アヴァリティアの冒険②
アヴァリティアは意気揚々と出発し、さっそくテンペランティアの南の果てまでやって来た。切り立った高い断崖の上に、鬱蒼とした深い森が広がっている。世界樹が有るという古代の記録こそ残っているものの、ほとんど人跡未踏の森であった。
しかし空を飛べるアヴァリティアにとって、向かうだけならさしたる苦労は無い。鼻歌を歌いながらご機嫌に空を駆けてゆく。
「世界樹どこかなー?おっ、あの上かなー?」
前方を見れば、ひと際高いテーブル状の台地が見える。あまりに高く、頂上付近は雲に覆われて見えなかった。
「うーん、あそこまで飛んで往くのは大変そうだぞ……そうだ、鳥型の魔物に化ければ楽勝だな!」
彼は魔力を練り上げ、猛禽のような出で立ちへと変貌する。
そうして、いざてっぺんを目指そうとしたところで、眼下に何者かを見出した。
冒険服に身を包んだ三人組の男で、懸命に崖を登っているところだった。おそらくトレジャーハンターだろう。彼らもまた世界樹の雫を求めてここまで来たのかもしれなかった。
(もしかして、アイツらも世界樹の雫を……?そうはさせるか!世界樹の雫を手に入れるのはオイラだ!他の誰にも辿り着かせなんてしないよ!)
気付かれないように近くに降りると、彼らを待ち受ける場所に陣取る。そして再び変身魔法を発動、猛禽から別の姿を取る。
それは見上げるほどに巨大な、百足のような虫だった。鎧のような外殻に、弓型の節のある腹部。そして蛇が鎌首をもたげるようにして頭部を持ち上げていた。
やがて三人の男たちがやって来る。そしてぎょっとした。
当然だった。人間よりも遥かに巨大な百足の化け物が、威圧するようにして待ち構えていたのだから……
「ひいい!」
「ま、魔物!?」
「こ、こんな深い森だ!生き残りがいたんだぁ!」
男たちは大慌てで、その場から逃げ出していった。
アヴァリティアは変身を解き、満足げな笑みを浮かべる。
「ウシシシシ……やーい、やーい、ざまーみろー!人間ってのはホント弱っちいなー!」
しかし今度はアヴァリティアの方が、彼らと同じ表情をする番だった。
しばらく愉快そうに笑っていたが、急にポタポタと、頭に水滴が垂れるのを感じた。雨かと思って見上げると、鋭い眼光と鋭利な牙の並びが目に映る。
なんと、さきほど化けていた百足よりも、更に巨大なドラゴンが姿を現していたのだ。騒ぎを聞きつけたのかもしれない。青白い鱗に包まれて、棘のある翼と胴より長い首をしていた。
「う、うひゃあああああああ!!」
アヴァリティアは若干チビりながら、腰を抜かす。
(青白い鱗、見上げるほどの巨体……ま、間違いない!コイツは六大巨竜の一角、英傑竜だ!こんな秘境の森を住処にしてたんだ!)
恐怖に摘ままれながら、どうにか打開策を考える。
しかし六大巨竜はみな、巨体ながらもかなりの速度で飛ぶのだ。果たして逃げ切れるのか、という不安が脳裏をよぎる。
英傑竜が、餌を飲み込まんと牙を剥き舌なめずりをすると、アヴァリティアはいよいよ覚悟を決めた。
「ち、ちくしょー!オイラを甘く見るなよー!オイラだって魔王様の分身の一人なんだ、お前なんてやっつけてやるからなー!」
そう叫んで、英傑竜に負けないぐらいの巨竜に変身する。そして果敢にぶつかっていった。が、所詮は見た目が変わっているだけで、中身は小悪魔のままだ。あっという間に叩きのめされて、ボコボコにやられてしまう。
「うわああああん!い、痛いよー!やめてよー!」
爪が、牙が、突き刺さる。尾の打撃に打ち払われる。
「うわあああああ……!」
これはたまらないと、アヴァリティアは大急ぎでさきほどの猛禽に化けると、全速力でその場から飛び立った。まるで歯が立たず、逃げるしかなかった。が、巨竜は翼をはためかせて追い縋る。
「わーん!来るなー!来るなー!」
そこからしばらくの間、命懸けの鬼ごっこが続いた。
急旋回、急上昇、急下降を繰り返して、彼はなんとか巨竜の追跡を振り切ることができた。地面に降り立って変身を解くと、ぜいぜい息を切らして座り込む。
「ハァハァ……な、なんとか逃げ切ったぞ……死ぬかと思った」
安堵と疲労に包まれ、しばらく動けずにいた。ただひたすら生きている喜びを噛み締めていた。
夕暮れが近づいた頃、アヴァリティアは気を取り直して、再び猛禽の姿で台地を昇り始めた。漂う雲を潜り抜けて、ようやく頂上に至る。
眼前に広がるは、なおも鬱蒼とした森。
その中央に、ひときわ神秘的に光り輝く巨木がそびえている。
(も、もしかして、アレが世界樹……)
それは俗物めいた小悪魔でも、思わず高尚な心持ちにさせるほど神々しかった。
アヴァリティアは世界樹の根元に降り立つ。
見上げてもてっぺんが視界に入らないぐらいに大きな木であった。
「やった!やった!ようやく世界樹を見つけたぞー!さっそく樹液を採取しなくっちゃ!」
彼はドラゴンに変身すると、鋭利な牙で幹に噛みついて傷を付ける。そして傷の真下に小瓶のような入れ物をくくり付けて、垂れ落ちる樹液が溜まるのを待ち始めた。
「うーん、ちょっとずつしか溜まらないなー。しばらく待っていないとダメかなー」
アヴァリティアは座り込んで、樹液が溜まるのを健気に待ち続ける。
しかし疲労もあって、程なくして深い眠りの淵に落ちていってしまった。




