人形は笑わない②
【ズ、ズデッド……】
元の体に戻れるまで二度としゃべるまいと思っていたが、思わず声を出してしまった。濁ったような不愉快な音が響く。しかしステッドは眉根をひそめることも、戸惑う素振りも見せなかった。
「キアラ……やっぱりキアラなんだな?」
【ドウジデ、ドウジデアダジダッデワガッダノ……?】
ステッドは頭を掻きながら、
「いや、さっきキアラの様子を見に行ってたんだがよ、なんか妙な雰囲気があってな。やたら無機質というか生気がないっつうかよ。それに歌もダンスも、昨日見たのに比べてどこか精彩を欠いたかんじだった。だからおかしいと思ってよ」
【……】
「それに最初その姿を見た時は驚いたけどよ、なんだか困っているような、助けを求めているような、そんな風に見えたんだ。だからもしかしてと思って」
事態に気づいてくれたことは勿論、敵であるはずの自分のパフォーマンスをしっかり見てくれていたことが、キアラにはたまらなく嬉しかった。
ステッドは片膝を突いて屈みながら事情を伺う。
「い、いったい何があったんだ?」
【ア、アーディファグドガゴワレデ、インヴィディアガフッガヅヂヂャッダノ……アダジ、インヴィディアニガラダヲウバワレデ……】
「インヴィディア……そうか、七大罪の化身が復活していたのか……」
状況は読めてきた。
アレクスから、グラティアスのアーティファクトには嫉妬の化身インヴィディアが封じられていることは聞かされている。原因は知れないが、奴はアーティファクトが壊れたことで復活を遂げ、そしてキアラの肉体を乗っ取ってしまったのだろう。ということは、今のキアラの姿こそインヴィディアの元来の体ということか?
(……)
であれば、キアラの肉体を欲したのもうなずける。
醜い姿と声をした人形……俺がインヴィディアでも、同じ状況だったならキアラの肉体を欲しただろう。驕り高ぶるのも納得がいくほどに、キアラの美貌は他の追随を許さず洗練されている。
【ギッド、ギッドゴレワアダジヘノバヅナノ……アダジガズニノッデイダガラ……リョーミンヲアヤヅッデイイギニナッデ、ガミザマヲバガニジデ……】
キアラは現状を、半ば受け入れかけているように思えた。
【ダガラゴレワ、ゴレワジガダノナイゴドナンダワ】
(……)
黙って歯噛みする。
そして人形と化したキアラを抱え上げると、踵を返し始める。
【……!ズ、ズデッド、ナニヲ……?】
「キアラ、たしかにお前は反省しなくちゃなんねえよ。けれどもこのままでいいなんて俺は思わない。俺が……いや、俺たちがなんとかしてやる!」
力強く言っていた。
キアラの胸中は希望や期待よりも、戸惑いに揺れていた。ステッド――彼はたしかにお人好しそうな男であった。しかし俺”たち”と言い直した。つまりアレクスやハンナにも事情は共有するだろう。彼らはステッドほど甘くない。キアラは一抹の不安を感じていた。ステッドに対する申し訳なさとともに。
◇
程なくして、俺はキアラを抱えた状態でみんなのところまで戻って来た。
麻痺毒は作り終えたのか、既に鍋の中は空っぽだった。
「あ!ステステー!あれ?なーにそれ?」
クモラに続いて、アレクスとハンナも視線を向けてくる。そして仰天して立ち上がった。
「うおっ!な、なんやステッドそれぇ!そんなキッショイ人形どこで拾ってきた!?」
「ちょっと!それ、呪いのアイテムか何かじゃないでしょうね!?」
二人は驚きと警戒に満ちた目で見てくる。無理もない反応だった。
俺は努めて冷静な声になりながら、ひとまず簡潔に状況を伝える。
「みんな、落ち着いて聞いてくれ……コイツはキアラだ」
一同、目をぱちくりさせる。
しばし遅れて、アレクスとハンナが空気を揺るがす程に大絶叫した。
「「は、はああああああああ!?」」
そこから俺は全員に状況を伝達する。
キアラを傍らに置いて、自分は岩の上に腰掛ける。全員座って会議モードで、キアラに視線を送っている。
「なるほどなあ、インヴィディアが復活して、そないな状況になってもうたんか……」
「道理で今日のキアラちゃん、お歌も踊りもイマイチだと思ったんだよね!」
「バカ女に天罰が下ったってコトね。実にいい気味だわ」
ハンナはそう言って、さらに追撃の悪口雑言を垂れ流す。
「男も女も手玉に取って来たアンタが、誰からも気持ち悪がられる姿になった気分はどう?アハハ!ざまあないわね!」
「やめてくれハンナ」
俺はぴしゃりと言う。
そうさ、キアラに悲しい思いをさせるために、俺はここまで連れて来たわけじゃない。
「キアラはすっかり懲りてる。もう以前のような振る舞いはしないさ。俺はどうにかして、キアラを元の体に戻してやりたいと思ってる。どうかみんな、力を貸してくれないか?」
真摯に紡いだ俺の言葉に、まず真っ先に反応したはクモラだった。
「もちろん!またキアラちゃんのお歌聴きたいもん!がんばって体を戻してあげよ!」
弾ける笑顔で言ってくる。どんな時でもぶれることのない輝き。これは予想通り。そして次に来る反応も予想通りであった。
「このバカ女を助けるためにわざわざ人肌脱げっての?冗談じゃないわ。コイツが私たちにどんな舐めた態度取ったのか忘れたの?こんな奴、一生このまま困り果てていればいいのよ」
「せやな……恨み辛みは抜きにしても、ワイらにはメリットがないで」
アレクスは黙って聞かせるようにして、言葉を続ける。
「アーティファクトが壊れて、七大罪の化身も復活しとるということは、ワイらの目的は既に達成されとるということや。はっきり言ってこれ以上このグラティアスにこだわる理由がない。おまけにインヴィディアは七大罪の化身のひとり、要は魔王の分身にして力の根源なわけやからな、反目すればせっかく復活させた力が削がれる恐れすらあるで」
そしてアレクスはじっと、試すように俺の瞳に問いかけてくる。
「ステッド……あんさんは、わざわざしなくてもいい危険を冒してまで、キアラの為にインヴィディアと戦うと言うんやな……?」
「……」
やはりアレクスは商人だけあって、しっかり損得を考えて物事にあたる。口先三寸で動いてはくれない。俺は目を閉じて、自分の気持ちに向き合う。一呼吸吐いたあと、あるがままの思いを述べる。
「俺は……戦うよ。たとえ二人が協力してくれなくても、俺だけは戦う」
「……」
「昨日のパフォーマンスを見て思ったんだ。キアラの歌と踊りは本当にすげえなぁって……あんなの一朝一夕で身に着けられるモンじゃない。きっとスーパースターとして名を馳せるまでにすさまじい努力をしてきたんだろうなって、俺にはどうしてもそう思えたんだ」
「ステステ……」
「俺はダメな奴だから分かるんだよ。努力が報われないのってすげえつらいんだ。キアラは持って生まれたものだけじゃなく、きっと色んな努力を重ねて今の地位にまで登り詰めた。だからそのすべてを奪って、いい気になっているインヴィディアを俺は許せねえ!」
拳を握って、俺は力強く立ち上がる。
「キアラの肉体はいつまでもキアラのものであるべきだ!俺は戦うぜ!キアラを元に戻してやるために!」
俺の口上を聞き終えると、アレクスはにんまりと微笑んで、
「そうか…………ほなら行こか!」
そう言って力強く立ち上がり、進み始めた。
ぶつくさ言いながら、ハンナも同じようにして追随する。
「あーあ、まさかバカ女の為に戦うことになるなんてね」
ざっざっと土を蹴って進む二人に、キアラは背後から戸惑いの言葉をかける。
【ブ、ブダリドモ、ア、アダジノダメニダダガッデグレルノ……?】
二人は一度歩みを止めると、振り返って同じように力強く言う。
「あったりまえや。ワイらのパーティリーダーが危険を冒してでも戦うゆうたんや。なら黙って手を貸すのが仲間のあるべき姿やろがい」
「キアラ、アンタ元の姿に戻れたら私に土下座して謝りなさいよね」
つべこべ言わずに、二人はさらに進んでいった。
置いてゆかれまいと、俺はさっとキアラを抱き上げ、クモラとともに後に続いた。
「ステステ!またキアラちゃんのライブが聴けるようにしようね!」
「ああ!首を洗って待ってろ、インヴィディア……!」




