傲慢の化身、スぺルビア
ラヴィアンは吹き飛んで地に伏す。途端に、辺り一帯に出現していた氷塊は一斉に崩れて消えていった。もはや魔力をコントロールできなくなったのだろう。見ればラヴィアンの身に纏っていた冷気も、両手両脚の武装も解除されている。
――勝負あった、俺たちの勝利だ!
戦闘が終了したのを確認して、俺たちは太極を解除する。
ダニヤンとイーラも元の二人に戻っていた。愉快そうに高笑いするダニヤンの隣で、イーラが恨めしげな視線を送っている。やがてアレクスとハンナもこちらに近寄ってきた。
「やったな!ステッド、クモラ!」
「けどまだ油断はできないわよ。ラヴィアンが再起不能なうちに、早くアーティファクトを見つけましょう」
「いや、たぶんその必要はないで。遠くの壁の方を見てみい!」
アレクスが指さす方を一同は見る。
現在居る地点から奈落を隔てた奥側の壁だ。そこには不思議な文様が描かれていて様々な光が走っていたが、それがきれいさっぱり消えていた。
「あ、あれ……?たしか来た時は光ってたわよね?」
「ワイも戦いに夢中でついさっきようやく気が付いたんやが、いつの間にか光が消えとったようやな。おそらくキアラがアーティファクトの破壊に成功したんや!それで遺跡へのエネルギー供給が絶たれたっちゅうことやろな!」
噂をすれば影。
足音が近づいて来たかと思えば、インヴィディアを抱えたキアラがやって来る。
「うわー、なにここ……天井崩落してるし、めちゃくちゃじゃない……ってなに!?あのバカでかいドラゴン!?」
【オッキイノデスー!】
二人はラヴィアンよりもまず先に、巨竜の死骸の方に視線を奪われていた。
「なになに?何があったの?」
「いやー、実はな……」
俺はキアラたちに近寄りつつ、この場で起こった出来事を伝えていく。
遺跡に潜入したところでラヴィアンと遭遇し戦闘が始まったこと、途中で賢帝竜と戦っていたダニヤンが天井をぶち破って乱入してきたこと、そしてラヴィアンは想像以上の強さだったがダニヤンとイーラの太極によってなんとか勝利を収めたこと。
「そう、そんなことがあったんだ……」
倒れ伏すラヴィアンを見つめながら言っている。
「……それでキアラは、無事アーティファクトを破壊できたんだな?」
「えへへ、モチロン!聞いて聞いてステッド!あたし兵士を魅了魔法で操って、捕らえられた人たちをみんな救出したのよ!それに、制御室内で防衛システムに追い詰められた時はもうダメかと思ったけど、インヴィーと太極して乗り切ったんだから!」
「た、太極だって!?キアラもできたのか!やったじゃねえか!」
「でしょでしょ!褒めて褒めて!」
そう言って、ご機嫌に姿勢を屈めて頭を差し出してくる。
ワンテンポ遅れて、俺はようやくなでなでを要求されていることに気づく。
え?いいの?
俺みたいな醜男が、こんなスーパーアイドルになでなでよしよししてしまってよいのですか!?
しばし固まっていると、キアラは「まだー?」と言いたげな目でこちらを見てくる。
うう、上目遣いもめちゃくちゃ可愛い……こんな美女に求められて断るなんざ男が廃るってモンだ。いいだろう、俺の渾身の手わざを見せてやるぜ!
「良ぉ~し、よしよしよしよしよしよしよしよし……たいした奴だキアラ、お前は!」
「エヘヘヘヘヘヘヘヘ♪」
キアラはたいへん嬉しそうに笑っていた。
俺が撫でるのを止めてボケッとし始めると、キアラは抱えていたインヴィディアを見せつけるように掲げる。
「ちょっと!あたしだけじゃなくて、インヴィーのことも褒めてあげてよ!インヴィーだってすごい頑張ったんだから!」
【デスデス!】
「わ、悪かったよインヴィー。ほらいくぞー」
ブロンドベージュの柔らかく艶やかな髪を、優しく撫で上げていく。
「よく頑張ってくれたな!えらいネェ~」
【ハワワ……ステキナココチナノデス♪】
そこからしばらく和気藹々としたやり取りが続いていた。
だが或る時、笑い声の中に悲愴な涙声が混じり始める。
声のする方を見れば、いつの間にかラヴィアンが意識を取り戻していた。
地面にぺたんと座り込んだままで、さめざめと泣いている。
「ううぅ……アルバート様、申し訳ございません……反抗勢力を潰すことができませんでした……わ、私はいったいどうしたら……」
涙を流しながら、ひたすら悲嘆に暮れていた。
やはりというか、ラヴィアンはあまりにもアルバートを崇拝し過ぎている。
いつしかハンナが言っていたように、仮にアルバートが死ねと言えば彼女は死ぬだろう。彼女にとってはアルバートこそがすべてなのだ。それはとどのつまり、自分というものが無いとも言えないだろうか。
此処にいる連中は俺も含めて、みんな我の強い奴らばかりだ。だからこそ独自の強みを持ち、そして協力することで己の強みを掛け合わせ昇華させることができた。
一見ラヴィアンも、勇者が絶対であるという強い我を持っているように思えるが、これは結局自分の有り様を他者に依存しているにすぎない。だから反勇者勢力に敗北を喫した彼女は、どうすればよいかが分からなくなってしまったのだ。
さて、どうしたものか?
この勇者狂信者を立ち直らせる術とは?
結論が出せないままに、俺はラヴィアンに近づいて口を開く。
「ラヴィアン……」
「……」
「俺たちは勇者アルバートの暴走を止める為に旅をしている。アルバートを殺すつもりなんてないし、これまでの功績を踏みにじるつもりもない。どうか力を貸してくれないか?」
「……」
「アイツは魔族や魔物を認めるつもりがないようだが、俺は無用な存在なんてこの世界にはないと思っている。それをアイツに教えてやりたいんだ。どうか俺たちと一緒に戦ってくれ!」
「……できると思うのですか?そのようなことが……!」
泣き腫らした顔で、振り絞るように叫んでいた。
「アルバート様は私のすべて!いかなる理由があろうとも反抗などできようはずがありません。アルバート様と戦うぐらいなら、私は死を選びます!」
揺るぎない瞳だった。
これは容易に説得はできないぞと思った。たとえば彼女にとってのアルバートを、俺にとってのクモラに置き換えれば気持ちがよく分かる。
(そうだよな、今まで大切に抱いてきた想いをそう簡単には翻せないよな。けど、いったいどうしたら……)
俺とクモラが二人で悩んでいると、突然やかましい声が聞こえてくる。
「フーハハハハハハッ!いつまでめそめそ泣いているのだ!情けないぞラヴィアン!」
ぎょっとして振り返る。
そこにはスカーレットのやや長めの髪に、黒っぽいロングコートを着た男が腕を組んで偉そうに笑っている姿があった。
誰だコイツ?
そう思っている内に、インヴィディアが声を上げた。
【ス、スペルビア……!】
その名を聞いてピンときた。
そうか、コイツがこの地のアーティファクトに封じられていた存在。傲慢の化身、スペルビアなのか……!たしかに言われてみれば我の強そうな風貌をしている。
スペルビアは、まず俺とクモラの方に歩み寄って来る。
「これはこれは……!その気配は魔王様であるな?ずいぶんとまた可愛らしい姿になられたものだ!だが心配ご無用!この七大罪の将スペルビアが復活したからには、魔王様の勝利は確たるものとなるであろう!」
「うん!頼りにしてるよ!これからよろしくね、スペルビア!」
「もちろんである!大船に乗ったつもりでいるがよいぞ!フーハハハハハハッ!」
それからひとしきり愉快そうに笑っていた。
俺はアレクスとハンナにこっそりと疑問をぶつける。
(なあ、コイツ七大罪の将とか言ってるけど、ホントにコイツがリーダーなのか?)
(いーや、たぶん自称や。ワイの見立てでは七大罪の化身に格の差はない)
(弱くはないけど、言うほど強くもなかったわよ。たぶんグーラやイーラの方が十年前に戦った限りでは手強かったわね)
な、なんだ自称なのか。だが納得だ。
なんというか、笑い方が強者の余裕から出るものというよりは、お調子者がするそれに近い感じだった。
スペルビアは笑い終えると、今度は靴を鳴らして、いまだへたり込むラヴィアンの元まで向かった。
「ラヴィアンよ、貴様は魔王様に敗北したのだ。なれば貴様の取るべき道はただひとつ!魔王様の味方をし、共に勇者アルバートに対峙するのだ!いつまでそこでへこたれているつもりだ?」
「で、できるわけがないでしょう……!私が勇者様と対峙など……」
「フハハハハハ!御託はいい!貴様の気持ちなどとうに分かっている!勇者のことが好きで好きでたまらないのだろう?なればなおさら勇者と対峙するべきだ!」
おっ?スペルビアの口ぶり的になにか考えがありそうだぞ。
最初は勢い任せでずけずけ言うだけかと思ったが、案外そうでもないようだ。
「対峙するべき……?それはどういう意味でしょうか……?」
「ラヴィアンよ、お前はもう少し傲慢になるべきだ」
偉そうに腕を組んだまま、言葉を続ける。
「貴様ほどの見目麗しき女がこれほど恋慕っているというのに、いつまでも放置し続けるとは!勇者アルバートもずいぶんとひどい奴ではないか!貴様は少し勇者に思い知らせてやったほうがよいと思うぞ!」
「なっ……!そ、そんなこと……ありえません……!それに仕方がないのです、アルバート様は誰よりも人間社会の平和と光り輝く未来を希求しておいでです。女性に現を抜かす暇などあるはずが……」
「だから言ったであろうラヴィアン!もっと傲慢になれ!重要なのは貴様の気持ちだけだ!勇者の気持ちなどどうだってよい!」
有無を言わさずぴしゃりと言う。
もはや気持ちがよいほどに、相手の異論を許さない。
「包み隠さず本心を言うのだ!それほど慕っているのだから当然こう思っているだろう?勇者アルバートを自分の伴侶にしたいと!共に笑い合い、何気ない日常を送ってみたいと!」
「なっ!」
「ゆくゆくは勇者の子を孕みたいと!」
「なっ!なっ!」
スペルビアの威勢のいい言葉を受けて、ラヴィアンは赤面していく。
上手くいくかはまだ分からないが、不思議と悪い予感はしなかった。氷の心が、羞恥の炎で揺らいでいた。
スペルビアは止まらない。
「ラヴィアン、なにも恥ずかしがることはない。胸に秘めたその熱き想いをあるがままにぶつけてやれ。我も協力することは吝かでないぞ」
「し、しかし……」
ラヴィアンは彼の言うことを否定まではしていない。
「それに、これは案外勇者の為にもなるかもしれんぞ」
「そ、それはどういう……?」
「我が思うに、あのアルバートという男は勇者の使命に囚われ過ぎだ。魔王様を倒すまではよかったが、それ以降は歯止めがなくなって暴走してしまった感じだろうな。故に、誰かが勇者の軛からあやつを解放してやらねばならんのだ!」
く、軛?軛ってなんすか?
あ、アレクスが耳打ちしてくれた。家畜を繋ぐのに使う器具だってよ。へー。
「その役目は、勇者をよく知る貴様こそ適任だろう!さあ立ち上がれラヴィアン!我らと共に往け!そしていざ勇者と相対峙したらば、自分の夫になれと、そう告げてやるのだ!」
「……!」
「貴様がアルバートを勇者でもなんでもない、ひとりの男に戻してやるのだ!」
「……!……!」
ラヴィアンはしばらく、赤面したまま呆然としていた。
彼女がアルバートに対し、結婚願望を抱いていること自体はそう意外なことでもなかった。だが俺たちにはこのアプローチは思い浮かばなかった。勇者でなくなったアルバートなど、まるで光らなくなった太陽のようではないか。要はそんなものがあり得るとは考えも至らなかったのである。
それにそうだ、ラヴィアンは果たして初めから勇者を神格化していただろうか?
初めはひとりの男に向けられた、ひとりの女のありふれた想いでしかなかっただろう。しかしそれが満たされず、望みが叶わぬうちに気持ちばかりが膨れ上がっていった。そうしてあのようになってしまったのだろう。
領主の座を失い、ただひとりの女に戻ったラヴィアン。
今度はアルバートがただひとりの男に戻るべき時なのかもしれない。勇者という重い枷から解き放たれて――
やがてラヴィアンが落ち着きだした頃、スペルビアは問う。
「どうだラヴィアン?決心はついたか?」
「…………そうですね」
彼女は、立ち上がった。
曇りないまっすぐな瞳で。
「私はようやく気付きました。私はアルバート様のことが好きですが、それは勇者だからではないのです。たとえアルバート様が勇者でなくなったからといって、この気持ちに変わりはないでしょう。ひとりの男性として、私はアルバート様を恋い慕っていたのです」
「なれば答えはひとつだ。迎えに行ってやれ、貴様の未来の伴侶をな」
「……はい!」
す、すげー!難攻不落に思われたあのラヴィアンをあっさり味方につけちまった!
やったことは心のデリケートな領域にズカズカ入り込むという、工夫もクソもないことだったが、これは良識のある者ならどこか二の足を踏む手段だった。それがためらいなくできたのはきっと傲慢の化身だったからに他ならない。
「もはや迷いは晴れたようだな」
「はい、私は迎えにゆきたいと思います。今も使命に囚われ苦しむアルバート様のためにも」
「そうかそうか!それはよかった!これで貴様も行き遅れる心配がなくなって安心だな!」
ん?あれ?なんか雲行きが……
「は?」
「いやなに、我も常々心配していたのだ!貴様ももう三十間近だろう?このまま齢を重ねるばかりでは嫁の貰い手がなくなってしまうのではないかとな!常日頃から勇者勇者と慕い続けるも、その勇者にはまったく構ってもらえなかったわけだからな!」
「……」
「それにロクに逢えないものだから劣情を募らせるばかりで、日に十回以上も自分を慰め続けていただろう?勇者の古着を嗅いで、よくもまあ飽きもせず毎日毎日……三十手前の娘がそれでは、さすがに我も心配になってくるのでな!」
「なぁーーーーっ!?」
ラヴィアンは真っ赤な顔で目を見開き、魚のように口をパクパクと動かした。
うわぁ、関心しかけたけど、やっぱコイツ口達者なわけじゃねえ!単にデリカシーがないだけだ!
それはそれとして、もたらされた情報に俺たちは思わずたじろいでしまった。
「ひ、日に十回以上って……」
「ぜ、全盛期のワイでもさすがにそこまでは……」
「……?みんな何の話してるのー?」
「ラヴィアン、あんた……いや、やってるだろうなとは思ってたけど……」
「…………」
ラヴィアンは押し黙ったまま俯く。
スペルビアは調子よく笑い続けている。
「フーハハハハハハ!どうしたラヴィアン?我の思いやりに感激して声も出ないか?」
「……ころす」
「へ?」
「……殺す!殺してやるぅぅぅ!」
紅潮した顔で泣き叫びながら、ラヴィアンは素早く顔を上げる。そして眼前のスペルビアを思いっきり蹴り飛ばした。
「ぶぎゃあ!」
「死ね!死ねえええ!」
「どうしたラヴィアン!?何を怒っている!?我は本当のことを言っただけではないか!」
「第一お前がなぜ知ってるぅう!」
「フーハハハハハハ!それは当然だ!我が千里眼に見通せぬことなどない!ぶべらっ!」
あーあ、こりゃもう止めようがねえわ……
ラヴィアンは一切容赦のない力加減でスペルビアを蹴り続ける。始めは威勢のよかったスペルビアも、あまりに苛烈な攻撃に晒され続けたためか、次第に嗚咽混じりの声に変わってくる。
「フハハハハ!なんだ恥ずかしがっているのかラヴィアン?ほぎゃっ!その必要はないぞ!我は貴様のすべてを理解しているつもりだからな!のわっち!だからな!?そろそろ落ち着いてくれるか!?さすがの我もそろそろ痛い……ひでぶっ!」
「死ねええええええぇ!」
「う、うわあああああああああああん!わ、我が悪がっだああああああああ!何が悪いのがは分がらんが謝る!謝るがら、ゆ、ゆるじでぐだざぁいぃ~~!!」
ようやくラヴィアンの加虐の脚が止まる頃、そこには傲慢さの欠片もなくなった男がボロ雑巾同然の姿で、無様に這いつくばって許しを請うていたのだった。




