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2日目ー5 数時間足らずの再会

 それからすぐに、シグニーミアは巨大ジャンプで屋根にひとっ飛びし、屋根から屋根に伝うようにして鮮やかに視界から消えていった。


 月瀬も適当な影に隠れる。だがシャッター街は思っているよりも隠れる場所が少ない。

 店の中にこっそり入り込む事も考えたが、万が一攻撃で崩れてしまったら――と考えると、どうしても選択する事ができなかった。


 なので、一箇所に隠れ続ける事よりも、化け物とのかくれんぼを続ける事を選択した月瀬。

 一応商店街の外を目指してこっそり自転車での移動を続けているが、先程よりもスライムの数が少しずつ増えてきている現実は、彼女をそうやすやすと外に逃してはくれない。


 せめて商店街の外まで逃げてからシグニーミアと別れるべきだったと強く後悔する。

 スライムを撥ねてまで逃げるという選択肢も考えたのだが、こいつらは遠距離攻撃+増殖ができるという事を知ってからは出くわさない事が一番だと強く認識したのだ。


 遠くから魔法を詠唱しているのであろうシグニーミアの声と、化け物と思われる不愉快な声が聞こえ、下手なホラゲーよりもよっぽど怖いこの状況。

 耳を済ませば、工事現場や災害現場の中継でしか聞かないような何かの崩れる音やら衝撃やらが伝わってくる。


ああ見つかりませんようにこっちに攻撃飛んできませんようにと信じていない神に祈る事しかできなかった。


「お、おい! これ、これっ! な――」

「助けっ、助けてくれぇええぇえええ!!」

「お、おいっ! 何だよアンタ! なんで笑って――ぎゃあああぁあああ!?」


 突如聞こえた阿鼻叫喚に月瀬は顔をあげる。間違いない。さっき落書きしていた男達の声だ。

 スライムに襲われてしまったのだろう。全身から血と体温の抜けるような錯覚に襲われ、思わずその場で自転車を止め、目を全力でつむり、耳を塞いだ。

 それでも衝撃音と男達の悲鳴は月瀬の鼓膜を揺らし……やがて、何も聞こえなくなった。


 ――襲われた、のかな……? き、気絶しただけでありますように……。


 恐る恐る目を開く月瀬。周囲を確認してみたが先ほどと何も変わらない。無言で相手の無事を祈る。目で彼らの無事を確認できるほどの度胸は無かったのだ。


 奥歯を噛みしめる事で力強く鼓動する心臓を落ち着かせる事を試みている最中、ふと月瀬はポケットの中を弄り、そこに入っていたものを手に取る。

 それは先程シグニーミアから受け取ったばかりのペンダントであった。

 雫に似た形をしたそれは、紫まじりのピンク色をした宝石のよう。宝石と違うところがあるとするのならば……淡く発光している事だろうか。勿論、電池を入れる場所も、USBを差し込む場所も、ましてや電源ボタンすらも無い。


 ――綺麗……。これも魔法の道具だったりするのかな……?


 美しく、見ているだけで意識が吸い込まれそうになる。ペンダントの紐を首にかけ、雫の飾りを両手で握りしめてやれば、恐怖を訴える心が少しずつ静まり返っていくのを感じ取った。


 心臓が落ち着いたところで、ふぅ、と呼吸一つ。これを貸してくれたシグニーミアに感謝しながら自転車のペダルに足をかける。

 周囲にスライムもゴジラも居ない事を確認し、再度ペダルに乗っけた足に力を込めた。

 目指すは商店街の出口だ。


 ***


 なるべく音を立てないようにしながら移動する最中、自分の前方に何かが転がってきた。

 近寄りたくなかった為、目を凝らしてそれの正体を確認する。程なくして、それはスプレー缶だという事がわかった。


 ――さっきの迷惑配信者達のものかな? ……無事だといいなあの人達……。


 湧き上がる様々な感情を押し込めつつ、そんな事を思いながら先へ進む。商店街の出口まであと五十メートルもないだろう。

 その時だった。


 「――っうわあああぁあああ!? っく、くるなぁ!!」


 緊張感のある悲鳴。しかも、聞いたことのあるそれに月瀬の体が硬直する。

 聞いたことはある、だがシグニーミアのではない。

 ではこれは一体誰の……? となったところで、周囲を見渡す。二秒程であったが、横道を何かから逃げるように子供が走っていた。


 どうしてこのような治安の悪い場所に子供がなどと思う暇もなく、月瀬の体が硬直する。

 なぜなら。


 ――さっきの男の子!? なんで!?


 そう。さっき餌付けした男の子が、ゲーミングミニゴジラに追いかけられていたのだ!

 あまりの出来事に月瀬がぽかんとしている間も、少年の声は少しずつ遠ざかり、化け物も重い足音を響かせながら少年を追いかけ遠ざかっていく。

 ようやく硬直から抜け出すことの出来た月瀬は一人と一匹が見える場所に自転車ごと身を潜め、彼らへ視線を飛ばした。

 ここで一つ、他のゲーミングミニゴジラとの違い発見。


 ――あいつ、武器持ってる!?


 そう。このゲーミングミニゴジラは、両手に銃のような武器を所持しているのだ。五十センチはあるであろう大型の銃――そもそもゲーミングミニゴジラが十メートルくらいあるので小さく見える――を少年に向けてぶっ放す。

 だが狙いは逸れ、全然関係ない場所のシャッターを大きく凹ませた。


 同時に、月瀬は悲鳴を上げる口を慌てて両手で抑えた。

 威力から察するに、アレに当たったら間違いなく怪我する。……いや、怪我で済めばいい方だろうか?


 この光景に気が付きたくなかった。

 一分前の自分のように商店街から抜けることだけを考えて行動すれば、きっと自分は強く後悔する。男の子が助かろうと助からなかろうと、だ。

 だが、今の月瀬にできることなど何がある? 恐怖で蝕まれ、頬を涙がつたうこの体で。


「……っ、ぅ……あ……」


 恐怖で体が動かない。悲鳴を上げながら逃げ続ける少年の背を見ながらそのまま逃げきってと心の底で願う。

 だがその願いが届くことは無く、男の子はつまずいて盛大に転んでしまった。無論、化け物が気をきかせて止まったり方向転換してくれるわけもなく。


「っ、に、にげ……逃げて!」


 月瀬がそう叫ぶも、少年は逃げる気配がない。上体を起こしはしたものの、手を後ろにつき、わなわなとした様子で怪物を見上げるばかりだ。おそらく、腰を抜かしている。……そもそも月瀬に気がついていないようでもあるが。

 化け物が一歩、近寄る。

 明らかに涙目の男の子は震えながらも下がろうと手足を動かすが、手も足も地面をかするだけで物陰に隠れられる気配はない。


 ――どうしよう。アレ絶対狙ってる……。


 月瀬は隠れた状態でシグニーミアを探す。彼女は他の化け物数体と空中戦を繰り広げるのに夢中だ。おまけに、呼んでも気がついてくれるか怪しい位置に居る。

 視線を少年に戻す。相変わらず尻もちをついたまま。

 そして気がつく。気がついてしまった。化け物が銃口を少年に向けている。あの姿勢でアレを撃たれたら――。


「――駄目!!」


 唇を血が滲むほどぎゅっと噛み、月瀬は勢いよくカバンをゲーミングミニゴジラに向かってぶん投げた。当たりはしなかったが、振り向いたゲーミングミニゴジラが銃口の先と気を少年からそらす。


 ひとまず最初はうまくいった。だが、これから先どうするか彼女は考えていなかった。ただ、少年を助けなくてはいけないという事しか考えていなかったのである。


 だから、自転車の速度を活かして、少年が復活するまでの囮をする。


 そう決意した途端、物陰から飛び出していく月瀬。それに少し遅れて、化け物が引き金を引く。

 一発。外れる。

 二発。月瀬からは外れたが建物の壁にぶつかり、穴が開く。口から思わず悲鳴が漏れた。


 ――死ぬ! 当たったら死ぬ!! 怖い!!


 自転車と足を駆使しながらそれっぽく囮を続けるも、下手したら命がなくなるのでは? そんな疑問を抱いた時、三発目が月瀬の前に着弾する――そして、建物が崩壊した。


 ――あ、まず……っ……!


 道は狭い。このまま進めば崩落に巻き込まれる。勢いよく漕げば逃れられるかもしれないが、少年を置き去りにしてしまう。

 リスクを承知で月瀬がUターンを選んだその瞬間、月瀬の体が中に浮く。

 四発目が自転車に着弾し、自転車ごと吹っ飛ばされたのだ。


 一瞬何が起きているのか理解できなかったが、非常にまずい事は理解できた。と同時に柔道の授業で受け身を習ったことを思い出したが、どうやってやるのかを思い出すより前に、月瀬の体を地面との衝撃が迎えた。


「ぐべっ!?」


 非常に強い衝撃。もしかしたらこれで骨が何本かやられたかもしれない。全身に広がる痛みと世界が回る感覚に気持ち悪さを覚えつつ、月瀬はよろめきながら上体を起こす事を試みる。

 不幸な事に、月瀬が落ちた場所は少年のすぐ側であった。


「ぐ……っぅ!」

「お、おねーさんっ! 足っ、足が……!」


 体を起こそうとして、足首に激痛が走る。涙をぼろぼろこぼす少年と同じ目線に視線をやると、なるほど、緑色の液体がべったりと付着した足があらぬ方向に折れ曲がっているではないか。間違いなく、先程打たれたのが原因だろう。


「あー……。当たっちゃった、か……あだだ……っ!」


 幸いにも、魔法で治してもらうツテはここ数日でできた。その事を口にはしないものの、心配しないでと言わんばかりに冷や汗を書きながらも笑みを浮かべる。

 少しは少年の心が軽くなる事を願っての行為だったが、少年の顔は引きつったままであった。

 

「あ、あのっ、僕、ぼく……っ」

「き、気にしないで。治してくれる人知ってるから……」

「そ、それもあるけど、後ろっ……!」


 少年が月瀬の後ろを指差す。嫌な予感がしながらも振り向くと、予想通りゲーミングミニゴジラが鎮座していた。銃を構えた上体で、だ。

 むしろこの間に一度も撃たれていなかった事が奇跡なのかもしれない。


 ――やばい。死ぬかも。これで死んだらどんな風にニュースになるんだろう。『女子高生、ペンキまみれで謎の死を遂げる』とかかな……。


 死にたいか死にたくないかで言えば死にたくないが、生きる理由があるかと聞かれたらそんなにない。死ぬのは怖いから避けているだけである。

 だから、二日前と同じようにどうあがいても死ぬであろう状況に追い込まれたのなら、静かに死を受け入れる。青蜂月瀬はそういう奴だ。


 だが、知らない子――ましてや自分より年下にしか見えない子――を巻き込んではいけないというくらいの良識は持ちあせているつもりである。

 なぜなら、彼女の憧れていた魔法少女・リヴァーフィ・キャンディならそうしたからだ。


 ――せめてこの子だけでも逃さなきゃ……!


「お、お姉さん、駄目だよ。逃げなきゃ……っ」

「……いい、の。あなただけでも、逃げて……!」


 自分の事はどうなっても――まぁ痛いのや苦しいのは嫌だが――いい。だが、目の前の不運な少年は助けなければ。

 奥歯を噛み締め、自分を奮い立たせ、力なく立ち上がる。

 そのまま、化け物から少年をかばうように両手を広げた。


 曲がった足から生じる痛みが体と精神を蝕み、ただでさえ数十分前からずっと続く緊張により体力を消耗させた体はずっと悲鳴を上げ続けている。

 体が震えているのは痛みかそれとも恐怖が原因か。


 ――キャンディも、こんな気持ちだったのかな……。


 走馬灯の代わりに脳裏をよぎったのは昔大好きだった魔法少女。

 思い返してみれば、彼女も怪物のせいで絶体絶命な子供をかばった事がある。だが、これはフィクションの出来事だ。


 近くには怪物の襲撃に理不尽に巻き込まれてしまった可愛そうな子供。そして魔法少女と出会ってまもない弱い自分。目の前には数時間前には考えられなかった恐ろしく現実味のない怪物。この状況下で、頼れる奇跡(そんざい)など一人しかいない。


 ――ミア、助けて!!


 月瀬の願いに応えるように、首にかけられたペンダントがピンク色の強い光を放った。


 少し遅れて、風が巻き起こり、軽い足音一つ。そして、この二日で見慣れたピンクグレーが視界に入った。


 月瀬達と化け物の間に割り込むようにして、化け物に立ち向かうあの小さいながらも凛とした立ち姿。間違うはずがない。


 魔法少女・シグニーミアが来てくれたのだ。


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