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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
最終章 墜ち往く陽、真なる勇気に向かいて
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アルバート領の現状

 凍てつく雪原を通り抜け、俺たちはいよいよ希望(エルピス)霊山へと辿り着いた。


 雪こそ減ってはきたが気候は寒冷寄りで、俺たちは肌寒さを感じながら険しい山道を歩いていく。目指すは落ち込んだ盆地のような位置にある中心街。そして、その付近の霊峰に(そび)えるアルバート城こそが旅の最終目的地であった。


 山間の道を抜けると石造りの街並みが見えてくる。

 その背後には雪の冠を(いただ)いた霊峰エルピス。


 俺たちはようやく中心街への到着を果たすも、達成感よりもまず街の異様さに圧倒されてしまった。


 この街は勇者アルバート・エリュシオンの直轄地。

 その勇者が完全無欠の社会を望む、非常に意識の高い人物であることは周知の事実であったが、それにしたって眼前に広がる光景は予想を越えていた。


 街の造り自体におかしなところはない。

 中央に噴水を備えた広場があって、議事堂があって、役場があって、図書館があって、商店が立ち並ぶ繁華街もあって、街外れの方には兵舎や訓練場のある区画や農耕地が広がっている。


 おかしかったのは、街のいたるところに、やたら意識の高いスローガンが掲示されていることだった。それは看板に書いてあったり、掲げられた旗や(のぼり)に書いてあったり、壁に貼られたポスターに書いてあったり、あるいは建物の外壁に直接書かれたりもしていた。


『できないと思うからできないのだ』

『疲れたと感じるから疲れる』

『足らぬ足らぬは工夫が足らぬ』

『無理は嘘吐きの言葉』

『口達者よりも芸達者になれ』

『千里の道も一歩から』

臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、切磋琢磨、来たる日の為に』

『月月火水木金金』


 ここに挙げたのはほんの一例である。

 他にも似たような意味合いのやたら意識の高い言葉を、街のあらゆる場所で目にすることができた。とくに戦意高揚の言葉が目立った。俺たちはその異様さにただただ圧倒されるばかりだった。


「な、なんだよ……この街……」

「う~ん、街中にむつかしー言葉が書いてあるねー」


 俺とクモラは二人並んで、呆然とした顔で街並みを見回している。

 その傍らではアレクスとハンナも同じようにして、次の標語が書かれたポスター群に目を向けている。


『欲しがりません、菓子までは』

『ぜい肉は敵だ』


 二人して、何とも言えない表情で言葉を交わす。


「なんかちょくちょくダイエットのスローガンみたいなんも書いてあるな」

「あの勇者……前から意識の高い奴ではあったけど、なんだか悪化してないかしら?」


 キアラはインヴィディアを抱えながら、看板が立ち並ぶエリアの前に立っている。

 傍らには腕を組んで佇むラヴィアンの姿もある。


『強きことは美しきこと、弱きことは醜きこと』

『無力では愛する者すら守れない』


 なにやら思うところがありそうに、看板を見つめたまま遠くを見据えた眼をしていた。

 その近くではダニヤンが、これはその通りだと揺らめく旗の前で高笑いをしている。


『生きるとは、すなわち戦うこと』

『壊れぬ平和などありはしない』




 さて、このように異質の一言に尽きる街並みであったが、肝心の住民はどのように過ごしているだろうか?中にはアルバートに感化されて、やたら意識の高くなった者もいるだろう。だが視界に入ってくる住民のほとんどは、生気の無い瞳に疲れ果てた顔つきで、幽世(かくりよ)の亡者のような足取りで街を行き交っていた。


 うう、ノルマが、ノルマが達成できない……

 今日は何分眠れるだろうか

 目眩がする、脚に力が入らない

 ボクはダメなやつなんだ、ボクはダメなやつなんだ

 もう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だ


 果たして住民たちは、アルバートから何を課せられているのか?他所から来たばかりの俺たちには知る由もない。ただ兵士も、勤め人も、学生も、みな一様に死んだような顔で暮らしていた。


 おお!おお!アルバート様!


 虚空に向かってしわがれた老人が叫んでいる。


 貴方の激しいしごきで、息子も孫も命を落としました!貴方は弱きことは悪しきことだと、邪悪な者から平和な社会を守る為にも研鑽を怠ってはならぬと、そうおっしゃいますがこれが平和なのでしょうか?教えてくだされ、アルバート様!


 やがて老人は、ざっざっと靴を鳴らして駆け付けた厳めしい兵士たちに連れて往かれる。


 その一部始終を見届けながら、俺とクモラはいつの間にか手を取り合っていた。言葉なくして、二人で誓い合っていた。必ず勇者の目を覚まさせようと。魔への恨みに囚われ、暴走する正義の使徒となった勇者を食い止めようと。


 ひと通り街並みを観察した後、俺たちはアルバート城の建つ霊峰への山道を目指して、街を通り過ぎていった。最後に見たアドバルーンに書かれた標語がしばし頭の中で去来していた。


『沈まぬ日はない、昇らぬ日もない』

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