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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
最終章 墜ち往く陽、真なる勇気に向かいて
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大団円

 ――アルバートとの決戦から一ヶ月が経過した。

 世界の復興は着実に進んでいた。


 俺たちは今、すっかり街並みが綺麗に整備され直したディリゲンティアの魔法都市に居る。そこに新たに建設された巨大ホールに、俺もクモラも、元勇者パーティの面々も、七大罪の化身も、すべてが一堂に会していた。


 ホールは六角形の巨大な建造物で、都市の中心あたりに位置する。講演や演劇、音楽会など様々な用途で利用できるようにと新設したもので、建造にあたっては俺とクモラの創造魔法が大きく寄与していた。


 今日この日、この会場には世界中の人々が集結していた。


 テンペランティアからも、キャスティタスからも、リベラリタスからも、パティエンティアからも、グラティアスからも、ヒュミリタスからも、エルピスからも。ここディリゲンティアが選ばれたのは、むろん世界の中心に位置していて、都合がよいからである。切り立った台地の上に建つ都市ではあるが、復興がてら東西南北への道路が整備されていた。


 もちろん世界のすべての人間が集まったわけではないが、それでもかなりの人数で、会場内はごった返していた。中にはマルグリットさんやシーナのような、かつて懇ろにした女性の姿もあったが、今の俺には彼女たちに逢いに行く余裕がない。


 ――というのも、俺とクモラはみなの前で、新たなる世界の代表として演説をすることになっていたのである。


 俺たちはホールの舞台袖の中で、待機している状態だった。隣にはきらびやかなドレスに身を包んだクモラ。肩と胸元が露出していてとても色っぽい。しかし見惚れている場合ではない。俺は白いタキシードを着込み、ガチガチに緊張していた。


「や、やべえ……あんな人数の前で演説すんのかよ……ど、どーしよ」

「だいじょうぶ?ステステ」


 クモラが背中をさすってくれている。

 あの決戦を乗り越えたとはいっても、俺の小心者っぷりは相変わらずだった。


 そこに同じく着飾った姿のアレクスとハンナもやって来る。今までの旅の姿ではなく、シックな外向きの装いへと変えていた。


「なんや、様子を見に来てやったが、予想通りやんか」

「あらら、ガチガチにあがってるわねー」


 俺はなおも心臓をバクバクさせながら、二人の方を向く。


「アレクス、ハンナ……ど、どうしたんだ?」

「まあちょっと気になって来ただけや。またすぐに席の方に戻るで」


 二人だけでなく、元勇者パーティの七名には二階に特別席が用意されていた。

 それ以外は一般席になるのだが、この会場にはなにも人間だけが集まっているわけではない。なんと魔族も集まっているのだ。そしてここで朗報。魔族が生き残っていたことはパティエンティアについては既に見てきた通りであるが、俺がそうだったように、実は世界各地で魔族(人間との混血を含む)が隠れ潜みながらも生き延びていたのである。これを知った時、俺は喜びに声を上げた。


 そして今日この場は、人間も魔族も関係なく、みんなが一丸となれるよう企図されたものである。ゆえに人間だけでなく、魔族までもが世界中から集結していた。彼らは一階席の一区画に固まって座っている。七大罪の化身も今はそちらの方に行っており、そのためキアラの腕にインヴィディアはいないし、ハインリヒの背にもアーケディアはいなかった。アーケディアは現在、イーラが嫌々背負っている状況だ。


 とこんな風に、知っている者もそうでない者も、多数入り乱れたカオスな空間だ。こんな場所で世界の代表として演説をしろっていうんだぜ?あがるなという方がムリな話であった。


「うう、心臓が……心臓が……」


「おいステッド!そろそろ時間やで!」

「はー、世界の英雄だってのに、どうしてこうもみっともないのかしら?」


 ハンナが嘆息しながら俺の方へと近づいて来る。

 そして舞台の方へ突き出すように、どんと背中を押した。


「ハ、ハンナ……?」

「ほら、胸を張って行ってきなさいよ!世界一カッコ悪くて、世界一カッコイイ勇者様!」


 まったく嫌味のない表情で、ハンナはにっこりと笑っていた。


 彼女はここ一ヶ月、不思議なほど上機嫌だった。具体的にはあの決戦の日から、三日が過ぎたあたりからだろうか?何があったのか知れないが、本人の口からは何も語られない。アレクスに聞いても「何があったというか……ナニがあったというか……」と口ごもるばかりであった。


 とはいえ、彼女の屈託のない笑顔が俺に確かな力を与えてくれた。


「よ、よーし!いっちょやってやるか!ここで怖気づいてたんじゃ、アルバートの奴にも申し訳が立たねえ!」

「その意気だよー!ステステ!」


 俺とクモラは微笑んで目を合わせた。

 手と手を取り合って、舞台へと繰り出していく。


 それを見届けたあと、アレクスとハンナも座席の方へと戻っていった。




 壇上からの光景は、さすがに緊張するものだった。

 世界中から集まった人間と魔族が、俺たちに注目しているのだ。しかし登場する前ほどあがってはいなかった。不思議な高揚があった。旅の中で俺の心も鍛えられて、土壇場で力を出せるようになってきたのかな。


 俺たちはじつに堂々とした佇まいで、会場内の人々に向き合っていた。


「みんな!今日はわざわざ集まってくれて申し訳ない!」


 俺は開口一番に礼を言った。感謝の気持ちでいっぱいだったからだ。


「すまねえ、かしこまった話し方ってのがどうしても慣れなくてよ……この調子で話すけど、どうか最後まで付き合ってほしい」


 そうお断りを入れて、話を続ける。


「みんなありがとう、わざわざここまで来てくれて……今日集まってもらったのは他でもない、みんなに伝えたいことがあるからなんだ」


 直前までのあがりっぷりが嘘のように、ハキハキと喋っていた。ちなみに声は風魔法で、拡声されるようになっている。そういう機能のある舞台なのだ。


「知っての通り俺は先日、アルバートから勇者の地位を受け継いだ。同時にクモラも、魔王モラクレスからすべてを託されて新たなる魔王となった。けれども俺たちは、なんというか、そんな権威的な存在になるつもりはないんだ」


 あの日の決戦のことは、既に民衆に周知されていた。それだけでなく、俺たちが勇者パーティを倒すまで世界がどうなっていたかや、そもそも魔族がなぜこの世界に来て侵略を開始したのかも伝えられている。


「クモラはともかく俺はバカだからさ、きっとひとりじゃアルバートみたいには上手くやれない。みんなの力が必要不可欠なんだ。今日集まってもらったのは、みんなに頼みごとをしたいからだ」


 ここでクモラが前に踏み出して語り始める。


「わたしたちの旅路には色々なことがありました。命を尊ぶあまり病気の蔓延したテンペランティア、治安の為にと歪んだ社会を生んだキャスティタス、平等の実現のため人間性を失くしたリベラリタス、死と隣り合わせの暮らしを強いられたパティエンティア、人間に価値を定めてふるい分けたディリゲンティア、心を一色に支配されたグラティアス、勇者の功績を讃えるあまり暮らしを脅かしたヒュミリタス、人の弱さを認めなかったエルピス…………魔王の脅威が去ったにもかかわらず、世界中で様々な問題が起きていたのです」


 凛とした彼女の声を聞いて、これまでの旅路が脳裏を駆け巡った。波乱万丈だった。まさか魔王を倒した後の方が世界が混迷するなど、誰が予想できただろうか。


「一部例外はありますが、多くが良かれと思ってした正義の行いに起因していました。でもわたしたちは旅の中で思い知ったのです。”完全に良いものも悪いものもこの世にはない”ということを。事情や環境次第で、わたしたちもあなたがたも、まったく正義にも悪にもなるでしょう」


 静けさの中に力のこもった瞳で話し続ける。

 クモラは普段の子供っぽさが嘘のように、新たな指導者にふさわしい佇まいだった。


「正義だけを求めたアルバートの社会は歪みました。ですが当然、悪だけの社会も良いものではないでしょう。わたしたちは心を強く持とうとしながらも、人の弱さを認め、誰しもが時に罪に染まるようなことがあっても、立ち直っていけるように支え合わなければならないのです」


 みなに懇願するように手を合わせるクモラ。

 彼女の弁を受けて、俺も演説を再開する。


「みんな!これからひとつだけ守ってほしい!どんなものにもきっと、良い面と悪い面があるんだ!だったらできるだけ良い面を見つけてあげようぜ!悪い面ばかり見て、みずから不幸になってどうする?みんなが良い面を見るようにしていけば、どんどん世界を好きになっていくことができるはずなんだ!」


 みなの心に届けとばかりに、腕を広げて大きな声で言っていた。


「平和な社会を創り上げるにはみんなの協力が必要だ!誰しもが笑って暮らせる社会のために、どうかみんなの力を貸してくれ!俺は人間も魔族も、みんなが笑える社会がいい!」


 そう言って、勢いよく深いお辞儀をした。

 遅れてクモラも「お願いします!」と言って頭を下げた。


 言いたいことはすべて言った。

 果たしてその結果は――?


 次第に、ぱちぱちと叩くような音が響いてくる。それはたちまち大音量へと変わっていった。


 俺たちは顔を上げる。

 見れば会場中の人々が、割れんばかりの拍手を送ってくれていた。


「み、みんな……」


 この時、間違いなく世界は一つだった。

 俺は感激のあまりに、目から涙を溢れさせていた。




 しばらくして拍手が収まると、俺はふたたび話し始める。

 既にメインテーマとなる事項は伝えた。ここからはちょっと、個人的な話だった。


「みんなありがとう!それで……今日俺の口から伝えたかったことは以上なんだが、みんな良ければもう少し付き合ってくれないか?」


 みなが何事かと、改めて俺に注目する。

 ここで、ずっと計画していたことを、俺は実行に移す。


「ここからはぶっちゃけ俺の個人的な、勝手なおこないになる。ホントはここでやるべきかどうか悩んだんだ。でも俺は、人間も魔族も助け合える社会を望んでいる。だから人間と魔族の混血である俺と、体が人間で魂が魔王のクモラが、今この場ですることにきっと特別な意味が生まれると思ったんだ」


 そう言って、俺はゴソッと懐をまさぐる。

 取り出されたのは黒い小さな箱。


「みんなホントにすまない。けど、どうか見守っていてくれ……」


 そこから目線を、観衆でなくクモラの方へと転じた。片膝を突いて、こうべを垂れる。そっと箱を開ける。


 ――中には、白い宝石をあしらった指輪が入っていた。


「クモラ!お願いだ!俺と結婚してくれ!俺の……妻になってくれ!」


 目を閉じて叫んでいた。

 そのせいで見えていなかったが、クモラは驚いていたと思う。当然だ、これはまったく彼女には、というか誰にも知らせていないサプライズだった。旅の仲間たちも、観衆も、同じようにして驚いていたと思う。


 しばらく時の流れが鈍化したように感じていた。

 不意に、女神の声が聞こえてくる。


「……わたしからもお願いするね」


 クモラは俺の前で屈むと、俺の顔を上げさせて、瞳を覗き込みながら言った。


「わたしを……ステステのお嫁さんにしてください!」


 微笑みながらも、真面目な瞳と声で返してくれていた。

 俺は少し呆然としたあと、またしても目から涙を溢れさせた。


「ク、クモラ……!いいんだな……!?」

「もちろんだよ……わたしもずっと、ステステのことが大好きだったから……」

「……Really?(本当に?)」

「……I will give you all my love」


 そして俺たちはともに立ち上がり、みなに見守られる中、初めてのキスをした。ふたたび割れるような拍手が巻き起こった。


 口づけの余韻の中で、俺は今までの出来事を想い起こしていた。


 夢みたいだ。

 ゴミ捨て場でゴミのように暮らしていた頃が嘘のようだった。


 俺が世界中の人々から祝福されながら、こんな素敵な妻を得る日が来るなんて!


(クモラ……ああ、なんて綺麗なんだ……)


 出逢った頃の幼さは、もはやどこにもなかった。

 決戦のあの日に、クモラはすっかり大人に成長していた。凛とした瞳と長い手脚、それにプロポーションも他の追随を許さない。


(それにしてもクモラのやつ、ホントに立派に育ったな……もうルッスリアよりも大きいんじゃ……)


 いつの間にか俺の視線は、彼女の胸に向けられていた。

 これがいけなかった。気づけばクモラは、ジトッとした軽蔑の瞳に変わっている。


「…………ステステ、エッチなこと考えてるでしょ?」

「へ?」


 クモラはなぜだか視線を下げていた。

 俺も遅れて彼女の視線を追う。向かう先は俺の股間だった。


 なんてこった!

 俺の相棒はこんな状況にもかかわらず、ズボンの下から力強く存在をアピールしていたのだ!


 観衆からは悲鳴や、からかいの声が上がる。


 きゃあああっ!

 わはは!勇者様!でけえのは、功績だけじゃねえってかぁ!


 俺は顔を赤らめて、股間を押さえながら叫ぶ。


「うっせ!うっせ!うっせ~!」


 うう、さ、最悪だ……せっかく何から何まで上手くキメられるかと思ったのに……まったくこの聞かん”棒”め!こんなところですらも自己主張を怠らないとは!


 俺の醜態に、元勇者パーティの面々は様々に反応していた。

 腹を抱えて爆笑するアレクス、キッと睨んだ視線を送るハンナ、ただ目を閉じるシューザ、豪快に高笑いするダニヤン、額を押さえて嘆息するハインリヒ、顔を赤らめるキアラ、憮然とした表情のラヴィアン。三者三様、いや七者七様の反応であった。


「もうー!ステステ!」

 さすがのクモラも、怒気をはらんだ声を上げた。


「わ、悪い……クモラ……」


 たじたじになる俺に、クモラがすっと近づく。

 耳元に囁くように、文字通りの甘言を伝えた。


(あとで……ね……♪)


 ク、クモラーーーー!!


 これが俺とクモラの、壮大な冒険の締めくくりだった。

 最後の最後で締まらないのが、なんとも俺たちらしいというか……


 けれども悪い気はしなかった。

 観衆の祝福は、しばらくの間続いていた。




 ――――――――

 ――――――

 ――――

 ――




 あれから、どれだけの時が経っただろう?


 夕暮れの空の下を子供たちが走っている。

 先頭を兄妹らしき二人が走って、その後ろを友人らしいのが何人か追っている。人間も魔族も、分け隔てなくいた。家路を急ぎながら楽しそうに話している。


 俺の父ちゃんはむかし、世界を救った勇者だったんだぜー!

 それでねー、ママは魔王様だったのー!

 またそのはなしー?

 ホントかよー?


 闇に向かう光に照らされながら、子供たちはいつまでも笑い合っていた。

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