VS.古の武人③
キアラは敵に幻視をもたらす魔法を展開していた。
つまり実際に二人の数が増えているわけではなく、あくまで敵の視界の中での状況を操作しているに過ぎない。
ダニヤンが盾を構え、キアラがその後ろに隠れている。
そんな姿が視界に幾つも映し出されているのだ。二、三十組は見える。
(くっ、どれだ?いったいどれを攻撃すればいい!)
”勇者の槍”はしばらく立ち尽くしていたが、やがて意を決したように動き出す。
(見ただけでは判断がつかないな……こうなれば片っ端から攻撃していくしかない!某は勇者様のお力で動いているのだ、こやつらよりもスタミナは上のはずである)
腕をキリキリと巻いて、またしても壮絶たる威力の槍技を繰り出し、眼前のダニヤンを攻撃する。背後のキアラもろともに突き破られるビジョンが見えるが、すぐにそれがかき消えて幻影であったことを知らされる。
(くそっ!次だ!)
またしても腕を巻く。幻影を次々と粉砕していく。
”槍”が幻影を打ち破るのにいちいち本気を出しているのは、もし手を抜いた際に本物とかち合ってしまうと耐えられて反撃に晒される恐れがあったからだ。常にその時の攻撃対象が本物のつもりで全力を込めねばいけない。これだけの幻影をすべて本気の一撃で打ち破っていくのは大変であるが、消耗する前に本物を引ければいいと考えていた。なかなか引けなければ次の手を考えるまでだ。
だが、十組ほどの幻影を打ち破ったところで異変が起きる。
――"槍"の渾身の一撃が、鈍い金属音を立てて止まった。
(なにい!?)
途端に、周囲の幻影が消えて、眼前に悠々と槍を受け止めているダニヤンの姿が残った。同時に全身に疲労感、脱力感を覚える。彼はここでようやく、欺かれていたのは相手の姿だけではなかったことを知らされる。
(な、なんということだ……お、おそらく誤魔化されていた、某の渾身の一撃が弱まっていたことさえも!敵の姿だけでなく、某の攻撃さえも、今のところは最大威力で打てているように見せかけていたのだ!)
相手の術中に嵌り、すっかり踊らされ、気づけば消耗しきった力で本物のダニヤンを攻撃させられていたのだ。一撃耐えた盾は、待ってましたとばかりに左右に開いた。
【あまりこのような戦い方は好きではないのだがな、お前の攻撃はある程度疲れさせねばとても耐えられるものではなかった。だからしばし踊ってもらったぞ。そして受け止められた!返してやろう、お前から受けた力のすべてをな!】
攻撃を受けた際に吸収した力を、一気に放出する。
”神之盾”――!
【グアア……!】
”勇者の槍”は全身を砕け散らせながら、激しく吹き飛んでいった。
【み、見事也……お前たちのような戦士に出逢えて、某は嬉しかった、ぞ……】
黄色のクリスタルは、崩壊して光を失った。
一方、ダニヤンたちとは離れたところで、太極したシューザが走り出していた。
彼が右手を突き出すと、体色と同じ深緑色の拳銃が出現する。
【な、なんだソレは!?】
”勇者の杖”が驚くや否や、拳銃から圧縮された魔力が弾丸として打ち出される。”杖”はバリアーを展開していたので、すぐに弾丸に晒されることはなかったが、次から次へと連射されるものだからバリアーがじわじわとひび割れていく。
(な、なんという威力だ!反属性でもないのにバリアーが壊されかけている!見たところ風属性の魔力を圧縮して打ち出しているな、ならば早く風属性のバリアーに切り替えねば!)
”杖”は慌ててバリアーを修復しつつ、その色を赤から緑へと変じた。
【カカカ……!なかなか興味深い力を使う。だがこのバリアーなら、風属性の攻撃は完全に無効化してしまうぞえ!】
シューザはなおも攻撃を続けるも、敵の言う通りに弾丸はすべて防がれてしまう。
(クソッ、攻撃が風属性になるのは、それが俺の得意属性だからだろう。あのバリアーを打ち破るには、反属性の土で攻撃したいところだが……)
しばし煩悶して、仲間に属性攻撃のスペシャリストがいたことを思い出し視線を向ける。ハインリヒは周囲に火炎、水塊、土くれを生み出して、頼もしげに佇んでいた。
「シューザ、好きに使え」
【……ナイスだ、ハインリヒ】
モノアイなので表情は変わらないが、シューザはほくそ笑んでいた。
土くれに手を伸ばして土属性の魔力を吸収し、銃に込めて圧縮する。当初こそ放っていた弾丸は緑色だったが、今回発射されたのは黄色だった。
――命中した弾丸はバリアーを突き破って、”勇者の杖”を鋭く打ち抜いた。
【グアア……!】
苦しみもがきながら、反射的に、今度は黄色のバリアーを展開する。
(そうか、自分の魔力でなくともよいのか!吸収した魔力を圧縮して、超速超威力の連続攻撃を可能にする、それが奴の能力か!)
”魔弾の射手”――!
黄色のバリアーは土属性を無効化する為であったろうが、その反属性がシューザの生来の得意属性であるので意味はなかった。彼はもう一丁の拳銃を出現させると、そちらから風属性の弾丸を打ち出してバリアーを即座に破壊する。
そこからお互い、目まぐるしく動き回っての攻防となった。
”杖”はバリアーを赤や青にも変じるが、シューザも銃に込める魔力を火属性や水属性に変えて次々と打ち破っていく。攻防を続けるうちにバリアーの展開が間に合わなくなり、”杖”は次第に魔弾に晒されていった。
(グギャアア!だ、だめだ、小生のバリアチェンジが即座に対応されてしまう!なんという速さの攻撃だ!こうなれば、力の出し惜しみをしている場合ではないな……)
クリスタルが強くまばゆい光を放つ。
すると展開されていたバリアーが、青白く光り輝いた。
【カカカ!どうだ、バリアーを光属性にしてやったぞえ!どうやらそこの魔法使いは四属性までしか扱えないようだからな、これで打ち破ることはできぬだろう!】
シューザは負けじと魔弾を打ち続ける。
しかし光属性で攻撃しているわけでもないのに、バリアーにはひび一つ入らない。
【バリアーの強度も、フルパワーの最大出力にさせてもらった!これでは特大の闇の魔力でもない限り、どうすることもできないぞえ!カカカカカ!】
敵の言葉を受けて、シューザとハインリヒは揃って、同じ場所に目線を向けた。
この戦場の片隅、魔法が吹き荒れる中でも呑気に眠りこけている耳付きフードの女。クモラがいない今、あてにできる闇の魔力といえば彼女くらいであった。
ハインリヒはアーケディアに近づくと、乱暴に足蹴にする。
「おい、起きろ」
「ふにゃっ!?ん~、どったのハイン君?もしかして朝ごはんかねー?」
眠たそうに、目をこすりながら上体を起こす。
ハインリヒは慣れたように、淡々と話を続ける。
「単刀直入に言う。敵が強力な光のバリアーを展開した、打ち破るにはお前の闇の魔力が必要だ」
「むにゃむにゃ……そっか、勇者のお城で戦ってたんだっけー」
「分かったらさっさと魔力を放出しろ」
「え~?アーケちゃんお腹すいてるのに、働けとなー?腹が減っては戦ができぬという言葉を知らんのかねー?横暴ぞよー」
地べたに座り込んだまま、袖余りの腕をぶんぶん振って抗議する。
ハインリヒは譲らない。だが高圧的ではなかった。
「今この状況は、お前の協力なくしては切り抜けられないだろう」
「い~や~だって~!アーケちゃんもう働かないってゆったじゃーん!アーケちゃんは頑張れない子なんだって、ハイン君も理解してるよねー?なんでそう、いじわるをゆうのさー!」
ぶつくさ不平を口にするアーケディアの前で、ハインリヒは片膝を突いた。同じ目線になって、彼女の両肩に手を置く。瞳を深く覗き込んで、真心よりの言葉を述べる。
「頼む、お前の力が必要だ。アーケ」
ハインリヒは普段は怒ってばかりだった。
しかしこの時ばかりは、真摯に想いを告げていた。彼女の自堕落な気質は、今ではほとんどそういうものとして受け入れてしまっていた。そして彼女の類まれなる魔力の高さや魔法の実力もまた認めざるを得ないものであり、今は純粋にその想いのみで言葉を発していたのだった。
あまりにまっすぐ見つめられたものだから、さしものアーケディアも気恥ずかしそうな顔をした。
「な、なんだよぅ……そんなに真面目にお願いされたら、断るのも悪い気がしてくるじゃんか」
はぁーと盛大に溜息を吐いたあと、致し方なしに右腕を上げた。
「まったく、しょうがないですなー、ハイン君は。後ではちみつパンケーキだからね」
そう言って、手先から闇の魔力を放出した。
黒紫色の瘴気が辺り一面にたちこめる。
(な、なんだ!?あのバカみたいな魔力は!?)
突如発生した凄まじい闇の魔力に、”勇者の杖”は戦々恐々とする。
(……思えば、あの女は小生の魔法の中でもまったくダメージを受けていない。小生よりよほど高度なバリアーを身に纏っていたということか!)
対処の優先順位が間違っていたことに、今更気づかされる。
(あまりに動かないので警戒を怠っていた!真に恐れるべきは盗賊でも魔法使いでもなく、あの魔族の女の方だったのだ!)
”杖”は慌てるも、既に遅かった。絶望が胸中を席巻する。
シューザはとっくにアーケディアからめいっぱい闇の魔力を頂戴して、銃の中で圧縮を済ませていた。
両手に握った銃を、空中に向かって突きつける。
【あばよ】
【待て……!よせ……!やめろ……!】
もはやバリアーを切り替える余裕もなかった。
”勇者の杖”は魔弾の乱射を受けて、バリアーごと破壊された。緑のクリスタルがその色味を失いながら、粉々に飛散した。




