幻影の姫君
制御室内は、突如出現した影で埋め尽くされていた。影は一斉にキアラたちの方を向くと、次々襲い来る。
(これは……もしかしてこの遺跡の防衛システム!?)
インヴィディアを抱えて剣撃から逃げ惑いながら、相手が非常に悪いことを悟った。
(ど、どうしよう!コイツら生物じゃないから、きっと魅了は効かないわ!相手が悪すぎる……!)
慌てふためくキアラにたまらず、インヴィディアは彼女の腕から飛び出した。
【キアラハ、インヴィーガマモルノデス……!】
「インヴィー!」
宙に浮いた状態から、一気にブロンドベージュの髪を伸ばして、触手のように蠢かす。
闇魔法:”みだれ髪”――!
しかし空しい抵抗だった。
向けた髪は容易に切り裂かれ、インヴィディアは衝撃で吹き飛ばされた。キアラは気が気でない思いで、彼女の元へと駆け寄る。
【アア……!】
「インヴィー、無茶しないで!」
【デモ、デモ、キアラヲマモラナイト……】
負けじと浮き上がるインヴィディア。
それをひっしと抱き締め、キアラはにじり寄る影たちの方に向き直った。
(正直かなりピンチね。あたしは基本サポートや妨害しかできないし……焦らずステッドたちと合流してから突入した方がよかった?けど今更悔やんでも遅いわね。それに、まだ打つ手がなくなったわけじゃない)
そう、活路はまだあるにはあった。
今まで試す機会がなかったが、この追い詰められた状況こそかえって丁度よいタイミングかもしれなかった。キアラは腕の中のインヴィディアに視線を落とす。
「……ねえインヴィー、太極してみない?」
【タイキョク……?ステッドトマオウサマガシテイタ、アノ……】
「たぶんあたしたちの有り様は今、互い違いになってる。だってインヴィーはもう、嫉妬に駆られた生き方なんてしてないし……それにあたしは今、人生で一番ぐらいに嫉妬しながら生きているもの……!」
インヴィディアを抱き締めたまま、キアラは想い人を胸中に浮かべる。
決してかっこいいとは言えないが、誰よりも強い思いやりと勇気を持った男。そして彼の隣には、気心の知れたクリーム色の髪の可憐な少女が居る。二人は楽しそうに、付け入る隙なく笑い合っていた。
やがてキアラは思い切り感情を爆発させた。
「ああー!むかつくむかつくむかつく!どうして!?どうしてよりにもよって、人生で初めて本気で好きになった人にだけは振り向いてもらえないの!?今までキアラちゃんに靡かなかった男なんていなかったのに!どうしてキアラちゃんが、ステッドの一番になれないのよー!」
【キアラ……】
呼応したように、インヴィディアも言葉を紡ぐ。
【インヴィーハ、キアラニシアワセニナッテモライタイデス。ダッテ、インヴィーニトッテキアラハ、ハジメテノタイセツナオトモダチダカラ……!】
「インヴィー……」
【ソレニ、ステッドトマオウサマニモ、トッテモカンシャシテイルノデス……!コンナステキナカラダヲクレテ、インヴィーニヤリナオスキカイヲクレマシタ。ムカシノワタシハシットニマミレ、ステッドノイウヨウニ、ガイケンイジョウニココロガミニクカッタトオモイマス。コレヨリゴオンヲオカエシマス、アイスルキアラノタメニ、ソシテステッドトマオウサマノタメニ……!】
高ぶった二人の想いが一つに結び付く。
途端に、白と黒の光が全身から迸った。
「ああ……!」
【ウウ……!】
正体不明のエネルギーを感知したからか、影たちも少し動きを止めていた。
次第に光は消えていき、”感謝”と”嫉妬”の太極した姿が露わになる。
――そこにいたのは、フリル飾りの付いた漆黒のドレスに身を包み、ダークグレイの髪を靡かせて宙に浮かぶ脚のないビスクドールであった。眼に瞳はなく、赤い光を爛々と輝かせている。
(こ、これが太極……!?あたし、インヴィーと合体して人形の体になったの?)
(ス、スゴイパワーデアフレテイルノデス……!)
まじまじと自分たちの体を眺める。
陰と陽が結び付き、爆発的なエネルギーが発生していた。
脅威を感じ取ったか、やがて影たちは剣を振りかざして一斉に襲い掛かってきた。
(これならイケるわ……!見せてあげる、あたしとインヴィー、二人の魔法の真価を!)
一旦攻撃を回避して、距離を取る。
再び影たちに向き直ってから、両腕を広げて思い切り魔力を展開させた。
闇魔法:”舞姫”――!
灰色の、靄のようなものが辺り一帯に広がった。
するとどうしたことだろう?突然影たちが、剣を振り回してお互いを攻撃し出した。誰もキアラたちの方に向かわず、ひたすら同士討ちを続けていた。
それもそのはずで、彼らには他の影がキアラたちのビジョンとなって、認識されていたのだ。彼らにしてみれば正しい標的を攻撃しているつもりで、その実ひたすら同士討ちを繰り返していた。
キアラとインヴィディアが太極によって得た力は、相手に幻視をもたらす魔法であったのだ。
(幻影に絆され、踊り狂いなさい……!)
次々と、敵が勝手に潰し合って消えていく。
キアラはその隙に乗じて高く浮き上がり、室内を見渡すように飛行し始めた。
(インヴィー、今のうちにアーティファクトを探しましょう!それさえ壊せばシステムは停止するはずだもの。きっとこの部屋のどこか目立たない位置にあるはずよ!)
(デスデス!)
飛び回り、エネルギー源たるアーティファクトを捜索する。
それは結局無事見つけることになるのだが、その前に少々ショッキングな出来事が起きた。
影たちの同士討ちはなかなかに熾烈だった。
そして或る時、一体の影が振るった剣が、あのアルバートそっくりの男が入った水槽に思い切り命中してしまったのだ。豪快な音を立ててガラスはひび割れ、中の翠玉色の液体が一気に漏れ出して部屋中を埋め尽くした。
【……!】
アルバートそっくりの男は、波間に揺られる艀のようにしばらく翻弄され、液体が広がり切るのに合わせてひとところに落ち着いた。
それは胎児がむりやり母胎内から引きずり出されたようなものだったろう。男は少しの間、ぴくぴくと小刻みに痙攣していたが、すぐにそれすらなくなって微動だにしなくなった。たちどころに物言わぬ屍へと変わってしまった。
【……】
キアラはアーティファクトを探すという目的も忘れて、しばらくの間死んだ男を見つめ続けていた。
どのような感情を抱くべきかが彼女には分からなかった。眼下に映る失われた命は生まれる前の命、それも本来であれば生まれることのなかった造られた命であった。これは死なのか?死であったとして悲しむべき死なのか?無事に生まれるべき命であったのか?
眼下の物言わぬ屍は、なんとも命の意味や人の業の深さというものを物語っているように見えてならなかった。




