決戦前①
霊峰エルピスの山道を往く。目的地であるアルバート城は山の中腹あたりなので、頂上まで登る必要はない。そのためか城は存外に早く視界に迫ってきた。
しかし俺たちはすぐに城に突入するような真似はしなかった。今は山道の途中にあった遺跡、古代の闘技場のような跡地に腰を下ろして待機している状況だった。
何故かと言えば、まだこの場に全員が揃っているわけではなかったからだ。七大罪の化身も、元勇者パーティメンバーも、あと二人足りない状況だった。
強欲の化身アヴァリティアと盗賊シューザ。
そして怠惰の化身アーケディアと魔法使いハインリヒ――
七大罪の化身については魔王の力の根源だ、できれば傍に居た状態での決戦が望ましいだろう。だが相方が問題だった。まずシューザについては、俺たちを逃がすために体を張って勇者と対峙した。正直無事である気がしていない。此処で合流できるかもあやしいのだ。
もう一人、ハインリヒも問題だった。奴は空中要塞に搭乗しているところを、俺たちが暴君竜を創造して要塞ごと叩き潰してしまったわけだから、やはり無事である保障はなかった。仮に無事であったとしても、ハインリヒとの対決はもっとも深い溝が生まれた戦いだ、奴が素直に協力してくれるかは分からない。
それに、協力してくれたからといって、俺の方が奴を許せるだろうか?という思いもある。あれだけ自身の野望の為に多大な犠牲を払っておいて……だが過ぎたことは仕方がない、協力してくれるのであれば俺もぶつくさ言うつもりはなかった。
とにかく、合流できるかもあやしい二人だったが、俺は城に突入する前に待つことを進言、クモラも同調して目下待機中となっているわけである。
既に陽が、西へと向かいつつあった。
夕暮れまでにはまだ猶予がありそうだったが、とうに昼過ぎだろう。俺たちはその場で調達した食材で簡単な腹ごしらえをした。兎や鳥、魚、草や木の実。
アレクスが痺れを切らしたように、そろそろ行かんか?と言った。
だが俺はもう少し、とだけ返した。とくに確証はなかった。だが何故だか、あの二人が今に駆け付けてくれる――そんな気がしてならなかったのだ。
やがて、土を蹴って近づく足音が、俺の予感の的中を告げた。
「……!」
視界に入ってきたのは萌葱色の逆立った髪に黒いマスク、カーキ色のマフラーを巻いて両腰に短剣を差した軽装の出で立ち。傷を負っているようで、胴や腕に包帯を巻いている。それに加えて、傍らに愛嬌のある顔つきの小悪魔が小さな翼をはためかせて浮かんでいた。
「シュ、シューザ!」
俺は馳せ参じてくれた者の名を呼んだ。
シューザはマスクで口元が隠れているものの、微笑んでいたように思う。
「よう……待たせたな、ステッド」
クールに、ニヒルに、そう一言だけ返した。
俺の声はきっと喜色に満ちていたことだろう。まず生きているかが気がかりだった。満身創痍の姿を見るにやはり無事では済まなかったようだが、それでも此処まで駆け付けてくれたことが俺はたまらなく嬉しかった。
「よ、よかったぜ!来てくれて!無事……ってわけじゃなさそうだが」
「ああ、見ての通りだ。アルバートの野郎、本気でやりやがって……おいハンナ、悪いが回復魔法で俺を治癒しちゃくれねーか?お前を当てにして、ここまでムリして来たんだからよ」
「はいはい、しょうがないわねー」
シューザの呼びかけを受けて、錫杖を手にハンナが近づいて来る。そして回復魔法を唱えた。神秘的な光に包まれて、シューザの負傷がみるみる癒されてゆく。
うーん、やっぱコイツ、なんだかんだすごい神官なんだな。普段の言動がアレだからついつい侮って見てしまうが。いや、それも仲間になって以降はずいぶんと落ち着いてきたように思える。
「はい、これで問題ないはずよ」
「……助かったぜ。やはりお前の回復魔法は頼りになる。薬草なんかじゃてんでダメだったからな」
「へへっ、でっしょー?」
ハンナはにこやかに笑い返した。
この時シューザは口には出さなかったが、ずいぶんと人あたりが良くなったなと内心で思っていた。
シューザがもはや不要になった包帯を外しているところに、アレクス、キアラ、ダニヤン、ラヴィアンも近寄ってきた。この時、キアラの手にインヴィディアはない。
「来てくれたかシューザ。事情はもう分かっとるとは思うが、一応伝えておくで。アーティファクトは七つすべてが破壊されて、七大罪の化身もすべて復活を果たした。魔王の力の根源はすべて解き放たれた状況なんや」
「それで、いよいよあたしたちはアルバートと決着を付けようとしているってわけ」
「そうか……ついにここまで来たんだな」
シューザは空を仰ぎ、どこか感慨深そうに言った。
「いよいよアルバートの奴と本気でぶつかり合う時が来たのだ!俺は楽しみでならないぞ!ガーハッハッハ……!」
「テメーは相変わらずの脳筋だな、ダニヤン。つーかラヴィアン、テメーは勇者と戦うことは了承しているのか?」
「はい、もう決心はついております」
ラヴィアンは静かな声で返した。
「アルバート様にはこれまで勇者としてさんざん世界の為に尽くして頂きました。もう充分だと思うのです。私はアルバート様を、勇者という重い使命から解放すべくここまで来たんです」
「……そうか、そうだな、それがいいだろう。なら俺も全力で助太刀してやるまでだ」
シューザはこきこきと体の凝りをほぐしながら、少し離れた場所で魔族に囲まれている自分の相方、そして見慣れないクリーム色の髪の少女を見つける。
初めに逢った時と姿が違うのですぐには誰か分からなかったが、妙な気配がすると思った。少しして、知った気配であることに気づく。
「……っ!アイツは……!そうか、力が戻るのにつれて魔王の器も成長したのか……」
幼女から十代半ばほどの少女に成長したクモラに、アヴァリティアは涙を流して抱き着いていた。
「うわ~ん!お姿は変わっていても、この感じは魔王様だ!間違いなく魔王様だーー!」
彼は歓喜に打ち震えていた。
その頭を、クモラは貫禄と慈愛のある所作で撫でる。
「アヴァリティア、よくここまで来てくれましたね。これまでの道中、大変だったでしょう」
普段とは打って変わって仰々しい口調で話す。魔王モードのクモラだ。
「まもなく勇者アルバート・エリュシオンとの決戦が始まります。世界の命運を賭けた戦いです。どうか貴方にも協力を頂けますと助かります」
「も、もちろんです!魔王様を殺してまで世界を守っておきながらそれを脅かすなんて、オイラ勇者を許せない!力の限り魔王様の助力をさせて頂きます!」
アヴァリティアの方も、彼らしくないきっちりした口調で、決意に満ちた言葉を述べる。クモラから離れて、その小さな体でビシッと敬礼のポーズを取っていた。
やり取りが一段落すると、グーラ、ルッスリア、イーラ、スペルビア、インヴィディアが彼の元に近づいていく。
「ひ、久しぶりだな、アヴァリティア。元気そうでなによりだよ」
「相変わらず泣き虫は治っていないのねぇ」
「うおおおっー!そんな情けない有り様で魔王様のお役に立てるのかぁ!もっとしゃんとしやがれぇ!」
「フーハハハハハハッ!なに、心配することはない!我さえいれば、それですべては安泰なのだからな!何も気負う必要はないぞ!」
グーラがこじんまりとして気が弱そうに、ルッスリアがシスター服になっているという変化こそあったものの、おおむね変わりない皆の様子にアヴァリティアはますます嬉しさが込み上げてくる。
「み、みんな……うう、また逢えてオイラ嬉しいよぉ……」
そして片隅の、見慣れないブロンドベージュの可愛らしい人形に目を向ける。驚きに目を点にした。
「あ、あれーー!?も、もしかしてお前、インヴィディアかぁ!?」
【ソ、ソウダヨ。ワタシ、ステッドトマオーサマニ、アタラシイカラダヲツクッテモラッタノデス!】
「そーなのかー!うわぁ、よかったなーインヴィディア!すっごい可愛くて強そーな体じゃんかー!」
【ウン!オフタリニハ、カンシャシテモシキレナイノデスー】
人形の体なのでポーカーフェイスは変わらない。
ただにんまりと楽しそうに笑っている様子が、ありありと浮かんで見えるようだった。
遠巻きに魔族たちのやり取りを見ていて、俺はすっかり穏やかな気持ちになってしまっていた。これから最終決戦が待ち受けているというのに……いや、変に気負うよりかは全然いい。
それに、今ので改めて決意することができた。
やはりこの世界に絶対的に悪いものなど存在しない。人間にも悪い奴がいるように、魔族にも良い奴はいる。いや、同じ存在でも良い面と悪い面があるだろう。それはきっと罪や徳という概念に対しても同じことが言える。
だから俺は……俺たちは、魔や罪や人の弱さというものを認めようとしないアルバートに伝えてやる必要がある。世界の真実を、そして俺たちが進んでいくべき未来を――
しかしその為には、まだ足りないメンバーが居る。
シューザ及びアヴァリティアとの挨拶も一段落すると、俺たちはふたたび待ちぼうける。そのまだいない二人について、アレクスとハンナが言葉を交わす。
「う~ん、やっぱあの二人は来てくれんかな」
「ハインリヒとアーケディアのことよね?」
「まあ、ハインリヒの奴はワイらに協力的な感情を持っておらんかったからなぁ。おまけにアーケディアも怠惰の化身やさかい、魔王様のためと言ってシュババと馳せ参じてくるようなタイプやないやろうし……」
俺も、アレクスと同じ心境でいた。
このまま埒が明かないようなら、彼ら抜きで城に突入することも視野に入れていた。勇者がいつまでも待っていてくれる保障はない。さて、どうしたものかと頭を悩ませる。
しかし結論から言えば、それは杞憂だった。
見覚えのある姿が目に飛び込んできた。赤黒いオールバックの髪に貴族然とした黒い衣装を着た男……間違いなく魔法使いハインリヒの姿であった。
「ハ、ハインリヒ……!って、ふぇ!?」
呼びかけようとして、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
ハインリヒはどうにも疲れ切った顔をしていた。そして奴は、シルバーブロンドの髪に耳付きフードを被っただらしのなさそうな女を背負っていたのである。




