アーケディアのだらだら道中②
アーケディアの下の世話をした後、ハインリヒは泣く泣く彼女を背負って死の大地への移動を始めた。
西方向へじりじり歩を進めていく。が、これが大変だった。なにせ本来は風魔法で一気に飛んでいくつもりであったが、アーケディアが魔法無効のベールを纏っているせいでそれが叶わず(そして解くつもりはないという)、仕方なしに徒歩で移動する羽目になっているからだ。
ハインリヒは次第に息を切らし始め、ちょくちょく休みながら進んでいく。
「いやー、貧弱だねハイン君ー」
「誰の……はぁはぁ、せいだと思って……」
アーケディアを背負ったまま、彼はうつむきかげんで零していた。
そしてしばらく突っ立っていて、あることに気が付く。
「……というか今思えば、グーラやルッスリアは人間の体に入り込んで、普段は姿を眩ませていた。おそらく魔力や生命力を分けてもらう為だろうが、お前もそれをすれば俺がわざわざ背負う必要などないのではないか?」
アーケディアは間の抜けた顔で、
「……?どーやるのそれ?」
「俺が知るかぁ!」
本気で分からないのか、それとも考える気がないのか?
どちらとも言えそうな表情だった。彼は声を荒らげる。
「他の奴らにできてお前ができないわけないだろう!さっさとしろ!これ以上お前を背負っていくのは我慢ならん!」
「えー、アーケちゃん、ハイン君のお背中好きだから、別にこのままでいいもん!」
「俺がよくない!」
それからしばらく同じようなやり取りが続いたが、結局アーケディアが折れることなどなかった。ハインリヒは大きく溜息を吐いて重荷を背負い続ける。苦行以外の何物でもない旅路だった。
三日がかりで、ふたりはようやく死の大地へと辿り着いた。黒紫色に濁った瘴気が、辺り一面に漂う闇の砂漠。
しかし大変なのは到着してからである。彼の目的地は死の大地……というよりは実際は魔王城であった。それはこの砂漠の奥地に位置している。ここから更に数日ほど歩を重ねる必要があった。しかも重荷を背負って、ひしめく魔物たちに対処しながら。
(はぁ……なぜこんなにもくたびれる旅路となってしまったのか……)
眼前に群れを成す蠍や翼竜の魔物、背中から絶えず聞こえてくる不愉快な寝息に眉をひそめながら、彼は胸中で独り言ちた。
魔物をあるいは避け、あるいは倒して食料としながら進んでいく。水は水魔法で生成するので問題ない。寝床は土魔法で即席の洞穴を作った。そのようにして、ふたりはようやく魔王城を視認できるほどにまで肉迫することができた。
「ようやく見えてきたぞ、魔王城だ」
「おー、なつかしーねー」
遠くに古びた石造りの、堅牢な城砦が聳えている。
魔王が滅びてからは、此処に暮らす魔族もいないのだろう。むろん人間が暮らしているはずもない。長年誰にも手入れされることなく、吹きしく風に晒され続け、朽ち果てている。
(思えば十年前の旅路は、この場所こそが終着点だった。今となっては寂しいばかりの、なんとも物哀しい場所だな……)
そこは夢の跡と呼ぶにはあまりに寂しすぎた。
「ところで、ハイン君はどうして魔王城なんかを目指していたんだい?」
「……俺は闇の力を得る手がかりを求めてここまで来た。魔王の魂を奪取する目論見は敢え無く潰えてしまったからな」
「ここにでっかい闇の力があるってこと?たしかにひときわ強い闇の瘴気が漂っているから、アーケちゃん的にはすごい居心地がいいけどー」
「俺はずっと考えていた。なぜ魔王が滅びた後も、死の大地は深い闇に閉ざされ続けているのか?この土地は三十年以上前に、魔王が次元を引き裂いて現れたとされる場所だが、それ以前は砂漠ではなく緑豊かな土地であったと聞く。なぜ魔王が消えた後も、自然が戻らないのか?」
「おーなるほどー、魔王様の力が残されているかもってことだねー」
アーケディアは得心がいったように言う。
「俺はこう考えている。魔王は肉体こそ勇者に滅ぼされたが、その強大な闇の魔力は完全に消え去りはしなかったのだ。魔力が凝縮し結晶のような形として残存しているのではないかとな。実際、魔物の多い土地では魔石が取れることがよくあるが、それは魔力の堆積によって形成されるからだ」
「ふむふむ、その結晶が欲しいんだねー」
「まあ、魔王の結晶とでも名付けようか。俺の推測が正しければどこかにあるはずだが……」
そこまで話したところで、ぴたっと足を止める。
いよいよ魔王城が間近に差し迫ってきたところで、なにやら巨大な影が待ち受けていることに気づく。
――そこには長い首に巨大な翼と尾を生やした、全身白骨の巨竜の姿があった。
「こ、こいつは……!」
さしものハインリヒも、驚きに目を見開く。
巨竜は警戒するような素振りでふたりに顔を向けていた。骨身で動いているのだ。間合いに入らないようにしながら、ふたりは言葉を交わす。
「もしやこいつは……」
「ねーハイン君、これって六大巨竜のー?」
「ああ、おそらくそうだろう。六大巨竜の一角、大帝竜の亡骸だ」
ハインリヒは注意を怠らないようにしながら、状況を共有する。
「俺たち勇者パーティは六大巨竜のうち三体を、十年前の旅路で打ち倒している。リベラリタスで火の烈帝竜を、キャスティタスで風の聖帝竜を、そしてここ死の大地で土の大帝竜を打ち破った。ちなみに死の大地では闇の暴君竜とも遭遇したが、あまりに強敵だったので戦闘は回避している。また残りの二体、水の賢帝竜と光の英傑竜に関しては遭遇すらしていないので、現在も居所は知られていない」
「あれが倒したはずの大帝竜の死骸ってことだよねー?でもめっちゃ動いてるんだけど」
「おそらく長年深い闇の魔力に晒され続けたことで、アンデッド系の魔物として復活してしまったのだろう。言うなれば、屍竜ということか……」
言いながら、彼は歯噛みする。
「こいつは厄介だぞ。おそらく生来の土属性ではなく、闇属性の魔物に生まれ変わっているだろう。何が言いたいかと言えば、俺には有効打がないということだ。アンデッド系というのは、基本的に弱点以外の攻撃に対してはひどくタフだからな……」
「あー、ハイン君、光魔法使えないもんねー」
「そういうことだ。さて、どうしたものか……」
アーケディアの言葉に苛立ちを覚えながらも、何も言い返さない。これからどうすべきかの思案に、思考のリソースを割いていた。しかしこれといった妙案は思い浮かばない。
(まずいな……元々が六大巨竜なのだから、とんでもなくタフな魔物と化しているはずだ。おまけに弱点を突けないのだから、普通に戦えば長期戦は必至……これは出し惜しみをしない方がよさそうだ)
そう思いつつアーケディアを離れた場所に投げ捨てると、彼は右手に火魔法を、左手に水魔法を発動させる。
(戦いの回避はできそうもないな。おそらくこいつは十年前と変わらず、魔王城周辺を縄張りにしている。致し方ない、戦うしかあるまい)
両の手を合わせて、白い光球を生み出す。
(”赤光”で攻めることも考えたが、これほどの相手ではあんな疑似光魔法では意味が薄いだろう。だが消滅魔法ならば対象の耐久力などいっさい関係ない。とはいえあれほどの巨体では、一撃ですべてを消し飛ばすことなどできないだろう。ただでさえ消耗の大きい消滅魔法を何発も撃ち込むことを覚悟せねばなるまい)
今はアーティファクトによる魔力の増強もないので、以前ほど乱射はできなくなっていた。ハインリヒは注意をはからって、屍竜が動き出すよりも前に消滅魔法を打ち放った。
「消し飛べ!」
恐るべきエネルギーを放つ光球が飛んでいく。
しかし直後、驚くべきことが起こった。なんと屍竜は、消滅魔法が命中する直前、自ら体を分解して飛散させ魔法を回避してしまったのだ。
「な、なんだとぉ!」
呆気に取られて叫ぶ。
そしてステッドといい、アーケディアといい、この短い期間で何度も同じようなリアクションをしてきた自分に気づく。それだけ一杯食わされ続けてきたということだ。
世界最高の魔法使いとしての自負に翳りが差すも、彼に憂えている余裕などなかった。結果として、消滅魔法はほとんど命中せず、屍竜の骨格の末端をわずかに消し飛ばしたに過ぎなかった。すぐに散らばった骨はひとりでに動いて、元の巨竜の姿に戻っていく。
「うぐぐ……」
「ウプププ、ハイン君のリアクションってホントおもしろいよねー」
「言ってる場合かー!」
さすがに余裕がなくなり始めていた。
今度はこちらの番だと、屍竜は体を向けて攻撃態勢へと転じる。長い首を鞭のようにしならせて、強烈に打ち付ける。ハインリヒは間一髪で躱したが、地面が轟音とともに抉れた。
(まずい、まずいぞ……どうすればいい?こうなれば災害魔法も併用して、消滅魔法を広範囲化すべきか?いやアーティファクトの助力もない状況でそれは負担が大きい。もしそれも避けられたならば、今度こそ打つ手がなくなるぞ)
逃げ惑いながら、必死に思考を巡らせる。
しかし妙案などそう都合よく思い浮かぶはずもない。次第に肉体よりも先に精神の方が疲弊していった。
(くそくそくそ……!なぜ俺がここまで追い詰められねばならない?どうしてこうもロクなことが起きんのだ!?MAFを壊され、領地を捨てる羽目になり、頭のおかしいものぐさ女の面倒を見させられ、挙句の果てには倒したはずの巨竜の死骸ごときに追い詰められるなど……)
もはや思考は定まらず、ほとんどやけくそになっていた。愚痴や泣き言ばかりが頭に沸いてくる。
――ところが、どうしたことだろう?巨竜の追撃が今に来やしないかとひやひやしていたが、一向にそれがやって来ない。それどころかキョロキョロと、標的を探すかのような素振りをし始めた。
「な、なんだ?ひょっとしてあいつ、俺を見失っているのか?」
「よかったー、魔法間に合ったみたいだねー」
背後から声が聞こえる。
振り向けば、なんとアーケディアが二本の足で立ち上がって、袖余りの両手をいっぱいに広げて、なにやら魔法を発動させているようだった。




