禁忌
兵士を連れ、インヴィディアを肩に、キアラは地下施設を往く。
物理的な抵抗であればまだしも、風属性の性質を持った広範囲の魅了魔法など、使われるのは想定外だっただろう。施設を警備する兵士たちは残らず彼女の手玉に取られてしまった。
キアラは兵士から施設の概略的な説明を受けた。
各所に囚人を収容する為の牢が点在していること、”裁きの間”と呼ばれる浄化刑に処す為の部屋があること、この施設は古代遺跡を流用したものであり地下最奥にシステムの制御室が存在すること。
次いで兵士に、囚人の解放と自身を裁きの間に案内するように命じる。
もはや彼女の傀儡でしかない兵士たちは、何の疑いや抵抗もなく指示に従った。
やがてキアラは奇妙な構造の部屋へと案内される。
部屋自体はやけに広いのだが、足場があるのは入って手前半分だけであり、奥半分は底の見えない奈落となっている。奈落に向かって飛び出すように細長い足場があり、そこには手枷足枷で拘束された囚人が立たされている。
――か、勘弁してくれえ!オラなんにも悪いことはしてねえだぁ!本当だぁ、勇者様のことを心から尊敬してるよぉ!
囚人は泣きながら、必死に許しを請い、勇者への尊敬の念を訴えていた。
「こ、ここが裁きの間……?」
「はっ!勇者様への尊崇の念が認められれば解放されますが、さもなくば奈落に落とされるのであります!」
追従していた兵士が律儀に答えた。
「落ちたらどうなるのよ?」
「我々も詳しいことは存じておりませんが、どうも下は溶解液で満たされているようなのです。落ちた囚人は溶かされて死に至ります」
「はぁ!?なによそれ!止める方法はないの!?」
「方法は分かりませんが、どうも溶解液を生み出す装置は制御室と繋がっているようであります」
話している内に、槍を担いだ兵士が囚人の乗った足場付近に向かっていく。落とす気でいるようだ。それに気づいた囚人がいっそう悲痛な声で救いを懇願する。しかし聞く耳を持たない。キアラはようやく、兵士を魅了状態にしてはいても、まだ裁きの中止を命じていないことに気づいた。
「ちょっと!やめなさいアンタたち!」
――はっ!キアラ様の仰せのままに!
なんら躊躇なく、兵士たちは行動を止める。
「とにかく!ここにいる人たちを全員解放してやりなさい!牢に入っている人も残らずよ!こんなことで罰を受けなきゃいけないなんて、バカらしいったらありゃしないわ!」
キアラが叫んだ後、兵士たちは散り散りになって命令の遂行にあたる。急に拘束を解かれたので、囚人も困惑していた。しかし魅了魔法の影響は彼らにも及んでいる。キアラを絶世の美女、地上に舞い降りた天使のごとくに崇めるその目は兵士と彼らとで共通しており、次第に状況を理解した彼らは口々に感謝と敬愛の言葉を述べた。
――助かったぁ!
――す、救いの女神様だべ!
――なんて美しいんだぁ!
キアラは一番近くに待機している兵士の方を向き、
「それと……その制御室っていうのに案内してもらえるかしら?」
「はい!ご案内いたします!」
地下施設をたやすく機能不全に陥らせた女が、今度は中枢に向かおうとしていた。
長く暗い階段を降りると、堅固な物々しい扉が立ちはだかる。
扉には見慣れない透き通った板(液晶という言葉がない)と、その下部に数字の書かれたでっぱりの羅列(キーという言葉がない)があった。
案内役の兵士に尋ねる。
「これは何?」
「はっ、暗証番号を打ち込めば扉が開く仕組みのようです」
「番号は?」
「我々に分かるわけないのであります」
それもそうである。
きっとこの先こそが遺跡の中枢であり、ラヴィアンからすれば絶対に立ち入られたくない場所であろう。簡単に侵入されるようにしているはずがなかった。
「そう……じゃーいいわ、とりあえずあなたは持ち場に戻ってくれる?」
「はっ、承知しました!」
敬礼の後、兵士は帰投する。
それを見送ってから、キアラは扉の方に向き直った。
(さて、どうしよっか……いっそ番号総当たりで試してみる?いえ、それだとどれくらい時間がかかるか分からないし、その間にラヴィアンが異変を察知してここまで来るかもしれないわ)
キアラはしばらくの間、扉の前に立ち尽くして考え込んでいた。
(見たところ八桁の番号を打ち込めばいいみたいね……いったいどんな番号なのかしら?考えるのよキアラ、もしラヴィアンだったらどんな番号を入れる?)
片っ端から思い浮かんだ番号を手当たり次第に入れてみる。しかしそう簡単に上手くいくものでもなく、しばらく試行錯誤が続いた。
奇跡が起きたのは十回目のトライの時だった。
入力したのはラヴィアンとアルバートの誕生日を並べた数値であった。
『02100527』
ガチャリと、音を立てて扉が開いた。
「うそ!あ、開いちゃった……」
分かってみればなんとも単純な番号だった。
しかし彼女の性格を知ればこそである。機密性よりも思い入れの方を重視していた。
キアラは生唾を飲み込むと、覚悟を決めて部屋の中へと足を踏み入れた。
ステッドたちを待つという考えも脳裏をよぎったが、ここまで来たからには機を逃したくないという思いが先行していた。
室内は見慣れない装置群でごった返し、照明こそないものの機器の放つ光で異様に明るかった。壁も床もすべてが人工の素材で出来ていて、どこにも石や土で造られている箇所はなかった。とても固いが金属光沢は見られない、不思議な材質だった。
「な、なんなの……この部屋……」
【メガチカチカスルノデスー】
呆気に取られながら、わけのわからぬ装置群を見回している。
箱型のものから壺型のものまで、多種多様な機器が数多の光を明滅させ、鈍色の武骨な管を他の機器や壁に向かって伸ばしている。
(溶解液の装置を止めれば浄化刑の執行も食い止められるかしら?アーティファクトの助力がない今、あたしの魅了魔法も永続とはいかないし、急がないと……)
探索しつつ、思考を続ける。
(そもそもラヴィアンは、なんでまたこんなことをしているのかしら?いくら勇者への忠誠心が低いからって、死なせる必要なんてないはずなのに……)
歩き回っている内に、巨大なモニター群が壁の一角に設置されているのを見出した。
そこにはヒュミリタス領内の様子が克明に映し出されているようだった。驚くべきは、街並みや聖堂のような公共施設のみならず、民家の中までもがばっちり観察できるようになっていたことだ。モニター前には幾つかの座椅子と、またしても文字の刻まれた出っ張りが並んでいて、モニターの表示を操作できるように見受けられた。
(ラヴィアンの奴、きっと日頃からこれで街全体を監視しているのね……だからブル助の侵入にも気づけたんだ)
モニターを横切ってさらに奥へと進めば、今度は翠玉色の液体を湛えた巨大な水槽タンクのような装置に出くわす。もしかしてこれが浄化刑用の装置だろうか?そう思い近づいたが、唖然として立ち尽くしてしまう。
――水槽の中に人が居る。
驚くべきことに、その人というのが、なんと勇者アルバート・エリュシオンに瓜二つの男性だったのだ。美しく長い黄金の髪と、がっしりした逞しい肉体。彼は胎児のように膝を抱えて体を丸め、目を閉じて、水槽の中ほどに浮かんでいる。へそのあたりから管が伸びて、水槽の上部へと繋がっている。そこから養分が送られているようだった。
キアラもインヴィディアも、すぐには状況が理解できずに固まっていた。
「え……な、なにこれ……?」
【ユウシャソックリノ、ニンゲン……?】
しばらく時が停まっていた。
ようやく落ち着いて思考の自由を取り戻すと、目の前のそれがなんであるかを考える。
「もしかして……に、人間を作ってるの……?」
そう思ったのは、水槽の中の男があまりにもアルバートに似通っていたからだ。
ここまで同じ外見の人間が世界に二人もいるとは考えにくい。だから人間を閉じ込めているのではなく、生み出しているのだと捉えた。
「ラヴィアンが浄化刑なんてものを始めたのは、ひょっとしてこのため……?領民をこのアルバートそっくりの男を生み出す原料にするために……?」
人間が人間を生み出す装置。
それは紛れもなく神の御業にも匹敵する超技術の集大成であろう。遥か昔に栄華を誇ったヒュミリタスの古代文明は、その高度な技術のあまり禁忌の領域に手を染め、ひいては神の怒りに触れて滅んでしまったのではなかろうか?そう夢想するほどに、眼前のそれは理解を超越した光景だった。
おそらくラヴィアンは、アーティファクトのエネルギーを用いることで古代遺跡の再稼働に成功し、そのテクノロジーで勇者そっくりの人間を生み出そうとしている。
生み出して、そして何をしようとしているのか――?
それはラヴィアンの人となりを知っていれば、想像に難いことではなかった。世界が結界で分断されてから何年もの時が過ぎている。その間彼女はずっと、愛する勇者に逢えない日々を積み重ねていた。おそらく彼女はこの勇者そっくりの男で……
真の目的を理解してしまい、キアラは強烈な吐き気を催した。
心底気分の悪そうな声を漏らす。
「き、気持ちわるいぃ……」
直視に耐えかねて、思わず顔を背けていた。
(気持ちわるい……!気持ちわるい……!)
だがラヴィアンの企みは知れた。どこかにこの装置を制御するための操作パネルがあるはずだ。あるいはアーティファクトで稼働しているだろうから、それを見つけ出して破壊すれば彼女の企みは阻止できるだろう。
「とにかく、この装置を止めないと……!インヴィー、近くにこの装置を操作できるものがあったりしない?もしくはエネルギー源のアーティファクトさえ壊せば……」
【サガシテミルノデス!】
キアラの肩から、人形が浮き上がる。
今のインヴィディアは魔力の豊潤なボディなので宙に浮かぶこともできた。彼女たち以外には誰もいないため、人目を憚る必要もない。
そうして再度探索に着手する二人だったが、そこでビーッビーッと、やたら危機感を煽るような音が鳴り響いた。続いて無機質な音声が流れる。
『シンニュウシャヲケンチシマシタ。コレヨリボウエイシステムヲキドウシマス。スミヤカニシンニュウシャヲハイジョシテクダサイ』
ブシューッと、床から紫色の煙が吹き上げる。
「わっ!なになに!?」
煙が晴れる頃、二人は目を見開いた。この地下施設に来てからというもの、いったい何度驚かされてきただろうか。
――室内には数え切れぬほどの、剣士のような出で立ちの影が出現していた。




