VS.古の武人①
まさかの敵のお出ましに、俺は身構えていた。
正直、アルバート以外との戦闘が発生することは想定していなかった。それもかなりの強敵のようだ。まあ勇者の力で生み出されたのであれば当然か。
けれども俺は、そこまでうろたえてはいなかった。
これも幾多の戦いを経て場慣れしてきたからだろうか?それとも相方への信頼ゆえ――?
俺が声を掛けるまでもなく、クモラは隣に並び立ち、手を握ってくれていた。
(……!)
俺もぎゅっと、その手を握り返した。
「よーしクモラ!いっちょ俺たちの力を見せてやるとしようぜ!」
「うん!」
しかし、俺たちが今まさに太極しようとしたその時、アレクスから待ったの声がかかる。
「いや待てや!二人は力を温存した方がええ」
俺たちに背中を見せながら、立ち塞がるようにしてやって来る。
「いいっ!?な、なんでだよ?」
「アホ!あんさんらには大本命のアルバート戦が待ち受けているんやで。ここで力を消耗しては勝てるモンも勝てんくなる!二人は後ろの方に下がって控えときや」
た、たしかに……
アルバートは間違いなく、過去最強の敵として立ちはだかるだろう。ここで無駄な消耗は避けたいというのはもっともなことであった。
アレクスに遮られたので俺たちは前に出て行かない。
代わりに、前へと踏み出す二つの影があった。
「まったく、なにエラソーに仕切ってんのよヘボ商人。二人の力を温存するのには賛成だけど、アンタなんかじゃ戦力になんないでしょ」
濃紺のシスター服に、シャランと高らかな音を鳴らす錫杖。
「いえハンナ、貴女も役割上はサポート役なのですから援護優先でお願いします。基本は私ひとりで片を付けますので」
ブーツを鳴らして上着を脱ぐ、碧いドレスと群青の髪。
「はあーぁ、どうやらこの場は私たち女ふたりの肩にかかったみたいね」
「いきましょう、これもきっとアルバート様が課した試練。成長した私たちの力を見せてやりましょう」
前線に出たハンナとラヴィアンが、それぞれ構えつつ敵を睨み据える。
騎士の影をまとったクリスタルは、ともに口上を述べる。
【拙者は”勇者の剣”、音速の剣技ですべてを切り裂く者也】と赤い方。
【拙僧は”勇者の盾”、鉄壁の防御であらゆる脅威を防ぐ者也】と青い方。
まず動いたのは”剣”の方だった。
軽やかに空中に飛び上がったかと思えば、急降下して二人に斬りかかった。
【我が剣技は蝶のように舞い、蜂のように刺す!縦横無尽の脅威を知れ!】
ところが攻撃が命中する前にラヴィアンは鋭く飛び上がると、空中で冷気を纏って自らを武装しつつ、”剣”を蹴り落した。
【ぬおっ!?】
「氷魔法:”冬将軍”――」
ラヴィアンは氷のガントレットとグリーブを身に着けた姿で、地に降り立つ。
”剣”もけろっとした様子で立ち上がる。
【ほぅ、なかなかやるではないか……!これは楽しめそうだな】
「あいにく、私に楽しむつもりはありませんので。一気に決めさせていただきます」
ラヴィアンの周囲に冷気が展開する。途端に幾つもの氷塊が辺り一面に出現する。
(こ、こりゃ、たしか”冬物語”とかいう氷魔法!生み出した氷塊を足場や飛び道具代わりにできる、とんでもねえ汎用性の魔法だ!)
俺とクモラは離れたところから、ラヴィアンに頼もしげな視線を送っている。
敵は縦横無尽の剣技がご自慢のようだったが、俺からすればその言葉はラヴィアンの為にあるように思えた。それを身を以て知っている。
彼女は近くの氷塊に飛び乗ると、そこからさらにどんどん高い位置の氷塊へと飛び移っていき、下方の”剣”に向かって急転直下の脚撃を繰り出した。それは受け流されてしまったが、すぐに近くの氷塊を蹴破って絶え間ない連続攻撃をしかける。敵がひるんでいる内に、また別の氷塊を駆け巡って、敵の背後に回り込んでから飛び掛かった。
【これは……!なんと自由奔放な戦いぶりか!】
「終わりです!」
ラヴィアンの渾身の蹴りが炸裂する。
しかしそれは”剣”を打ち砕くには至らなかった。いつの間にか”勇者の盾”が、”勇者の剣”を守るようにして立ちはだかっていた。ラヴィアンの脚撃は分厚い盾に防がれてしまっていたのだ。
【”剣”よ、どうやら敵はかなりの手練れだ。こちらも出し惜しみをしない方がよさそうだぞう】
【そのようだな、”盾”よ。こんなにも心躍る戦いは、死んで以来初めてだな!】
ラヴィアンはとっさに距離をとって、体勢を立て直す。
俺はといえば、赤いクリスタルの発した言葉が気になっていた。まるでかつては生きていたかのようなセリフだったからだ。疑問への回答はすぐに彼らの口上となって返ってくる。
【我らは古の武人、古強者也。死してなお強敵を求め、魂の昇天を望まず、浮世に留まることを選んだ者】
【これほどの手練れと相まみえるのは重畳である。我らの真の力を刮目して見るがよい!】
二つのクリスタルの輝きが増す。呼応して影の出で立ちが変形し始めた。
赤い方は両腕の形状が剣に変わって、スカーフのような長い布を纏ったシルエットとなる。脚も長くがっしりとして、踵にジェット機構のようなものを備えていた。
青い方は一気に体格が巨大化して、千手観音のように幾つもの腕を生やし始める。その手先すべてが盾のように平べったい形状になっていた。
「な、なんだよあれ!」
「すっごーい!」
「たぶん、大昔の武人の力を残しておけるシステムなんや。それが防衛機能として立ちはだかっとる。それにもう人間の体じゃないんやから、好き勝手に強化できるってことやろな……」
隅っこで観戦モードの俺たち。
敵の姿が変貌したのを受けて、ハンナとラヴィアンもいよいよ奥の手を見せる。
「こっからがヤバそうね……ルッスリア出てきて!太極するわよ!」
「私も全力でいくとしましょう、”冬の嵐”……!」
ハンナの傍らにシスター服の淫魔が出現し、ラヴィアンはその身に鋭い冷気を纏った。
◇
――視点は壁の向こう側へと移る。
こちらでは槍を携えた黄色のクリスタルに、杖を手にした緑色のクリスタルが立ちはだかっている。
【某は”勇者の槍”、卓越した槍技ですべてを貫く者也】と黄色い方。
【小生は”勇者の杖”、絶大なる魔力であらゆる脅威を滅ぼす者也】と緑の方。
相対峙するは大槍を構えたダニヤンと拳を握ったイーラ、インヴィディアを抱えたキアラ、短剣を抜いたシューザと傍らを飛ぶアヴァリティア、後方で不敵に佇むハインリヒと床に打ち捨てられたアーケディア。
「こ、これって……もしかして、ヒュミリタスの古代遺跡で見た防衛システムと同じようなやつ?」
【デモデモ、コンドノテキハ、トッテモツヨソウナノデス!】
敵の脅威に身構えるキアラとインヴィディア。
前回が質より量なら、今回は量より質であった。たった二体だが感じられる気迫は桁違いだった。
「ガッハッハッ!これはいいぞ!アルバートの元に辿り着くまでに何もないのは物足りないと思っていたのだ!」
「ちくしょー!俺たちの邪魔をしやがってぇ!ムカつくぜぇーー!」
大槍を打ち立てて高笑いするダニヤン。
今この状況を楽しめているのは彼だけであろう。反してイーラは苛立っていた。
「どうやら地下空間が二分されてしまったようだな。私の消滅魔法なら、あの分厚い壁も消し飛ばしてしまえるだろうが……」
「うーん、やめといた方がいいんじゃないー?この部屋全体に、アーケちゃんが纏ってるベールと似たような魔力回路を感じるよー。きっと打っても無駄骨に終わるだろーねー」
自信満々に消滅魔法を発動させようとするも、すんでのところで中座するハインリヒ。
彼はアーケディアに指摘されるまで、周囲に魔法無効の障壁が展開されていることには気づいていなかった(そもそも気づけたのがアーケディアだけであるが)。
「それにいつの間にか退路が断たれてるな。降りてきた階段も、壁がせり上がって隠されちまっている」
「そ、それじゃ、あぶなくなっても逃げられないじゃんかー!」
敵に注意を向けつつも観察を怠らないシューザ。
アヴァリティアは恐怖につままれながらも、なんとか戦意を堅持する。
それから一同は、ダニヤンとシューザが前衛に、キアラとハインリヒが後衛へと回った。
言葉なくして自然にそのようにしていた。熟練パーティながらの慣れた動きであった。
同じようにして、”槍”が前に出て”杖”が後ろに下がった。
しばらく、互いの出方を伺うように静寂が続いていた。
或る時不意に、”勇者の槍”が一気呵成に駆け出す。豪快に槍を振り回し、ダニヤンの後方のキアラを狙った。
【まずはサポート役から潰すのが定石であるな!】
ところがキアラに脅威は訪れない。頼もしき戦士が身を挺して彼女を守ったからだ。ダニヤンは鋼魔法:”悪鬼羅刹”を唱えると、その大柄な体格には似つかわしくない敏捷さで、キアラと”勇者の槍”とを結ぶ直線上へ躍り出ていた。
【ほうっ……!なかなかの固さであるな!】
「ガハハ!その程度の攻撃ではびくともせんぞ!」
敵の攻撃は命中こそしても、負傷には至っていない。
ダニヤンが庇ってくれている内に、キアラは腕の中のインヴィディアに声を掛ける。
「インヴィー、相手はシステムなんだから多分魅了は効かないわ!太極しましょ!」
【リョーカイナノデス!】
二人は白黒の光で結びつき、宙に浮かんだ漆黒ドレスのビスクドールへと変貌を遂げる。そしてダークグレイの髪を触手のように蠢かした。
【闇魔法:”みだれ髪”――!】
ダニヤンに攻撃を弾かれた隙を突いて、”勇者の槍”を拘束しようとする。しかし槍で髪をまとめて薙ぎ払われてしまった。
【こざかしい!】
【きゃあっ!】
勢いで、キアラは遠くへ吹き飛ばされる。
今度はダニヤンがイーラとともに飛び出して、敵に一斉に拳を打ち付けようとするが、槍で華麗に払いのける妙技でいなされてしまう。
「くそー!なんだコイツ!つええぞ!」
「動きに人間特有のむらやこだわりを感じるな。おそらく単なる機械が生み出した影ではあるまい。過去に実在した達人の技術が反映されているのではないか?」
叫ぶイーラの横で、ダニヤンは冷静に敵の力量を分析していた。彼は戦闘狂だがバカではない。出し惜しみをしていられる相手ではないことは、既に肌で感じ取っていた。
しかし、それは相手にしてみても同じことであった。
【なるほど、後ろの女はたいした相手ではないが、そこの戦士は相当の手練れと見た。生半可な攻撃ではきっと耐えられてしまうであろう。なれば某も本気で参るとしようか……!】
”勇者の槍”のクリスタルが、強い黄色の光を放つ。
呼応して両腕が螺旋状に巨大化するとともに、手の甲にジェット機構を備えるに至った。
ダニヤンとキアラが”勇者の槍”と交戦している頃、シューザとハインリヒは”勇者の杖”に注意を向けていた。ローブを纏いながら宙に浮かぶ。手にしていた杖も空中に浮かんで、魔力を漲らせている。
【カカカ、どうやらそこの黒い服の男も魔法使いのようだな。しかし小生にかなうものか。なにせ小生は闇を除く五属性を極めているのだからなぁ!】
「……!なんだと!」
ハインリヒは幾ばくか動揺した。
彼は火、水、風、土の四属性を極めている。しかし敵はそれに加えて光まで極めていると言うのである。
「さすがは古代の技術だな。過去に五属性を極めた魔法使いがいて、その情報が残されていたってところかねぇ?」
シューザは言いながら、後方のハインリヒの様子を窺った。
とはいえ心配はしていなかった。彼はプライドの高い男ではあるが、それが強い意志によって裏打ちされていることを知っている。へこたれることはあっても、くじけることはない。
【カカカ、力の差に身がすく思いか?】
「……いや、むしろ安心した」
ハインリヒは莫大な魔力を右手に集め、燃え盛る火炎を出現させる。
「私は古代人を尊敬しているが、そんな古代人でも六属性すべてを極めることはできなかったということだろう?むしろ心に火が付いたね!貴様を打ち倒し、私は偉大なる魔法使いの座へ……魔の究極へまた一歩近づくこととしよう!」




