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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
第7章 凍てつく雪洞、謙虚なる賛美響きて
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アーケディアのだらだら道中①

 ――時節はステッドたちがグラティアスに向けて出発する前、すなわち壊滅したディリゲンティアの復興作業に従事していた頃に遡る。


 ところはディリゲンティア台地の西はずれ、壊滅した魔法都市からだいぶ隔たった位置であった。岩と土ばかりが広がる不毛の土地。そこに赤黒いオールバックの髪に貴族然とした黒い衣装を着た男が、悩まし気に岩に腰掛けボヤいていた。


「くそっ!まさか……まさかこのようなことになるとは……」


 男は歯噛みして、愚痴を続ける。


「よもや光と闇の太極魔法があれほど強力だとは……マジカル・エアリアル・フォートレスを破壊されたばかりか、この私が領地を捨てて逃げ出す羽目になろうとは……!なんというザマだ!」


 頭を抱えてうなだれる。

 男はかつて勇者パーティ三強で最強と呼ばれ、六属性すべてを極めるために非道な実験を繰り返してきた魔法使い。しまいにはステッドとクモラに敗北を喫し、領地ディリゲンティアから敗走した哀しき野心家――ハインリヒであった。


 彼は敗北してから二日ほど、うわの空になったように、この人気のない岩地をひたすら彷徨っていた。愚痴を吐きながら同じところをぐるぐる歩き回り、それに疲れてくると思い出したように座り直して愚痴を続ける。そんな不毛なおこないを延々と繰り返していた。


 しかしそれにもうんざりしてきたか、それともようやく心の整理が付いたか、彼はいよいよこれからのことについて考え始める。


(……魔王の魂はもはや諦めざるを得ない。だが俺は魔の究極に至ることまで諦めるつもりはない。そしてそのための手段が残されていないわけではないのだ。いつまでもウジウジしていられん、早いところ世界の西の果て、(モルス)の大地へと向かわねば――)


「ねえねえ、ハイン君、ご飯まだー?」


 間の抜けた女の声が聞こえた。

 彼は心底嫌そうに、声のした方に視線を向ける。そこにはひとりの小柄な女が、だらしなく地べたに寝そべっている姿があった。耳付きのフードが付いた上着を着ていて、袖が余っているので手先は見えない。下半身は短めのスカートに長めのソックス。髪はややウェーブのかかったシルバーブロンド。


「ハイン君が昨日からちっとも動かないから、アーケちゃんお腹ぺこぺこなんだけどー?」

「いいかげんその呼び方をやめろ!それと飯ぐらい、自分で用意しろ!」

「えぇーー、ハイン君、アーケちゃんに対する理解がなさすぎるよー。アーケちゃんは怠惰の化身なんだから、自分で自分のお世話をするなんて、そんなムズカシイことできるわけないのだー」

「む、難しいだと……?」


 ハインリヒは信じられないといった面持ちで返した。

 彼が話している相手は、かつてディリゲンティアのアーティファクトに封じられていた七大罪の化身のひとり――怠惰の化身、アーケディアであった。


 MAFが壊れたのに伴ってアーティファクトも破損したので、解放されるに至ったのである。


「こんな岩と土しかないところじゃなんにも食べられないよー。ミルクと蜂蜜が河のように流れているところまでアーケちゃんを連れてってー」

「そんな場所あるか!」

「なんでもいいからご飯ちょうだいよー、ご飯ご飯ー」


 地べたに寝ころんだまま、申し訳程度に手足を動かす。微塵も立ち上がる気配を見せない。ハインリヒは大きく溜息を吐いて立ち上がると、突き放すように背を向けて進み出す。


「知るか、自分で飯の用意もできない奴など、このまま野垂れ死ねばいい。私は己の目的を果たす為にも早く(モルス)の大地へと向かわねばならん。お前との縁もこれっきりだ、ではな」


 ハインリヒはまったくアーケディアに寄り添う姿勢など見せず、地面に捨て置いたままで立ち去ろうとする。ところがどうしたことか?しばらく歩いたところで、彼の足はまったく先に進まなくなってしまった。捨て置くのはさすがに可哀想だと思い留まったから?いや、彼はそんな優しい男ではない。そもそも気持ちの問題ではなかった。


 驚くことに、彼の足はいくら動かしても、ある地点から一歩も先に踏み出すことができなくなっていたのだ。


(な、なんだこれは!まるで後ろから強烈な力で引っ張られているかのように、まったく前に進めない!)


「ど~こへ往くのかな~、ハイン君~」


 彼は躍起になって前に進もうとするが、とうとう力負けしてまるでゴムが弾性で縮まるようにして、アーケディアの近くへと引き戻されてしまった。


「ウプププ……残念でしたー。今のはアーケちゃんお得意の古代闇魔法:”ひとにしられでくるよしもがな”ー。今アーケちゃんとハイン君の間にはねー、ちょー強力な引力が発生しているのだー。アーケちゃんのお世話をほっぽいてどこかへ行くことはできないってコトだぞー、お分かりかなー?」

(こ、古代闇魔法だと!?俺の知らないそんな魔法があるとは……!)


 そう、彼はあくまで人間界で最高峰の魔法使い。

 魔界や闇魔法のすべてを知り尽くしているわけではなかった。


「ハイン君は光と闇の魔法が使えないんだから、無効化なんてできないでしょー?やーいやーい、力の差が分かったらおとなしく負けを認めて、かいがいしくアーケちゃんのお世話をするのだー」

(くそ、たしかに、打ち消しのような効果は闇魔法に多いが、俺にはそれが使えん。あるいは反属性である光魔法で打ち消す手段もあるが、そちらも俺には才能がない……)


 地べたにうつ伏せになりながら、ハインリヒは必死に打開策を思案する。

(そうだ、風魔法で肉体を遠くに転送するというのは?いや、たしかに一時的になら遠くに離れられる可能性が高いが、おそらくその場合でも引力自体は残っているだろう。であれば、そのあと俺がどうなるかは考えるまでもない……!)


 あれこれ考え、いよいよ打つ手がないことを悟ると、ハインリヒは悔し気に眉根を寄せた。


(くっ!なんということだ!これでは、なおさら光と闇の力を獲得しなくてはいけない!やはり、たかが四属性を極めたくらいで魔法使いの頂点を名乗るなど、片腹痛いにも程がある!)


 そう内心でボヤきつつも、彼は立ち上がって服に着いた土を払い落とす。


「おー?アーケちゃんのお世話をする気になったかー?」

「そんなわけないだろう。たしかに、悔しいことに、私には光と闇の才能がない。だからこの魔法を直接打ち消すことは叶わないが、他に手段がないわけではない」

「といいますとー?」

「魔法を発動している者……つまり貴様を倒せばそれで済むことだ!」


 ハインリヒは振り返ると、右手に燃え盛る業火を発生させる。そしてアーケディア目掛けて容赦なくそれを打ち放った。


 ところが、アーケディアは紅蓮の炎に包まれながらも、火傷どころか服が燃えすらもしない。しばらくして、炎は(ほど)けるように雲散霧消してしまった。


「な、なんだとぉ!?」

「ウプププ、ハイン君の驚く顔、くせになっちゃうかもー。アーケちゃんは魔法を無効化する見えないベールを纏っているから、そんなの効かないよーだ。その名も、古代闇魔法:”しづこころなくはなのちるらむ”ー。魔法は全部かき消えて散っちゃうんだぞー、まいったかー」


 ドヤ顔でせせら笑っている。

 さしものハインリヒもいよいよ余裕がなくなってきた。対抗手段をことごとく潰され、おまけに追い打ちのようにやって来る不敵な嘲笑。彼は怒りを抱きながら、転がるアーケディアに向かっていく。


「ハハハハハッ!そうかそうか、魔法は効かないか!だがまったく打つ手がないわけではない!」

「おー?魔法が効かない相手にはクソザコナメクジになり果てるハイン君に、なにか打つ手があるとでもー?」

「こうなれば物理攻撃だ!貴様は怠惰の化身なのだから、きっとまともには動き回れまい!さんざん人をコケにしやがって!貴様の泣きっ面を拝むまで、もう我慢ならんぞ!」


 そう言って、地面のアーケディアに無慈悲な蹴りをお見舞いしようとした。けれども彼の足先が届く前に強烈な押し返す力が生まれて、彼は遠くまで弾き飛ばされてしまった。


「っ……!グアアッ!」


 呻きながら、苦し気に起き上がる。


「ハイン君はおバカなのかなー?さっきハイン君とアーケちゃんの間には、引力が発生しているって説明したはずだけどー?」

(そ、そうか……引き寄せる力を生み出せるならその逆、押し返す力も生み出せるのか……!瞬間的に斥力(せきりょく)を発生させて俺を撥ね飛ばしたな!)


 ハインリヒはもはや本当に、文字通りに為す術がなくなっていた。

 それと同時に、この眼前のだらけきった女が、途方もなく強大で打ち倒しがたい存在に思えてならなかった。


(こ、これが、怠惰の化身アーケディア……コイツは十年前の旅路で遭遇することすらなかったから、どんな奴かは情報がなかった。魔王を倒してからは勇者がさっさと封印してしまったことだしな……しかし、まさかこんなにも厄介な奴だったとは!こと魔法に関して言えば、間違いなく七大罪の中でも随一の存在だ)


 ステッドとクモラに敗北を喫した直後にこの仕打ち。もはや彼のプライドはズタズタに打ちのめされていた。しばらく黙って膝を突いたまま俯いていた。アーケディアも黙ったので、ただただ風の音だけが聞こえていた。


(くそっ、俺はいったいどうすればいい?どうすれば俺はコイツから解放される?どうしてこうも、不運なことばかりが続くんだ!俺は、どうしたら……)


 ハインリヒは急に弱気になり始めた。しかしこれではいけないと、気を強く持とうとする。とはいえ打つ手がないので、またしても弱気に戻っていく。そんな気持ちの乱高下に振り回され、彼は精神的に疲弊していった。


 そしてついには、吹っ切れたようにして叫び始める。


「あああああああっ!もういい!俺も寝る!」


 そう言って、ヤケになったように、地べたに体を倒れ込ませた。

 何をするでもなく、ただただ漫然と青い空を眺める。白い雲が流れ往く様をひたすら目で追い続けていた。


「おりょ?ハイン君もお昼寝?えへへ、おんなじだねー」


 首から下は微動だにせず、顔だけを彼に向けて言った。

 そこから二人は、まったく同じ体勢で、しばらく無為のひとときを過ごした。


(しかし……こうして何をするでもなく、昼寝をするなどいつ以来だろう?それこそ子供の頃以来ではないのか?)


 柄にもないことをして、彼はいつの間にか置き去りにしてきたはずの過去を思い起こしていた。


(魔物との戦いで命を落とした両親に報いるためにも、俺は魔法使いの頂点となることを誓った。未熟ゆえに命を散らしたのだと考えたからだ。そして他のすべてを打ち捨てて勉学に励んできたが、こんな末路を辿るとはな……だがこうして何もせずに、時を無為に過ごしてみるのも、悪くはないな)


 彼は非道ではあったが、それは努力の鬼であったことの裏返しとも言えた。彼は実に十数年ぶりに、「何もしない」ということをしていた。それもまた、努力してすべきであったこととも知らずに。


 そうして日がな一日中、ふたりはひたすら地面に寝転がっていた。いつの間にかアーケディアの、飯を催促する声が聞こえないと思ったら、彼女はだらしなく寝息を立てていた。そのあと、ハインリヒも眠りに落ちて数時間ほど眠った。吹きそよぐ風の穏やかな、気持ちのいい日和だった。



 ・・・・

 ・・



 目が覚める頃には、既に陽が傾き始めていた。

 彼はのんびりし過ぎたなと思いながら、目をこすりつつ起き上がる。そして服の土を払った。


「おー?ハイン君、お目覚めー?頼みたいことがあるんだけどー」


 間の抜けた声がする。

 見ればアーケディアが寝転がった体勢のままで声をかけてきている。一足先に目覚めていたらしかった。


「なんだ?もう起きていたのか、お前」

「うん、ちょっと尿意を催してしまってねー」

「……っ!ま、まさか……」


 その言葉を聞いて、ハインリヒは実に嫌な予感がした。


「アーケちゃんにおしっこ座りをさせた後、パンツを脱がしてくれんかねー?」

「ふざけるなあああああああああっ!」


 彼は今日一番の大絶叫を上げた。


「いいかげんにしろ!お前はどれだけ俺のことをコケにすれば気が済むのだ!」

「ウプププ、ハイン君って余裕がなくなると一人称が俺になるんだねー。普段はカッコつけて私なんて言ってたんだー。新発見ー、やーいやーい」


 寝ころんだまま体を向けて、袖で口元を隠しながらニヤニヤ笑っている。


「さすがにそこまで面倒みれるか!それぐらい自分でしろ!」

「ハイン君はさー、アーケちゃんへの理解が甘いんだよー。アーケちゃんは自分のお世話なんて高度なことできないんだって。ほらほら、はやくしなされー」


 パタパタ手足を振って抗議しながらも、一向に立ち上がる気配を見せない。

 ここまで徹底していると、彼女は自分で動かないというより、本当に自分では動けないのではないかと思えそうになってくる。


 苦悩の表情で、頭を巡らせる。


(くそっ、なんとしてでもコイツを捨てて立ち去りたい。だが現状の俺にはまるで対抗手段がないのも事実。おまけにコイツは怠惰の化身なのだから、決して自分から動くことなどしないだろう)


 そこまで考えて、ついに恐るべき結論に至ってしまう。


(……つまり、この状況を放置すれば、俺は尿まみれになったコイツを背負う羽目になる可能性が高い!)


 ひとしきり固まったあと、しぶしぶ、実にしぶしぶと重い腰を上げた。

(……やむを……得んか)


 ――アーケディアは足を曲げてしゃがんだ体勢で、下着をおろし、恍惚とした表情を浮かべている。液体の流れ落ちる音が響くにつれて、彼女の足元に水溜まりが出来上がっていく。ハインリヒは終わるまで、終始目を閉じていた。


(そうか、コイツの服装がスカートな理由が今分かった。きっと他人にこういった世話をさせやすいからだろう)


 要らぬ発見だった。


「ふ~、すっきりしたー。あ、ハイン君、お股拭いてパンツ履かせてくれるー?」

「いいかげんにしろおおおっ!どこまで人に世話を焼かせるつもりだ!?」

「えー、どこまでって全部だけど?ハイン君って、ホントにアーケちゃんのことが分かってないよねー。やんなっちゃうよ、まったく」

「……お前には恥じらいというものがないのか?」

「恥じらい?ウプププ、ハイン君知ってる?別にそんなものなくったって、死にはしないんだよー」

「……」


 袖で口元を隠しながら笑うそれは、彼にとって見本とも反面教師とも言えた。

 怠惰もまた、そう悪いものではないことに気づかされたが、さすがにここまでは落ちぶれるまいと強く心に思った。

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