商人アレクスとの対峙
俺とクモラは館の中を歩き続ける。
清潔な床に豪華な調度品、長い廊下……外観から内装までいかにもな金持ちの屋敷だった。
「いいかクモラ、できるだけ誰にも遭遇しないようにしつつマルグリットさんを捜すんだ。誰かに気付かれて騒がれたら面倒だしな」
「うん!あれー?」
クモラは何故だか壁の方を向いている。なにやらボタンのようなものが設置されていた。
「何だろこれー?」
「あっ!バカ、クモラ……!」
迂闊に触るなと俺は告げようとしたが間に合わず、クモラはその謎のボタンをぽちりと押してしまった。すると驚くべきことに、突然壁が回転して、クモラのやつは壁の向こう側へと移動させられてしまったのだ。
「ク……クモラーー!!」
分断という予想だにしていない事態に思わず叫んでいた。
なんだこりゃ、ここはからくり屋敷か何かか!?
とにかく、マルグリットさんだけでなく、クモラの捜索もしなくちゃいけなくなった。それにこちらの方が俺にはよほど重大事項だった。
(や、やべえ、どうしよう……!クモラの奴が近くにいないと俺は魔王の力を使えないんじゃ……?魔王の魂はクモラの体の中にあるんだからな!)
館への侵入はこの予期せぬ分断によって、いっそう難易度が上がったように思う。俺が魔王の力を使えない以上、クモラと合流できるまで館の者に遭遇することは絶対に避けなければならなくなった。何故かって?丸腰で喧嘩したって勝てやしないからだよ!
俺はコソ泥のように周囲を伺いながら、コソコソと先に進んでいく。
何度かアレクスの私兵や使用人と遭遇しそうな場面もあったが、調度品の陰に身を隠すなりしてなんとかその場をやり過ごした。
(くそ、クモラの奴、どこに行っちまったんだ?誰かに見つかっちまう前に早く合流しないと……)
しかし嫌なことは重なるものだ。
俺はいつの間にか、館の奥の大広間のような場所まで来てしまっていた。奥の方に階段があって、そこを登った先の高くなった箇所に巨大な宝石のような装置が設えられている。
その装置は紫色の光を放って、煌々と不気味に輝いていた。
「あ、ありゃいってー何だ?」
「それは魔王の力の根源が一つ――七大罪の化身、”暴食"を封じ込めたアーティファクト!その力で結界を生み出し、このアレクス領を不可侵のものにしとるんや!」
突然、耳障りな声を聞いた。
聞き覚えの無い男の声だ。つまりクモラやマルグリットさんに合流できたわけではない。
俺はおそるおそる声のした方を向く。階段の上だ。
そこには赤い髪で裕福そうなローブを羽織った、糸目ギザ歯の男が居た。どう見ても兵や使用人には見えず、俺は嫌な予感がした。
「も、もしかして、アンタが商人アレクス……?」
「せやせや。庶民風情がよくもまあ、ワイの館に土足で上がり込んでくれたモンやな。ええ度胸しとるわ、ホンマ」
アレクスは高い位置から見下すように俺に視線を送っている。
「金目のモンでも盗みにきたんか?衛兵は何をしとったんや……まあええわ、ワイに逆らったらどうなるか知らんワケやないやろう。覚悟しいや」
「ち、ちげえ!そんなしょぼい理由じゃねえ!俺はアンタの統治に文句を付けにきたんだよ!」
直接の目的はマルグリットさんの救出だったが、そのマルグリットさんがアレクスの統治に物申す為にここまで来ているのだ。つまり俺もそれに加担している認識だった。
「ほーう?ずいぶんと命知らずやなあ……」
アレクスは邪悪に笑いながら言っている。その姿は、世界を救った勇者パーティーのイメージには似つかわしくなかった。
「どうやら庶民にはワイの統治の崇高さが分からんようやなあ。魔王を討ち魔族を滅ぼした今、今度はワイら人間が世界の為により高次元の存在を目指さねばならん……!残酷で暴れるばかりだった魔族を反面教師に、ワイら人間が素晴らしき存在に成れるようにワイは生類愛護会を発足したんや」
ご高説を垂れ流すも、やはり語るその姿は為政者に相応しくない。
「そんなワイの尊い理念も理解できずに、唾を吐きよるとは!やはり下賤のモンには理解できひんようやな。観念しいや、これからえげつない責め苦の中でその魂を浄化したる」
(うう……どうする?コイツは武闘派には見えないが、それでも喧嘩クソ弱の俺じゃあ負けかねないし、それに兵を大勢呼ばれる可能性だってある。クモラと合流できない限り、俺に活路はねえ……なんとか時間稼ぎをしないと……!)
俺にはちょうどアレクスの奴に聞きたいことができていた。
苦し紛れの時間稼ぎに、俺は尋ねる。
「そういやアンタ、後ろのアーティファクトとか言ってたやつ……そこに七大罪の化身が封じ込められてるって言ってたが」
「アン?庶民風情にそれが関係あるんか?まあええわ、冥土の土産に教えたる。コイツはハインリヒの奴が開発した魔の力を封じ込めておく装置でな、ワイら勇者パーティのモンはみなコイツで七大罪の化身を封じ込め、その力を利用しとるんや」
背後の、紫色の光を放つ装置を見ながら言う。
「各領地を分断している結界もコイツの力で作り出しとるんや。魔王モラクレスを討った後に残された力の残滓!有効利用しない手はないわな!」
(な、なるほど……!結界は魔王の力に由来するモンだったのか!だからあの時、俺とクモラは結界を通り抜けてハインリヒ領の外に出ることができたんだな。なにせ俺たちは魔王の力を持っているんだから)
疑問が氷解したところで、眼前にあるバカでかい装置が七大罪の化身を封じたもの……すなわち魔王モラクレスに解放をお願いされていた力の根源なのだと思い直す。
正直、魔王にそこまで強制はされていなかったし、俺もそこまでやるつもりはなかった。俺にはそんなスケールの大きなことは無縁だと思っていた。しかし何の因果か、七大罪の化身が封じられた場所の一つに俺は行き着いていたのだった。
(そしてあのアーティファクトとかいうのを破壊すれば、七大罪の化身の一つが解放される……たしか暴食とか言ってたっけな。もし解放が実現すりゃ魔王の力が覚醒に一歩近づくってコトだな)
だが現状クモラとの合流が果たされなければ、アーティファクトの破壊はおろか此処からの生還さえ絶望的だった。
(うう、それにしたってクモラはまだか?早く来てくれー!会話で時間を稼ぐにしたって限度があんゾ!)
「さーて、世間話は終いや。今の内に辞世の句を考えておくとええで」
(いやああああああああ!)
いよいよ時間稼ぎも潮時かと俺が観念し始めた頃、「ステステ―!」という元気な少女の声を聞いた。クモラだ!俺にはまるで救いの女神の声のように聞こえた。
見れば俺が来たのとは別の通路から、クモラが元気よく駆けて来ていた。誰かに取っ捕まっていないか心配だったが無事切り抜けたらしい。それはいいんだが、クモラはなんだか妙な物を抱えていた。それはキラキラと虹色に輝く大きな宝石だった。
「ステステ、見て見て!すっごいキレイな石見つけたんだよ!すごいでしょー!」
俺は何がなんだか分からずにその宝石を見ていたが、アレクスの奴はぎょっとしていた。
「あ、あれはーー!ワイの集めたお宝の中でも十指に入る秘宝中の秘宝、虹煌石ーー!」
アレクスはそう叫ぶと、ドドドと大慌てで階段を駆け降りてクモラの元に迫った。
「ド、ドアホー!何勝手に持ち出しとんねん!てかどうやって宝物庫に入った!?」
それはおそらく、闇の力で壁を損壊させるなりしたのだろう。
「返さんかい!われぇ!」
「わっ……!」
クモラは驚いて、その宝石を手放してしまったようだった。
ガシャーンと、宝石は床に落ちて粉々に砕けてしまった。
「……」
「ご、ごめんなさい……」
クモラは申し訳なさそうに謝る。
アレクスは、ギロリと鋭い視線をクモラに向けた。
「な……!な……!」
わなわなと震え始めたかと思えば、目の前のクモラを盛大に殴り飛ばした。
「何さらしてくれとんのやぁーー!!」
少女の小さな体は大きく吹き飛んだ。
それに欠片も憐憫の情を感じることなく、アレクスはクモラに迫ると殴る蹴るの暴行を始めた。
「この宝石は秘宝中の秘宝!おどれの命、何百何千あっても買えへん代物やぞ!?それを盛大にぶっ壊してくれよって!このガキャーー!!」
一切容赦のない、力加減だった。
それを見ている内に、俺は生まれて初めて感じるような想いに駆られていた。
普段の俺ならば常に胸中に付きまとっている不安や恐れ……そんなものは立ちどころに消え失せていた。クモラを救いたいという強い想い、そしてアレクスに対する怒りばかりが胸の中を席巻していた。
気付けば鋭く、矢のように駆け出していた。
「立てや、こんガキ!えげつない折檻したる!ん……?」
「何してやがんだぁ!テメェーー!!」
俺は怒号を発しながら、アレクスの横っ面を力強く殴っていた。
奴は情けない声を発しながら、転がるようにして吹き飛んでいった。
「ぎゃっ……!ぎごっ……!がはっ……!」
呻き声を上げながら床を転がり、終いには壁に叩き付けられる。
俺はそんなアレクスの醜態には見向きもせずに、クモラの元に駆け寄る。そして傷だらけの彼女を抱え上げた。
「クモラ!大丈夫か!?」
「ステステ、うわーん……!痛いよぉ……!」
クモラは泣きじゃくっていた。
俺はおそらく青筋を浮かべていたと思う。その形相のままに、アレクスに視線を向ける。
(くそ!なんや、あの男にあんな力があるとは……まるでダニヤンの阿呆にぶん殴られた時のようや)
アレクスは頬を抑えながらヨロヨロと立ち上がる。
「許さねえぜ、商人アレクス。あんた金や権威のある者なら何をしてもいいと思ってるな?」
「ハッ!何を当たり前のことを言うとる!」
ゴソゴソと、アレクスは懐をまさぐって何やら取り出した。リモコンのような形状だった。
「教えたるわ!このテンペランティアの支配者であるワイに逆らうことがどれだけ罪深いことかをな!」
そしてリモコンのスイッチを押した。
突然地震が発生したかと思いきや、急にアレクスの足元の地面が盛り上がった。
――金色と黒地の蛇のような機械が、床から姿を現していた。
アレクスはその頭部にある操縦席に搭乗している。
「……コイツは!?」
「ワーハハハハハハ!これこそワイのお宝十指の一つにして、戦闘用途のあるアイテムで最高の一品!蛇型殺戮機や!」
蛇が鎌首をもたげるような動作で、俺たちを見下ろす。
「お前にはワイの為にたっぷり働いた上で死んでもらおうかと思っとったが、予定変更や!ワイに歯向かった罪は重い!この場でギタギタにいてこましたるわぁ!」