花ざかりの道
魔法使いハインリヒとの決戦から半月後、俺たちはようやくディリゲンティアの地を旅立った。ひとまず最低限度の人命救助や街の立て直しは済んだ。これには俺とクモラの新たな力――創造魔法が大きく寄与した。
創造魔法はやはり、思い描いた通りの物を生み出す魔法であった。つまり建築資材でも食料でもなんでもござれの反則魔法だ。しかしちゃんとイメージできない物は生み出せないし、消耗が激しいという欠点もある。わずかな期間で街のすべてを立て直すことは困難だった。ひとまず立て直したのは役所や病院、学校など主たる施設に留まっている。
ちなみに、建物そのものをいきなり創造魔法で作るというのは控えている。
なぜかって?というのも実は、俺たちは素性を隠して人命救助や復興作業に従事していたんだ。ハインリヒとドンパチやっていた張本人だということがバレれば面倒になりかねない、あまり大きすぎる力は見せるべきではなかったのだ(これはアレクスの助言である)。だから建築資材や食料、その他日用品や薬品の提供に留めていたし、それも衆目の前では作り出さずたまたま見つけてきた風を装っていた(実際無事だった物資もそれなりにあった)。
あと補足として、中心街と廃棄区域とを隔てる壁は一部取り壊された。今では道が拓かれて(突貫の階段でしかないが)自由に行き来ができるようになっている。
もうあの優生思想者はいない、人間がゴミ同然に捨てられるということはないのだ。ただ、社会から爪弾きにされていた者もそうでない者も一緒になって暮らすので、治安の悪化というものが危ぶまれた。それについては有志によって自警団が結成されるに至っている。
とまあこんな次第で、残りの立て直しや治安維持については生き残った領民たちに委ねて、俺たちは旅を続けるべくディリゲンティアを発ったわけである。
次なる目的地は既に決まっている。
”スーパースター”キアラが治める北西の地、グラティアスだ。
実は俺たちがまだ訪れていない土地は、世界の北側に固まっている。だから北西のグラティアス(現キアラ領)、北のヒュミリタス(現ラヴィアン領)、北東の希望霊山といった具合に時計回りに進んでいくのが無駄がないと考えた。希望霊山こそが勇者アルバートの直轄地であり、旅の最終目的地である。七大罪の化身も五体が復活し、いよいよ俺たちの旅も佳境に入り始めたように思えた。
――そして俺たちは今、清流と花畑の広がる美しき土地に足を踏み入れている。
グラティアスは聞いていた通り過ごしやすく、それでいて目に映る景色がいちいち綺麗だった。柔らかな陽の光の下で蝶が飛び交い、色とりどりの草花がそよ風に揺れている。気候は寒くも暑くもない。陽光がゆったりと流れる清水に反射して楽し気に踊っている。何気なく散歩を楽しむなら一番の土地かもしれない。
だが残念なことに、俺たちは物見遊山に来ているわけではない。
いざ六つ目のアーティファクトを破壊せんと、キアラが居るであろう中心街を目指して、アレクスとハンナの記憶頼りにひたすら邁進していた。しかし或る時、川のほとりでクモラが立ち止まる。うつむきかげんで、お腹のあたりを押さえている。
「……?どーしたんだ、クモラ?」
「ステステ……ちょっと、お腹痛いかも……」
俺の問いに、クモラは気分が悪そうに返した。
「なんや、悪いモンでも食ったんかいな」
「ううん、なんか、そーいう痛みじゃない……」
「……!も、もしかして……」
俺とアレクスが首をかしげる中、ハンナだけは何かピンと来たようであった。「ちょっとこっち来て」と言いながら、ハンナはクモラの手を引っ張って花畑の藪の向こう側へと行ってしまった。
「な、なんなんだろーな?」
「神官だからこそ分かる、なにがしかが起きていた……とかか?」
俺とアレクスは状況が吞み込めず、ふたりぼっちで立ち尽くしている。
しかし結論から言えば、理解ができなかったのは性差ゆえの問題であった。
しばらく時間が経った頃、クモラ一人を残してハンナが戻って来る。
俺は心配してクモラの様子を尋ねた。
「ハ、ハンナ!クモラの奴、いったいどうしたんだ?まさか、厄介な奇病だったりとか……」
「Monthly Day」
「へ?」
俺の問いに、ハンナは仏頂面でそう一言だけ答えた。
アレクスがはっとした顔をする。少し考えて、俺もようやく得心がいった。そ、そうか、そうだよな……クモラも成長したんだから、そういう現象も起きるわな。
「私から言えるのはそれだけよ。てめえらオス二匹じゃクソの役にも立ちゃしねえだろ?今日はこの辺で休むことにして、あとは私に任せておきなさい」
「あ、さっすね、さーせん、おなしゃす……」
「せ、せやな、おおきに……」
ハンナのよくわからん気迫に、たじたじになる俺とアレクス。
結局この日はハンナがクモラに付きっきりで、俺とアレクスは川べりで魚釣りをして過ごすことになった。
夕食頃、ハンナと共にクモラが戻って来る。
まだ少し気分が悪そうだった。早くとも明日まではこのままかな?しかし不思議だった、体調が悪そうだというのに、クモラはなぜだか上機嫌に見えていた。
「えへへ……♪ステステ……♪」
「ど、どーしたんだよ、クモラ?」
「なんでもなーい♪」
夜、寝静まるまでずっとこんな調子だった。
アレクスが「きっと、自分の身に何が起こっているかをハンナが説明したんやろなあ」とボソッと言っていた。初めは言っている意味が分からなかった。その意味するところを理解したのは、みなが寝息を立て始め、俺が横になりながら物思いに耽っている時にようやくだった。




