VS. MAF②
大きく、大きく、飛翔してMAFの航行高度よりも高い位置へと昇る。眼下に光を振り撒く黒い要塞が見える。
(クモラ……ハインリヒに目に物を見せてやるぞ)
(うん、ステステが考えてること、わたし分かるよ!)
(さっすが俺の相棒だな。クモラ、俺は”光”を担当する。クモラは魔王の力を解放して”闇”の力を練り上げるんだ)
俺たちは太極した姿のまま両腕を振り上げ、それぞれの腕に別属性の魔法を展開していく。右手にクモラが生み出した闇の力を、左手に”夜明け前”を通して光属性に変換した力を発生させる。
両手にそれぞれ反属性の魔法を展開させるというのは、さきほどハインリヒがやっていたのと同様のことだ。
そう、俺は気付いていた。
世界に存在する属性の数が六つなら、太極魔法は三つあるはずなんだ。
その内、ハインリヒは二つしか用いていない。火と水の太極である消滅魔法と、風と土の太極である災害魔法。奴はきっとこの二つしか使えないのだろう、光と闇の魔法は使えないはずなのだから。
だが俺たちなら……俺たちなら光と闇の太極魔法を使えるはずなんだ。どちらの属性も扱えるようになったし、なにより俺たちの息はぴったりだ。合成することも、きっと問題ない。
(ハインリヒ……お前には絶対に罪を清算させてやる。見せてやるぜ、光と闇の太極した力を!)
当然、初めて発動させるわけだから、どんな効果かは俺にもクモラにも分からない。けれども、何故だか悪い予感はしていなかった。激情に絆され無用に気分が盛り上がっていたからだろうか?それとも……
俺たちは両の手を合わせて魔法を合成させ、そして拡散させる。
(光と闇の波動を合わせただと……ま、まさか!)
俺たちの預かり知らぬところで、ハインリヒもまた状況を察し始めていた。
しばらくは何の変化も起きていなかった。
だが或る時、大きな音を立ててMAFの航行が止まる。
(な、何ぃ!)
操縦席でハインリヒが慌て始める。
異変が起きている箇所が死角であったため、カメラの位置を次々切り替えていく。そして気が付いた。
(こ、これは……!)
俺たちはもちろん気が付いていた。上空からは様子がよく見える。真下の大地から幾つもの巨大な蔦が生えて、MAFの機体にがんじがらめに絡みついていたのだ。
異変はそれだけでは終わらない。蔦はみるみる成長を続け、終いには砲のような形状の枝を伸ばし始めて、MAFに向けて次々砲撃を開始する。同時に種を周囲にばら撒いていき、発芽して新たな蔦が生まれていく。あっという間にMAFは微動だにすることができなくなった。
「え……な、なにがどうなってるの?」
「わ、わからん……なんや、この状況は」
遠く、高台からハンナとアレクスが趨勢を見守っている。
「あれって、花魔法……?でもステッドもクモラも、そんな魔法使えなかったと思うんだけど」
「そのはずや。しかもそれどころやない、見たところシューザの”無限花序”とハインリヒの”草木塔”の性質を併せ持っとる。どちらも二人が実際に見たことのある魔法や。こ、これの意味するところは、もしや……」
アレクスは信じられないといった顔で、状況を見つめていた。
その表情はハインリヒも同じであった。
「フフフ……ハハハハハ……!」
ハインリヒはヤケになったように笑っていた。
「そうか!これが光と闇の太極魔法か!生み出す魔法……言うなれば”創造魔法”か!」
焦燥と興奮の入り混じった声であった。
「ククク、考えてみれば当然のことだった。この世界は陰と陽……すなわち光と闇の結びつきによって成立している。光と闇の太極魔法が生み出す効果になるというのは、至極当然のことだった!」
叫びながら、狂ったように手元のボードに指を走らせる。
やがてMAFに備えられたすべての砲が一斉に下を向いたかと思えば、災害魔法によって広範囲化した消滅魔法を発射。成長を続けていた蔦を根こそぎ消し飛ばすと、再びMAFを上昇させた。
「欲しい!欲しいぞ!その力!その応用性たるや、消滅魔法や災害魔法の比ではない!なんとしてでも私のものにしなくてはいけない!」
迫るMAFを見据えながらも、俺たちの心はゾーンにでも入ったように澄んでいた。盛り立っていた気持ちが嘘のように明鏡止水だった。再び腕を振り上げて光と闇の魔法を発動させる。そして下に向けた。
(クモラ……思い切りいくぞ)
(うん、任せて)
(俺はアイツを許さない。あの要塞は災害そのものだ、そんなものを自分の力を高めるためだけに造りやがって!)
(アレを生み出すんだね!わたしたちが乗り越えたあの脅威を!)
(ああ、行くぜえ!災害には災害だ!)
思い切り、合成させた光と闇の波動を解き放つ。
空中に爆発のような白と黒のエネルギーが迸る。次第にそれが形を成した。その姿を見て、ハインリヒも、遠くのハンナとアレクスも、目を見開いて驚いた。この場の誰もがその脅威を知る存在だった。
真っ黒い鱗にホオズキのように紅い眼、棘の付いた翼と胴体よりも長い首……
「な、なんだとおおおおおぉ!?」
創造魔法:”暴君竜”――!
生み出されたドラゴンは大気を揺るがすほどにけたたましく咆哮すると、力強く羽ばたいてMAFへと向かっていった。巨大な要塞と巨大なドラゴンが激しく衝突する。
暴君竜はMAFにも負けないぐらい大きかった。いや、元からすこぶる巨大なドラゴンではあったが、オリジナルよりも更に図体が大きくなっているような気がする。もしかして俺たちがありったけの力を込めて創造したから?創造魔法は知っている物を単純に再現するだけでなく、ある程度の改変ができてしまうのかもしれなかった。
「うおおおおおーー!!なんということや!」
「ええ!嘘、暴君竜!?」
アレクスとハンナも、大盛り上がりで様子を見ていた。
「やはり……!思い描いた物を生み出す効果やったんやな!いけー!いったれー!」
「まさかあのドラゴンを応援する日が来るとはね!いいわ!やっちゃえー!アンタたちー!」
暴君竜は爪や牙を突き刺し、首や尾を叩き付けて、激しく攻め立てる。またしても体当たりをかます。ついにMAFは大きく突き動かされ、市街から遠く離れた場所まで移動させられてしまった。廃棄区域よりも更に離れた、ハインリヒ領の周縁部に近いところだ。
【いいぞ、暴君竜!街の外なら思い切り暴れてくれてかまわない!あの魔導要塞をどうにかぶっ壊してくれ!】
俺たちは、ただぼけっと戦いを見物しているわけではない。生み出した暴君竜が思い切り戦えるように、常に力を送り続けている。決して油断のならない状況が続いていた。
「くそ!いい気になるな!」
ハインリヒの操作を受けて、MAFの砲が一斉に暴君竜に向く。そして広範囲化した消滅魔法を打ち込むがあの巨体だ、全身を一気に消し飛ばすなどできはしなかった。力を送られ続けているので、残った部位からすぐに再生してゆく。
「そ、そんな……」
いよいよハインリヒの表情に絶望の色が浮かび始める。
ダメ押しとばかりに、ドラゴンは追撃を加え、口をあんぐりと開けると燃え盛る烈しい黒炎を放射した。
MAFは地に落ちた。
「や、やったか!?」
「待って!あの要塞、なんか変な動きしてるわよ!」
二人が言うや、いつの間にかハインリヒは秘密のボタンを押して、MAFの変形を開始していた。
『まさか、奥の手を使うことになるとはな……いいだろう、このマジカル・エアリアル・フォートレスの真の力を見せつけてくれる……!』
騒がしい音を奏でながら、黒い独楽が変形を始めていく。
砲がすべて収納されたかと思えば、側面に亀裂が入り、四つの円柱に分割した。ぞれぞれ二本ずつ、上部と下部に移動して二本並んだ形になる。それが腕と脚であることに気付かされた。
マジック・キャッスルはちょうど頭部に位置していたが、それを覆うように金属製の囲いが出現した。顔を思わせる模様があった。終いには胴に当たる部位の背後から、三対の光る翼のような造りを出現させた。
『MAF:戦闘形態起動!エネルギー最大出力だ!』
ビカッと三対の翼が光る。ハインリヒは操縦桿を握って、意気揚々と叫んでいた。
「えぇー!よ、要塞が人型になった!?バカじゃないの!?」
「なんつーモン造っとんのや!あの魔法使いは!その情熱、ちったあ統治の方に使えや!」
二人の誹りもどこ吹く風と、屹立する鋼鉄の巨人は全身に稲妻を迸らせると、弾けるように駆け出して眼前の黒い巨竜へと向かって往った。
鋼鉄の巨人と黒い巨竜が、熾烈なせめぎ合いを始める。
『私は負けるわけにはいかない!なんとしてでも……!なんとしてでも魔王という最強の闇の力を手に入れる!そして勇者という最強の光の力をも手に入れ、私は必ずや魔の究極へと至ってみせる!』
【それが、そんなにも大事かぁ!】
『当たり前だぁ!私がどれだけ、魔法の研鑽に人生を注いできたと思っている!敗北など決して認めぬ!魔王の力は私が手にするべき力だ!お前たちゴミどもが持っていてよい力ではない!』
【思い上がるのもたいがいにしろ!】
当初は、拮抗していたかに見えていた。
しかし次第に鋼鉄の巨人が、黒い巨竜に押され始める。みるみるボディが損壊して、煙を吹いていく。やがて腕が片方折れて、翼もいくらか折り取られた。
『負けて……たまるかああああああああ!!』
最後の輝きとばかりに、鋼鉄の巨人の光が増す。そして飛び出す。
『魔王の魂を……寄越せええええええええ!!』
隕石の衝突のような激震が走るも、巨人はとうとう巨竜に豪快に叩き伏せられてしまった。バラバラとボディが破損し、ばら撒かれていく。
『私は必ず到達するのだ……!魔の究極に……!』
横暴なる爪牙に、蹂躙されていく。
『私は……!究極に……!』
鞭のようにしなった尾が叩き付けられる。胴部が真っ二つに折れる。
『私は……』
とどめとばかりに、真っ黒い爆炎が吹き荒れた。
――――
――
こうして世界の中心、ディリゲンティアでの決戦は俺たちの勝利で幕を閉じた。
マジック・キャッスルも、その下に造られていたMAFも破壊されて使い物にならなくなっていた。だがハインリヒの姿を見つけることはできなかった。既に逃げ出したのだろうとアレクスは言う。けどマジック・キャッスルの残骸が散らばっていた場所から、粉々に砕けたアーティファクトを見つけることができたので、どうやら俺たちの目的は達成されたらしかった。
――七大罪の化身、”怠惰”が復活を果たした。
けれども、俺もクモラも、とても勝利に酔いしれる気持ちにはなれなかった。
太極を解き、くたびれ果てた顔で高台から市街の方へと目を向ける。東の空が白み始め、朝の光が街の様子を克明に映し出す。荒廃し崩れ果てた家々、傷つき倒れ伏す人々……
俺がハインリヒと事を構えなければこうはならなかったのだろうか?
だが奴の統治をいつまでも野放しにしておくのもあり得なかった。俺はいったいどうするべきだった?俺はいったいどうすれば。俺はいったい……
当然、こんな気持ちのままで旅を続けても、後ろ髪を引かれるばかりだろう。
俺たちはしばらくディリゲンティアに留まって、生き残った人々の救助に精を出すことになる。幸い、家屋の修繕や当座の食糧問題には、創造魔法が大きく寄与した。ハンナの回復魔法やアレクスの知識も大活躍だ。しかしすぐにすべての問題が解決できるわけでもない。亡くなった人が帰って来るわけでもない。
こうしてせめてもの罪滅ぼしをしながら、俺たちの旅は実に半月ほどの足止めを食うことになったのである。




