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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
最終章 墜ち往く陽、真なる勇気に向かいて
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決戦前②

 呆気に取られていたのは俺だけではなかった。その場に居たほとんど全員が、疲れ果てながらも他人の世話を焼く不遜な魔法使いに目を丸くしていた。思いも寄らない、そんな一言に尽きる光景だったからだ。


 しばらく誰も何も言わずに、奴の息を切らす音だけが聞こえていた。

 よりによって最初に声を発したのは、奴に背負われたものぐさそうな女だった。


「おーやるじゃんハイン君ー、どうにか間に合ったみたいだよー。よーくがんばったねー、えらいえらいー」


 ハ、ハイン君!?なんだ、その気さくな呼び方は?


 これまでの傲岸不遜な魔法使いのイメージとはあまりにもかけはなれていたので、俺は驚いてしまう。同じ心境だったか、遠くでブフッと、アレクスとハンナが噴き出す音が聞こえた。


 ハインリヒは背の女に撫でられるも、鬱陶しそうにするばかりで、はねのけはしなかった。既に気力が限界で余裕がないのだろう。


「ハァハァ……お、お前が、自分で歩けば、もう少し楽……だったのだが、な……」

「魚に陸を歩けとなー?なかなか無茶を言いなさるねー、ハイン君はー」

「お前は魚と違って足があるだろうが!」


 そこで、アレクスとハンナがついにこらえきれなくなったか、盛大に声を上げて笑い始める。


「ワハハハハハ!あ、あかん!もう限界やー!ワハハハハハハハハハハ……!」

「尻に、女の尻に敷かれてる……!世界最高の魔法学者様が!アハハハハハハハハハハ……!」


 腹筋を押さえ涙を潤ませ、愉快そうに笑い倒していた。


 ハインリヒはキッと、二人を睨み据える。

 そして抗議の一つでもしようと足を伸ばしたのだろうが、先に口を出したのは背の女の方だった。


「どもども、待っててくれてあんがとねー。怠惰の化身、アーケディアちゃんのおでましだよー。勇者パーティのみなさまがただよねー?アーケちゃんはずーっと君たちに言ってやりたいことがあったんだー」


 手先の見えない袖余りの腕を揺らしながら、だらしのない口調で話し続ける。


「君たちんとこの魔法使いをお世話係にしたんだけどさー、ちょくちょくお仕事をサボるからとっても困っているんだよね。職務放棄は感心しないぞよーって、ひとつガツンと言ってやってくれんかねー?」


「ブフッ!ギャーハッハッハッハッハッ……!」

「アーハッハッハッハッハッ!ひー!ひー!」


 たいへん愉快そうに、ふたりは笑い続ける。

 俺はハインリヒと再会できたら嫌味の一つでも言ってやろうかと思っていたのだが、なんだか気の毒になってきたぞ。


 アレクスは腹がよじれそうになりながら、

「こ、これはこれは、ウチの魔法使いがご迷惑をおかけして、えろうすんまへん……ブフッ!」

 ハンナも同様に、

「あとできつーく叱っておきますので、どうかご容赦を……フヒュッ!」


 すっげえ楽しそうに似たようなリアクションをするなあ、コイツら……

 なんだかんだこの二人もシンクロすることが多くなってきたな。


 ついに我慢が限界を迎えたか、ハインリヒは苛立ったように叫ぶ。


「笑い過ぎだ!貴様らー!」


「ワハハハハハ!怒ったでー、すたこらさっさやー」

「アハハハハハ!いい気味ねー、無様ねー」


 いつまでも笑い倒しながら、憤るハインリヒから距離をとる。


 二人ほどの爆笑ではなかったが、見ればキアラとダニヤンもおかしそうに笑っていた。しかし意地の悪い二人に比べて、嘲笑の色は薄かった。そしてシューザとラヴィアンは笑うことはせず、なにか思うところがありそうに眼を閉じて佇んでいた。




 やがて、今度は魔族組が動きを見せる。

 ルッスリアがハインリヒたちの元へと近づいていった。


「逢えてよかったわ、アーケディア。正直貴女とは合流できないかもって思っていたから」

「おールッスリアじゃーん、おひさー。なんでシスター服なん?イメチェン?ま、どうでもいいや、再会の記念になんかクレ」


 腕を伸ばして物乞いをするアーケディア。


「えぇ、急にそんなこと言われても……はい、じゃあこれ、のど飴」


 そう言って服をずらし、胸の谷間から飴を取り出した。

 なにそれ俺が欲しい。


 しかしアーケディアは不満そうな様子で、

「えー?こんなんじゃお腹膨れないじゃーん!ハイン君があんまりご飯くれないから、アーケちゃんお腹ペコペコなんだよー。ドーナツとかないのー?」

「そんなものあるわけないでしょ」


 ルッスリアはやれやれといった面持ちで返す。

 そんな彼女に、ハインリヒは抗議とも懇願ともとれる眼差しを送る。


「お、おい、色欲の化身。俺はいいかげんにこのしゃべる粗大ごみをリリースしたいのだが……どうにか引き取ってもらえないか?」


 ルッスリアは困ったように、

「う~ん、でもこの()に言うことを聞かせるのって、魔王様に逆らうくらい難しいのよねー」


 そ、それはほぼ無理ということなのでは……?


「ウヘヘヘ♪ハイン君のお背中好きー」

 ハインリヒの背で、すっかりくつろいでいるアーケディアを見て、ルッスリアはいよいよ諦めの境地に至ったようだった。


「なんだか懐いちゃってるみたいだし、もうこのままずっと面倒見続けてくれないかしら?」

「ふざけるなああああああぁ!」


 ハインリヒはたまらず絶叫した。


「今まで俺がどれだけ!この頭のおかしいものぐさ女の世話を焼いてきたと思っている!もうたくさんだ!誰でもいい!いいかげんに、俺をこの苦行から解放してくれ!」


 叫び倒すハインリヒの頭を、アーケディアは彼の背からポンポンと叩く。


「まーまーハイン君、そうかっかしないでよー。生きていればそのうちイイことあるってー」

「オ・マ・エ・が!原因だー!!」


 ……なんだろう、俺もクモラもすっかり毒気が抜かれてしまっていた。

 ハインリヒとの対決は最も苛烈極まるものだっただけに、俺たちはどこか身構えるような気持ちで奴を待ち受けていた。それにディリゲンティアの街を壊滅状態に追いやった男だ、いまだ敵意のようなものを(ぬぐ)い切れないでいる。


 それに奴自身、人と仲良しこよしをするような性格ではない。そのため再会を果たせたとて、最悪ふたたび戦いになることも想定していたのだが、それがすっかり肩透かしを食らってしまったのだ。


「ねーステステ、あれホントにハインリヒなの?」

「そ、そーなんだろうけどよ、驚くほどの変わりようだな……」


 そこにようやく笑いを収めたアレクスとハンナが戻って来る。


「いやー笑った笑った」

「おっ、アレクス!ハインリヒの奴、どうしてあんなことになっちまったんだ!?」

「いやー、どうしてもなにも負けたんやろ。あの怠惰の化身アーケディアにな」

「ステッド、アンタ分かんないの?私たちも怠惰の化身を見るのは初めてなんだけど、ヤッバい魔力してるわよ。やる気さえあれば、七大罪の中でもぶっちぎりで強いんじゃないかしら」


 ふぇっ!?ま、まじで!?

 ただものではないとは思っていたが、ハンナにここまで言わしめるとは。


「ワイの見立てでは、たぶん魔法がロクに通用しない相手なんやないか?」

「あー、そりゃ負けるわね」

「魔法の通用しないハインリヒなんて、戦闘からっきしのダメ野郎やからな!」

「人のこと言えてねーんだぞ、オメー」


 俺たちがわちゃわちゃと話している内に、あちらにも動きがあった。いいかげん辛抱たまらなくなったハインリヒは、アーケディアを地面にべちゃっと打ち捨てる。


「さすがにくたびれた!俺は休む!お前は地面で寝ていろ!」

「いったぁ!ハイン君ー、もすこし大切に扱ってよー」

「なら大切にしてもらえる努力をしろぉ!」


 そう言って、ハインリヒは手ごろな岩に腰掛け、疲れ果てたように俯いてしまった。

 錯覚か知れないが、色素が失せて白っぽく見えるぞ……


 アーケディアが地面に寝そべっているところに、ルッスリア以外の七大罪もやって来る。以下ダイジェストでまとめます。


 ~with インヴィディア~


【オヒサシブリデス、アーケディア……】

「んー?あれー?もしかしてインヴィディアー?ずいぶんイメチェンしたんだねー」

【ソウナノデス!ステッドトマオーサマノオカゲデ、ウマレカワルコトガデキタノデス!】

「前の姿もなかなかにアヴァンギャルドで好きだったけどねー。それよりなんかクレ」

【ウーン、オナカヲミタセルモノ、インヴィーハナニモモッテイナイノデス……】

「んだよー、つかえないなー。シッシッ」


 ~with グーラ~


「ひ、久しぶりだなアーケディア」

「おー、グーラじゃん。なんか縮んだ?」

「うう、オラ勇者が怖くって、飯がロクに喉を通らなくってよぉ」

「暴食の化身が情けないでございますなー。まいいや、なんかクレ」

「オラ、食いもんなんか持ってねえだよ」

「はー?暴食の化身が食べ物持ってないって、なんの冗談だねー?いいかげんにしていただきたいよ、まったく」


 ~with アヴァリティア~


「ひ、ひさしぶり!アーケディア!」

「おーアヴァリティア、弱虫のくせによくぞここまで来なすったねー」

「と、とーぜんさ!オイラだって魔王様の分身だし、早く勇者の件を片付けて宝探しの旅に行きたいからな!」

「あー、そーでございますかー。見つけたのが食い物だったらこっちに寄越しな。あとなんかクレ」

「うう、ゴメンよ、君が好きそうな食べ物は何も持ってないんだ」

「なんですとー?強欲の化身なんだろー?甘党なんだから、チョコとかビスケットとか隠し持ってんだろー?ほら出せよー」

「ほ、ほんとにないんだって!」

「使えない小悪魔でございますねー。真面目に罪を為しているのアーケちゃんだけなんじゃないのかなー?みんな不真面目で困ってしまうよ、まったく」


 ~with イーラ~


「うおおおおおおおぉ!相変わらずだらだらしてばかりだな!そんなことで魔王様のお役に立てるものか!」

「うっさい、ゲダウェイ」


 ~with スペルビア~


「フーハハハハハハッ!ものぐさ女がよくもここまで来られたものだな!褒めてつかわす!」

「うっさい、ゲダウェイ」




 魔族組の挨拶も一段落したところで、クモラが近づいて来る。

 真面目な気配を感じて、アーケディア以外の魔族はサッとその場でひざまずいた。


「みなさん、勇者に封じられた七つの大罪が復活し、ここに集結したこと嬉しく思います」


 普段の子供っぽい印象は鳴りを潜め、穏やかで貫禄ある口ぶりで言っていた。ずいぶんと新たなる魔王らしい振る舞いができるようになってきたものだ。


「勇者はかつて闇に閉ざされようとした世界を救うべく魔王を討ちました。けれども今度は、勇者の眩しすぎる光が世界を焦がそうとしているのです。世界には闇も、日陰もまた必要です。わたしたちはそのためにここまで来ました。今こそかつての遺恨は忘れ、勇者のかつての仲間たちとも手を取り合い、世界を取り戻すべく戦いましょう」


 六つの大罪はひざまずいた姿勢のまま「はっ!」と力強く返した。アーケディアだけは寝そべったままだったが、それでも「がんばりまーす」と小さく返していた。


 魔族たちの様子を見て、アレクスも俺に振ってくる。


「よーし、こっちもいくか。決めたれステッド」

「えっ!?お、おう、分かったよ……」


 急に振られたものだからドキッとしてしまった。

 俺はどこか落ち着かない気持ちで、元勇者パーティの面々の前に立つ。ハインリヒだけは少し離れたところで座り込んだままだ。


「えー、本日はお日柄もよく……」

「アホ!ボケは要らんわ!」


 アレクスの突っ込みに笑いが起こった。

 だ、だって、演説とか慣れてないし……


 いや、それはクモラも同じか。俺は気を取り直して皆に向き直る。


「み、みんなありがとう、ここまで付いて来てくれて。俺は正直半信半疑だった。自分がここまで来れるなんて思ってなかったんだ。最初は向こう見ずというか、なかば熱に浮かされて動いていたような感じだったと思う」


 皆のまとめ役であろうと気張りながら、言葉を続ける。


「けど今は違う。俺はたしかにこの世界を元に戻してやりたいと思っているし、俺たちならばやれると信じている。みんなとは初めこそ対立していたけど、結局は分かり合うことができた。それはアルバートだっておんなじはずだ」


 胸の前で、熱く拳を握る。


「みんな、これが最後の戦いだ!どうか俺に力を貸してくれ!」


 ハインリヒ以外、みな力強い声で応答する。そして深く頷いていた。


 不思議な心地だった。俺みたいなダメ野郎がこんな立場に居るなんて。夢じゃないことは分かっている。それでも、いまだに信じられないような気持ちだったんだ。


 最後に、座り込むハインリヒの元に足を運んだ。もはや身構える気持ちはなくなっていた。


「ハインリヒ」

「……」


 奴は俯いたままでいる。


「俺はお前を許すつもりはない。けれども世界の命運を賭けた戦いだ、俺はお前が付いて来てくれるのなら心強いと思ってる」

「……当然だ、許す必要などない。そもそも謝る気などないのだからな」


 奴は静かに面を上げた。


「今でも私はこう思っているぞ。魔王の力も勇者の力も、世界最高位の魔法使いである私にこそふさわしく、そのためにはいかなる犠牲を払っても構わないとな」

「テメェ……」

「私は別に協力しに来たわけではない。他ならぬ勇者の力を奪うためにここまで来たのだ。私は勝手に己が望みの為に戦う。お前も勝手に自分の望みの為に戦うがいい」

「……ああ、ならそうさせてもらうよ」


 やはり仲良しこよしとはいかないらしい。まあ俺もそのつもりはなかったが。

 ともあれ共同戦線という形には相成った。これでかつての勇者の仲間たちも、七大罪の化身も、すべてが一堂に会したのだ。


 いよいよ、アルバート城へ足を踏み入れる時がやって来る。

 既に夕暮れが近づいていた。

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