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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
最終章 墜ち往く陽、真なる勇気に向かいて
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VS.勇者アルバート・エリュシオン②

 塔の頂上の片隅で寝転がるアーケディアが、水のドームに視線を送っている。


(この魔法……古代の魔法と似たような魔力回路をしているね。ハイン君、自分なりに古代魔法を再現してみようと努力したんだねー)


 そんな水のドームの中では、ハインリヒと勇者が対峙していた。足を付けている勇者に対し、彼は風魔法で宙に浮かんでいる。


「これは……水魔法で牢獄を作り出したのか。こんな魔法まで使えるようになっているとはな。さすがは稀代の魔法学者だ」


 周囲を流れる水を見つめて、感心したように言う。

 ハインリヒは得意げに返した。


「このドームはただ対象を閉じ込めるだけではないぞ。魔力を吸収し、強烈な弱化効果(デバフ)をもたらすのだ。どうだ?まるで老いさらばえたかのように、体の調子が出なくなってきただろう?」


 言われて、アルバートは自分の体がだるさを覚え始めていることに気づく。


「なるほど……素晴らしい魔法だ」

「そしてそれで終わりではない!吸収した魔力を利用して疑似的な魔物を生成するのだ!つまり貴様は弱体化した肉体で、己の魔力から生まれた魔物と戦わなくてはならないのだ!」


 ハインリヒが説明している内に、巨大なカジキマグロのような影が現れて、ドーム内を縦横無尽に泳ぎ始める。鋭利な(くちばし)を突き出して、獰猛にアルバートに迫った。


 水魔法:”老人と海”――!


 しかし勇者は聖剣を振るい、危なげなく応戦する。


「ドームの中に別の魔法も仕込んでいたのか。脱出不能の牢獄に、身体能力低下の弱化効果(デバフ)、おまけに強力な魔物の出現……たしかに並みの者からすれば絶望的な状況だろう。だがこの程度で、勇者が音を上げると思うなよ!」


 その瞬間、勇者を包む神々しい気が爆発的に増加した。


「うおおおおおおおおっ!!」


 神聖魔法:”金色夜叉(こんじきやしゃ)”――!


 勇者はひとしきり叫んだあと、弾けるように駆け出して聖剣を目にも止まらぬ早業で振り回し、怪魚の魔物を細切れにして仕留めてしまう。あっという間の出来事だった。


「久しぶりに見たな、身体能力を底上げする魔法――やはりそう簡単にはいかないようだな、だがそれも分かり切っていたこと」


 ハインリヒは魔法で水の小舟を生み出すと、立ったままの姿勢でそれに飛び乗った。小舟は水上を滑るように移動して、アルバートに迫りゆく。


 水魔法:”高瀬舟”――!


 距離を詰めながら、ハインリヒは右手に暗く濁った炎を生み出す。一気に溢れさせて、アルバートを火炎に晒した。


 火魔法:”斜陽”――!


「こ、これは……?」

「闇属性の性質を再現した火魔法だ。なかなかに効くだろう?」

「次々と見たことのない魔法を使う、さすがだなハインリヒ」

「当然だ、この十年間ずっと下準備を進めていたのだ!いつか貴様を打ち倒し、勇者の力を得るために!」


 水上を滑りながら、続々と闇の炎を飛ばしていく。

 だがいくら攻めても勇者を追い詰めることができない。倒れるどころか、息の一つも切らしていなかった。


 強力な魔法を連発し続け、先に限界が見えてきたのはハインリヒの方であった。


「ぐっ、はぁはぁ……」

「よく頑張ったが、そろそろ限界のようだな」

「負けるわけにはいかない……勇者の力も魔王の力も、この私にこそふさわしいのだ!」

「相変わらず野心に満ちた男だ。だがどれだけあがいたとて、この俺を倒すことなどできるものか!」


 勇者の強烈な斬撃が、水の小舟ごとハインリヒを吹き飛ばした。




 ドームの外で、俺たちはずっと様子を窺っていた。

 内部で何が起きているのか外からは分からなかった。果たしてどちらが勝者となって出てくるのか、全員が固唾を飲んで見守っていた。


 そして、ついに時は訪れる。

 突如水のドームが爆発四散したかと思えば、倒れ伏すハインリヒと、神々しい気に包まれて佇むアルバートの姿が現れた。


【ま、負けちまったのか、ハインリヒ……】


 奴が戦ってくれている内に、俺たちはなんとか態勢を立て直していた。

 すまんハインリヒ、お前の頑張りを無駄にはしない。


「うう、アルバートの奴め、よりにもよって”金色夜叉”を発動させとる!」

「あの状態のアルバートは普段の数段手強いわよ!気を付けて!」


 光輝く勇者を見て、アレクスとハンナが慌てふためく。

 ま、まじか!?ただでさえ強いってのに、さらに身体強化の魔法まであるなんて……


「さて、次は誰の番だ?」


 勇者は不敵に言う。

 そこにすかさず、太極したシューザとラヴィアンが素早く駆け出していった。


【ハインリヒを倒しただけでいい気になるなよ!】


 両腕に拳銃を出現させて、圧縮させた風の魔弾を乱射する。しかしふたたび”聖域<サンクチュアリ>”を展開した勇者には、傷ひとつ付けることもかなわなかった。


 やがて、シューザは無念にも斬り捨てられた。


【ぐああ!】


 太極が解けて、転がる。

 彼に代わって今度はラヴィアンが飛び出した。


【アルバート様!失礼いたします!】


 ”冬の嵐”で身体能力を向上させて動き回りながら、凍てつく氷の鞭を振るう。しかし勇者は難なくそれを片手で受け止めた。掴んだ手に凍り付く様子はない。


【なっ……!】

「腕を上げたなラヴィアン。だがそれでも、俺には届かん」


 不意に距離を詰められ、無慈悲に拳を入れられた。ラヴィアンはくずおれ、太極も解けて倒れ伏した。


 あっという間に武闘派二人を下したアルバートは、落ち着いた所作でこちらに視線を向ける。


「どうした?まさかもう戦いを諦めたわけではあるまいな?」


【うう……】


 気持ちがくじけ出した俺に、勇者は悠然と歩み寄ってくる。

 そこに太極したダニヤンが躍り出して、壁となって立ちはだかった。


【うおおー!アルバート!此処を通りたくば、俺を打ち倒して見せるがいい!】

「ダニヤンか。たしかにお前は頼もしい壁役だったが、この俺を押しとどめられるとでも思っているのか?」


 表情を引き締めると、勇者の神聖なる気が更に爆発的に増した。そのまま弾丸のように飛び出して、ダニヤンの胴に渾身の一撃を入れる。


【ガハッ……!】

「この俺が本気を出した以上、お前たちの全滅は確定している!」


 衝撃波が走り抜けたあと、太極が解ける。

 痛恨の一撃だった。ダニヤンは鎧を損壊させて血を吐きながら、天を仰いで倒れ伏した。


 俺たちは戦慄した表情で固まっていたと思う。

 あのダニヤンが一撃で倒れ伏す場面など見たことがなかったからだ。一撃も耐えられないのであれば、太極時の能力も意味はなかった。


 勇者は立ちはだかった壁にまったく足止めされることもなく、悠々と近づいて来る。

 アレクス、ハンナ、キアラは冷や汗を浮かべて立ちすくんでいる。


 俺もどうすればよいか分からずまごついていた。何をしてもいなされる気がしてならなかった。敗北の二文字が、人の形を伴って迫って来ているかのようだった。


【ち、ちくしょおおお……!】


 半ばヤケになったように、俺は叫んで飛び出した。

 凄まじい速度で拳を打ち付ける。しかし勇者は防御壁を展開させるまでもなく、たやすく受け止めてカウンターの拳を打ち込んだ。


 俺は負けじと、至近距離で特大の闇の魔力を放とうとする。だが勇者は聖剣の一撃で、魔力ごと俺を弾き飛ばしてしまう。


【う、うわああああああ!】


 吹き飛びながら、いよいよダメージが蓄積されたのか太極が解けてしまった。

 元の二人に戻って、無様に床に転がった。勇者は勝ち誇ったというよりは冷徹な瞳で、倒れる俺たちを見つめている。


(ちくしょう……!強い、強すぎる……!これが勇者アルバート・エリュシオン……これが救世の勇者の力だってのか!)


 驚異的な威力の攻撃魔法”雷霆”、絶対防御の”聖域<サンクチュアリ>”、身体能力向上の”金色夜叉”。魔法の粋と呼ばれたハインリヒ、守りの粋と呼ばれたダニヤン、攻めの粋と呼ばれたラヴィアン、それぞれを上回る力をひとりで備えていると言えばその脅威が伝わるだろうか。


 戦う前の威勢のよさが嘘だったように、もはやほとんど心がくじけかかっていた。

 勝てるビジョンがまるで見えなかった。非力な子供が、屈強な大人に為す術もなく蹂躙されているような気分だった。


(やっぱり無謀だったのか……?俺なんかが勇者を倒そうだなんて……今まで俺なりに頑張って、それでなんとかやっていくことができた。だからこんな俺でも世界を変えられるんだと、そんな風に思ってしまっていたけど、やっぱり分不相応な想いだったとでもいうのか……?)


 深い闇のような絶望が、胸中に広がり始めていた。


「ステステ!しっかりして!」


 なんとか起き上がったクモラが必死の形相で、俺の体を揺すっていた。

 ごめんなクモラ、もう体中が痛くて起き上がれそうもない。いや体よりも心の方が問題だった。既に俺はほとんど敗北を認めてしまっていた。


(クモラ……ごめんよ、やっぱり俺じゃ無理だったんだ。もともと俺は、弱くてダサくてダメな男だった。それが魔王の力や太極で強くなったと勘違いして、俺でも勇者に勝てるだなんて思い込んじまったんだ。よくよく考えれば魔王の力も太極も、別に俺だからこそ扱える力ってわけじゃない……たまたま俺なだけだったんだ……ごめんよぅ、クモラ、お前が出会ったのが俺のような男でなければ、こうはならなかったかもしれないのに……)


 勇者の強い光が、俺の心に途方もなく深い陰を落としていた。

 もはや安らぎさえ覚えるように、体の力が抜けていく。そうして俺の心は、暗い奈落の淵へと堕ちていくのだった――

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