スーパースターとメイデンドール
インヴィディアは呻きながら吹き飛んだ。同時に、操られていた領民たちも、スイッチが切れたようにして気を失っていった。
もはや勝負はついただろう。
太極を解き、元の姿へと戻る。
「うう……」
ショッキングピンクのツインテールが、よろよろと体を起こす。俺とクモラは固唾を飲んで様子を窺っていた。
「あっ……!あっ……!」
自分の手や体を見回しながら、目を涙で潤ませる。瞳には生気が宿っている。
「も、戻ったあぁ……!」
魔力のコントロールが失われたことで、肉体を乗っ取り続けることができなくなったのだろう。キアラは、無事に元の肉体へと戻ることができたようだった。俺とクモラは互いに目配せしながらガッツポーズを決める。
キアラは床に座り込んだままで、しばらく泣いていた。
俺は振り返ってインヴィディアの様子を伺う。人形は既にアレクスたちの手を離れ、わなわなと打ち震えていた。
【ヂギジョォオオ!ヨウヤグ、ズデギナガラダニナレダドオモッダノニ!ドウジデゴウモウマグイガナインダヨォ!】
失意に悶えながら、悲痛な声で叫んでいた。
【ゾーガゾーガ!ワガッダヨ!ワダジハジアワゼニナッヂャイゲナインダナ!ワダジハダダアイザレダガッダダゲナノニ……!ゾゴノジイジギガジョウナグゾオンナガジアワゼニナルノハヨグデ、ワダジダゲハブゴウノママナノガアルベギズガダダド、デメエラハゾーユウンダナ!?】
人形の体だから表情自体に変化はない。
けれどもはっきり恨みをこめた眼差しで、俺たちを睨み続けている。
【ジャアモウジラネエヨォ!ゴンナゼガイ!マオウデモユウジャデモナンデモイイガラゴワジデグレ、ゴンナゼガイブッゴワレヂマエ!ギライダギライダ、ミンナギライダ!ミーンナジンジマエ!ジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネジネ……】
恨み言を垂れ流し続けるインヴィディアに、俺はゆっくりと近づいていく。
「インヴィディア……俺だって見た目にコンプレックスがあるから、お前の気持ちはスゲーよく分かる。何度アルバートのような眉目秀麗な男に憧れたことか……変えられるものなら変えたいよな。だから俺とクモラで、その機会を与えてやる」
【ナ、ナンダド……?】
「お前は七大罪の化身という概念に近い存在だし、それに人形の体だ。だからもしかしてと思っていたんだ。クモラ、頼めるか?」
「うん!わたしわかるよ!ステステの考えてること!」
「さっすが俺の相棒だな。とびきり可愛くしてやってくれ。よし、太極するぞ!」
俺とクモラは再び太極して、漆黒の影となる。
そして右手に闇の波動を、左手に”夜明け前”を通した光の波動を展開させる。
【ナ、ナニヲ……!?】
【少し苦痛かもしれねえが、我慢してくれよ】
そう言ってインヴィディアを巻き込むようにして、光と闇の波動を合成させ始めた。
【……!?ウ、ウワアアアアア……!】
キアラは何が起きているのか理解できずに座り込んでいたが、アレクスとハンナは半信半疑ながらも状況を把握しつつあった。
「光と闇の波動を合わせた……!も、もしや……!」
「ま、まさか、創造魔法ってそんなこともできちゃうわけ!?」
やがて波動を止めると、次第にインヴィディアの姿が露わになっていく。もはやどこにも醜い人形の姿はなかった。
――流れるように美しいブロンドベージュの髪にヘッドドレスを備え、青白いワンピースドレスに身を包んだ可愛らしい人形が座り込んでいた。まるで童話にでも出てきそうな愛くるしい外見。球体関節が目立つが手足自体はスマートで、目鼻立ちも整っている。
インヴィディアの体を作り終えると、俺たちは太極を解いて再び元に戻った。
「えへへ!ステステどうー?かっわいいでしょー!」
「ああ、最高じゃねえか!こんなかわいい人形見たことないぜ!やっぱりクモラにデザインを任せて正解だったな!」
俺たちは予想以上の出来栄えに、和気藹々とはしゃぐ。アレクスとハンナもこれまた見事なものだと、目を丸くして見入っている。キアラも目に感動を浮かべ始める。当のインヴィディアだけが、何が起きたのか分からずにうろたえていた。
【イ、イッタイナニガオキタノ……?】
相変わらず無機的だが、随分と聞きよい声音になっていた。
「キアラ、すまねえが鏡を持って来てくれないか?衣裳部屋にあるよな?」
「わ、わかったわ、ちょっと待っててね!」
パタパタと小走りで、キアラは舞台袖の方へと引っ込んでいった。
程なくして姿鏡を持って戻って来る。そして鏡をインヴィディアの前に置いた。
【ウ、ウソ……コ、コレガワタシ……?】
インヴィディアは信じられないといった目で、鏡を見つめ続けていた。ポーカーフェイスの瞳に、驚愕と感動の色がありありと浮かび上がっていた。次第に煌めく涙を帯びていく。
【コンナニ、カワイイ、カラダニ……】
そこからインヴィディアはしばらくしっとりと、さめざめと泣いていた。
やがて落ち着いた頃、キアラが彼女の元に近づいていく。
「よかったわねインヴィディア、すっごく可愛い体じゃない!正直妬けちゃうくらいよ」
【ア、キアラ……】
インヴィディアは立ち上がり、キアラの方へと向き直る。人形の体なので、背丈は彼女の股下ぐらいだった。
【ゴ、ゴメンナサイ……カラダヲウバッテ、イッパイヒドイコトシテ……】
勇気をもって瞳を向けようとするも、すぐにいたたまれなくなって視線を落とす。
【ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……】
「いいのよインヴィディア。正直あたしも図に乗ってたわけだし、今となってはちょうどいい罰だったわ。だから泣かないで」
そう言って、愛情のこもった仕草で人形を抱き上げ、愛おしげな目を向ける。
「ねえ、インヴィディア……あたしたち友だちになれないかな?」
【ト、トモダチ……?】
「だってあたしたち、人間と魔族という違いはあるけれど、誰かに愛されたくて、認めてもらいたくて……それで一生懸命頑張ってきたのは変わらないじゃない?お互いひどいことをして、いっぱいすれ違ってきたけれど、今からでもお友だちになれないかな……?」
キアラもまた、瞳を潤ませて言っていた。
同じ瞳で、インヴィディアはキアラの腕の中から視線を返した。
【トモダチ……ホントウニ、ワタシナンカト、オトモダチニナッテクレルノ……?】
「うん……!もちろんだよ!」
【ア、アリガトウ……!ワタシモキアラト……オトモダチニナリタイ!】
「よかった……!よろしくね、インヴィー!」
それから二人はしばらく、姉妹と見紛う睦まじさで、ひとしきり笑顔で泣いていた。
俺はと言えば、めっちゃもらい泣きをしていた。
やばい、涙で視界が滲む。誰かハンカチを貸してくれ。あ、クモラありがとう。
「よかったね!ステステ!」
「ああ!これにて一件落着かな」
別のところでは、アレクスとハンナも似たような有り様だった。
「な、なによこの展開……不覚にもうるっときたわ」
「わはは、鬼の目にも涙とはこのことか?」
「次言ったら殴るぞてめえ」
涙を拭いながら、満更でもなさそうに言っていた。
――これがグラティアスの地で、六つ目のアーティファクトを解放するまでの顛末だった。
あれから倒れた領民たちは、次第に意識を取り戻して、俺たちに事情を説明されながらそれぞれの家路へと着いていった。翌日にキアラとインヴィディアは、中央ステージに人々を集め、これまでしてきたことを誠心誠意謝罪した。
全員が許してくれたかまでは分からない。
しかし魅了の力などなくてもキアラは正真正銘のスーパースターであると、インヴィディアを突き動かしたコンプレックスやルサンチマンも同情に値するものであると、そう肯定する意見も少なくないようだった。だが、結局人々の声は関係ない。心を入れ替えたキアラとインヴィディアは、これからは互いに支え合う良きパートナーとして、世のため人のために尽くしていくことだろう。
俺は時の流れと彼女たちの頑張りが、ただただ罪を洗い清めてくれることを望むばかりである。




