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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
最終章 墜ち往く陽、真なる勇気に向かいて
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真なる勇気

 気が付くと、辺りはまっさらな空間に変わり果てていた。夕闇の空も、城も山も、どこにも見当たらない。ただ漠々とした空間が広がっているのみである。


「こ、此処は……?」


 何もないが見覚えがある空間だった。

 たしか此処に来るのは三度目。俺は何者が待ち構えているか、分かっているように視線を動かす。


 眼前には、女性のような外見の見上げるほどの巨人。四本腕のうち二本を組み、目を閉じて胡坐をかいて座っている。白い髪と白い肌、黒い瞳と黒い戦装束(いくさしょうぞく)のコントラストが相変わらず美しかった。


「ま、魔王モラクレス……」


 俺は彼女の名を呼んだ。

 モラクレスはしばらく黙って座っていた。


 或る時、不意に目を開けたかと思えば、なにやら呟いた。


【ずっと考えていた】


 何の話か分からず、俺は尋ねる。


「か、考えていたって、何を……?」

【我の罪とは、果たして何であったかをな】


 ぽつりとそう言って、話を続ける。


【我はおそらく神の落とした影であった。その為か我が生み出した七体の分身は、それぞれ神が定めた七つの悪徳を体現する存在となった。そんな七大罪を統べる我の罪は何なのかと、ずっと考えていたのだ】

「魔王の、罪……」


 たしかに、気になったことはある。

 七大罪を統べる魔王モラクレスもまた、なにかしらの罪を体現しているのか?そのことを魔王自身も気にしていたようだった。


【だが、その答えは既に見えている】

「と、言いますと……?」

【我の罪は、(ひとえ)に”臆病”であったことだろう】


 目を落とし、自責の念に駆られるように言っていた。

 俺は耳を疑った。


「お、臆病!?かつて世界の支配を目論んでいた魔王が、臆病だなんて、そんなことあるってのか!?」


 魔王と言えば、かつては恐怖の象徴だったはずだ。破壊と暴力で、世界中を脅かしていた存在だった。そんな魔王に臆病とは、なんとも似つかわしくない言葉に思えたのだ。


 しかしモラクレスは言う。


【いや、おそらく臆病であったからこそ、あのような行動をとってしまったのだろう】

「ど、どういうことだよ?」

【お前には話してやろう。そもそも何故我ら魔族が、世界の支配を目論んだのかをな……】


 一呼吸おいて、魔王は語り始める。


【お前も知っているように、万物は相反する二つが結び付いて存在している。片側だけで存在しているものなど有りはしない。それは世界でさえも同じだ。この世界にも、裏側が存在する】

「……!それが魔界ってことか!」

【魔界とはこの世界から見て、陰にあたる世界なのだ。そして滅びぬものなどない、世界にも寿命がある。我々の住む魔界は一足先に滅びを迎えた】


 憂いを帯びた瞳で言っている。


【突然世界中の空間が歪みだしたのだ。そして山は火を吹き、水は濁って淀み、風は逆巻き荒れ狂い、大地は揺らいで崩れ裂けた。焼け付く光が溢れ、すべてを飲み込む闇が立ち昇った。あのままでは魔界中の命すべてが滅びを迎えるところだった】

「だから、この世界に……」

【そうだ。古来より、空間の裂け目を通って表の世界に行った者の話は伝わっていた。もう一つの世界があることを我は知っていた。だから我は全力を振り絞り、次元を引き裂いて魔族や魔物たちを引き連れ、こちらの世界へとやって来たのだ。もう三十年以上も昔のことだ】


 ここからいっそう、モラクレスは悔いるような声音で語り続ける。俺はなんともいえない気持ちで、それを聞き続ける。


【だが我は、この世界にもともと住んでいた人間たちとの共存を良しとはしなかった。何故だか分かるか?】

「……魔王としてのプライドが許さなかった、とかか?」

【初めは我もそのように思っていた。だがおそらく違ったのだ。我は、単に怖かったのだろう。我の同胞が差別や迫害の憂き目に晒されることを恐れていた。だから共存など考えなかった、いや考えたくなかったのだろう。当時の我はまるで自分に言い聞かせるかのように、世界の支配以外はあり得ぬという態度を貫いていたように思う】

「……」

【我らが人間の立場だったとしても、別世界から来た得体の知れない連中など冷遇するに決まっているだろう。だから我はこの世界を本気で新たな魔界に作り変えるつもりでいた。だが結果はこのざまだ。我は敗北を喫し、魔族も魔物も絶滅に瀕した。そして人間たちも甚大な被害をこうむった。双方ともに手痛い目に遭ったのだ。もし我が支配でなく、融和的な姿勢を持って接していたらこうはならなかったのではないかと、ずっと考えていたのだ】


 モラクレスはじっと、俺の目を見つめる。

 少し、同情を期待するような色があった。


【しかし当時の我にはそんな考えなど思い浮かばなかった。いや、押し殺していたと言った方が正しいだろう。我には、差別や迫害が待っていると分かっていながら、歩み寄るという勇気など持てなかったのだ。そんな未来を考えたくもなかったのだ。これを臆病と呼ばずしてなんと呼ぼうか?】

「そ、それは……そうかもしれないけどよ……」


 返答に困って、俺は言葉を濁した。

 モラクレスの言う通りではあるかもしれない。だが自分がもし魔王の立場だったらと思うと、彼女の気持ちも分かってしまうような気がしたのだ。



 しかしモラクレスはいつまでも悔恨のこもった声ではなかった。

 少し、前向きな印象の声音に変わって言う。


【だが我は良い肉体に巡り合えた。この少女は恐れを知らず、己が望んだ理想まで走っていける力と度胸がある。正直この肉体を選んだのは苦し紛れの選択でしかなかったのだが、今ではこれで良かったと思っているよ】

「そ、そうか……」


 それについてはまったく同意であった。

 クモラは勇敢で可憐で、俺のような欠点だらけの男にはまったく不釣り合いであった。モラクレスが気に入るのもうなずける。俺は思わず俯いて、胸中の本音を吐露する。


「そうさ、クモラは勇敢だった。守護者のはずの俺よりもずっとな。クモラには何度も危ないところを庇ってもらったことがある。情けない限りだよ。俺はてんでダメダメで、クモラの方がずっと勇気があったんだ。自分のダメさが嫌になることもあったよ」

【……ふむ、我はそんなことはないと思うがな】


 いたわるような優しい声音で言ってくれていた。

 思わぬ返答に、俺は顔を上げた。


「へ?」

【お前はこの少女が、元から勇敢だったと勘違いしてはいないか?そんなことはないぞ。物心つく前から憑りついている我には分かる。この少女がどこまでも勇敢に立ち向かっていけるのは他でもない、お前のことを心から信頼しているからだ】

「そ、そうなのか……」

【お前が傍に居たからこそ、この少女はくじけることなくここまで来ることができたのだ。お前の真なる勇気にあてられて、少女もまた強く立ち向かうことができたのだ。お前に目を付けた我の見る目は正しかったのだ。お前には感謝してもし切れないよ】


 思わぬモラクレスの言葉に、俺は少し赤面して視線を落としていた。どこか照れ臭かった。だが嬉しかった。そうか、クモラはずっと、俺のことを頼りにしてくれていたんだな……てっきり逆だと思っていたが。


 ところで、モラクレスのある言葉が気になった。


「クモラに頼りにされていたのは正直言って嬉しいよ。でも真なる勇気ってのは、ちょっと言い過ぎじゃないか?だって俺は全然勇敢な男じゃなかった。弱腰になってばかりだったし、泣きながら逃げ出そうとしたことさえあった」


 暴君竜(ネロス・ドラゴン)に、為す術もなく追い詰められた時のことを思い出した。

 モラクレスは試すように問いかける。


【……ふむ、ステッドよ。では”勇気”とはなんだと思う?】

「へ?そりゃ、何事にも恐れずに立ち向かっていけることなんじゃないのか?それこそ、勇者アルバート・エリュシオンのように……」

【違うな。恐怖を感じないのが勇気なのか?それは思考の麻痺した馬鹿者と何が違うというのだ?】


 そこから彼女は、毅然と力強く、次のように言った。

 暗闇に閉ざされつつあった俺の心に、まばゆい光が差した瞬間だった。


【勇気とは、たとえ臆病風に吹かれ恐怖に(さいな)まれることがあっても、(おの)が理想を実現せんが為に立ち向かっていくことではないのか?であればお前はこの世の誰よりも、真なる勇気を持った男ではないか】

「俺に……真なる勇気が……?」

【お前は何度もくじけそうになった。だがそのたびに立ち直って立ち向かっていったではないか。お前のような勇気こそが、真の勇気なのだ】

「……」

【何度でも言うぞステッド。お前が居たからこそ、この少女はここまで来ることができたのだ。お前が居なければ為しえないことだった。お前の真なる勇気にあてられたからこそ、少女もまた勇敢であることができたのだ。少女もそうだが、我の幸運はなによりお前に巡り合えたことだろう】

「……」


 返す言葉が見つからなかった。茫然と立ち尽くしていた。

 俺にもっとも似合わないと思っていた言葉が、誰よりも俺に似合っているのだと、モラクレスはそう言っていた。遠慮でも慰めでもなく、疑いのない声音で、まったくもって真っ直ぐに言ってくれていた。


 いつの間にか、頬を熱い涙が伝っていた。


「俺に……勇気が……」

【胸を張れ、ステッド。お前という勇敢な男と巡り合えた魔王に、もはや敵などいないだろう。魔王の臆病なる闇は、お前の勇敢なる光によって照らされた。光と闇が結び付いたその時、無限の力が生まれよう】


 そこまで言って、モラクレスの体がボロボロと、崩壊するようにして消え始める。

 俺は驚いて、声を上げる。


「モラクレス!?」

【……本当は、力が戻りこの少女の肉体が成長したあかつきには、肉体を乗っ取るつもりでいた。だがお前たちを見ているうちに、そんな気持ちはとうに薄れてしまったよ。我は消えることにしよう、力だけを残してな】


 みるみる、モラクレスの姿が半透明になっていく。


「モラクレス!」

【さあ目を覚ますのだ、ステッド。そして立ち上がれ!お前の隣には、お前とどこまでも進んでいくことを心に決めた、新たなる魔王がいるぞ……】


 やがてモラクレスの姿が消えるとともに、俺の視界も暗転した。


 ――――

 ――


 目を覚ませば、夕闇の空と山間の風景が戻って来る。

 ここは城の頂上、さきほどまで勇者アルバートと交戦を続けていた場所だ。


 不思議と体の痛みもだるさも消えていた。

 眼前には驚きに目を丸くしたアルバートが立ち尽くしている。


 俺は立ち上がって、アルバートに向き直った。

 そこで奴の視線が気になって、それを追った。俺のすぐ隣に視線は注がれていた。


 ――隣に立っていたのは見慣れない美女であった。

 いや、知っている。見紛うはずがない。

 クモラだ!クモラはすっかり大人の肉体に成長して、長く伸びたクリーム色の髪を風に靡かせていた。着ていた服がまたしても不釣り合いになって、抜群のプロポーションをこれでもかと見せつけていた。放たれている魔力も、全盛期の魔王を凌駕しているほどだろう。


 クモラは信頼と決意に満ちた力強い眼差しを俺に向ける。

 幼さの消えた凛々しい声で俺に言う。


「行こう!ステステ!」

「…………ああ!太極だ!」

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