジラ(武器持ち)は他のゲーミングミニゴジラやスライムよりも優秀な個体らしい。実際、今の隙をつき、彼女の元へ痰を勢いよく飛ばしてきた。

 無論、すぐに気がついたシグニーミアはまた別の建物へ大ジャンプをしたが、痰の当たった場所から発生した大きな瓦礫が彼女の太ももに切り傷をつける。彼女の目元に少しだけ力が入った。


「っ……」

「ミア……っ!」


 月瀬が思わず声を上げる。彼女は魔法少女が来てくれた時に安心感で力なく座っていたのだが、思わぬ自体に緊張が走る。

 怪我しないと約束してくれていたのにという気持ちがよぎったが、それよりもこれ以上怪我しないでくれるかという心配が圧倒的に強い。


 一方のシグニーミアは怪我を気にする様子を見せず、怪物に向けて再び杖を大きく振りかぶる。

 先程のように弾を撃ち出しはしなかったが、今度はゲームでよくみる斬撃のエフェクトようなものが飛び出し、怪物の腹に切り傷をつけた。


「くらえっ!」

「グ……」


 その衝撃に怪物はバランスを崩したものの、建物に当たる直前で姿勢を立て直す。

 その間、シグニーミアは最初の攻撃と同じように杖を怪物へ向けていた。

 杖の先には先程と同じ電撃のようなものをまとったピンク色の光る弾がある。それは時間が経つにつれ大きくなり、帯びる電撃のような光の数が多くなる。


 彼女が溜め攻撃と思わしき準備を始めて約十秒。体制を持ち直した怪物と溜め攻撃の準備を終えた魔法少女が再び対面する。

 彼女の猫のような翡翠(・・)の瞳に宿った光が力強く揺らめいた。


「……今度こそ、終わりにしてやる……っ!」


 今度は先程のように避けられないと悟ったのか、怪物は手にした巨大な銃をシグニーミアに向け、シグニーミアも強張った表情で杖を握り直す。

 怪物が引き金を引き、緑色の濃い霧が襲いかかる。同時に、シグニーミアは再び杖を大きく振りかぶって魔法の弾を怪物へ勢いよく飛ばした。


 弾は霧に穴を開け、怪物の銃に直撃。

 破壊後、怪物の顔面に着弾。

 顔面が砕け散った――その瞬間、怪物は全身が光の粒に変換され、輪郭から溶けていくようにしてこの世から姿を消した。


「……か。勝っ、た……?」


 色々な出来事が駆けていくスピードに頭の処理が追いつかない月瀬と少年が瞬きをし、周囲を見渡す。先程自分たちをあれだけ苦しめた怪物達はどこにも居なかった。


 緊迫感のある戦いが終わった事への安堵感、そして、現実味が無い形での化物の消滅――化物自体が現実味が無いがそれは棚に上げるとする――がもたらした混乱の波に弄ばれていると、上の方から影が降ってきた。遅れて軽い足音一つ。

 シグニーミアだ。


「――ねぇさっきの見て、げほっ……くれ……」

「み、ミア! どうしたの!?」


 月瀬達の元へ降りてきたと同時にしゃがみこんだシグニーミアは全身に細かい切り傷を負っていた。可愛らしいコスチュームには痛々しい赤色の染みがあちらこちらにあり、歪な水玉模様のよう。その上、彼女は腕で口元を抑えげほごほと苦しそうに咳をしている。


 月瀬はとっさに悲鳴を飲み込む。だが、シグニーミアは気にしないでと言わんばかりに、膝をつきながら杖を地面に刺すようにして立てた。


「だいじょ、げほ……っぶ。……【キュア】!」


 すると、杖を中心にして魔法陣が広がり、そこから泡の如く淡い色の光が立ち上る。メロンソーダを連想させるような緑色のそれに触れると、少しだけ月瀬の痛みが消えた。


 魔法陣が月瀬達三人を入れられるくらいの大きさになった時、シグニーミアは杖を外して一息をついた。彼女の負っていた怪我――コスチュームについた赤いシミも含む――は全て完治しており、彼女の呼吸も正常なものとなっている。

 青ざめていた顔が元々の健康的な色になった頃、彼女の閉じていた目が開き、逆光で暗く見える翡翠色(・・・)の瞳に光が差す。


 一仕事終えた彼女は再び大きく一息つき、軽く背伸びをした。そして月瀬の方へ向き――。


月瀬(・・)は大丈――まって! まって! けがっ! けがぁ!!」


 慌てて月瀬の足に手をやり、一日目の朝と同様に無詠唱で緑色の光を出した。この最中、シグニーミアが月瀬の足を正しい向きに修正した時に月瀬は鈍い悲鳴を漏らしたが、三十秒も経った頃にはあんな怪我など無かったかのように元々の白い足へと戻っていった。勿論、痛みや違和感など無い足に。


 脂汗が止まったのは良い事だが、色んな汗でぺったりと張り付く服が気持ち悪いという事を思い出してしまった事、及びそんな事を考えられる程度には安心できる状況になった事に非常に複雑な気持ちを覚える月瀬。

 だがそれよりも先に言うべきことがある。


「ありがとう生き返った……。あ、その、申し訳ないんだけどそこの子怪我してたら治してあげてほしい……」

「ん?」


 月瀬が未だにぽかんとし続けている少年の方を見やると、シグニーミアも続いて少年の方へ向き――驚愕の表情を浮かべた。少し遅れて明らかに不満そうな表情へと変貌する。


「……その子だれ」

「さっきあの怪物に追いかけられてた子。助けようとして失敗した……」

「なんで。弱いのに」

「いやその、一応? 知っている子だったから……その、見捨てたら後悔する気がして――うぎゃっ!」


 むすっとした表情のシグニーミアに頬をつねられ、月瀬は思わず悲鳴を上げる。確かにあのゲーミングミニゴジラに勝つ手段など持ち合わせていない状況で飛び出したのは悪手にも程があったが、なぜ彼女はこれほどまでに不満そうにしているのだろうか。


 シグニーミアは小さく「ふんっ」と鼻を鳴らし、月瀬の頬から手を離す。そして、少年の方へと向き直った。明らかに現実離れしている魔法少女と目が合った少年の形が大きく震える。


「あな……じゃなかった。オマエ、言いたいことある。いっぱいある。……でも後でにする。ケガは?」

「あ、い。いえ。僕は無いです。襲われる前にお姉さん達が気を引いてくれたから……」

「じゃあ今言うね。オマエ、何の用? 見ての通り、ここは悪いヤツばっかりなんだよ!」


 シグニーミアが少年をじろりと睨む。少年は「ひっ!」と怯んだ表情を浮かべつつも、月瀬の方へと顔を向けた。


「あ、あの。そこのお姉さんに言いたいことあって……」

「え、私に?」

「僕、さっき、そこのお姉さんに君がどこに居るか聞かれて、この商店街の方に行くの見えたって答えちゃったんだけど。……あ、あの。僕、兄とその友人が迷惑系の配信やってて……それで、今日はここらへんで活動するって言ってたから、その、近づかない方がいいって言わなきゃって……。あと、お菓子とさっきの、お礼」

「それ言うために来てくれたんだ。ありがとう」


 月瀬は改めて少年へと向き直り、できる限りの人懐っこそうな笑みを浮かべる。効果はあったようで、明らかに少年はほっとした表情を浮かべてくれた。なお、シグニーミアはつまらなさそうにしているばかり。


「ねぇ、ハイシンシャって何?」

「あーっとね……。自分のやってることを撮影して、みんなに見てもらおうとか、目立とうとしている人の事かな」

「悪い事?」

「基本的には悪くない。けど、時々犯罪をしてまで目立とうと考える人が居る。さっきの人たちみたいに」


 シグニーミアが「へぇー」とあんまり興味なさそうにしている横で、少年が声を上げる。


「あ、あの、その人達の中に茶髪の天パいませんでした……!?」

「居たなぁ……」

「兄達だ! ……そうだ探さないと! あんなんでも死んでたら母さん悲しんじゃう! ……あ、でも、また、変なの居――ひっ!」


 悲鳴を上げた少年の目線の先。そこにはスライムが蠢いていた。直径一メートルはあるであろうそれは瓦礫を身にまとい、亀よりも少し速いくらいのスピードでこちらに向かってきている。


 月瀬と少年が大きく肩を震わせている最中、シグニーミアは杖片手に立ち上がった。そして、無言で空中に切れ込みを入れるように杖を振ると、斬撃のようなエフェクトがスライムを真っ二つにする。直後、スライムは音もなく光の粒になって消えていった。


「まだいたんだ」

「ありがとうミア!」


 周囲に変な怪物が残っていない事を確認し、ほっとする月瀬。なお、壁に空いた大きな穴から中身が見えていたり、傷が刻まれて可愛そうな事になっている数々の建物や、地面に転がっている瓦礫の山等は見なかった事にした。明らかに月瀬一人が対処できる事ではない。

 月瀬が万が一他者にこの場を見られた時の言い訳について考えていると、震えの止まった少年が声を荒げた。


「あ、あの、これ本当に一体何なんですか!? 何起きてたんですか!?」

「わ、私もよくわかんないんだけど、なんか、アニメで起こりそうな事が現実でも起こってた……」

「魔物に襲撃されたの。片付けたけど。……それよりもオマエ、あの頭くるくるしてる人とそのお仲間さんなら、少し前にどっか逃げてったよ」

「本当ですか!?」


 よかった。明らかにほっとした表情で少年が呟く。そして、時間差で彼の瞳から大きな涙粒が溢れるように落ちてきた。


「……こわ、が……った……」

「よっ、よーしよしよし。もう大丈夫だからね。追加で変なの湧いてもこのお姉さんが蹴散らしてくれるからねっ。よしよし……」

「おかあさん、会いたい……っ……。うあ゛あ゛ぁ……っ」


 急に泣き出した少年にシグニーミアが驚愕の表情を浮かべる一方で、慌てて少年の頭を撫でながら月瀬は次どうするかを考える。


 ――疲れたし帰りたいけど……。流石にこの子を置いてくわけにはいかないよなぁ……。


 一番最初にする事は、彼を親御さんに回収してもらう事だろうか。今現在、お天道様がてっぺんに登ったお昼真っ只中である。なるべく早く、遅くても日が沈むより前に回収してもらえれば万々歳なのだが……。


「よしよし……とりあえず親御さんと連絡取ろっか」

「すま、ほ……充電、きれて、て……」

「えっ」


 瞬間、月瀬の背中に再び冷や汗が流れ落ちる。自分のoldスマホはお釈迦。newスマホはまだ届いていない。おまけに少年のスマホは充電が切れているらしい。なんという事だ、この惨状を脱する手軽な手段が無い。


「……あ、あの、僕……実はその、家出、してたんです。……親が、兄ばかり気にして、僕の事全然見てくれなくて、悲しくなって、僕のこといらないんだって思って……親と喧嘩しちゃって……それで、何日も家に帰ってなくて」


 刹那、少年の告白が月瀬の時を止めた。

 幸いにも月瀬の思考回路が再び動き始めるまでに数秒もかからなかったが、先程まで考えていた事は全て抜け落ち、代わりに、今までの既視感やら違和感やらが点と点をむすび、星座の如く答えを編み出す。


「……あ、あああぁああ!? 見たことある顔だと思ったら捜索願出てた子!?」

「捜索願? はわかんないけど……そうかもしれません。それで、家に帰りたくなくてこそこそしてたら、おねーさんに助けてもらって……」


 ああ、と月瀬は納得する。彼を公園で見た時に得た既視感。アレは彼の顔を知っていたから得たものなのだろう。


 それと同時に、過去にぷち家出をした事を思い出した。

 計画無く飛び出していってしまったため半日経たずで音を上げ、ささくれだった心と寂しさやら空腹やらで限界を叫ぶ心に挟まれて動けなくなっていたら、通りがかりの親切な老夫婦に助けてもらったのだ。

 この苦々しい記憶は、今でも心の傷として己を蝕んでいる。


 懐かしさと、幼い行動が引き起こした恥ずかしさと、最終的な後悔が一気にせり上がり、非常に複雑な気持ちになる。それを少年に悟られないよう、口元をきゅっと結ぶ。


 次の瞬間、別の意味で顔が強張った。今まで気にする余裕が無かったから、気が付きたくないことに気がついてしまった。

 この少年、なかなか臭う。


「あ、あの。あなた、その、何日家出してたの……? 私があなたの捜索願見たの、昨日なんだけど……」

「……今日で四日目、です」

「四日か、そっか。……いや、よく頑張ったね……本当に……」


 ああ、と一人納得する月瀬。どうりで先ほど彼の頭を撫でた手がべったりとしているわけだ。

 月瀬は少年を改めて見る。所持金も無く、寝るところも無く、風呂も無いまま家出五日目は過酷すぎる事間違いなし。

 もし自分があの時助けてくれた老夫婦なら、憧れていたリヴァーフィ・キャンディなら、どう声をかけるだろうか――。


「ね、ねぇ、あなた。わけわかんない事に巻き込まれて疲れたでしょう? ひとまず移動しない? 私は直接あなたを助ける事はできないけど、保護してくれる人の元まで送る手伝いならできるから。親元へ戻りたいかどうかは、後で考えよう」


 大体六十点くらいだろうか。まだまだ憧れには遠いなと心の中にいるぷち月瀬が遠い目になる。

 だが、こんな言葉でも少年にはちゃんと届いたらしい。彼も限界なのだろう。大きな目からぼろぼろと涙を零しながら、大きく頷いた。


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