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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
第7章 凍てつく雪洞、謙虚なる賛美響きて
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のぞみとひずみ

 ラヴィアンとの決着から三日後、俺たちはヒュミリタスを発った。


 出発の前に、領民たちには以下のことを伝えた。

 勇者の信仰を強いるラヴィアンの統治は終わったこと。俺たちが魔王の力を受け継いだ存在で、勇者アルバートの支配を終わらせるべく決戦に向かうこと。しばらく社会が混乱した中での暮らしとなるだろうが、そのうち必ず様子を見に戻って来るつもりだということ。


 ラヴィアンに関しては、一切民衆の目に触れさせなかった。要らぬ騒動を起こさぬ為だ。

 旅立つその時まで、彼女はひどくおとなしかった。敗北したのが(こた)えたからか、それともスペルビアの説得が思った以上に功を奏しているのか、ホントのところは分からない。


 ともあれ、俺たちは洞窟を抜け出してふたたび雪原の中を、東の希望(エルピス)霊山に向けてひたすら邁進していた。とうとうすべての七大罪の化身が復活したのだ。最終決戦の時が刻一刻と迫っていた。




 先頭を往く俺とクモラ、その後ろにはアレクスとハンナとダニヤン、そして一行から隔たった後方ではキアラとラヴィアンがなにやら言葉を交わしている。内容は俺たちには聞こえていない。


「……キアラ」

「なに?ラヴィアン」


 インヴィディアを抱えながら、傍らに視線を向ける。


「どうしてあの時、私を庇ってくれたのですか?」

「……」


 実はスペルビアがラヴィアンにボコボコにされていた一幕だが、あの後にこんな出来事があった。戦いも一段落したということで、アレクスがいざ遺跡の探索をしようと制御室に向かうと言い出したのだ。それに対してキアラはこのように返した。


「あー制御室?行ったって別にたいしたものなかったわよ」

「はえ?そ、そーなんか?」

「うん、街全体を監視できるモニターと、後はアーティファクトがあったぐらいね。そのモニターっていうのも防衛システム?っていうのが生み出した影にめちゃくちゃに壊されちゃったし、はっきり言って行くだけ時間の無駄よ」

「なんや、そうやったんか。なんか残念やな……」

「まあ、またあの防衛システムが起動しない保障もないし、立ち入らないのが無難だと思うわ」


 キアラは制御室内で見たものを語るにあたって、ひとつだけ隠し事をしていた。それはラヴィアンが定期的に領民を死に追いやっていた真の目的、人間生成装置でアルバートそっくりの男を生み出そうとしていたことだった。キアラはこのことについてだけは、仲間たちの誰にも告げず、まったくおくびにも出さず、頑なに口を閉ざし続けていた。


 ラヴィアンはそれを、自分を庇ってしてくれていることだと理解していた。その真意を問うていたのだ。


「制御室内で見たのでしょう?私があの部屋で何をしていたのかを……どうしてそれを誰にも告げないのですか?」

「まあ別に、言ってやってもよかったんだけどね」


 どこか突き放したような口ぶりで話している。


「最初見た時はホントに気持ち悪いって思ったわ。何考えてんの、あの変態ってね」

「……」

「でもね、不思議と誰かに言う気持ちにはならなかった」

「……それは何故?」

「きっと、踏みにじりたくないって思ったからよ。手段はともかく、あんたのアルバートへの愛は本物だもの。それを(けが)したくはなかったの。分かるのよ、あたしだって今、恋をしているから……」


 遠く、前方を往く逆立った髪の男をぼんやりと見つめる。


「たぶんあたしがあんたでも、似たようなことをしていたと思うわ。大好きな人にずっと逢えなくて、そして手元に人間を生み出せる装置なんてものがあったらね」

「……キアラ」

「あたしね、生まれて初めて本気で恋しているの。でもその人には一番の想い人がいて、既に二人の間にはとても割って入れそうにない強い絆がある」


 男はクリーム色の髪の少女と楽しそうに談笑している。


「ふふ、天下のスーパースターでも、意中の相手をものにできないことがあるのですね」

「……と、とにかく!あたしにはあんたの想いまで踏みにじる資格はないと思ったのよ。それにあたしだって、グラティアスの領主をしていた頃は領民全部を魅了して好き放題してたしね。今となっては、なんであんなバカみたいな振る舞いをしていたのかって思うけど」

「……そうですね、正直私も似たような心境にあります」


 ラヴィアンは冴えた青空を見上げる。


「領主の地位を失うまでの私は、領民に過酷なまでに勇者様への信仰を強いてきました。しかし不思議と、自分がおかしなことをしているという自覚がなかったのです。世界は勇者様によって救われたのだから、誰しもが勇者様を賛美するのが当然であると……」

「あたしもそうね……キアラちゃんは世界一可愛いんだから、他人を顎で使えて当たり前って当然のように思っていたし」

「……もしかしたら、人というものは大きすぎる力を持つと、えてしてこのようになってしまうものなのかもしれませんね」

「領主という地位と、アーティファクトの力がそうさせたってこと?」

「それに加えて私たちの心の弱さもあるのでしょう。いえ、きっと心だけで抗うのは難しいのでしょうね。何事も行き過ぎるのは良くない、ということなのでしょう」


 キアラの望みもラヴィアンの望みも、初めはささいなものでしかなかったはずだ。

 誰かに自分を認めてもらいたい。人を愛することの尊さを誰かと共有したい。しかし強い光が深い陰を落とすように、何事も度を越せば社会に(ひずみ)をもたらすのだ。


 この世界にはきっと、絶対的に良いことも悪いこともないのだろう。だから一見良く思えるものでも、過度に力を持てばそれは世の乱れに変わり得るのだ。


 そう、世界を救った勇者アルバート・エリュシオンが、完全無欠の社会を望むあまり人々を脅かしているように……


「きっと、だから勇者も……」

「ええ、勇者という大きな力が、世界だけでなくアルバート様自身をも蝕んでおられるのでしょう」

「……なら、今度はあたしたちがアイツの目を覚まさせてやらなくっちゃね」

「はい、アルバート様には既に十分すぎるほど世界に貢献して頂きました。今こそ私たちの手で、アルバート様を勇者の軛から解き放ちましょう」


 決意を新たに、新雪を踏みしめて進む。

 不思議と寒さはなかった。熱く高揚した心だけがあった。


 ――最終決戦の時は近い。

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