スーパースター、キアラとの対峙
「……!」
俺たちは驚いて舞台上を見る。
マイクを片手に、キアラが姿を現していたのだ。
「キアラ……」
「久しぶりじゃないハンナ、それにアレクス。ふ~ん、魔王側に与して各領地を荒らし回っているって話は本当だったのね」
どうやら既にこちらの事情は把握しているらしかった。
どのように伝わったかは定かでないが、おそらくアルバートから話を聞いているのだろう。
「あたしのいない隙にアーティファクトを探し出そうとしたんでしょうけど、残念だったわね。一流のスーパースターであるキアラちゃんはね、歌っている最中でも観客の様子はばっちり見えているのよ。観客席の後ろの方に、ひどく懐かしい顔ぶれが並んでいることには早々に気づいていたわ」
「一旦姿を眩ませることでワイらを泳がせ、出方を窺っとったワケやな」
キアラはクモラの方に目を向けながら、
「で、そこの小娘が魔王の魂を宿したっていう少女ね。それで、そっちの醜男は魔王の協力者とかだったかしら」
「そうさ、俺はステッドってモンだ。勘違いしないでくれ、俺たちは世界を荒らし回っているんじゃない。勇者パーティのせいでおかしくなった世界を立て直すために旅をしているんだ」
「あらそう?だったらこのグラティアスに用なんてないはずだけど」
キアラは邪悪な笑みを浮かべて囀る。
「アンタたちも見たでしょう?さっきのライブの大盛り上がりを!このグラティアスの領民はね、みんなキアラちゃんのことが大大大好きなのよ!毎日あたしの歌を聞いて、可愛いキアラちゃんを見て、幸福に包まれながら生きているの。此処にはね、困っている人なんてだーれもいないのよ」
「アホぬかせ、自然にこうなったんなら文句はないわ。せやけどお前は、無理やりこの状況を作り出しとるやろ?アーティファクトで魅了の闇魔法、”魔風恋風”を強化してな!たしか風属性の性質も持っとるからとにかく効果範囲の広い魔法やったはずや」
「魅了?聞き捨てならないわね。ただキアラちゃんの可愛さを伝えるのに便利だから有効活用しているだけなのにー」
アレクスの指摘にほっぺたを膨らませ、むくれながら返す。
いちいちあざとい動作を入れて、狙ってこちらの神経を逆撫でようとしてくる。
「相変わらず腹の立つ女ね。ただ統治するだけならこんな状況にする必要ないでしょ」
「必要ならあるわよ、だって領民が同じ存在に心酔してまとまっている方が何事もやりやすいもの」
「なんなの?神にでもなったつもり?」
「フフ♪むしろその上位互換かな?だって神ってのは誰も姿を見たことがないし、いくら祈ったところでなーんにもしちゃくれないじゃない」
キアラは得意げに、アイドルピースとウィンクでポーズを決める。
「その点、キアラちゃんは違うわ♪ちゃーんとここに存在しているし、花も恥じらう超絶美少女♪み~んな好きになっちゃう♪名ばかりの神とは違って、みんなの声援にあたしはしっかり応えているわけだし、みんなあたしへの愛と感謝でひとつにまとまっているの♪キアラちゃんは言わば、このグラティアスの現人神ってワケ!」
「アンタ……神官である私の前でよくもそんなセリフを吐けたわね……!」
不愉快そうな顔でハンナが言っている。
神官?あ、そっか、コイツ神官か!普段の言動がアレなのでついつい忘れてしまう。しかし今は真面目な場面なので野暮ったいことは言わないでおこう。殴られかねんし。
最後に、クモラが歩み出て口を開く。
「もったいないよ、せっかくすごく上手な歌と踊りだったのに……魔法で不当に歓声を得るなんて!」
「はぁ?使えるものを有効活用していったい何が悪いわけ?」
「うまくは言えないけど……愛とか感謝っていうのは、そんなふうにむりやり引き出すものじゃないと思う」
言葉を絞り出すように言っていた。
クモラは、キアラのライブを楽しんでいた。だからこそ心をつっかえさせながらも、重みのある言葉を口にしていたのだ。
しかし、それはただただキアラの癇に障るばかりだった。
「むりやり?はぁ?キアラちゃんは世界一可愛いんだから、みんなメロメロになるなんて当然の帰結でしょ?可愛くてみんなをまとめられる素敵な統治者ってことがどうして分からないの?」
「はあ……予想通りではあるが、このまま話していても平行線やな」
「そうね、このバカ女はちょっと懲らしめてやるとしましょう」
アレクスとハンナの視線を受け、俺とクモラも続く。
「よし、クモラいっちょやるぞ。どうにかしてこの無理やりな統治を止めさせよう!」
「うん!いこうステステ!」
俺たちが戦闘態勢を取り始めたのを見て、キアラもヒールを鳴らし舞台の前方に歩み出してくる。
「あらら、キアラちゃんの可愛さが分からないなんてホント残念な感性ね。まーいいわ、ならここで存分にキアラちゃんの魅力を見せつけてファンに仕立て上げればいいだけよ」
「へっ、そうは問屋が卸さな…………ふぁっ!?」
なんとういうことか、間近で見てようやく気が付いた。
キアラの奴が着ている衣装、スカートがめちゃくちゃ短いぞ!こ、これ、ちょっと視点を低くすれば中が見えちまうんじゃねえのか……?
これに気づいてしまったが最後、その誘惑に抗える男などいようはずがなかった。
俺は躍起になって視点を低くする理由を探し始める。棒立ちで視線をあたりに泳がせて、そして気が付いた。なんと俺の靴紐が解けかかっているではないか!これではいけない、戦闘中に靴紐が解けるようではきっと戦いに集中できないだろう。今のうちにしっかり結び直しておかなくては!
「おっと、いけねえ!靴紐が……!」
俺はわざとらしく言いながら、片膝を突いて姿勢を低くする。
そしてそのままの姿勢でちらっと視線を上に向けた。くそっ、この程度じゃダメか。
ふと気づけば、なんとアレクスも同じことを思ったか、「あかん!小銭を落としてもうた……!」とやけに演技ぶった口調で言いながら低姿勢を取っていた。むろん、金属が落ちる音などしていない。まったく……いつからかコイツとは魂がシンクロしてばかりだ。
「あれ?あれ?なんだかうまく結べないなー」
「あかんあかん、落とした銭が見つからへんー」
そこからはもう見境がなくなっていた。
いつの間にかお互い、靴紐を結び直すのとも小銭を拾い上げるのともかけ離れた体勢をしている。ほとんど腹ばいになって、これ以上ないほど視点を低くする。そして天を仰いだ。
キアラは隠そうともしていない。
彼女は実に宣言通りに、俺たちにその魅力を見せつけてくれた。
ついに魅惑の布地が、俺たちの視界へと飛び込んできた――!
(やった!見えた!薄いピンク色だ!)
(薄ピンクか、分かっとるなぁキアラの奴)
見えない物を見ようとして、桃源郷を覗き込んだ俺たち。
しかし幸福も束の間、ズドンというすさまじい音とともにすぐ近くで叫び声が上がった。
見れば、ハンナの奴が一切容赦のない力加減で、アレクスの頭を思い切り踏み付けていたのだ。
「戦・闘・中・にィ!何してやがんだぁ!てめえらああああ!」
「ほぎゃああああああああ!」
床に顔を付けたままでアレクスは絶叫する。
続いてハンナの鋭い眼光が俺の方を向いた。
「待ってくれハンナ!これは違うんだ!男には地球の重力に勝てなくなる時がどうしてもあって――」
「知るかああああああああ!」
怒りに任せて錫杖でぶっ叩いてくる。痛ってえ!
「待ってやめて!杖で叩くのやめて!それめちゃくちゃ痛いの!」
「おら!おらぁ!」
「いやあああ!スタッフぅ!スタッフーー!」
泣き叫んでも殴打の手は止まらない。
クモラー!助けてくれー!ダ、ダメだ、ほっぺたをぷくっと膨らませてご機嫌斜めでいらっしゃる……!これでは助けなど望むべくもない。
結局その場を収めたのは他でもない、キアラの甲高い笑い声だけであった。
「アハハハハハ!バカじゃないのアンタたち!アハハハハ……!」
腹を抱えておかしそうに笑っている。
「それにしてもホントに変わってないわね。アレクスの醜態ぶりもそうだけど……ハンナ、アンタもね。ホンット、いろいろとあの頃のままだわ、何もかも」
どこか含みのある言い方をした。
ハンナが不愉快げに問う。
「……何が言いたいのよキアラ」
「アンタ、まだ処女でしょ?」
瞬間、空気が張り詰めたような気がした。
「あぁ!?」
「あー別にいいわよ、答えなくて。見れば分かるから。でもそっか、あれから十年経ってるわけだし……ってことはアンタ今三十手前ぐらいかしら?」
もうやめておけ!キアラ!
しかし彼女の暴言は留まるところを知らない。
「アハハハハ!やっば!三十手前で処女とか!見た目が悪いわけでもないのに!性格ヤバイ女ですって自己紹介しながら歩いているようなモンじゃーん!アハハハハハ……!」
「…………」
おかしそうにげらげら笑うキアラと対照的に、ハンナは静かに押し黙っていた。
これが嵐の前の静けさであることは誰の目にも明らかだった。俺とアレクスはといえば、そのあまりの迫力に恐れおののき、互いに肩を抱き合って震えるばかりだった。
やがて、非常にドスの効いた声で以て静寂は打ち破られる。
「おい、オスども」
「は、はいっ!」
「なんでしょうかっ!」
ビクッと肩を震わせて女王閣下のお言葉を待つ。
ハンナは青筋を浮かべながら、叫び倒すようにして命令する。
「私が許す!一切の慈悲は要らないわ!あのクソ女、ボコボコにしばき倒したあげく徹底的に凌辱してやれぇ!!」
し、神官のセリフじゃねえーー!
ってそれはいつも通りか……
俺たちがうろたえていると、ハンナは追撃のようにギャンギャン吠えたてる。
「返事はどうしたぁ!」
「「イ、イエスマム!!」」
兵士のごとくに敬礼する俺たち。
ともかくキアラについてはただ統治を止めさせるだけではない、ハンナ様のご意向で完膚なきまでに打ちのめすことと相成った。
それでもキアラはなお、余裕の笑みを崩してはいなかった。
「ふーん、やろうっての?いいわ、ならあたしの闇魔法の真価を見せてあげる……!」




