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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
最終章 墜ち往く陽、真なる勇気に向かいて
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日没するとき

 勇者は呻き声を上げながら床を転げる。

 満身創痍だった。既に勝敗は決していた。


【アルバート……破戒が決まった。もう神聖魔法は使えねえ。それに聖剣ユースティティアも折れた】


 俺とクモラは太極を解いて、高らかに宣言する。

「俺たちの、勝ちだぁっ!」


 しばらく静まり返って風の音だけが聞こえていた。


 少しして、アルバートは折れた聖剣を杖代わりによろよろと立ち上がった。顔を俯けていたが、やがて愉快そうに笑い始める。


「ククク……ハッハハハハ……!」


 そして、面を上げて真っ直ぐな瞳で俺たちを見た。


「……ステッド、そしてクモラよ。よくぞ俺を倒した」


 ――奴は敗北を喫したにもかかわらず、晴れやかに笑っていた。恨み言の一つもなく称賛の言葉が飛んできたことに驚かされたが、アルバートは構わず続ける。


「……これで心置きなく、世界の頂点から退(しりぞ)けるというものだ」


「ど、どういうことだよ……?」


 俺の問いに、アルバートは穏やかな声で答える。


「……気づいていたさ、俺のやり方が間違っていたことには。だが俺は本気で世界を変えるつもりで頑張って来たし、そうして自分の信じた道を突き進んできた。過ちに気づいたからといって、己が掲げた正義や信念というものを簡単に翻すことなどできはしなかった」

「だから、待っていたってのか?過ちを認めざるを得なくなるその時が来るのを……」

「そうだ、そしてその時をお前たち二人が与えてくれた。ようやく、ようやく終わらせることができる……お前たちには感謝の言葉もない」


 アルバートはそう言うと、折れた聖剣を投げ捨て、こちらを見つめたまま、ふらついた足取りでじりじりと後退し始める。


「この世界はお前たち二人に託すこととしよう……お前たちならばきっと、より良い未来を導くことができるだろう……そして、さよならだ」


 アルバートは、塔の頂上の縁を背に立っていた。

 この城の背後は断崖である。彼が何をしようとしているのかは、聞くまでもなく自明なことであった。


 遠くでラヴィアンが悲痛な声で叫ぶ。

「アルバート様!」


 眼に涙を溜めていた。


「待て!アルバート!俺たちはそんなことまで望んじゃいねえ!」


 俺も同じくらいに必死な声で叫んでいた。


「やり直そうぜ!命ある限り、いくらでもやり直すことができる!そうだろう!?」


「……優しい男だな、ステッド。つくづくお前は、俺にはない魅力を備えた男だ」


 嘘も気づかいもない、真心から言っている言葉であった。

 俺は思わず泣きそうになった。アルバートは後退する歩みを止めず、じりじりと、遠く夕闇の方へと近づいていく。


「……だが、止めてくれるな。俺は世界を迷走させてしまった落とし前をつける。元より負けた時はこうするつもりでいた。これは俺なりのけじめだ、どうか見守っていてほしい」


 その表情に悲壮感はまったくなく、むしろ晴れやかであった。


 誰も、何も口を挟むことはできなかった。その場から一歩として動けず、ただ成り行きを見守るしかなかった。


「ア、アルバート様……」


 ラヴィアンは、どうしてよいか分からず泣き腫らしていた。そんな彼女を優しく見つめて、アルバートは言う。


「ラヴィアン、あの時はすまなかった。お前に初めて出会った時のことだ。あの時、俺がもう少し早くに駆け付けられていれば、村が滅ぶこともお前の家族が死ぬこともなかった。魔物に手こずって到着が遅れてしまったのだ。俺はあの時ほど、己の力不足を痛感したことはない」

「……いいえ、そんなことはありません。貴方様は間違いなく、私の英雄……そして正真正銘の勇者様でした……」

「そうか……」


 それから、ダニヤンを見た。


「ダニヤン、お前にはいつも危ないところを助けてもらったな。だが戦い好きもほどほどにしておけよ。これからは平和な時代になるだろうからな。まったく、思えばお前と初めて出会ったのも、俺が勇者であることを知って挑戦しに来たのが発端だったな」

「ガッハッハッ……!そういえばそうであったな!あいや分かった、善処しよう!」

「まったく、相変わらず調子のいい奴だ」


 それから、ハインリヒを見た。


「ハインリヒ、お前は類まれなる魔法の才能を持った男だった。だが俺は気づいていたぞ、俺や魔王の力を狙って旅に同道していたことに。向上心が高いのは結構だが、今後はそれを世界の為に役立ててほしい。その方がきっと、巡り巡ってお前自身の為にもなるだろう」

「ふん、ひとりで突っ走って、社会を迷走させていた男がよく言う」

「そうだな……俺はようやく、勇者という重い使命から解き放たれ、ただひとりの男としてお前たちに言葉を送っているのだ」


 それから、ハンナを見た。


「ハンナ、世の中にはたしかにどうしようもなく悪い人間がいる。だからといって特定の何かが悪いと決めつけて、思考を放棄するのは心の弱い者がすることだ。どんなものにも良い面と悪い面があることを、俺はこの二人に教えられた。どうか何事も良い面を見つけて、世界を愛せるようになってほしい」

「……そうね。昔の私だったらきっと、今の貴方の言葉も鼻で笑って一蹴していたと思う。けど私も今回の旅で思い知ったわ。正義も悪も、単純に片づけられるものではないんだろうなって……」

「そうか、ならば安心だ」


 それから、キアラを見た。


「キアラ、明るいお前はいつもパーティのムードメーカーだったな。お前の歌や励ましで乗り切ることができた場面は多かったと思う。とはいえ己の美貌を鼻にかけていたところもあった。だがお前は良き出会いを通じて、その欠点も払拭できたようだな」

「……ええ、キアラちゃん気づいたのよ。真に美しい者は外見だけじゃない、心までもが美しいんだってね。だからあたしは、身も心も綺麗であり続ける。世界を愛するために、愛されるために!」

「いいぞ、お前という太陽がいたならば、きっとこの世界も安泰だろう」


 それから、シューザを見た。


「シューザ、人が人である以上、格差や争いがなくなることは決してないだろう。だが雨上がりの空に虹がかかるように、ひと悶着あったからこそ生まれる価値や絆というものもある。世界はやはり綺麗ごとばかりではいかないのだろう。お前もこんな世界を楽しめる努力をするといい」

「ああ、奇遇だな。俺もちょうど、同じような考えに至っていたところだ」

「そうか、それはよかった」


 それから、アレクスを見た。


「アレクス、お前は戦闘であまり貢献できなかったことを引け目に感じていたかもしれないが、それでもパーティになくてはならない、縁の下の力持ちだった。よく目端が利くし口も回る、意外なところで活躍をしてくれる男だった。最初は不純な動機でやって来ているのが見え見えだったし、パーティに加え入れるべきかを悩んだものだが、今となっては仲間にしてよかったと思っているぞ」

「な、なんや、そんなセリフ……もっと早く聞きたかったわ」

「すまなかったな、俺は口下手なのだ。だがお前は俺とは違う、この世界をさらに引っ張っていくことができるだろう」


 それから、敵意でなく尊敬の念を以てクモラを見た。


「新たなる魔王、クモラよ。世界には闇もきっと必要なのだろう。俺の弱き心は、どうしてもそれを認めることができなかった。お前には生き残った魔族たちの指導者として頑張ってもらいたい」

「うん、任せて!必ず世界を、未来をより良いものにしてみせるから!」

「ハハハ、期待しているぞ」


 それから、肩の荷の降りたようなほっとした顔で俺を見た。


「最後にステッド…………いや、”勇者”ステッドよ」


 アルバートの言葉に俺は驚愕する。

 彼は微笑みながら、手向けの言葉を送る。


「世界を……任せたぞ……」


 そう言って、後ろ向きに飛び上がって、アルバートはその体を大空へと預けた。仰向けで風に揉まれながら、遥かな断崖の淵へと落ちていく。


「アルバートォォ……!!」


 俺は叫びながら、塔の縁へと駆け寄った。

 他のみんなも同じように続いた。


 既にアルバートの姿は見えなくなっていた。

 俺たちは涙に潤んだ瞳で、眼下の歪んだ光景をじっと見つめ続けていた。


 まもなく、空から光が失われた。

 日は没した。

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