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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
第1章 運命の出逢いと、節制の森
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禁じられた狩猟

 夕食が終わった後、俺たちは浴室で体を洗わせてもらえた。ずっと汚いままだったから、とてもありがたかった。おまけに衣服まで恵んでもらえた!マルグリットさん良い人すぎるぜ!


 俺はグレーの真新しいシャツに袖を通し、黒地のズボンを履く。男物の服があるのは一瞬疑問に思ったが、此処はもともと騎士の詰所みたいに言っていたので色々用意があったのかもしれない。


「わーい♪きれいなお洋服だー♪」


 クモラは白地のワンピースに身を包み、嬉しそうにくるくる回っている。

 よかったなクモラ、俺たちずっとボロを纏っていたからな。


 こうして俺たちは腹を満たせたばかりか、身綺麗な体になった上で気持ちよく眠りにつくことができた。部屋は二階の空き室を使わせてもらえた。一部屋しかないので俺とクモラの同室だ。


 子供でも一応気を使うべきかと思ったが、クモラはベッドに当然のように枕を二つ並べると、「ステステ!一緒に寝よ!」と言ってきた。


 まあ、変に断るのもアレだし、俺はクモラと同じベッドで眠ることにした。クモラは俺にひっつくとすぐにすやすやと寝息を立て始めた。なんとういうか、いなくなった犬の代わりにされているだけのような……いや、実際そういう立ち位置なんだが。


(……しかし激動の一日だったな。魔王の守護者なんてモンになっちまうばかりか、一生出られないと思っていたハインリヒ領の外に出る日が来るなんて。このアレクス領で、俺たちはどんな経験をするんだろうか?)


 胸中では不安と高揚とがせめぎ合っていたが、それ以上に疲労が大きく、俺はやすやすと眠りの淵へと落ちていった。



 ◇



 明くる日、早くに寝たからか俺はずいぶんと早起きをした。窓越しに見える空は朝陽が昇ったばかりだ。横を見ればまだクモラは眠りの中にいるようだった。


 俺は顔を洗う為、部屋を出る。隣の部屋から物音がしたので何気なく足を向けた。扉は開きっぱなしだったので、中の様子が自然と目に入ってしまう。


 なんとも!そこには、まさに着替え中のマルグリットさんの姿があったのだ!


(ふおおおおおおおお……!)


 扉が開いたままなのは、おそらく早朝でまだ俺もクモラも起きてこないと踏んでいたからだろう。下着姿で、今まさに騎士服へと着替えている最中であった。騎士だけあってやはり鍛えられているが、それでも筋肉質というほどではない、女性特有のしなやかさと柔らかさが感じられた。


(や、やべえ……なんというお宝映像……!後で瞬時に思い出せるように、網膜にきっちり焼き付けねば――!)


 俺は鼻息を荒くしながら、着替えシーンを血走った目で見つめていた。

 傍から見たらなんとも気持ちの悪い姿だろう。だがこればっかりは仕方がない、廃棄区域に居た女は身なりの汚い女ばかりだったし、眼前の光景は文字通りに眼福だったのだ。


 そんなわけで俺はひたすらに集中していたので、背後に忍び寄る影には気づきようがなかった。


「ステステー、ごはんはー?」


(うっひゃあああああああああ!)


 あっぶねえ!驚いて思わず声を出すところだった!

 クモラのやつ、ずいぶんと早起きを……って俺という抱き枕がいなくなったからかな?


 しかし俺は声を出さずとも、クモラが声を出してしまったので、おそらくマルグリットさんには聞こえたことだろう。ステステーと言っていたので、俺が既に起きていることも気づかれてしまっているはず……


 どうしよう?

 そ、そうだ、今起きたことにしよう!


「お、おう、クモラ!早起きだな!俺もたった今起きたばかりなんだ!一階のテーブルでおとなしく朝飯ができるのを待っていようぜ!」

「うん!」


 ごまかすような会話をしながら、俺とクモラは一階へと向かった。

 覗いていたことバレてないよな?まあ仮にバレていてもマルグリットさんなら流してくれそうな気もするが、ひとまずバレていないことを祈りたい。




 そして着替えを終えてやって来たマルグリットさんと共に、俺たち三人は朝食を摂る。

 昨日の夕食とほとんど同じメニューだった。やはり動物性の食材が使えないのでバリュエーションに幅を利かせられないのだろう。そもそもマルグリットさん自身が、食事を単なる栄養補給としか捉えておらず、創意工夫をしようとしていない可能性もある。騎士ってなんかそういうイメージあるしな。


「お肉ー!お肉ー!」

 クモラは食べながらぶつくさと文句を言っていた。


「すまないな、そなたたちが暮らしていたところでは当たり前に食べられたものだろうが、昨日も話した通りこのアレクス領では動物を食べることは一切厳禁なんだ。耐えてくれ」


 いや、一長一短だな。俺たちがいたハインリヒ領の廃棄区域は、食事の制限こそないものの、そもそも食糧にありつくこと自体が難しかった。一方このアレクス領では動物性の食材は一切食べられないが、食糧不足というわけではないのだろう。自然豊かな森林地帯で、農業も盛んな地域に見える。


 俺たちがどこか味気ない食事を終えて少し経った頃。

 ドンドンと、扉をノックする音が聞こえた。どこか慌ただしげだった。


 マルグリットさんが扉を開くと、二人の中年ほどの男性がいた。

 息を切らしており、ここまで走ってきたことが窺える。


「こんな朝早くからいったいどうした?アラン、ピエール」

「た、大変でさあ!マルグリットさん!俺の娘が熱を出して、倒れちまってよ!」


 手前側に居た帽子を被った男が声を上げる。


「……そうか、分かった。私もすぐに見舞いに行くとしよう」

「すまねえ!俺とピエールは一足先に戻っているからよ」


 帽子を被った方がそう言って、連れの男とそそくさとその場を後にする。帽子を被った方がアランで、もう一人がピエールだろう。


「マルグリットさん、ひょっとして病人か?でもなんで、医者じゃなくて騎士のアンタの元に来たんだ?」

「いや、既に医者は呼んでいるはずだ。私にも声を掛けてきたのは別途頼みたいことがあるからだろう」


 マルグリットさんはいそいそと、出かける支度を始めた。


 頼みたいこと?俺は少し考えて、合点がいき始めた。

 マルグリットさんの話だと、アレクス領では栄養失調で体調を崩す人が増えており、とくに子供の影響が深刻だと言っていた。きっとあのおっさんの子供が倒れてしまい、マルグリットさんは窮状を訴える為にも呼び出されたのかもしれない。


「それでは出発するぞ。ステッド殿、クモラ殿」

「え、俺らも?いいのか?」

「構わないさ、このアレクス領の事情がよく分かることだろう。それにたった今そなたたちの姿を見られてしまったので、私が素性の知れない者を匿っていることは既にあの二人に知られてしまった。姿を見せない方が不自然だろう」

「そ、それもそうか」

「まあ、身構える必要は無い。私の方から説明しておくし、あの二人は存外人の良い性格をしているからな」


 こうして俺とクモラは、マルグリットさんに連れられてさきほどのアランという男の家にやって来た。町の方へ歩いてすぐだった。つまり町外れにあたる場所だ。人通りはほとんどない。


 アランに招き入れられて家に立ち入る。

 家の中には苦しそうにベッドで寝ている少女が居た。クモラよりも更に幼く見える。息を荒げており、額に濡らした布を当てていた。ベッドの傍の卓には水の入った桶が用意されている。


「やはり、栄養失調による体調不良か?」

「ええ、そのようで。これで何度目か……」


 手頃な椅子に座りながら尋ねるマルグリットさんに、アランは肩を落として答える。そして同じように座っていた俺とクモラの方を見る。


「それでマルグリットさん、こちらの方々は?ここいらでは見ない顔だが」

「内密にしてくれると助かるがな……この二人はステッドとクモラといい、どうやらハインリヒ領から結界を越えてここまで来たようなんだ」

「結界を?い、いったいどうやって……」

「さあな、私もそこまでは把握していない。だが少なくとも悪い人間ではない、私が保障する。見知らぬ土地で困っていることだろうからな、お前たちにも手を貸してもらえるとありがたい」


 マルグリットさん!素性の知れない俺たちを気遣うような発言をして!

 ガチで良い人だな……今朝着替えを覗いてしまったのが急に申し訳なくなってきた……


「よ、よろしくなアランさん、ピエールさん。俺はステッドってモンだ。この娘さん、ずっとこんな調子なのか?」


 話しの焦点が俺たちに当たって黙っているのもしのびないので、俺は発言をした。アランは娘を見つめながらしょんぼりと述懐する。


「ああ、娘のポーラはどうにも体を壊しがちでね。無理もないか、この子はアレクス様の今の統治が始まってからの生まれだから、動物性の食事なんて母乳以外口にしちゃいない。でもそれじゃやっぱり必要な栄養が足りないんだろうな……」


 それからマルグリットさんの方を見た。


「なあマルグリットさん、どうかアレクス様に進言してくれよ。この厳しい食事制限を緩和してくれってな。やっぱり育ち盛りの子供にゃ荷が重いよ」

「既に何度か進言している。だが聞く耳を持ってもらえない。それどころか、私は今アレクス様に目を付けられている状況にあるからな……はっきり言って次は無い状況だ」

「そ、そんな……」


 がっくりと肩を落とすアラン。

 傍らのピエールが、彼をいたわるように背に手を置いていた。


(うう……この状況、俺たちでなんとかしてやれねーかな?)


 柄にも無く、俺は人助けのことを考えていた。

 今まで自分の命や飯のことばかり考えてきたクズのくせに。


 だが一宿一飯の恩というのもあるし、それに目の前のポーラという少女はひどく苦しそうにしていた。顔色も悪いし、ずいぶんと痩せている。免疫もダメになっているのかもしれない。こんな有様になっている子供がきっと、アレクス領には数え切れない程に存在するのだろう。


(どうしてやりゃあいい?やっぱ栄養が足りないから、こうなっているんだよな……肉には大切なたんぱく質が多いって聞いたことあるしな……)


 俺はしばらく座って考え込んでいたが、意を決して立ち上がった。


「ステッド殿?どうしたのだ?」


「ちょっくら狩りに行ってくるぜ」

 俺は玄関の方に歩を進めながら言う。


「なっ!狩りだと!しかし……」

「うるせえっ!」

 俺は叫んでいた。


「我慢ならねえんだよ!草や果実ばかりの食事!耐えられるか!俺は肉が食いてーんだよ、肉が!」

 有無を言わさぬ勢いになっていた。我ながら不思議な気分だった。


「言っとくが、俺にはカンケーないぜ!俺は余所者なんだからな!俺にゃ此処のルールなんてカンケーねぇー!行くぞクモラ!肉食うぞ、肉!」

「うん!お肉ー!」


 こうして弾けるように俺たち二人は、家から飛び出していった。


「な、なんでい……ずいぶんと自分勝手な連中じゃねえか」


「……いや」


 マルグリットだけは、何か思うところがありそうに二人の消えた跡を見つめていた。



 ◇



 俺とクモラは町を離れ、再び深い森の中へとやって来ていた。

 そう、俺たちが墜落した現場の近くだ。


「クモラ、動物狩るぞ!鹿でもイノシシでもいい!とにかく狩るぞ!」

「うん!それであの子にも食べさせてあげるんだよね?」

「流石だなクモラさん、分かってるぜ!俺たちが悪者になってむりやり肉を食わせるんだ!そうすりゃ、あの子は快方に向かうかもしれないし、俺たちも肉が食える!一石二鳥だ!」


 俺たちは森の中を歩き回る。そしてすぐに獲物を見出した。イノシシだ。

 肉食が禁じられており、害獣の駆除もできないのだから、きっと動物たちは好き放題に増殖しているのだろう。いとも簡単に見つけることができた。


「よーし、いっちょやりますか!」


 俺は見つけたイノシシに向けて腕を伸ばす。

 そして処分執行機(デリタス・マキナ)を破壊した時と同じように、闇の波動を放った。一度やってコツを掴んだからか今度はすんなり出すことができた。


 炸裂音とともにイノシシが吹き飛んで、木に激突する。俺たちはおそるおそる近づいて様子を窺う。どうやらイノシシは既に息絶えているようだった。


「いよっしゃあ!やってやったぞ!」

「ステステすごーい!」


 俺は意気揚々とイノシシを担いで帰路に着いた。

 正直めちゃくちゃ重かったが、それでも気合いでアランの家の近くにまで運んできた。一応、人目を気にしながらな。


 アランは俺たちの姿に気が付くと、目を丸くして驚いた。


「おいおいお前ら!マジで狩って来たのか!」

「アランさん、すまねえ、ナイフとか鋸あったら貸してくれねえか?」

「……誰にも見られなかっただろうな?」

「大丈夫なはずだ、それよりこの裏庭をちょっと解体所代わりに使わせてもらうぜ」


 俺は昔やった経験をもとに、悪戦苦闘しながらもイノシシの解体を続けていく。直視に堪えない作業だからクモラは他所へどけようかと思ったんだが、コイツはむしろ嬉々として様子を見に来た。ずっと犬と共に森の中で暮らしていたわけだし、もしかしたら俺よりグロ耐性はあるのかもしれない。


 そして精肉と血の始末を終えて、俺とクモラは家の中へと戻って来た。


「台所借りるぜー!」

「ステッド殿……」


 マルグリットさんは口を挟まずに、ただ俺たちの好きにさせていた。説明するまでもなく意図を理解しているようだった。


 しばらくしてステッド特製、イノシシ鍋が完成した。

 まあイノシシ肉を野菜と塩、ハーブで簡単に煮ただけなんだが。


 俺は鍋を多少冷ましてから、ポーラの寝ている寝室まで持っていった。

 もちろん全部食わせるわけじゃない。病人、しかも今まで一度も肉を食ったことがない者に完食は厳しいだろう。残りは俺とクモラで食べるつもりだった。


「いいか、アランさん?今回のことはすべて俺が勝手にやったことだ。もし問い詰められることがあったら、ステッドとかいう悪そうな奴に無理矢理肉を食わされたんだと、そう被害者面をしてくれよな」

「アンタ……すまねえ」


 アランは俺から鍋を受け取ると、肉を木のスプーンで掬って、冷ましてから娘の口元へと持っていく。


「ほらポーラ、薬だよ。しっかりとよく噛んで食べるんだ」


 少女は朦朧とした意識で、肉を口に含んだ。しかしどうにも飲み込むのに難儀しているようだった。


「や、やっぱキツイのかな?」

「まあ、生まれて初めて肉を食うんだ。体がすぐには食べ物だと認識してくれないのかもしれねえ。薬だと思わせれば食ってくれるかもしれねえと思ったが」


 それでもなんとか、一切れの肉を飲み込むことに成功したようだった。

 だからと言ってすぐ劇的に体調が良くなるはずはない。少しずつこういうことを繰り返して体を快方に向かわせていくしかないだろう。余った分の肉は干し肉にでもしておこうかな。


「……俺も食ってみるか」


 アランも肉を口に含む。瞳は感極まったように潤み出した。


「う、うめえ……何年ぶりの肉か……」

「お、俺も!」

 ピエールも鍋から肉を引っ張り上げて口に含む。


「うう……ちと獣くせえが、それでも感動の方が勝るな……」

「まったくお前たちは、生類愛護会所属騎士の私の前で堂々と」


 マルグリットさんは呆れたような声で言っていた。

 けれども目はどこか柔和に微笑んでいた。


「うっ……すまねえ、マルグリットさん」

「いいさ、気にするな。私は何も見なかった、それでいいだろう」


 気後れしたように言うアランに、マルグリットさんは目を閉じつつ返した。


「マルグリットさんはやっぱり、動物を食うことにはどちらかと言えば反対なのか?」

 俺はいつの間にか、そう質問していた。


「そうだな、少し昔話をするか」

 マルグリットさんは、窓の方に視線をやりながら言う。


「この地域はアレクス様の統治が始まる前はテンペランティアという名の国だった。自然の豊かな風土だからな、狩猟や畜産、酪農も重要な文化だった」

「……」

「私も実は畜産家の生まれでな、幼い頃から牛たちと家族同然に過ごしてきた。そして心の中ではこう思っていた、何故家族同然に暮らしてきた彼らを殺して食わねばならないのだろうか?とな」

「だから、生類愛護会に入ったってのか?」

「アレクス様が生類愛護会を発足し、すべての命を保護する宣言をした時は、なんと心優しい信念の持ち主かと思ったことだよ。気付けば生類愛護会の門戸を叩いていた。しかし現実はご覧の有様だ」


 遠く、まるで果てなき何かを探しているかのように、視線を虚空に泳がせている。


「我々はきっと牛や馬のように、草だけを()んで生きられるようにはできていないのだろう。それは歯や内臓の違いを見ても分かることだ。”すべての命を慈しむ”と言っておきながら、人間の命が脅かされているようでは本末転倒もいいところだろう。それにライオンやトラのように肉ばかりを食って生きている動物だっている。彼らの所業はいいのか?人間がダメで、他の動物が許される理由とは?私にはすっかり真実というものが分からなくなってしまった……」


 マルグリットさんの憂いを帯びた瞳、陰の差した表情に、俺は何も言うことはできなかった。


 真実なんてものがあるのか、俺には分からない。できることはただ必死に生きること、そして必死に生きようとする者に手を差し伸べるくらいなものだった。

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