VS.古の武人④
――再度、視点はステッドたちの方に戻る。
こちらでは力を覚醒させた”勇者の剣”と”勇者の盾”が、恐るべき戦闘能力で立ちはだかっていた。
”勇者の剣”は両脚に備えたジェット機構で空中を高速飛行し、両腕が変形した双剣で踊るような連撃を繰り出してハンナを圧倒する。
【ハハハ、拙者のつるぎの舞を捉えられるものか!我が剣のさびとなるがいい!】
【チィ……!】
ハンナはルッスリアと太極して、仮面の天使に変貌していた。
そして空中を飛び回りながら、光魔法で応戦するも苦戦を強いられる。
【光魔法:”罪と罰”――!】
【当たらぬ!】
【”灼熱太陽”――!】
【当たらなければどうということはない!】
錫杖から放つ光線も、噴射する火炎もまるで命中しない。恐るべき機動力の相手だった。一方ハンナは度々斬撃を命中させられていた。とっさに離れて回復魔法で治癒するもジリ貧であった。見るからに追い詰められていた。
(ダメね、敵の動きが速すぎる……!どうにか移動を制限するしかないわ)
ハンナは距離を取ったところで錫杖を掲げて、辺り一帯に青白く輝く無数の光球を出現させる。
【光魔法:”銀河鉄道の夜”――!】
”剣”は勢いあまって光球にぶつかりそうになり、緊急停止する。
【ほう、これはこれは、高温の光の玉を生み出したのか。これでは迂闊には飛べないな。だが無駄な足掻きよのう】
たしかに、敵の移動速度は先ほどまでに比べれば落ちていた。それでも、機動力はまだあちらの方が数段上だった。双剣の鋭利な音を鳴らしながら、脅威が飛来する。
(このままじゃまずいわね……ラヴィアン、早く来て!)
だがハンナの願いは届かない。
ラヴィアンもまた”勇者の盾”と激しい死闘を繰り広げていたからだ。駆け付けたくても駆け付けられない状況だった。
「くっ!なんという守備、まさに鉄壁ですね……」
【ワハハ!仲間の元へ助太刀に行きたいのであろうが、そうは問屋が卸さんぞ!】
ラヴィアンは身体能力を大幅に向上させる氷魔法:”冬の嵐”を発動し、全力で”勇者の盾”に攻撃を仕掛けていた。しかしダメージはおろか、ひるませることすらもできずにいた。
”冬の嵐”を発動している時のラヴィアンは、凄まじい速度と力で動き回っており、肉眼ではほとんど空中を駆け抜ける衝撃波のようにしか見えなかった。しかし”盾”は、十本以上に増やした腕を巧みに操って彼女の脚撃をすべて受け止めていく。手先のすべてが盾のような形状になっているのでビクともしない。
しかもラヴィアンは一方的に攻撃できているわけではなかった。なにせ敵は複数の腕を持っているのだから、暇になっている腕は防御でなく攻撃に回してくる。隙を突いて繰り出される反撃を躱しながら、彼女はなんとか激しい攻勢を継続していた。
「ハア、ハア……」
距離を取って、呼吸を落ち着けようとする。
間違いなく追い詰められていた。無敵の矛を誇った彼女の攻撃力を以てしても、為す術がなかった。
「や、やべーんじゃねーかこりゃ?ハンナもラヴィアンも追い詰められちまってる……」
俺とクモラは相変わらず、離れたところで観戦を決め込んでいた。
本音を言えば今すぐにでも太極して助太刀に行きたい。うう、どうしたもんか。
傍らのクモラに相談しようとしたところ、彼女はなにやらぽつりと呟いた。
「あれー?アレクスがいないよー?」
「へ?」
クモラの言葉を受けて俺も辺りに視線を泳がせるが、たしかにアレクスの姿がどこにもなかった。まさかヤバい状況だからって逃げ出したんじゃ……いや、でも降りてきた時の階段も塞がっちまってるし、どこにも逃げ場なんてないはずだけどな。
俺とクモラがアレクスを捜していた頃、ラヴィアンはついに片膝を突いた。
「くっ……」
苦悶の顔で、眼前の巨人を見上げている。
【これほどの武闘家が現代に存在するとは恐れ入ったぞ。だが拙僧の力の前では為す術もないようだな。さあ、観念するがいい、虫けらのごとくに叩き潰してやろうではないか】
ズシンと、重い足腰を上げて”勇者の盾”が歩き出す。
万事休すかと思ったが、その時やかましい声を上げて、スペルビアが姿を現した。
「フーハハハハハハッ!どうした、もう諦めたのか?情けないぞラヴィアン!」
スカーレットの髪に長い黒コートの男が、この期に及んで愉快そうに笑っている。
”盾”は足を止める。ラヴィアンはバツが悪そうに立ち上がって、黒コートに視線を送った。
「……敵は想像以上の強敵ですね。こうなれば私もハンナのように、太極というものを試してみるしかないのかもしれません」
「おおっ!その言葉を待っていたぞ!」
スペルビアは嬉し気に返した。
実質、自分を頼ってくれたも同然だからだ。
「貴方を相方とする以上、私はどうにかして傲慢にならなくてはいけないのでしょうね。そして貴方はその逆、謙虚に徹する必要があります」
「ふむ謙虚、謙虚か……謙虚とはなんだ?」
「まあ自分のことをあまり主張せず、素直に従順であることでしょうか」
それを聞いて、スペルビアは高笑いする。
「フハハハハハ、なれば我はバッチリだな!敬愛する魔王様の為に、こうして文句も言わずにかつての仇敵と行動を共にしているのだからな!我の謙虚な姿勢は完璧であると言えよう!」
「……果たしてそうでしょうか?」
「むしろお前の方が心配だぞ、ラヴィアン!前にも言ったが、お前はもっと傲慢になった方がいい!試しに勇者と結婚して、ハネムーンであやつを振り回す妄想でもしてみたらどうだ?」
「なっ……!」
ラヴィアンは顔を赤らめる。
急に戦闘そっちのけで訳の分からぬやり取りが始まったので、”勇者の盾”も動きを止めてしまっていた。相手を迎え撃つ戦闘スタイルであることが仇となっていた。
「そんな恥ずかしいこと、戦闘中にできるわけないでしょう!」
「ふむ、そうだな……というかお前は妄想の中でも、傲慢には程遠い女であったな。勇者の前で犬になったり、猫になったりしていたことだしな……」
「は?」
あ、ヤバイ、空気が凍った。
氷魔法とは関係なしに、急速に空気が冷え込んでいくのを肌で感じた。
「自ら首輪を付けて、勇者に飼われる妄想をしながら自慰行為に耽っていたことがあったな。ベッドの上で秘所を弄り回しながら、ワンワンと鳴き真似をして……」
「なあーーーーっ!?」
「同じようにして猫に成り切っていた時もあったな。いやはや、勇者の前では犬にも猫にも成れるとは恐れ入ったぞ。これで傲慢になれというのは、いささか無茶ぶりが過ぎたか……?」
「…………」
ヤバイヤバイ!みるみる空気が、絶対零度のごとくに冷え切っていく。
いつか処女煽りを受けていた時のハンナと同等以上の迫力が、ラヴィアンから発せられていた。俺は思わず、物怖じもせずに落ち着いているクモラに抱き着いて、ガタガタと震えてしまっていた。
「フハハ、だがなラヴィアン!お前が傲慢になれねば活路は開けぬのだぞ!さあ、勇者をわがまま放題に振り回す妄想でもして……」
「……ころす」
「へ?」
「……殺す!殺してやるぅぅぅ!」
真っ赤に染まった顔で叫びながら、ラヴィアンは渾身の力を込めてスペルビアを蹴り飛ばした。武装している状態だからか、前回よりも痛そうだった。
「ほぎゃあぁ!」
「死ね!死ねえええ!」
「ひぎゃっぷ!な、なぜそんなに怒っているのだっ!?我は本当のことを言っただけなのだぞ!」
「なんでお前がそんなことまで知ってるぅ!」
「当然だ!我が千里眼はどんなことでも見通してしまうのだぁ!ひぎゃん!我が知らぬことなど何もないのだぞ!べぽっ!」
「死にやがれええええ!その腐れた頭蓋、叩き割ってやる!」
目にも止まらぬ怒涛の連撃に晒されるスペルビア。
傍から見ても気の毒になるくらいに蹴られていた。なんなら敵もちょっと引いていた。
あまりにも苛烈に蹴られ続けたためか、ついにスペルビアの自尊心も崩壊して盛大に泣き出し始める。
「う、うわあああああああああああん!ど、どうして本当のことを言っただけでそんなに怒るのだぁ!?わ、分がっだ!謝る!謝るがらもう蹴らないでぇ!グスッ、ゆ、ゆるじでぐだざぁいぃ~~!!」
うわあ……直視に耐えない。スペルビアはたいへん見苦しい泣き顔を晒していた。
いや、俺も暴君竜に追い詰められた時はきっと大差ない泣き顔だったろうから、あまりバカにする気にはなれないが。
反面、ラヴィアンは怒り心頭の凄まじい形相だった。こちらも見るに堪えない。
……そんな醜態を晒す二人の姿が、なんと白黒の光で包まれた!
「ふへぇ!?」
「な、何事ですか……!?」
混乱する二人の姿が次第に見えなくなっていく。
何度も見てきた光景だ、これが太極であることは俺とクモラにはすぐに理解ができた。
何故太極できたのかは分からなかったが、きっと先ほどのやり取りが上手い具合に機能したのだろう。スペルビアを容赦なく蹴り飛ばしていたラヴィアンはこの上なく傲慢とも言えたし、蹴り飛ばされて泣いているスペルビアはこの上なく謙虚とも言えた。
……言えるのか、これ?
まっいいか、太極できてるし!
光が晴れる頃、”傲慢”と”謙虚”の太極した姿が露わとなる。
――真っ青なきわどいレオタード衣装に、雪の結晶が連なったようなデザインの棘付き鞭。同じく青いウサ耳を生やし、顔は白いファントムマスクで覆われていた。網タイツの脚に、氷のように透き通った美しいヒールを履いている。
「うひょぉ!な、なんか特殊なプレイのお姉さんみたいに!」
「エッチだー!」
俺もクモラも、その予想外の出で立ちに思わず声を上げていた。
なんてこった、二人はSMプレイを経て、SM嬢に転身してしまったわけだ。恐るべし太極。
【こ、これは……?太極ができた、ということでよいのでしょうか……?】
ラヴィアンは不思議そうに、変わり果てた自分の姿を見つめていた。
【なるほど……なぜこのような姿なのかは甚だ疑問ですが、たしかに爆発的な力の脈動を感じます】
(フ、フーハハハハハハッ!どうやら上手くいったようだな!我らならきっと出来ると思っていたぞ!)
【耳障りなので喋らないでください。喋るたびに蹴り十発追加しますからね】
(……)
脳内のスペルビアを無理やり黙らせると、彼女は鞭を構えた。
戦闘再開の気配を感じて、”勇者の盾”は身構える。
(な、なんだ、この女の気迫は……?先ほどまでとは段違いではないか!)
ラヴィアンは高速で、辺り一面に鞭を振るい始める。
【すべて凍りなさい……!】
”凍厳狂”――!
それはまるで青白く細長い龍が暴れ回っているかのような光景だった。
ラヴィアンの振るう鞭が周囲一帯を駆け巡って、地面を抉る音が絶え間なく響き続ける。また、鞭が当たった箇所はたちどころに凍結していた。おそらく超低温の鞭を振り回しているのだ。
【こ、これは……!】
突然の猛攻に、”盾”はうろたえている。
ラヴィアンはいきなり敵を打ち据えるようなことはしなかった。
周囲一帯をめちゃくちゃに叩き続けていたが、それは本命の攻撃を命中させるためのブラフのようなものであり、時折り思い出したように敵に鞭を向かわせて、命中させた箇所を凍結させていく。
まず足元から、次いで腕や肩の関節辺りと、上手い具合に動きを封じられる箇所に狙いを絞って攻撃を当てていった。防ぐこともままならず、”勇者の盾”は鞭の攻撃に晒され続ける。
あっという間に腕も脚も凍り付いて、ロクに動くことができなくなってしまった。
【ぐっ……!な、なんという、ことだ……】
これまでのラヴィアンは、武闘家系の魔力系統ゆえか、基本的に戦闘は突撃しての肉弾戦が主体であった。魔力を自身の中で扱うのが得意な反面、外に出して扱うのは苦手なのだ。だから氷魔法も武装や身体強化といった効果がメインであった。”冬物語”のように辺り一帯に氷塊を生み出す魔法もあったが、あれはおそらくたいしたコントロールもしないで魔力を一気に噴出させているのだろう。そのためか、狙った位置に精密に氷塊を生み出すということはできないようだった。
そう、ラヴィアンは氷魔法の使い手でありながら、相手を凍らせる戦法は今まで取れなかった。自身の強化ばかりが得手であったからだ。それが鞭という変幻自在の中距離攻撃を介して、任意の対象を凍結させられるようになったのだ。鬼に金棒以外のふさわしい表現があるだろうか?
戦局は一気に、こちらの有利に傾いた。
【身動き一つ取れなくなったようですね。ではそろそろ終いにしましょう】
ラヴィアンは颯爽と跳び上がると、腕を伝って”勇者の盾”の頭上に立つ。そして右脚を高く高く上げた。
【見事也……これほどの相手であれば、負けて悔いなし……!】
”盾”がそう言った直後、凄まじい威力の踵落としが脳天に打ち付けられて、鈍い音を立てて倒れ伏した。青いクリスタルがもろともに砕け散った。
”勇者の盾”を撃破したラヴィアンは、急いでハンナに助太刀しようとする。
だが意外なことに、その必要はなさそうであった。俺たちが捜そうとしてすっかり忘れていた、思わぬ伏兵が居たからである――
ハンナと”勇者の剣”は相変わらず目まぐるしい空中戦を繰り広げていたが、”剣”は壁際近くにまでやって来た或る時、ビタッと動きを止めた。
【……!?な、なんだ……!?】
まるで空中で突然静止したように見えた。
何事かと思ったが、次第に原因が見えてくる。”剣”はなにやら緑色の細長いものに巻き付かれていた。よく見ればその細長いものは、壁に貼り付いた紅い物体から生えている。
しばし遅れて、それがグーラと太極したアレクスであったことに気づかされた。紅いカメレオンが緑色の舌を伸ばして敵を拘束していた。たしかにあいつは擬態の能力を持っていた、それで姿を眩ませていたのだ。
【ワーハハハハ!隙ありやでぇー!】
【ア、アレクス……?いつの間に……】
ハンナも呆然として、様子を窺う。
【弱いってのも、使いようによっては武器になるんやでー!敵が油断しまくってくれるからなー!まったくワイには無関心やったやろ?そぉら、魔力をぎょうさん吸い取ったるわぁ!】
舌を介して、”勇者の剣”からどんどん魔力を吸収していく。ハンナ戦以来の活躍であった。
【ぬうぅ……小癪な!】
しかしこれほどの強敵を相手に、いつまでも動きを封じていられるはずがなかった。
アレクスもそれは分かっていたのだろう。或る程度の魔力を奪ったところで、急いで壁から飛び降りて退避を始める。直後、双剣が振るわれたが、すんでのところで命中はしなかった。
【おのれ!逃したか……!】
【ひぃー!すたこらさっさやー!】
アレクスはわき目も降らず、逃げに徹する。
一方、”剣”はそれを深追いすることができない。まもなく体勢を立て直したハンナが、攻撃準備を始めていた。
(魔力を吸われたせいで、敵の動きも鈍っている……今なら!)
錫杖を突き付け、再び”罪と罰”の光線を放つ。
だが飛んでいく方向がおかしかった。敵ではなく、浮かんでいた光球の一つに命中したのだ。
【どうした……?いよいよ疲れ果てて、狙いがおろそかになってきたか?】
【アンタちょこまか鬱陶しいのよ。もう追いかけっこはやめにするわ】
光線を外したというのに、ハンナは悠然とひとところに浮かび続けていた。”剣”は疑問に感じたが、真相が分かったのは攻撃を受ける直前だった。
【なにっ……!?】
驚くべきことに、背後の光球から先ほどの光線が発射されようとしていたのだ。
(そ、そうか……!この光球、敵の進路を妨害するだけではない!光を屈折させて軌道を変える伝送路の役割も兼ねていたのか!)
気づいた時にはもう遅い。
”剣”は背後から発射された光線を思い切り受けてしまった。もしもアレクスに魔力を奪われず機動力も落ちていなかったら、躱せていたことだろう。
敵の動きが止まったところで、ハンナは一気に勝負を決めに行く。
【これでチェックメイトよ!いっけーー!】
錫杖を掲げて、魔力を展開する。
青白い光球がそれぞれ鳥の形を成したかと思えば、一斉に敵に向かって突撃を開始した。
光魔法:”幸せの青い鳥”――!
【ぐあぁぁ!おのれぇ……!ま、まさか拙者が敗れるとは……!勇者様、申し訳ございませぬ……】
焼け付く青い鳥にたかられながら、赤いクリスタルはその影ごと燃え尽きていった。




