堅固の聖騎士
突然の事態に俺たちは目を丸くして驚いていた。ラヴィアンもいささか面食らったようにして動きを止める。平静なのは、不意打ちを喰らった当事者のダニヤンばかりであった。
「ガハハハッ……!少しは腕を上げたようだな!いいだろう、邪魔立ては大歓迎だ!」
「これで通算108回目の挑戦だ!死にやがれええ!」
悪鬼羅刹は解けてしまっているが、それでもダニヤンは後れを取らなかった。そしてラヴィアンそっちのけで、イーラと熾烈な殴り合いを始めてしまう。
「な、なにやっとんねん!アイツら!」
「ちょっと!まだラヴィアンとバトル中なんだけど!?」
アレクスとハンナが呆れた視線を送る中、痺れを切らしたようにラヴィアンが動き出す。
「いいかげんにしていただきたいですね。戦闘狂の戦士に、常に激怒している魔族……十年前といざ変わらず、見苦しいことこの上ない!」
”冬の嵐”が発動した状態で、ラヴィアンが急接近する。そして竜巻のような凄まじい回し蹴りを放って、ダニヤンとイーラをまとめて吹き飛ばしてしまった。
「ぬうう……!」
「ぐぎゃあっ!」
二人して苦悶の表情で膝を突く。
このままじゃ、まずいかもしれない。
せっかくダニヤンが来てくれて戦況も好転するかに思えたのに、当のダニヤンは強化魔法が解けてしまったばかりか、イーラと仲違いを始めてしまった。いや仲違いというか、コイツらはあのパティエンティア解放のタイミングから、ずっと隙あらば争い続けてきたんだろうけど。
だが、まだ活路はあるはずだった。
もし争い続けているこの二人が、手を取り合うようなことがあったなら……
きっとアレクスも同じことを考えたのだろう。奴は大声で振り絞るようにして叫んだ。
「ダニヤン!怒れ!このままじゃ負けてまう!心の底から怒るんや!」
「むぅ?アレクスよ、急に何を言い出すのだ?」
きょとんとした顔で言っている。
歴戦の戦士だけあって、こんな状況でも心は凪のように落ち着いていた。
「この状況を打開するには、もう太極しかあらへん!イーラと力を合わせるんや!相方が憤怒の化身やさかい、あんさんはとにかくまず怒るしかない!」
「い、怒るだと……?しかし、こんなにも楽しい瀬戸際の戦いで、何を怒れというのだ!?」
どうやら本気で困惑しているようだった。
くそ、この戦士、戦いが大好きすぎるだろ……!ふつうここまで追い詰められて、しかも邪魔まで入ったら多少なりとも苛ついてくるだろうに。だがこの戦士にはまったくそんな様子がない。ピンチも邪魔立ても、すべてを全力で楽しみ尽くしていた。
アレクスもそれを分かっているのだろう、間髪入れずに畳みかけるようにして煽る言葉を投げかける。無理やりにでも凪の心を乱そうとしていた。
「はあーぁ、あんさんがそんな調子じゃ、もうなんもかもお終いやなあ……ホンマ失望したで、ダニヤン!」
「なに?」
「魔王との決戦が終わってから今に至るまで、修行を怠ってこなかったのはあんさんもラヴィアンもおんなじやろう。それでここまで差が出るってことは、あんさんにはラヴィアンほどの戦闘の才はなかったっちゅうことやな!」
いや、それは才能の差というよりは、きっとアーティファクトの有無……あ、アレクスがシーッてする時のジェスチャーした!あえてそれについては伏せて話をしているようだ。
「はぁ~あ、ホンマがっかりやわ~!あんさんが来てくれた時には、これは勝ったなと心の底から歓喜したってのに、このザマとはなあ……三度の飯より戦うことが好きな戦闘狂とはいっても、所詮は下手の横好きやったわけか~。才も能もないくせに、いつまでも戦い続けて楽しぃんか~?」
「…………」
さ、さすがアレクス……!水を得た魚のように煽る、煽る。
なんか俺まで苛ついてきたぞ……
「仮に太極できたところで、この体たらくじゃ、あんさんに使いこなせるわけないわ。勇者パーティ三強なんて持て囃されたところで、結局はその程度だったわけか。ワイの期待を返してほしいで!こんのザコ戦士~!」
「アレクス」
「あん?」
「俺に挑発は効かん。お前ならそれくらい分かっているだろう?何を言われてもお前の薄っぺらい言葉は俺には響かん」
あれだけ罵詈雑言を浴びせられても、ダニヤンはけろっとした顔のままだった。蛙に打ち水という言葉がよく似合う。
まあ、こういうことには無頓着そうな奴だしな……そもそも怒らせようとして言っていることが分かっているだろうし。
ところが、アレクスの悪口も完全に無駄ではなかったようだった。
「だがそうだな……たしかに俺には才能がないのかもしれないな!あれほど戦い続けてきたというのに、こうして容易に膝を突いてしまうとは!そしてお前たちをみすみす危険に晒してしまった。戦士失格だ!こんな情けない自分を思うと、沸々と怒りが沸いて来たぞ……!」
どうやら活路が見えてきた。
ラヴィアンの恐るべき戦闘力が、皮肉にもこちらに活路を与えたのだ。ダニヤンが己の至らなさに憤るという形で。
やがてダニヤンは立ち上がると、隣で同じく膝を突いていたイーラに手を差し伸べる。
「なっ、なんのつもりだ……!?」
「イーラ……この状況はきっと、力を合わせなければ切り抜けることはできないだろう。俺と共に戦ってくれ!俺にはお前が必要だ!」
「はああっ!?な、何を言って……」
「お前とてこんなところで終わるのは悔しかろう?共に生き延びよう!生き延びて、そして心躍る戦闘をいつまでも続けていようではないか!」
「ふ、ふざけんじゃねえ!てめえら勇者パーティは魔王様の仇だ!そんな奴らと、誰が手を組んだりなんてするもんか!」
イーラは怒りを露わにする。
そこにアレクスが声を掛ける。
「イーラ、ここは耐え忍ぶんや!”憤怒”に対する美徳は”忍耐”やさかい、ここは積年の恨み辛みをぐっとこらえて力を合わせるんや!」
「うるせえ!テメーは黙ってろ!」
叫んだ後で、なおも手を差し出し続けるダニヤンを見る。
イーラの表情にはありありと葛藤が浮かび上がっている。
「ちくしょう……!できるわけねえだろ……!魔王様の仇と手を組むだなんて!グーラもルッスリアもどうかしてるぜ!どうして、こんな連中と……」
「それは……みんな世界の為に……心を一つにしているからだよ」
幼いながらも決意に満ちた声が聞こえた。
見れば俺の腕の中で、いつの間にかクモラが目を覚ましている。
「……あ、新たなる魔王様……?」
「あの時は、世界を支配しようとする魔王を止めるために、みんな必死になっていた。けれども今は敵のいなくなった勇者が世界を脅かしている。今は勇者の暴走を止めなくちゃいけないの。どちらか一方が強いだけでは世界はダメになるんだって、みんな気づき始めている。だからもう魔王も勇者も関係ない、みんなが協力し合わなくちゃいけない。お願いイーラ、わたしたちに力を貸して……!」
「……!」
戸惑いに揺れながら、再び目線をクモラからダニヤンの方へと戻す。
ダニヤンは相も変わらず石像のように、手を差し伸べたままで屹立していた。
その後方から、ラヴィアンが悠然と迫っている。
「さあゆこう、イーラ!俺と共にこの戦闘を心ゆくまで楽しもうではないか……!」
「……だあああああ!分かったよ!力を合わせればいいんだろ!」
乱暴に、目の前の手を取った。
「い、言っとくがな!俺はお前を許したわけじゃねえからな!勘違いするなよ!いつか絶対にテメーの寝首を搔いてやるからな!」
「うむ、いつでも来い!だが今この場を乗り越えられなければ、その機会も永劫訪れないぞ」
「あー!うっせえ!うっせえ!分かってらあああ!」
飛び上がるように立ち上がって、二人並んでラヴィアンに立ちはだかった。
「いくぜえええ!腐れ相棒!」
「うむ!頼りにしているぞイーラ!」
途端に、二人が白と黒の光に包まれた。
光が晴れる頃、”忍耐”と”憤怒”の太極した姿が露わとなる。
――そこには金色の鎧に身を包み、白を基調としたマントを靡かせ、巨大な盾を携えた聖騎士の姿があった。頭部は造作の無い、模様ばかりの仮面である。
【ほう……!これが太極か……!たしかに不思議な力の脈動を感じるぞ!】
(くそー、とーっても不愉快だぜ!こんな奴と一つの存在になっちまうなんて……!)
イーラの意思には構わずに、ダニヤンは盾をかざして構える。
それを受けてラヴィアンも再び臨戦態勢をとった。身に纏う冷気が鋭さを増していく。
「……どうやら防御に秀でた姿のようですね。ならばもう一切の出し惜しみはしません。私の持てる力のすべてを次の一撃に込めるとしましょう……!」
凝縮された冷気と殺気が、獣が爪を研ぐような音を奏でていく。
そして飛び出した。
「フルパワー!100%中の100%!」
隕石の衝突のごとき勢いで蹴りを入れた。
ダニヤンはそれを盾で受け止める。余りの衝撃に盾が少々歪んだ。しかしそれだけだ、大きく損壊はしていない。しかもダニヤンは膝を突くどころか一歩も後退していなかった。
「……っ!そんな……!」
宙返りで距離を取りつつラヴィアンは考える。
先ほどまでの戦闘は、多くてもせいぜい60%程度の出力だった。それでダニヤンを圧倒していたわけだったが、今回は宣言通り正真正銘のフルパワーだった。それでなぜビクともしないのか?
さしものラヴィアンも焦りを禁じ得ない状況だった。
状況を信じたくないばかりに、間髪入れずに次から次へとフルパワーの連撃で畳みかける。だがそのすべてを盾に防がれてしまう。
おかしいと思ったのは、蹴っても蹴っても盾がちっとも破壊されないばかりか、ダニヤンがこの攻撃速度に反応し続けていることだった。自分は息が上がり始めているのに、なぜ彼には消耗している様子がないのか?その理由に勘づいた時、ラヴィアンは思わずたじろいだ。
「ま、まさか……!攻撃の威力が殺されている……いや、吸収されている!?」
【そのまさかのようだな!ガーハッハッハ!】
ダニヤンは相手の攻撃をただ受け止めていたわけではない、攻撃を受ける際に盾を介して魔力を吸収していたのだ。つまりラヴィアンは攻撃すればするほど、自身の火力に弱化効果をかけていくに等しい状況だった。
そしてこれで終わりではない。吸収した魔力はどこへ行くのか?
ダニヤンがちっともへばっている様子がないのは吸収した魔力を利用しているからであろうが、きっとそれだけではないだろう。ラヴィアンは嫌な予感を肌で感じていた。
その正解音のように、消耗したラヴィアンが距離を取ったタイミングで、盾の正面の造りが鈍い音を立てて左右に開いた。
「……!こ、これは……!?」
【人が怒りを抑え、耐え忍ぶのは何の為か?それはより良き未来へと跳躍する為だろう!返すぞ、お前から受けた破壊の力のすべてをな!俺たちは勝利を掴み、明日へと踏み出す……!】
直後、開いた盾から、吸収した魔力の全量が波状の光線となって放出された。
”神之盾”――!
「ぐっ……!ああああああっ……!」
ラヴィアンは思い切り吹き飛ばされるも、受け身を取ってすぐに立ち上がった。満身創痍だったがまだ戦闘不能というほどではなかった。ふらつきながら、キッとダニヤンを睨み据える。
「……なるほど、これはたしかに厄介ですね。攻撃の威力を減衰しながら受けれるとは恐れ入りました。おまけに吸収した魔力を自身の回復や攻撃にまで転用できるとは……まさに攻防一体の性能と言えるでしょう」
しかしラヴィアンに勝負を投げ出すつもりは毛頭なかった。
指先の一つでも動く限り、彼女は全力を賭して戦う。
勝算はないわけではなかった。たしかに太極したダニヤンは恐るべき性能を有している。だが攻撃の威力を弱められているだけで、無効化できているわけではないのだ。その証拠に、ダニヤンの盾は最初見た時に比べてずいぶんと歪んでしまっていた。対決した当初よりずっと分の悪い勝負にはなったが、それでも活路は閉ざされていないとラヴィアンは考えていた。
「ですが、私は諦めません……!敬愛する勇者様の為にも、我が理想の実現のためにも、私は力尽きるその時まで戦うことをやめません!」
【いや、もう終わっている】
ダニヤンは盾を下ろした。
「な、なにを……!」
【ラヴィアンよ、俺は戦士だ。戦士の役目とはタンクに他ならない。要は戦士の仕事は『敵を引き付けること』に集約される。それさえ達成できたなら、その後のことは些細な問題なのだ】
「何を言って…………っ!」
ラヴィアンはようやく気が付いた。だがもう遅い。
敗因は、俺たちのことなどもう敵ではないと内心で侮り、ダニヤンを打ち倒すことばかりに注力してしまったこと。そして幾つも出現させた氷塊や、賢帝竜の死骸、それが天井を突き破った時に降ってきた瓦礫などで、周囲が非常に障害物の多い環境になっていたことだ。
容易だったのだ。
目を覚ましたクモラと再び太極し、ラヴィアンに気づかれないように接近することが!
不意を突くべく、俺たちは氷塊の陰から一気呵成に飛び出した。そしてラヴィアンの体に渾身の闇の魔力を叩き込んだ。
「そ、そんな……!」
闇魔法:”破戒”――!




