VS.武闘家ラヴィアン①
ラヴィアンの周囲に冷気が集まる。
始めは、彼女の威圧感が増したように錯覚した。
氷魔法:”冬将軍”――!
見ればラヴィアンは氷魔法で自らを武装したようであった。
両手にガントレットのような、両脚にグリーブのような造りの氷を生み出して覆っていた。形状も精緻で、透き通った水晶色の武具が突然出現したかのようだった。
ラヴィアンは片足を上げて構える。
不意を突かれる前に俺たちも臨戦態勢を取った。
「クモラ!太極だ!」
「うん!」
手を繋ぐ俺たちの体が白と黒の光に包まれる。
そして翼と尾を生やした漆黒の影となった。
「……なるほど、そのようにして魔の力を利用し、これまで戦い抜いて来たのですね。アルバート様の憎んだ魔の力を滅ぼすでなく利用するとは、なんという不届き者でしょうか」
ぬらりと自然な所作で、体勢を低く屈める。
「勇者様に代わってこの私が制裁を下すと致しましょう……お覚悟を!」
その瞬間、ラヴィアンの姿が消えたかと思いきや、すぐさま俺たちの目の前に現れた。そして豪脚一閃、強烈な回し蹴りをお見舞いしてくる。俺は慌てて姿勢を屈め、間一髪でこれを躱した。
(……!あ、あぶねえ!)
もし太極が遅れていたら回避できなかっただろう。避けようとしても間に合わないばかりか、攻撃を目で捉えられるかもあやしかった。それぐらいとんでもない速度だった。当然威力もかなりのものだろう、もし生身で受けていたら一発KOだったに違いない。なんとか躱せたものの、眼前を通り抜けた猛風を思い出し、背筋に寒気が走った。
(な、なんつー蹴りだ!こんなのモロに喰らったら、すぐにやられちまう!)
そこからしばらく熾烈な格闘が続く。
しかしほとんど防戦一方だった。なにしろ相手の攻撃が苛烈すぎる、回避で精一杯なのが実情だった。なんとか隙を見つけて打撃を喰らわせようとしても、そんな苦し紛れの攻撃はすぐにいなされてしまう。そしてカウンターをお見舞いされた。
(ぐ、ぐあぁ……!)
情けなく呻きながら吹き飛んだ。
ラヴィアンは流れるような動作で近づいて来る。次が来る前になんとか立ち上がって、呼吸を整えつつ距離を置いた。
肩で息をしている俺に比べて、ラヴィアンは余裕しゃくしゃくだった。いやそれだけではない、彼女の所作は踊っているかのように洗練されていて無駄がない。
【な、なんて奴だ……攻撃も回避もあまりに余裕がありすぎる!ごく自然に、舞い踊るように戦いやがる!】
遠くではアレクスとハンナが、固唾を飲んで戦況を見守っている。
「たしかラヴィアンは、勇者の旅に同道する前は踊り子として暮らしておったはずや。相変わらずその経験をふんだんに活かした闘い方をしよるな」
「武というよりは舞、舞踏ね」
言いながらアレクスはグーラを、ハンナはルッスリアを呼び出す。
「こうなりゃワイらも加勢するしかない!きばるでグーラ!」
「ルッスリア!私たちの新しい力で目に物を見せてやりましょう!」
二人の体が白黒の光に包まれる。
そして紅いカメレオンと、仮面の天使が出現した。
「勇者パーティの一員でありながら、魔族と力を合わせるとは……!貴方がたには二度と勇者パーティを名乗らないでもらいたいですね!」
ラヴィアンは不愉快げに、眉根を顰めながら言っている。
【ふん!この際はっきり言ってやるわ!このヒュミリタスで最も忌み嫌われているのは魔族でも魔物でもないわ、アンタよ!】
相手の気迫にも負けずに言い返すと、ハンナは翼をはためかせて高く飛翔した。今に炎の雨が来るかと思われたが、ラヴィアンは予想以上に素早い対応を見せる。
「……なにかするつもりですね?なればその前に撃ち落とすまで!」
ラヴィアンが念じると、辺り一面に冷気が迸り、宙に浮かんだ大きな氷塊が幾つも出現する。
氷魔法:”冬物語”――!
これはおそらく簡易的に壁や足場代わりに出来る氷塊を生み出す魔法だろう。
ラヴィアンは近くの氷塊に飛び乗ると、そこから目にも止まらぬ速度で氷塊を飛び移り続け、一気にハンナのいる高さにまで上昇した。
【う、嘘でしょ……!】
気づいた時にはもう遅かった。
ラヴィアンは大きく跳躍しながら空中で一回転、そこから脚を高く引き上げながら落下してハンナに強烈な踵落としを喰らわせた。仮面の天使は、隕石のような勢いで地に墜ちた。
太極は解け、元のハンナとルッスリアの姿で地に横たわっていた。
(そ、そんな……!)
俺が驚いている間も、相手の猛攻は続く。
ラヴィアンは氷塊の一つに着地していたが、急にそれを蹴り割って、破片を壁際の方へと蹴り飛ばした。直後に【うぎゃあ!】という叫び声が響く。どうやらアレクスが隠れ潜んでいたようで、姿を現した途端に太極が解けてその場に倒れ伏してしまった。
「なるほど、姿を消して騙し討ちをしようとしていたのですね。ですが気配まで消さなくてはお話になりませんよ?」
武闘派ではないとはいえ、あっという間に仲間の二人が土を付けられてしまったことに俺は驚愕していた。ラヴィアンは氷塊から地に降り、余裕に満ちた眼差しを向けてくる。
「どうしました?まさかこの程度ですか?戦士ダニヤンや魔法使いハインリヒをも打ち負かしたからには、実力はこんなものではないでしょう?」
【……】
さすがは勇者パーティ三強、”攻めの粋”ラヴィアンといったところか。俺はとっさに相手の異名を思い出し、その名に違わぬ実力に舌を巻いていた。
しかし彼女の言う通り、”守りの粋”と呼ばれた戦士ダニヤンも、”魔法の粋”と呼ばれた魔法使いハインリヒも間違いなく強敵だったはずだ。では何が違うかと言えば、それはきっと戦いに対する姿勢の問題だろう。
まずダニヤンは完全に戦い自体を楽しむタイプであった。だからすぐに決着を付けようとはしないし、それどころか相手の攻撃を自らもらいに行くこともあった。ハインリヒはダニヤンとは違うが、自分の力に絶対の自信を持っている男だ。余裕に構えることにこだわりを持っており、こちらを好きに泳がせてくれる節がある。ただ座って様子を見ていることも多かった。
だがラヴィアンは違う。
この女にとって戦いなどまったく楽しむものではないのだ。それもそのはずで、聞いた話では彼女が勇者の旅に同道するようになったのは、魔物に喰われそうになったところを勇者に助けられたからだ。それ以前は寒村のしがない村娘でしかなかったろう。そこからここまで鍛え上げるのにどれだけの努力をしてきただろうか?
そのようないきさつを経てきた彼女にしてみれば、戦いなど楽しむべきものではない。むしろ乗り越えるべきものであって、早いうちにケリを付けてしまうべきものなのだろう。彼女が攻めの粋と呼ばれたのには、戦闘に対するこのような姿勢があったからかもしれない。とにかく攻撃に手抜かりがないのだ。ラヴィアンは余裕そうな表情を浮かべているが、それはあくまで結果的にそうなっているだけであり、戦闘自体に手を抜く気は一切ないだろう。
攻撃は最大の防御とは、よく言ったものだ。
俺たちはラヴィアンに一撃も入れられないままに、敗色濃厚なところまで追い詰められつつあった。
(ど、どうしよー!ステステ!)
(うう、このまま取っ組み合っても勝てるわけねえな……どうにかして動きを封じねーと)
当初は、”破戒”を打ち込んで即座に勝負を決めに行くことも視野に入れていた。
だが先ほど格闘したから分かる、それはあまりに無謀なことだった。搦め手を用いないことにはきっとままならぬだろう。
例えば"暗夜行路"が決まれば、肉体の感覚は遮断され動きを大幅に鈍らせることができるだろう。だが今の距離間ではまだ魔法の射程外だ。俺は固唾を飲んで、チャンスがやって来るのを待つ。
「……なるほど、肉弾戦では勝てないと悟り、なにやら狙っていますね?」
ギクリとした。
とっさに、他に手立てがないものかと思考を巡らす。
できれば”闇椿”のような範囲攻撃だとか、ハインリヒ戦の時のように創造魔法で暴君竜を生み出すことはやりたくなかった。なにしろ地下で戦っているので、俺たちにも被害が及びかねない。それにどちらも敵の的が大きい状態でやったものだが、今回はそのような事情があるわけでもない。強力な攻撃である代わりに消耗は大きい、もし回避されてしまったらいよいよ後がなくなるのだ。
よって、ひとまずは感覚遮断で動きを鈍らせて”破戒”を決める腹積もりでいたが、そうは問屋が卸さなかった。
何かあると警戒したラヴィアンは、そこから一歩たりとも俺たちに近寄ってはくれなかった。
「あまり近づくのはよろしくなさそうですね。であれば戦法を変えることにしましょう」
(な、なにぃ……!)
ラヴィアンは近寄るどころか距離を空け始め、地表付近に出現していた氷塊の裏手に回り込む。その間、俺は必死に打開策を模索していた。
インヴィディア戦の時のように、”闇椿”の要領で放って”暗夜行路”を拡散させるか?いや、それではダメだ。あの時は戦いの心得などない領民が相手だったからよかった。歴戦の武闘家相手に、拡散して効果の薄まった”暗夜行路”ではきっと意味がない!
俺がうろたえている内に突如、氷塊の裏から威勢のいい掛け声が聞こえた。
「ハイヤーーーー!!」
何事かと思えば、ラヴィアンが凄まじい勢いで氷塊に蹴りを入れ、砕けた氷をまるでミサイルのような速度で打ち出してきたのだ。
「タァ!テヤァ!セイヤーーーー!!」
初撃はなんとか躱したが、次々と氷のミサイルが乱れ飛んで来る。
ついには回避しきれなくなり、俺は氷の弾幕に晒された。勢いよく吹き飛ぶとともに、ついに太極が解けて元の姿に戻ってしまう。
「うう……ク、クモラ……!」
見れば、クモラは気を失っていた。
俺はなんとか起き上がって、彼女を助け起こす。
「どうやら勝負あったようですね。新たなる魔王というのも、なんとも物足りぬ相手でした」
砕けた氷塊を踏みしめながらラヴィアンが言う。
”冬物語”……生み出した氷塊を壁や足場だけでなく、蹴破って飛び道具にもできる恐るべき汎用性の魔法だった。それに単なる格闘だけでも俺たちとは大きな経験の差がある。なにせ俺とクモラは、太極で身体能力を向上させることはできても、戦闘のプロフェッショナルのごとき経験を持ち合わせているわけではないのだ。
(つ、つええ……これが勇者パーティ三強、”攻めの粋”武闘家ラヴィアン……!まずい、このままじゃ負けちまう)
俺は追い詰められたこの状況で、なんとか打開策を模索しようとしていた。
とにかく敵の攻撃が苛烈だ、おまけに近距離と遠距離どちらにも対応してくる。攻撃を引き付け防いでくれる盾のような役目の者が欲しいところだった。そう、それこそまさに戦士ダニヤンのような……
だが、いない者を頼っても仕方がない。無いものねだりもいいところだった。
どうすればいい?創造魔法で盾となるものを生み出せば……ダメだ、そもそもクモラが気絶している。それにただ盾を生み出しただけでは意味がない。とっさの攻撃は防げても、次にはそれをすり抜けて攻撃してくるだろう。
ならば、暴君竜を生み出したように、いっそ戦士ダニヤンを生み出してみるというのは?けどそれも非現実的だ。暴君竜が上手くいったのは単に暴れさせればよかったからだ。知性など搭載する必要がなかったからだ。ただ今回は事情が違う。知性のない木偶の坊を生み出しても意味がない。しかし自分で考えしっかり行動してくれる知的生命体を生み出すなど、まるで神の御業ではないか。魔王の力も万全でない状態でそんなことができるかは果てしなくあやしかった。
(くそ、いったいどうすれば……?いっそこの場に戦士ダニヤンがいてくれれば……)
思わずこの場にいない存在に縋るほど、俺は追い詰められていた。
心の底からアイツの存在を願っていたからだろうか?
急にガハハハ!という、あの愉快そうな笑い声が聞こえたような気がした。それに釣られて、紅い鎧を着込んで、大戦槍を振り回し、勇ましく戦場を駆ける姿が想起される。
我ながら随分と想像力が豊かになったものだと思った。これなら本物同然とまではいかなくても、創造魔法でダニヤンに近い存在なら生み出せるんじゃなかろうか?他に打つ手もない、クモラを叩き起こして最後の足掻きに出てみるべきか?
――そんなことを考えていた時のことだった。
俺は先ほど聞いた笑い声が、幻聴などではなかったことを知らされる。
突然、天井が激しく鳴動した。直後に崩落して驚くべきことが起きる。
降りしきる瓦礫とともに、傷だらけの戦士風の大男と碧い鱗の巨竜が、俺たちとラヴィアンの間に割って入るようにして墜落してきたのだ!
「ガーハッハッハ!巨竜、討ち取ったりィ!」
鎧は著しく破損していたが、その風貌は見紛うはずがなかった。
「いぃっ!?せ、戦士ダニヤン……!?」




