第35章:挿入チャプター(その7):43年前の今日の美絵子ちゃんと、いま、このときの美絵子ちゃんへ・・・
・・・1982年2月10日、水曜日の夕方。
まさに、
ちょうど43年前の今日、この日。
ぼくは、美絵子ちゃんから初めて、
『しげおくん』と呼んでもらえた。
彼女と知り合って、まる2年ちかく。
川崎小学校の、桜ふぶき舞う春の校庭で、初めて会ってから・・・次の4月にちょうど2年となる、少し前のこの日。
放課後のことだった。
「美絵子グループ」のひとり・・・
たぶん、ぼくの記憶が正しければ、
美絵子ちゃんのいちばんの親友だった、鈴木さとみちゃんといっしょに、
美絵子ちゃんは、ぼくが校舎から出てくるのを、静かに待っていたのだ。
夕陽が当たる木造校舎の、
西昇降口を少し出たあたりに、
二人は立っていた。
・・・美絵子ちゃんは、
シューズを履き替えて出てきたぼくを、
どこか、恥ずかしそうな表情で迎えてくれた。
さとみちゃんが、
美絵子ちゃんの肩を、ポンと、軽く叩いてうながしたように見えた。
すると美絵子ちゃんは・・・
少し、はにかみながら、てれくさそうにしながら・・・
ほほを赤くして言った。
「・・・しげおくん・・・しげおくんっていうんだよね?」
と。
実はこの日は、
ぼくがずっとたのしみに待っていた、
『キン肉マン・第8巻』の発売日当日だった。
「第2回 超人オリンピック」の予選から、ラーメンマンVSウォーズマンの死闘までが収録された・・・
まさに、キン肉マンファン待望の1冊であった。
・・・朝からソワソワしていたぼくは、
授業中も、ずっと我慢して、うずうずしていたのだった。
だからこのとき、
美絵子ちゃんが、初めてぼくに、
「しげおくん」と呼びかけてくれても、
キン肉マンの新刊コミックのことで頭がいっぱいだったので、
彼女の呼びかけには、まともに応じることができなかった。
「・・・ごめん。今日は急いでるから。」
そっけなく言い放って、
夢中で通学路を、ひとり駆けてゆき・・・
ショッピングセンター「サンピア」の本屋を目指した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
・・・その場に取り残された美絵子ちゃん。
ぼくは、振り返らなかったので、
彼女がそのとき、
どんな表情とたたずまいだったのかは、
知る由がなかった。
きっと彼女は・・・
来月、
1982年3月に、ここ川崎小学校を離れて、
埼玉県川口市の新しい小学校へ転校してしまうことを、
事前に正式に伝えようとしていたんだろうと思う。
・・・また、同時に、
バレンタインデーである、2月14日が、
悪いことに、日曜日にぶつかっていたので・・・
この週の金曜日・・・すなわち、1982年2月12日か、あるいは・・・
翌日、土曜日の、2月13日の午前中にでも、チョコレートをぼくに渡そうとしていたにちがいない。
当時、
まだ土曜日の午前中は、学校での授業があったから。
・・・それに、11日も、建国記念日で学校が休みだったしな。
それに先立つ形で、
いままでの2年間の交際の「集大成」という意味合いもこめて、
ぼくに、正式に「愛の告白」をしようとしていたにちがいない。
それで、
自分ひとりでは心細いので、
親友の鈴木さとみちゃんに、付き合ってもらっていたのだろう。
・・・でも、当時のぼくは、
いま以上に「シャイ」な少年だった。
大の「照れ屋さん」でもあったぼくが、
愛しい美絵子ちゃんから、
「・・・しげおくん、好きです!」と告白してもらっても、
顔を真っ赤にして、
無言で走って帰ってしまったことだろうな・・・。
ああ・・・
きっと、いまのぼくなら、
涙を流しながら、
こわれるほど、その場で、ぎゅっと、
本当にぎゅーーっと、
美絵子ちゃん・・・
君の、小さな小さな体を、強く強く抱きしめてあげられるのに・・・。
キスのひとつもしてあげられるのに・・・。
あの『魔物事件』も、当然起こさずに、
来月の3月には、
ふたりだけの、ささやかな・・・
それは子供らしくつつましい、
でも、生涯忘れられないような、
『ぼくたちだけのお別れ会』もあったにちがいないのに・・・。
m(_ _)m




