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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
最終章 墜ち往く陽、真なる勇気に向かいて
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勇者の追憶

 

 *****


 焼け落ちた村の只中で独りの青年がひざまずいている。

 青年は顔を俯かせ、その表情は伺えない。


「……」


 辺りには腕を()がれたり、肉を抉り喰われたり、そんなふうに損壊している死体がおびただしく転がっている。ごく当たり前の風景のように、それはどこにでもあった。


「……」


 家という家が崩れ、遠くではいまだ火の手が夕闇に昇っている。

 血のように赤い空の下、四足歩行の黒い影が幾つも蠢いている。


「……」


 村が燃えた時、青年は隣町に買い出しに出かけていた。

 幸か不幸か、彼だけが生き永らえた。


 くすんだ黄金の髪に、粗末な綿服。

 青年はいつまでも、いつまでも、人形のようにそこから動こうとはしなかった。


 しかし彼の胸の中では、熱き正義の炎が燃えようとしていた。

 悪を許せぬ、魔を許せぬ。許せるか?許してなるものか!気づけば頬を涙が伝っていった。


 そんな時に声が聞こえてきたのだ。

 厳かで、神聖なる声を――


『アルバートよ』


 名を呼ばれた青年は空を見上げる。

 涙を零しながら。


 空には豊穣なる光が満ち溢れている。


『世界は魔王によって闇に閉ざされようとしています。このままでは数え切れないほどの命が滅びを迎えるでしょう』


 この世のものとは思えない声音に、彼は耳を傾けている。


『私は貴方に熱き正義の心を見出しました。世界を覆わんとする深き闇を打ち払う熱き血潮を感じました。貴方には強大な光の力を授けましょう。これより貴方は勇者を名乗りなさい』


 呆けたような顔で聞き続ける。


『勇者とは闇を滅ぼし、世界に恒久なる光をもたらす存在。貴方は勇者の使命を全うし、闇より世界を取り戻すのです。貴方の旅路の果てに希望があらんことを、私は切に願っています……』


 やがて、声は聞こえなくなった。

 光も消え失せて、元の暮れ間際の空色へと戻った。


 それでも青年は変わらず、ぼうっとひざまずき、うなだれ続けている。


 ひたひたと、黒い影が忍び寄ってくる。

 やはり青年は動かない。


 影があんぐりと大きな口を開け、今に青年に噛り付こうとしたその時、彼は押さえ付けたバネのように鋭く撥ね飛んで上空に昇った。急転直下で真下の怪物を蹴り付ける。


 そこから青年はけたたましい雄たけびを上げた。

 これまでの静寂ぶりとは打って変わって、人が変わったように()()()、叫び、暴れ続けた。怪物を執拗に、執拗に、執拗に殴打した。


 青年は空に手を掲げる。

 途端に掌から稲光(いなびかり)が走って、遅れて耳をつんざくような轟音が鳴り響いて、辺りの生きとし生けるすべてを焼き尽くした。


 青年は去った。

 跡には命あるものは何も残されていなかった。



 ――――――――

 ――――――

 ――――

 ――



 雪に覆われた険しい山嶺を溶かした青空を眺めながら、窓べりに立つ姿があった。

 古びた要塞のような山城の一室だった。黄金の髪と赤銅のマントを靡かせ、背には白銀の大剣がある。


「……」


 男の名はアルバート・エリュシオン。

 かつて勇者として魔王モラクレスを打ち倒し、世界に平和をもたらした存在。

 今では完全無欠の社会を希求し、世界に(ひずみ)をもたらした存在。


「……」


 彼は知っていた、自分を打ち倒そうとする存在があることを。

 彼は気づいていた、それがもう間もなく差し迫っていることを。


「来たか……」


 おもむろに、窓の景色に背を向けて歩き出す。

 その瞳に宿した光は覚悟とも期待とも取れた。


 コツコツと、一歩一歩を踏みしめるようにして、彼は部屋を後にした。

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