武闘家ラヴィアンとの対峙
――時間はキアラが地下施設を掌握した直後に遡る。
俺たちはアレクスの先導で街外れの抜け道から地下へ降り、そこにあった細長い横穴を這いつくばって進んでいた。どうやらここから地下遺跡の内部にまで侵入できるようであった。
「こ、こんな道があるとはな……」
「まーさっきも言った通り、大昔の遺構をそのまま流用しとるんや。ラヴィアンや領民でも把握しとらん抜け道がぎょうさんあるんやろうな。ほら、そろそろ着くで」
アレクスが横穴から這い出した後、俺とクモラも続いて抜け出した。
そして辺りを見回す。随分と広い場所に出たようだった。地下なので当然天井と周囲は岩壁に囲まれている。崖伝いのような道で底の見えない奈落と隣り合っているのだが、道の横幅自体はかなり広い。周囲の壁には横長の不可思議な文様が描かれていて、そこにカラフルで奇妙な光が走っている。どう見ても普通の雰囲気ではなかった。
「なんだありゃ?」
「光ってるー」
「おそらくラヴィアンが遺跡を再稼働させとるからや。アーティファクトのエネルギーが遺跡中に巡っとるっちゅうことやな」
言っている内に最後の一人、ハンナが横穴から這い出して来る。
「はー、なんでこんなクソ狭い道通んなきゃいけないのよ……おかげで服が土だらけに……」
しかし上半身を出し切ったあたりで、ハンナはぴたっと動きを止めてしまった。
何事かと見守っている内に、彼女の顔に汗が浮かんでいく。
「……?どーしたんだよハンナ?」
「お、お尻はまった……動けないんだけど……」
「ブフッ!」
ハンナの報告を聞いて、アレクスは噴き出した。
「ワーハッハッハ!まさかそんな状況になるとはな!お前、案外ケツがでかいんか?」
「あぁ!?言うに事欠いてセクハラ発言か!?てめぇ、後で覚えとけよ!」
「なんや、女にケツがでかいなんて、むしろ誉め言葉やろがい!安産型っちゅうことなんやからな!」
「セクハラ以外の何物でもないだろ!つーか助けろ!」
うーん、なんかすげえな……
アレクスは一切心配する素振りを見せずここぞとばかりに笑い倒しているし、ハンナもハンナで動けない状況であるにも関わらず一切臆さずに喧嘩腰を貫いている。まあコイツらのこういったところが土壇場の強さ、揺るぎなさに繋がっているのかもしれないが。
けれどもあまり道草を食っている時間はないはずだ。さっさとハンナを救出しよう。
俺は右手に闇の魔力を込めると、ハンナがはまっている横穴のすぐ近くの岩壁に触れて、魔力をじんわりと浸透させるようにして流し込んだ。アレクスの館に侵入した時と同じテクニックだ。今となっては懐かしい。闇という属性は破壊や腐敗といった現象に連なっていて、物体を脆くする効果があるのだ。
魔力を流し込んだ後で岩壁を小突けば、ビスケットを叩いた時のようにたやすく砕け落ちた。横穴が一気に広がったので、ハンナは簡単に全身を抜け出させることができた。
そして彼女はジロリと、アレクスの方に睨みを利かせる。
「……」
「……ワハハ!い、いやーハンナ、無事でよかったなあ!ほ、ほら、気を取り直して遺跡の中枢にまで向かうとしようで!」
「おらぁ!」
容赦なく、錫杖でアレクスのドタマを殴りつけた。辺りにアレクスの悲鳴が響き渡った。
「つーかアレクス、ここはいってーどのあたりなんだ?」
「いつつ……おそらく地上と遺跡中枢の中間地点やろ。けどけったいやな、思い切り遺跡の機能を利用しとる状況やさかい、ラヴィアンの息のかかった兵士どもが警備しとるかと思ったが人っ子ひとり見当たらん」
アレクスが頭を擦りながら言う。
その時、声が聞こえた。凛々しい女性の声音だった。
「――それはこの遺跡が掌握されてしまったからですよ。スーパースター、キアラの魅了魔法によって」
次いで足音が聞こえてくる。コツコツとブーツの鳴る音を響かせながら、何者かが前方から近づいてくる。
「……!」
「ラ、ラヴィアン……!」
眼前には杖を片手に神官のようなローブを纏った、群青色の髪の女が立ちはだかっていた。
「まったくやってくれましたね。どうやらキアラは魔風恋風で警備の兵士たちをすべて魅了して、囚人たちの解放を命じてしまったようです。まあ、それについてはひとまずよいとしましょう」
二人の警戒の素振りから、名を聞くよりも先に正体は分かっていた。
コイツがヒュミリタスの領主ラヴィアン……道理で威圧感というか、厳めしい雰囲気を放っていると思ったぜ。しかし同時に氷のように冴え渡る、凛とした空気を纏った女性だった。
「そして彼女は制御室を目指しているようですが、制御室の扉は暗証番号を打ち込まねば開かない仕組みになっています。兵士の誰も番号を知らないので魅了も意味はありませんし、鍵穴もないのでこじ開けることもできません。よしんば入られたとしても、あの部屋には防衛システムが搭載されておりますから、彼女ひとりで切り抜けることは不可能でしょう……よって私は貴方がたの対処を優先することとします」
氷のような瞳に負けじと、彼女を見つめ返す。そして出で立ちに疑問を抱いた。
勇者パーティの武闘家であると聞いているが、今の姿は神官そのものであった。ただしハンナがいわゆるシスター服を着用しているのに対して、ラヴィアンは男性が着るのと変わらない厳かなローブ姿であった。
「こ、この女がラヴィアンか……」
「でもなんか武闘家っぽくない服着てるよー?」
「せやな。まああんな恰好しとる理由は聞くまでもないわな」
「さながら勇者教の教祖様といったところかしらね?」
ハンナの言葉に、ラヴィアンはまなじりをぴくっと動かして反応する。
「勇者教?まるで私がむりやり勇者様を崇めさせているような発言は慎んで頂きたいですね、ハンナ」
そう言って、俺たちの顔ぶれを見回しながら言葉を続ける。
「……ついにここまで来ましたか。まさか、魔王モラクレスが完全に滅んでいなかったとは。それを知った時のアルバート様の怒りと哀しみは察するに余りあります。私ももう少し慎重になるべきでした」
やはりアルバートから既に話を聞いているのだろう。しばしクモラの顔を見つめた後、今度はアレクスたちの方を見る。
「魔王の魂を受け継いだ者たちが、アルバート様に対し反逆を企てているというだけでも許し難いというのに、まさかアレクスにハンナ、おまけにキアラまで同調するとは……やはり貴方たちは揃いも揃って名声欲しさに勇者パーティに同道していただけだったのですね……!」
ギロリと睨みつけるように言っている。
そしてラヴィアンの発言内容についてだが、俺は「違う!」と即答することはできなかった。だって悲しいことに、まったくその通りなんだぜ?この強欲なエセ商人も、傲慢なクソ神官も、ただ自分の名を上げるために勇者の旅に同道していた事実は、そもそも本人たちが自分の口で言っていたことだ。
だからラヴィアンの誹りを甘んじて受け入れるしかないと思っていたのだが、俺はコイツらを舐めていた。そうだ、よくよく考えればコイツらは、自分を棚に上げることに関しては一級品の連中だった。
「なーに寝ぼけたことを抜かしとる!ワイらはほかでもない、魔王によってめちゃくちゃになってもうた世界を救うために旅をしとったんや!そして今度は勇者パーティのせいで世界がおかしくなっとることに気づいたから、こうしてアルバートと対立する立場を取ったまでや!」
「そうよそうよ!これは世界を想ってのことなの!我欲なんて一ミリもないわ!分かったらアンタもバカみたいな統治は止めて、アルバートにもちっとはまともな政治をするように忠告してやりなさい」
なんてこった、コイツらまったく悪びれずに綺麗ごとばかり言っているぞ……
えー、賢明なる皆さま方はご存知のことかと思いますが、実際のコイツらは二人して名声のために嫌々勇者の旅に加わっていた身だし(本人が言っていた)、二人して常軌を逸した統治をしていたし(この目で見て来た)、二人して負けてしまったから今度は俺を勝ち馬にすべく反アルバート側に着いたのだ(これも自分の口で言っていた)。
思い返せば、昔から今に至るまで、行動のすべてが我欲に根差している。一ミリもないどころか、それがすべてであった。良くも悪くも一貫している。しかしコイツらは、そんなことなどおくびにも出さずに、まるで根っからの正義の使徒であるかのように熱く旅の意義を語っていた。滑稽だった。
だが、不思議なことに、この平常運転ぶりがなにより俺の心に安心をもたらしていたのだ。もし二人がいなければ、いても委縮していたら、俺もまたラヴィアンの威圧感に飲まれてしまっていたかもしれない。
しかし緊張なぞたちどころに消えてしまった。
そうだ、これでいい……二人はきっとこれだからこそいいのだ。
俺は力強く一歩を踏み出して、宣戦布告を開始する。
「ラヴィアン、このヒュミリタスの状況はしかと見させてもらったぜ。街中に勇者像を造って、異常なほど領民に勇者への信仰を強要していたな。それどころか勝手な理由で何人もの命を奪ってきた!こんな歪な統治は俺たちが止めさせてやる……!」
「……歪な統治ですって?」
氷のように冷たい声が返って来る。
「勇者様を崇拝するのは、この世界に生きる者であれば至極当然のことでしょう?他でもない、勇者様こそが魔王を打ち倒し世界をお救いくださったのですから!故に生き残った者たちは、勇者様に限りない敬愛を捧げ、日頃から勇者様のことしか考えられないのがあるべき姿なのです!」
カツーンと杖で床を打ち、演説は続く。
「……そう、それは言わば自然の摂理にも等しきこと。私は何も無茶苦茶な要求をしているつもりはありません。煙が高きに昇るが如くに、水が低きに落ちるが如くに、ただあるべき姿に立ち返るようお願いしているだけなのですから」
「どこがだよ!暮らしや命まで脅かされる程に、勇者を崇拝する必要なんてねえだろう!?勇者は確かに世界の救世主だろうけどよ、だからといってずっと勇者第一でいられるわけねえ!みんな自分たちの暮らしってモンがあるはずなんだからな!」
「分かっていませんね。極端な話、”個”など必要ないのです。この世界をお救いくださったのは他ならぬ勇者様なのですから、まず勇者様を崇め奉ることこそが大前提。それすらもできない者に生きる資格などありません。自分たちの暮らしぶりなど二の次以下となって当然なのですよ」
だ、だめだ……瞳が揺るぎない。正しい意味での確信犯だ。
俺が説得の無意味さを感じ始めた頃、並び立つようにしてクモラが前に踏み出してくる。
「アルバートはきっと、そんなこと望んでいないと思うよ」
毅然とした態度で言っていた。
昔の、子供の姿の頃では考えられない気迫と凛々しさだった。
「……なんですって?」
「わたしは勇者アルバート・エリュシオンに一度しか逢ったことがないけれど、なんとなく分かる。誰にも負けない凄まじい力と強靭な意志を持っていて、それでちょっぴり不器用で、だから勝手なイメージばかり抱かれてしまうと思うの」
「勝手なイメージ?」
「力強くて揺るぎなくてまばゆい……そんなイメージばかりが先行するけれども、本当は誰より優しくて、世界と人々の為を想って戦ってきた。アルバートは確かに、正真正銘の勇者だったんだと思うの。魔王によって壊された誰しもが笑って暮らせるはずの世界……ごく自然なありふれた日常を取り戻す為に彼は戦ってきた。こんな風に祀り上げられることを、きっと彼は望んでいない!」
「……」
クモラの演説に打ちのめされていたのは何もラヴィアンだけではない。
俺もだった。クモラの言葉を聞いて、俺はなんともアルバートに対する解像度が低かったことを思い知らされた。実際一度逢っているというのに。確かにあの揺るぎなさは、不器用さと言い換えることができるかもしれない。だから次第に、世界とそりが合わなくなっていった。
だがそれでも、アイツは人々の為を想って戦い続けてきたはずだ。それだけは疑いようがない。どこかでボタンを掛け違って、今では世界を脅かす存在になってしまったけれども、世界の平和と人々の安寧を願ってきたことだけは変わらないはずなんだ。
そんなアルバートが思い描く未来予想図に、きっと奴自身の姿はない。
だってそうだろう?ごく当たり前の、ありふれた日常を取り戻すことが願いだったなら、自分がいつまでも祀り上げられていてどうする!
俺は黙って、クモラの手を取った。
クモラは何も言わず、それを握り返した。
「……いこうクモラ。アルバートが望んでいたはずの社会を取り戻すぞ。このヒュミリタスの地で」
「……うん!」
きっと今この場に、半端な者は一人としていない。だが方向性の違いが激突をもたらす。
俺たちの威勢を受けて、ラヴィアンは勢いよく杖を投げ捨てると、纏っていたローブを脱ぎ捨てて戦闘態勢を取る。
「この私に勇者様のなんたるかを説くとは……!身の程知らずも甚だしい!いいでしょう、もはや懐柔を試みることは無意義だと悟りました」
ラヴィアンはローブの下に、スリットの入った碧いドレスを着ていた。上下一貫の動きやすそうな出で立ちだった。群青の長い髪をポニーテールにまとめ上げる。ブーツのつま先で軽く床を蹴って、鋭い眼光を飛ばしてくる。
「今日限りは、ヒュミリタス領主ラヴィアンではなく――ただの武闘家ラヴィアンに舞い戻って、貴方がたに直々に引導を渡すとしましょう」




