ラヴィアン領の現状
一日がかりで歩き通して、俺たちはようやくヒュミリタスの中心街へと到達した。
中心街は聞いていた通り、巨大洞窟の中に広がっているらしい。入口にはとくに門番も何もなかった。ほとんどすべての住民が此処に集住しており、他所から人がやって来る想定ではないからだろう。
薄暗く静謐な洞窟の中を俺たちは進んでいく。
そして或る時、視界が一気に明るく開けてくる。
眼前には石造りを基調とした、広大な街並みが広がっていた。段状に点在する家々と舗装された通路、店も立ち並び大勢の人々が行き交っている。洞窟内だというのに異様に明るい。急に別世界へと迷い込んだかのような印象だった。
「す、すげえ、此処がヒュミリタスの中心街……むちゃくちゃ広いな」
「まあ領内のほぼ全員が集住している状況やからな」
「たしかこの都市って、古代の遺構をそのまま流用しているのよね」
口々に言いながら街を見回す。
まず真っ先に目に付いたのは、市街の中央に位置する巨大な勇者像であった。俺も実際に逢ったことがあるから分かる。アレは間違いなく勇者アルバート・エリュシオンを模して建造したものだろう。長い髪とマントを靡かせ、聖剣ユースティティアを地面に突き立て、勇ましく屹立しているポーズだった。
「でっけえ勇者の像があるな」
「あんなん昔はなかったで。ラヴィアンが領民に建造させたんやろうなぁ」
「予想通り、勇者への信仰を強いているみたいね。言うなれば”勇者教”かしらね?見てみなさい、街の通りを」
ハンナに指し示された通りに見ると、確かに異様だった。
勇者を模した焼き菓子勇者焼きに、聖剣マークの入った勇者まんじゅう、しまいには勇者のイラストの入った服などが大々的に売り出されている有り様だった。
「すごーい!おいしそー!」
「ああいうのって、領民全員が好き好んでやってるのかしらね?それともラヴィアンに命令されて嫌々やらされているのかしら」
目を輝かせるクモラの横で、キアラが嘆息気味に言っていた。
ともあれこれだけ人が多ければ、俺たちがよそ者であることに即座に気づける者はいないらしかった。俺たちはひとまず、アーティファクトの在り処に目星を付けるべく街の散策を始める。とても広いので、三手に分かれることになった。俺とクモラ、アレクスとハンナ、キアラとインヴィディア。
そしてちりぢりになった。各場面を順に描写していきます。
~アレクスとハンナ~
「はぁ、よりによってお前と二人きりかあ……」
「悪い?」
「いや、そういうワケやないが……」
「どうせステッドの奴といやらしいお店巡りができなくなってへこんでるんでしょ?」
アレクスはギクッとした表情を浮かべた。
「うぅ、なぜそれを……!」
「アンタの考えてることなんかお見通しだっつーの。これはパティエンティアの時の反省、その牽制なんだからね。おら、ちゃっちゃと街を探索するわよ」
「トホホ……冗談キツイでホンマ」
口先とは裏腹に、そこまでへこんでいる様子はない。
もはや慣れたもの、決して浅からぬ間柄になりつつある雰囲気が、傍目からも見て取れた。そして二人は共に雑踏の中へと溶けて消えていった。
~ステッドとクモラ~
「おいしーい!このおまんじゅう最高だね!」
「ああ、香ばしい香りが食欲を掻き立てるぜ……!」
俺たちは歩きつつ、焼きたての勇者まんじゅうに舌鼓を打っていた。甘さもしつこくなく、俺好みの味だった。っと、いかんいかん、俺たちは観光に来たわけじゃないんだ。早いところ、アーティファクトの在り処を突き止めなくては。
そこに、背後から鋭い声が飛んでくる。
「おい!アンタら何やってんだ!」
俺たちは驚いて振り返る。
そこには必死の形相で迫る、領民の男の姿があった。
「ど、どうしたんだよ?いったい?」
「どうしたもこうしたもあるか!どうして勇者様の像にお辞儀しないんだ!」
男が示す方を見れば、たしかに勇者像が此処にもあった。
そこでようやく気が付いた。市街の中心に巨大な勇者像があるのは前述した通りではあるが、それ以外にも小さな勇者像が街のいたるところに設置されているのだ。そして民衆はみな、勇者像の前を通る際には必ず会釈をして過ぎ去っていた。きっと素通りは許されないのだ。
「メンドくせえのは分かるが、アンタらだって罰を受けるのは嫌だろう?早えとこお辞儀をするこった」
「お、おう……うっかりしてたよ。忠告してくれてありがとな」
「勇者様!おまんじゅう美味しかったよー!」
俺たちはペコッと勇者像に向けて頭を下げた。
なるほど、どうやら領民たちはその暮らしぶりにおいて、徹底的に勇者へ敬意を払うことを強要されているらしい。そんなことをしなくても、勇者アルバートが世界を救ったのは紛れもない事実なのだから、放っておいても人々は勇者に対して尊敬の念を抱いてきただろうに。これじゃ嫌になって当然だ。
俺たちが頭を下げたのを見るや、男は満足げに立ち去っていった。
ともあれこれで、このヒュミリタスの統治状況がまたひとつ詳らかとなった。ラヴィアンは領民に勇者の崇拝を強いるばかりか、敬意を払わない者に対して罰を与えているらしい。いったいどんな罰なのだろうか?
俺が考え事をしている内に、今度は別の男が近づいて来ていた。
なにやら深刻そうな顔をしていた。
「なあ、アンタら……ちょっといいか?」
「……?どうしたんだ?」
俺が尋ねると、その男は驚くべきことを言った。
「つかぬことを聞くようだが……アンタら、ひょっとして他所から来たんじゃないのか?」
~キアラとインヴィディア~
【ウワー、マチノドコヲミテモ、ユウシャダラケナノデス……】
「何考えてるのよ、ラヴィアンの奴……って、領民全員を魅了していたあたしが言えた義理じゃないわね」
キアラはインヴィディアを腕に抱えた状態で、街を練り歩いている。
インヴィディアが魔族だと周囲に気づかれている様子はないが、見目麗しい美女が可愛らしい人形を抱いて歩いているのだ。嫌でも人目を引いていた。
「うーん、あたしたちちょっと目立っちゃってるわね……インヴィー、もう少し人気のないところまで行きましょ?」
【リョーカイナノデス!】
ふたりは通りから逸れた裏街の方に入り込んでいく。
裏街はさすがに人通りがまばらだった。思ったよりも散らかっていないが、それでも放置された廃材やらで雑然とした様相を呈している。
「人目はなくなったけど、よく考えたらこんな場所をほっつき歩いていたって情報収集にならないわよね……どうしよっか?」
【……ッ!】
キアラが目線を向けると、インヴィディアはなにやらはっとした様子で、遠く街外れの方角を見つめていた。
「ど、どーしたのインヴィー?」
【マ、マモノノケハイガスルノデス……】
「え!?ま、魔物!?」
キアラは半信半疑だった。
彼女自身はインヴィディアという友を得たこともあって、もはや魔族や魔物に対する敵意のようなものはなくなりつつあった。しかしこのヒュミリタスの領主ラヴィアンは、街を見れば分かる通りの勇者信奉者である。その勇者が魔族や魔物というものを嫌っているのだから、彼女が生かしておくわけがない。
結局キアラは、インヴィディアに案内されるままに、その気配を感じたという辺りにまで足を運ぶこととなった。廃材が山と積まれた、スクラップ置き場のような場所だった。
「こ、こんなところに魔物が潜んでいるっていうの?」
【アッチノ、キバコガカサナッタアタリナノデス】
どうやらステッドとクモラに作ってもらった新しい体は、魔力にも優れているらしい。実に具体的なナビゲートが続いていた。そしてキアラは木箱の積み重なった箇所の背後に回ったところで驚くべきものを見た。
――そこ居たのは青いトカゲのような外見の小さな魔物。そしてそれを必死に庇おうとする少年の姿だった。




