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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
第6章 花ざかりに散る、感謝を集いし星
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VS.スーパースター、キアラ

 キアラは不敵にマイクを構える。

 それとともにステージの照明が明滅を始め、騒がしい音楽が流れ始める。


『いやーん♪マジ!?激ヤバ!乙女のピーンチ!』


 体を激しく揺らし、ステップを刻みながら歌い出す。先ほどよりずっとせわしい曲調だった。それどころか曲はステージだけでなく、中心街の全体に響き渡っているようだった。


『ピンチ♪ピンチ♪乙女のピンチ♪』


 キアラが歌い続けるごとに、黒紫色に濁ったあやしい風が吹きすさぶ。


「な、なんだこりゃ!?何が起きてる!?」

「おそらく魔法を発動しとるな、歌で効果を増幅させとる!」

「どう考えてもアーティファクトで動いてやがるわね、このステージ!」


 やがて街中に響き渡った歌声は、領民に主の危機を知らせた。


 ~とある食堂~

『ピンチ♪ピンチ♪乙女のピンチ♪』


「こ、この曲は……!」

 客たちが食いかけの料理を放り捨てて店外へと飛び出す。


 ~とある雑貨屋~

『ピンチ♪ピンチ♪乙女のピンチ♪』


「キアラ様の身に何かが起きている!」

 客も店員も慌てて商品棚を突き倒しながら出ていく。


 ~役場~

『ピンチ♪ピンチ♪乙女のピンチ♪』


「し、仕事なんかしている場合じゃねえ!」

 役場の職人がどいつもこいつも書類を投げ捨て颯爽と駆け出していく。


 ~噴水広場~

『ピンチ♪ピンチ♪乙女のピンチ♪』


「キアラ様ー!今、馳せ参じますぞー!」

 通行人たちが急に示し合わせたかのようにこぞって同じ方角に向かっていく。



『いやーん♪助けて!私の騎士(ナイト)様ー♪』


 うおおおおおおおおお!キアラ様ーー!!


 俺たちは呆然として立ち尽くすばかりだった。

 街中の人間が(完全にすべてではないだろうが)、あっという間に中央ステージに集結し始めていたのだ。老若男女問わず、誰も彼も人間とは思えない脚力を発揮していた。音速にも迫るレベルで街を疾走し、みな一流のパルクール選手のように壁や障害物を飛び越えると、俺たちとキアラとの間に立ちはだかるようにして躍り出た。


 飲食店組合と常連、四十名参陣!

 雑貨商組合と常連、十八名参陣!

 役場職員、二十五名参陣!

 お散歩同好会、五十七名参陣!


「う、嘘だろ、こんなこと……」

「ま、街中の人たちが集まっちゃったよー!」


 驚くべきことに、キアラが歌い始めてからこうなるまでに一分もかかっちゃいない。おそらくアーティファクトで強化されているのだろうが、それにしたっておかしいレベルの魔法だった。


 現在、キアラは舞台上で、駆け付けた領民たちに取り囲まれるようにして守られている。そして俺たちの行く手を遮るかのように大勢の領民が舞台前にひしめいていた。まさに肉の壁といった様相だった。


「おそらく魅了状態にある者を意のままに操る魔法やな……」

「頭おかしいんじゃないの、あのバカ女!」


 歌唱を一段落し、キアラが視線を向けてくる。


『ウフフ、それだけじゃないわ!あたしを守る騎士(ナイト)には超強力な身体強化(バフ)がかかるのよ!パワーもスピードも段違いに跳ね上がる!これぞあたしの闇魔法の真骨頂……”悲しき玩具”!』


 得意げに言うや否や、駆け付けた領民たちに変化が起き始める。


「キ、キア、キアラさ、様、さ、ま……」

 呻き声を上げながら、みるみる筋肉が膨張するかのように巨大化していった。服は破け、正気も失っていく。


「キ、キアララララア、様にィ、さか、さからららららららら、さからう者は、ゆる、ゆるさなあああああああああいぃい!!」


 領民たちはみな筋骨隆々の化け物に成り果て、一様に白目を剝いている。

 彼らは一斉に、拳を振り上げ飛び掛かって来た!


「うわぁ!」

「逃げろクモラ!」


 俺たちは慌てて攻撃を回避する。

 なんと、拳が直撃した床が思い切りひび割れてしまった。どう考えても人間に出せる力ではなかった。


 ありていに言って今の状況は、僅かな時間で強力な魔物を数え切れないほど召喚されたに等しい。一気にヤバイ状況だった。


(くそ、いったいどうすれば……)


 それでも、あの涙が出るほど怖かった暴君竜(ネロス・ドラゴン)や、勇者パーティ最難関と思われる魔法使いハインリヒとの死闘を乗り越えた俺たちならば、きっと切り抜けること自体は造作もなかったろう。


 そう、切り抜けること自体は。

 相手が魔物や悪人であってさえくれれば。


 罪のない領民を手玉に取り、身を挺して自分を守らせながら、キアラはニヤニヤと笑っていた。


 ハンナとアレクスが、攻撃を躱しながら言葉を交わしている。

「ねえ、もう相手が領民だろうとお構いなしに蹴散らしちゃいましょうよ!はっきり言ってキアラ本人は全然たいしたことない相手よ」

「いや、ワイらはよくても、ステッドとクモラがそれを良しとせんやろ」


 逃げ惑いながらアレクスが視線を向ける。

 俺たちが戦うに戦えないでいるのを見るや、大声で叫びながらステージ外の方へと走っていった。


「あ、あかーん!こんなん勝てるワケあらへんわー!すたこらさっさやー!」

「あ、こら、何やってんのよクソ商人!」


 しかし言った直後、ハンナも真意に気づく。

 アレクスに続いて退散しながら叫ぶ。


「これは打つ手がないわ!一旦撤退するわよ!ふたりとも!」


 そこでようやく、俺たちの思考はクリアーになっていった。

 先ほどまでの俺たちはただひたすら攻撃を躱し続けるばかりで、まったく攻勢に打って出ることができなかった。


 俺たちはアーティファクトを破壊するためにここまで来ている。このステージ内にあることが分かっておきながら退散することは考えられなかった。ここまで付いてきてくれたアレクスとハンナにも申し訳ない。

 だからといって戦う気にもなれなかった。なにせ目の前で立ちはだかっているのは、ただ操られているだけの罪もない領民なのだから。嫌でも思い起こしてしまっていたのだ、ハインリヒとの戦いで犠牲となった痛ましい人々の姿を!


 アレクスはきっと、俺たち二人をそんな葛藤から引きずり出す為にも、まず率先して自分から逃げ出したのだろう。


(アレクス……お前って奴は)


 俺とクモラも、しがらみから解き放たれたようにすんなり逃げへと転じた。

 後にはキアラと、正気を失った領民ばかりが残された。


「あらら、これしきで退散?しょうもないわねー。まああのエセ商人とクソ神官じゃこんなモンか。あの小娘と醜男も全然たいしたことなさそうだったし」


 肩透かしといった面持ちで、キアラは曲を終えるのだった。



 ◇



 次第に、領民たちは続々と正気を取り戻していった。

 何故だか服が破けていることに困惑しながらもそれぞれ家路に着いていく。中央ステージ内には誰の姿もなくなって、間もなく夜が訪れた。


 キアラは今、ステージの舞台袖から地下への階段を降りている。


「さーて、あいつらアーティファクトを狙ってたし、念のために確認しておこうかな」


 地下はライブ用の衣装や小道具が置かれている倉庫用のスペースであった。

 キアラはその奥の壁に手を掛けると力強く押す。なんと回転式の扉になっており、さらに奥へと続いていた。


「あいつらまたここに来るだろうし、これからしばらくは領民たちを交代制で動員して、ステージの警備とあたしの身辺警護をさせなくっちゃね。さっそく取り掛からなくちゃ……」


 そう言いながら、秘密のスペースに立ち入り奥へと目を向ける。

 本来ならばアーティファクト……あの紫色の光を放つ巨大な宝石が鎮座しているはずだったが、なにかがおかしかった。アーティファクトはあるにはあるのだ。ただ光っていない。それどころか大きく割れて破損している状況にあった。


「……!う、うそ、何よコレ!」

 悲鳴にも似た声でキアラは叫ぶ。


「ど、どうしてアーティファクトが壊れて……?」


 取り乱しつつあった彼女は、背後から忍び寄る影に気づけなかった。

 靴下を、ちょいと引っ張られる。


「きゃあ!な、なに……?」


 引きつった顔で、恐る恐る背後を見る。

 ――足元にはボサボサの髪に、不揃いの手足、つぎはぎだらけの顔の醜い人形があった。


「い、いやああああああああああ!!」


 キアラは叫んだ途端、意識を喪失した。

 視界が一瞬にしてブラックアウトして倒れ込む。


 しばらく経って、ようやくぼやぼやと、意識も視界も明瞭になり始める。


(うう……あたしはいったいどうしたの……?……っ!)


 眼前には驚くべき姿があった。

 ショッキングピンクのツインテールに、白いミニスカート衣装……それは紛れもなく自分の姿であった。なにゆえ自分が目の前にいる?では自分は?


 キアラが手元に目を落とすと、そこには指のない不揃いの両腕。


【イ、イヤア、ナニゴレ……】


 声は例えようもないほどに薄気味悪く、強いて言えば泥水を耳に注がれているような聞き心地だった。反して、眼前のキアラの姿をした何かは、聞き馴染んだ可愛らしい声で愉快そうに笑い始める。


「ウフフ♪アハハハハ……♪」

 そして生気のない瞳を、足元の醜い人形に向ける。


「ヨウヤク手ニ入レタ、可愛クテ魔力ニ溢レタ素敵ナ体ヲ!誰ニダッテ愛サレル最高ノ存在ニ成ッタノダ!」

 声はキアラのものであったが、瞳同様に生気がない。


【ド、ドウジデ、アダジガ、ゾゴニイルノ……?】


 人形は変わらない表情で問いかける。

 しかし泣き腫らしている顔がありありと想像できた。


「ワタシハ嫉妬(インヴィディア)。ヨウヤクダ、ヨウヤクソノ忌ワシキ体ヲ捨テルコトガデキタ!他デモナイ、オマエガ日頃カラアーティファクトヲ酷使シテクレタオカゲデ、ハヤクニ限界ガヤッテ来タノダ!ソシテ復活デキタ!」


 キアラでなくなったショッキングピンクの女性は、ご機嫌そうにこの場を立ち去ろうとする。


「モウ忌ミ嫌ワレ、蔑マレルダケノ日々ハ終ワリダ。コレカラワタシハ、オマエニ成リ代ワッテアラユル賛美ト敬愛ヲ受ケナガラ生キテユクトシヨウ。代ワリニオマエハ、今マデワタシガ受ケテキタ侮蔑ト差別ノ憂キ目ニ晒サレ続ケルノダ!」

【ゾ、ゾンナ……】

「オマエハモウ十分イイ思イヲシテキタダロウ?コレカラオマエノ体ハ、ワタシガ使ッテヤル。今度ハワタシガ幸福ニナル番ダ」

【ガ、ガエジデ!アダジノガラダ!】


 人形は必死に追い縋るも、盛大に蹴り飛ばされてしまう。


【ブギャア……!】

「キタネエ人形風情ガ、気安ク触ルンジャネエ!」


 ガラガラと、人形は床に転がって横たわる。

 一瞥すら寄越すことなく、楽しそうに笑いながらインヴィディアは外へと出て行った。


【ブエエエ、ブエ、エエ……】


 暗い部屋の中で、醜い人形の汚らしい泣き声がいつまでも響いていた。

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