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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
第6章 花ざかりに散る、感謝を集いし星
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人形は笑わない①

 夜が明けた。

 領民たちは次第に眠りから醒めて、活動を始める。


 しかし、昨夜キアラを襲った悪夢は醒めることはなかった。


【……】


 人形の体になったからか眠くはならない、いや眠ること自体ができなかった。彼女は夢の世界に逃避することも許されぬままに、苦悩とともに長い夜を過ごした。


 空は明けども、心の闇は晴れない。

 彼女は物陰に隠れて街を移動しながら、なんとか打開策を模索しようとしていた。


(これからどうしよう……?とにかくインヴィディアを見つけて、体を返してもらえるように働きかけるしかない?けどいったいどうしたら……)


 お願いしたところで、素直に返してくれるわけがないことは明白である。

 しかしとくに妙案も浮かばない。いよいよ策もないままに、インヴィディアを遠巻きに見つける事態になってしまった。


 ――キアラ様だ!

 ――キアラ様が用もなく、街を練り歩いていらっしゃるぞ!

 ――今日もお美しい……


 インヴィディアからしてみれば、ようやく手に入れた念願の体を、見せびらかしたくないはずがなかった。見つけ出すこと自体は実に容易であった。ただ、為す術がない。キアラは植え込みの陰に隠れながら、称賛の声を浴びて悦に浸っているインヴィディアを見つめることしかできなかった。


(なんなのよ、あのドヤ顔!それに一挙手一投足がいちいちあざといし!あたしはあんなに痛々しい女じゃないわ!)


 残念ながら、中身が変わっているという事情を知らない限り、十人が十人今注目を浴びているのはキアラ本人だと思うだろう。日頃の行いにそれほど差はなかった。

 ただし、やはり中身が魔族だからか、キアラ本人のそれに比べてどこか無機的だった。それでも、盲目的にキアラを崇拝している領民にとっては、おやと思わせるほどの違和感でもない。強烈な魅了の力が仇となってしまっていた。


 通行人たちにサービス精神旺盛にアイドルポーズを振りまきながら、或る時不意に、インヴィディアはキアラの方に目線を移した。せせら笑いとともに。


(……!)


 存在にはとっくに気が付いていた。

 インヴィディアに愉悦を感じさせていたのは民衆の賛美の声だけではない。為す術もなく失意に暮れているキアラの無様な姿もまたそうであった。


 そして気が付いたところで、何をするでもない。どうすることもできないことが分かっているからだ。事実、キアラはただ指を咥えて見ていることしかできない。


(どうしたら……どうしたら元の体に戻れるの……?)


 悩み悶えるキアラの背後から、急に鋭い声が飛んでくる。


 ――うわああ!なんだ、あの気持ちの悪い人形は!

 ――う、動いているぞ!


 振り返れば、恐怖に引きつった顔で悲鳴を上げる領民たちがいた。

 彼女がこんな視線に晒されるのは初めてのことだった。


 ――もしかして、魔物の生き残りか!?

 ――キアラ様の治めるこの美しい街に入り込むとは!

 ――出ていけ!出ていけ!


 恐怖の顔は、すぐに嫌悪へと変わっていった。

 続々と石が飛んでくる。彼女はたまらず、その場から逃げ出し始めた。


 慌てて逃げていたので目撃したわけではなかったが、おそらくインヴィディアは逃げ惑うキアラの背を見つめながら勝ち誇ったような笑みを浮かべていたことだろう。


(みんなどうして気づかないの……?気づいてよ……!それはあたしじゃない!)



 ◇



 今日も中央ステージでは、昼からライブが執り行われているようだった。

 俺とクモラはコソコソ観衆に紛れながら、キアラの様子を窺っていた。やはりというべきか、キアラの周囲には屈強な肉体の領民が常に数名ほど(はべ)っていた。"悲しき玩具”という闇魔法で意のままに操られた彼女の傀儡。


 俺たちは一通り様子を窺うと、目立たないようにしながらステージを後にした。

 今はとくに事を構えるつもりはない。キアラが今後どう動くか?それも加味して俺たちの出方を決めるつもりでいた。


 ひとまず、拠点に戻ろうとする。今は街から離れた山中に身を寄せている。


「う~ん……キアラの歌と踊り、昨日に比べるとなんか変だったな」

「ステステもそう思う?」


 クモラが分かってるねと言いたげな目でこちらを見てくる。

 先ほどまで見ていたキアラのパフォーマンスには、どこか得体の知れない不気味さがあった。うまく言葉にはできない、けれども確かに存在する言いようのない違和感。


 俺たちは不思議な気持ちを引きずりながら、帰途へと着いた。


 太極して飛行すれば行き来はあっという間である。

 降り立って木々を通り抜ければ、土の露出した広場で焚火を囲んで座っているアレクスとハンナが目に映る。


「おう、戻って来たか二人とも。それでキアラの奴はどうやった?」

「昨日とおんなじかんじで、ステージでライブしてたぜ。ただやっぱり、何人か領民を近くに待機させてたな」

「そうか、やがたかだか数名程度なら問題ないわ。昨日みたいに数えきれんくらい、大集結されん限りはなんとかなるはずやで」


 見れば、アレクスは焚火の火で何やらグツグツと煮込んでいる。


「そーいやお前、何してんだそれ?」

「麻痺毒を作っとるんや。ちょうど素材にできる毒草が山野に自生しとったからな。投げつければ気化して充満し、ものの数人程度やったら動きを封じることができるはずや」

「な、なるほど……!」


 そう、別に領民たちを打ち倒す必要はない。キアラを倒すまで邪魔立てしてこないのであればそれでよいのだ。動きさえ止められればよかった。


「もう少しで完成するからな、その気になれば今日中にでも決行できるやで」

「アレクス、アンタって商人だけあって、なんだかんだ知識は豊富よね」

「なんやハンナ、お前がワイを褒めるなんて珍しいこともあるモンや。槍でも降るんとちゃうか?」

「あのねー、せっかく褒めてあげたんだから素直に喜びなさいよね」


 この二人も旅の中ですっかり慣れ親しんで、決して言葉には出さないが、どこか夫婦めいた親密さが出来上がっていた。


 俺はといえば、喉の渇きを覚えたので川まで足を運ぼうと背を向ける。決して空気がむず痒くなったからじゃないぞ。


「わりぃ、ちょっと水飲んでくるわ」

「行ってらー」


 アレクスの雑な返事を背中で聞きながら、その場を後にした。

 拠点にしている場所は川から程近かった。さすが清流の土地だけあって水が美味い!俺はごくごく喉を鳴らして水を飲んだ。


「ふー、ん?」


 なにやら視線を感じて、傍らに目をやる。

 見れば木の根元あたりから、ひどく不気味な人形が顔を覗かせていた。ボサボサの髪、不揃いの手足、つぎはぎだらけの醜い顔……


「……!ひぃいっ!」


 俺は驚いて尻もちをつく。

 一方、その正体不明の人形も、驚いたようにしてその場から離れていった。


「……い、今のって……?」




 人形はまたしても、失意の中でうなだれていた。

(藁にも縋る思いでここまで来たけれど、やっぱり無理よね)


 キアラは街を出てすぐに、遠巻きに焚火の煙を見つけていた。

 そして領民たちが頼りにならない以上、ステッドたちに一縷の望みを託すしかなく、こうしてはるばる今朝方から何時間も歩き通してやって来たのである。


 だが、すんでのところで身がすくんでいた。


(虫がいいにも程があるわよね……あれだけひどい態度をとったのに、いざ困ったら助けてほしいなんて)


 キアラの胸中には諦観が席巻し始めていた。

 もはや誰からも賛美されたスーパースターには戻れぬのだと、誰からも忌み嫌われる醜い人形として過ごしてゆくしかないのだと、そう諦めかけていた。


 途方もなく深い闇に、心が塗り潰されてゆく。


(今までずっと頑張って来たのに、こんな末路を辿るだなんて……いいえ、これはきっと図に乗っていたあたしへの罰なんだわ)


 ここで少し、キアラの昔話に移る。

 彼女は幼少期から、容姿の整った可愛らしい美少女で、周囲から実にちやほやされながら育った。しかし良いことばかりでもない。彼女の美貌にやっかみをかける者も少なくなく、周囲と反目したり孤立することも多かった。下心に駆られた男たちにちょっかいを出されたり、いいように扱われることも絶えなかった。


 一時は心を病み、みずから命に幕を引くことも考えた。

 しかしこのまま腐り落ちてはいけないと、或る時吹っ切れたようにして奮起した。世界最高のスーパースターにまで登り詰める彼女の精神力は決して並大抵のものではなかった。生まれ持ったこの美貌に更なる磨きをかけ、どうせなら最強の武器にしてやろうと考えた。メイクを覚え、ファッションを覚え、歌やダンスを覚え、しまいには体づくりや魔法のトレーニングにも精を出し、彼女は自分の魅力を高める努力に余念がなくなっていた。


 こうしたいきさつを経て、今のキアラがあった。

 キアラというスーパースターは決して持って生まれた才能や素養だけでなく、不断の努力の上に成り立っていた存在だったのである。だからそのすべてをインヴィディアに奪われたのは身を裂くように悲しかった。しかし同時に、これほど頑張って来たのだから自分は賛美されて当然であると(おご)ってきたのも事実であり、今の状況はその天罰のように思えてならなかった。


(皮肉なものね。誰からも愛される存在を目指したはずなのに、誰からも愛されない存在に成り果てるなんて……あたしは醜い人形として、これからずっと日の当たらない暗い物置で暮らし続けるんだわ)


 そんなことはなかった。

 無明の闇に閉ざされた彼女の心に、ひっそりと日が差すのが見えた。


「な、なあアンタ、ひょっとしてキアラ……だったりするか?」


 振り向けばそこには、ステッドが追い縋っていた。

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