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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
第6章 花ざかりに散る、感謝を集いし星
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アヴァリティアの冒険③

 ――――

 ―― 


 いつの間にか夜も去って、朝がやって来た。

 爽やかな朝陽の下で、アヴァリティアは眠りこけている。彼を起こしたのは朝の光でなく、またしてもポタポタと頭上に垂れる水滴であった。


 (もう朝か、今日は雨なのか――?)

 寝ぼけまなこをこすって起き上がる彼を待ち受けるのは、見渡すばかりの快晴の空……そして牙を剥きよだれを垂らした巨竜の顔であった。


「ほぎゃああああああああっ!!」

 目を見開いて仰天した。


(英傑竜(グラン・シーザー)!?な、なんで!?そうか!世界樹がコイツの縄張りだったんだ!コイツは光属性の魔物だったはず、光の力で溢れている此処はすごく居心地がいいんだ!)


 当然、そんな場所を脅かす不届き者を見逃してはくれないだろう。

 そもそも餌としてしか見ていないかもしれない。


 英傑竜(グラン・シーザー)は、再び牙を剥いて彼を丸呑みにしようとする。彼は大慌てで、世界樹の方に視線を向ける。


(世界樹の雫は……!?た、溜まってる!アレを持ってさっさと逃げ出さなきゃ!)


 もはや勝てるビジョンはまるでなかった。

 大急ぎで駆け出して、世界樹の雫の溜まった小瓶を取り上げると、再び猛禽に変身して(小瓶は足に)空へと舞い上がる。


 そこからまた、熾烈な鬼ごっこが始まったのは言うまでもない。

 アヴァリティアは、小瓶を落とさないように気を使いながらも、動きの癖を覚えたか再び巨竜を巻くことに成功した。


 疲労から、元の姿に戻る。


「うう……ひどい目に遭った……こんなんじゃ命が幾つあっても足りないぞ」


 ともあれ、目的の物は手に入れた。

 彼は静かに喜びを噛み締めながら、空を飛んで帰途へと着く。ところが、眼下の森に何者かの姿を見つける。昨日の三人組だ。断崖の麓から大きく外れた場所だった。崖から滑落したのか、ひとりが大変な負傷を負っているらしかった。ずっと脚を抑えたまま横たわっている。骨でも折ったのか。


「クソ、助けを呼びたいってのに……」

「自分たちが何処にいるのかも分からないし、呼ぶ手段もない……」

「あんな魔物さえ出なければ……」


 様子を見ていて、アヴァリティアは思い至った。

 彼らが崖から落ちてあのようになっていることは明白だったが、その原因はおそらく自分にあった。自分が巨大な魔物に化けて脅かしたりしたものだから、彼らは驚き慌てて退散の途上、足を踏み外してしまったのだろう。


 アヴァリティアは少し、逡巡した。

 それでも彼は己の欲の為、身も心も悪魔であろうと思った。ぷいと視線を背けて飛び去ろうとする。


(し、知るもんか!他人がどうなったってオイラの知ったことじゃない!)


 しかし、途端にシューザの姿が頭に思い浮かんだ。

 困っている人々を助けるために、自ら罪に手を染めた優しき盗賊。


(……)


 アヴァリティアは、シューザに懐いていた。

 というのも、シューザは魔族というだけでは毛嫌いなどしないからだ。彼がぶっきらぼうなのは誰に対してでもそうであり、そして同じように誰に対しても優しい男だった。それが分かったから、アヴァリティアも心を開いたのだ。


(……)


 やがて、アヴァリティアは飛び去るのを止めると、またしても変身魔法を発動する。

 そして現れたのは、純白の衣を纏い純白の翼を広げた美しき天使。


 天使は小瓶を持って、困り果てる男たちの元に舞い降りた。


「へ……!?」

「て、天使様……!?」


 大怪我していない二人が、驚きの目で見つめている。

 しかし二人も全身切り傷、擦り傷だらけであった。天使は美しい所作で小瓶の蓋を開けると、溜まっていた世界樹の雫を一気に振り撒いた。神秘的な輝きが辺り一面を包む。


 巻き戻しの映像でも見ているかのように、みるみる彼らの負傷が消えていく。骨折していた男も、やがて顔色の悪さがなくなって立ち上がった。


 彼らは呆然と自分たちの体を見回していた。喜びよりも驚きの方が先行していた。彼らもまた世界樹の雫を求めて此処まで来たはずであったが、彼らが体感した事象はまったく神の奇跡のように思えてならなかった。


 そして天使は一人ずつ、崖の麓の本来のルートまで彼らを引っ張り上げた。

 すべきことが終わると、天使は大空へ飛び立って遠のいていく。三人の男は、それぞれ目に涙を溜めながら、地に跪いて見送った。


「ああ、天使様……!」

「この御恩は忘れません……!」

「有難うございます……!有難うございます……!」



 遠く隔たったのを確認すると、天使は元の小悪魔へと戻る。


「うう、これで、これでよかったんだよな……」


 アヴァリティアは手持無沙汰のままに泣く泣く帰途に着いた。

 あんな巨竜の縄張りにまた踏み入る勇気などないし、それに何故だか無性にシューザに逢いたかった。彼は泣きながら空を飛び続けた。


 一日ぶりに帰った洞窟が、なんだかひどく懐かしく感じられた。

 筵の上に座ったシューザが声を掛けてくる。


「よう、アヴァ。ようやく戻って来たか」

「うう、シューザ……」

「……?どうした?何があった?」


 いつものように、ぶっきらぼうな口調で問う。


「ご、ごめんよシューザ。オイラ、世界樹の雫を手に入れられなかった……」

「……」

「がんばったんだけどな、だめだったよ……」

「いや、そりゃ嘘だな」


 シューザはじっと見つめながら、迷いの無い声で言った。


「へ?」

「今のお前には単なる失意だけじゃねえ、どこか達成感めいたものを感じる。やり遂げたっていう感じがな。おおかた世界樹の雫を手に入れたはいいが、帰り道で困っている奴でも見つけて使っちまったとかか?」


 ああ、この盗賊に隠し事なんてできやしない。それにしたくもなくなっていた。


「うん……そうなんだ。ごめんよ、シューザの怪我が治せなくて……」


 立ち尽くすアヴァリティアに、シューザは近づく。

 そして、そっと頭に手を置いた。


「そうか、よくやったな」

「うう、シューザ……」


 そこからアヴァリティアはしばらく泣いていた。

 怖かったことや残念だったこと、そして嬉しさや温かさにも(まみ)れたごちゃまぜの気持ちに囚われていた。


 アヴァリティアが落ち着き始めると、何故だかシューザはいそいそと荷物の整理を始める。


「……?どーしたんだシューザ?出かけるのか?」

「いや、気が変わった。こんな場所でせこせこ治療に励んでも時間がかかるだけだ。とっととステッドたちに合流するぞ。そうすりゃハンナの奴に回復魔法を使ってもらえる、アイツはあれでも世界最高クラスの光魔法の使い手だからな」

「ええ!そんな傷で動いて大丈夫なのか?」

「まあ、戦わなきゃいいだけの話だ」


 荷物はちょっとした保存食と薬草に包帯、たいした量ではなかった。それらを収めた袋を担ぎながら、シューザは背中越しに言う。


「それに……勇者の件をなんとかしねーと、いつまでも行けないだろ?宝探し」


 そう言って、彼は洞窟を出て行った。


「……!ま、待ってくれよー!シューザ!」


 後を追うアヴァリティアの顔は、目に涙を残しながらも輝くような笑みを浮かべていた。まるで朝の光の差し込んだ、朝露の煌めきのようであった。

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