VS.魔法使いハインリヒ②
パチパチパチと、見上げればハインリヒが俺たちに拍手を送っていた。しかし心から称賛しているようには見えない。
「見事だ」
声色もやはり、いまだ余裕に裏打ちされている。
「先ほどの私の言葉を手掛かりに、とっさに魔法の長所を組み合わせることを思いついたか。ゴミ溜めの中でゴミのように生きてきたお前たちに、まさか二度も賛辞を送ることになるとはな。だが素晴らしいものは素晴らしい!」
不思議な拍手だ。その音を聞く度に苛立ちが募る。
「いいだろう!ゴミがここまで頑張ったんだ、お前たちには私の真なる研究成果をお見せしよう」
奴の座った椅子がやや下降する。
そしてハインリヒは、両腕を大きく左右に広げた。右手には赤い炎が、左手には青い水塊が現れる。
「今、私の右手には火魔法が、左手には水魔法が展開されている。どちらもまったく同じ出力だ。この二つを合わせたらどうなると思うかね?」
奴の問いに、俺はぶっきらぼうに答える。
【反属性同士で、同じ出力なんだ。調和して爆発的なエネルギーが生まれる……だろ?】
「その通りだ。お前たちには聞くまでもないことだったな。なにせお前たちが、これまでさんざん利用してきた原理なのだから」
何故だか奴はしたり顔で言っていた。
「十年以上前の魔法学者たちに問えば、口を揃えてこう言っただろう。反属性同士なのだから、同じ出力なら打ち消し合うはずだと。だが実際は違ったのだ。実に魔法学者たちは数百年に渡って大いなる誤解の下で研究をしていたのだよ。今にして思えばまったく馬鹿馬鹿しいことだ」
俺たちは黙って奴の口上を聞いている。
「しかし誤解が続いたのも無理からぬことだ。基本、ひとりで複数属性を扱える魔法使いはなかなかいない。いても大抵は反属性同士は習得できないのだ。例えば火属性が生来の得意属性なら、次に習得できる属性は反属性である水属性以外になることがほとんどだ。故に一個人で反属性同士の結合を実験するというのは難しかった。しかし他人同士の場合、今度は出力を同程度に調整するのが極めて難しいという問題が立ちはだかる。おまけに、反属性同士は打ち消し合うという理解が支配的で、疑問を持つ魔法学者自体が少なかった。だからこそ私が真相を解き明かすまで、この大いなる誤解は続いてきたのだ」
【ハインリヒ!】
思わず俺は、叫んでしまっていた。
【アンタがすごいのはよーく分かった!どうしてそれで満足できない?】
「何?」
【アンタは既に充分、歴史に名を残すほどの魔法使いだろうよ。ひとりで四属性を極めたり、太極の原理を解き明かしたり……どうしてそれで満足できねえ!?これ以上犠牲を払って、魔の究極とやらを目指す意味がどれだけあるってんだ!】
「ふん、お前のような凡夫には分かるまい。人の身でありながら神にも匹敵する存在を目指すこの崇高なる試み!これほどのロマンがこの世の何処にある!」
そう言って、ハインリヒは左右の魔法を合わせ始める。
「話を戻そう、私が太極の原理を発見したのは反属性同士の結合実験からだった。何故反属性同士を合わせることで爆発的なエネルギーが生まれるのか?それは世界自体がそのように成り立っているからだ!古代の文献によれば、万物は陰と陽の二つに大別されるという。要は光と闇だ。地水火風の四元素も、元を辿ればこの二つから生じている。光と闇こそがすべての根源であり、この二つの結びつきによって世界は生まれたのだ!私はこの原理を、文献から引用した言葉で太極と名付けた!」
やがて、合成された赤と青の魔法が、凄まじい力を迸らせた白い光球に変わる。周囲の空気が迫力を帯びて陽炎のように揺らいでいた。
「お前たちは魔族と力を合わせることで、存在自体を太極させてきた。だが私はそれ以前から、魔法学の分野において太極を試行錯誤し研鑽してきたのだ。見るがいい!私が見出した太極魔法の力を!」
ハインリヒは右腕を大きく振って、その白い光球を投擲する。腕力でなく魔力で打ち出されているのか、かなりの速度だった。エネルギーも凄まじく、通った場所の空間が歪んだかのように錯視するほどだった。
幸運なことに、狙いがおろそかだったので俺たちの誰にも命中はしなかった。
しかし全員、驚愕に目を見開く。壁に命中した瞬間に光球は膨張、触れた壁や床がごっそりと、くりぬかれたようにして消えてしまったのだ。たいした爆音もなかったので、物理的に破壊されて吹き飛んだとかではない。これは異常事態だと思った。
「ククク……驚いたかね?今のが火と水を太極させた魔法の力だ」
壁に空いた巨大な穴を見やりながら言っている。
「見て分かるだろう?壁は破壊されたわけではない、消し飛んだのだ!太極によって生まれた絶大なエネルギーは、対象を破壊どころか消滅させてしまうのだ!私はこれを”消滅魔法”と名付けた!」
言いながら、またしても右手に火、左手に水の魔法を発動する。
「破壊でなく消滅なのだ、対象の防御力など一切関係がないということだ!さて、先ほどの一撃はほんの紹介のつもりだった。故に当てるつもりなどさらさらなかったわけだが……次は当てるぞ?」
再び左右の赤と青を合成、生み出した恐るべき白い光球を俺たちに向かって飛ばしてくる。
俺はこのディリゲンティアに来た当初、ダニヤンとはぐれてしまったことを残念に思っていたが、結論から言えば居てもまったく頼りにはならなかっただろう。あの魔法は、もはや耐久力の問題ではないのだ。当たれば一発で、すべてが終わる……!
【ク、クソオオオオオオ……!】
俺は翼を広げ全速力で飛び発つと、傍らのアレクスとハンナを抱え、大急ぎで先ほど空いた壁の穴から外に飛び出した。直後、すぐ近くで壁が消滅する衝撃が走ってきりきり舞いになる。なんとか空中で体勢を立て直して、俺たちはマジック・キャッスルから遠ざかる方向へと飛んで往く。
一人残されたハインリヒは、頬杖を突きながら呟く。
「……全力で逃げに徹したか、賢明だな。だが逃がすと思うなよ?」
彼の座る椅子が上昇して、天井へと向かって行く。最上階に向かっているのだ。
何故自ら動くことを毛嫌いする彼が、最上階でステッドたちの到来を待たず、下の層まで出向きに行ったのか?それはひとえに、最上階には立ち入ってほしくなかったからだ。まず此処には、マジック・キャッスルのエネルギー源ともいえるアーティファクトが存在する。おまけにマジック・キャッスル全体を操作する為の操縦席まで設えてあるのだから、部外者には来てほしくない場所だったのだ。
「さて、こうなれば見せてやるとしようか。このマジック・キャッスルの真の姿をな……!」
浮かぶ椅子から操縦席に移る。ハインリヒは邪悪に笑っていた。
一方、俺たちは空中を死に物狂いで駆け続ける。
アレクスとハンナが俺に抱えられながら声を上げる。
「ステッド!これはアカン、一旦退くで!やはりハインリヒは特別な勝算もなしに事を構えてええ相手やなかった!」
「何よあの魔法!喰らったら百パー即死じゃない!」
【ああ、そうだな……今は退いて、作戦を練り直そう】
おそらく、”破戒”を”闇椿”の要領で拡散する例の方法でも、あの消滅魔法を消すことはできまい。それだけ桁違いのエネルギーだった。打つ手がなく、逃げるしかなかった。
既に陽は没し、空は闇に塗られていた。
けれども月明りと街の灯りで、ずいぶんと無明には程遠い夜だった。眼下で蠢く人々の息吹、脈動、きらめきを俺はこの期に及んで感じていた。
しばらくは風を切る音だけが響いていた。
ところが突然、背後からとんでもない地響きが聞こえてくる。
【うわあ!】
【な、なんだ!?】
驚いているのはなにも俺たちだけではなかった。
下を見れば街の人々が次から次へと家から飛び出して、慌てふためいている。まるで煙を入れた蟻の巣を見ているようだった。
俺たちは空を飛んでいたのですぐには分からなかったが、どうやら地面が凄まじく揺れているらしかった。続々と、家屋が派手な音を立てて倒壊していく。透明な巨人が暴れ回っているかのように、街がめちゃくちゃに壊れながら、やがてマジック・キャッスル周辺の大地が一気に盛り上がった。
「な、なんや!」
「何が起きてるのー!」
振り返れば、驚くべきことに、城が空中に浮き上がっている。
いやそれどころではない!城の下から、独楽のような形状の、途方もなく巨大な黒い建造物が姿を現していた。底部が円錐形で尖っていて、上部は円柱形に近いと言えば分かりやすいか?その形を独楽に例えるなら、地上にあったマジック・キャッスルはちょうど独楽の持ち手の部分に当たる。それだけ城が小さいというより、地下から現れた建造物がとにかく大きかった。金属質で、側面に輪っかのような物が三つほど嵌められている。
【い、いったいなんなんだよ、ありゃ……】
その宙に浮かぶ黒い建造物は、周囲に幾つものサーチライトを照らし始める。おかげで街の様子がよく見えた。ぐちゃぐちゃに壊れた市街、めちゃくちゃに散らばる死骸、惑い怯え泣き喚く人々……街はたちどころに阿鼻叫喚の巷と化していた。
やがて、風魔法の応用か、ハインリヒの声が聞こえて来る。
『ハハハハッ!驚いたかね?逃げられると思ったら大間違いだ!これこそがマジック・キャッスルの真の姿……魔導空中要塞だ!ククク、まあ長いのでMAFとでも略そうか』
「く、空中要塞!?」
「地下になんつーモン造っとんのや!アイツ!」
二人は城の外観はあまり変わっていないと言っていたが、それもそのはず、この十年間の力点は城の改築よりもあの要塞建造の方に向いていたのだろう。
『さあとくと見せてやるぞ!この魔法使いハインリヒの、魔法技術の真価をな!』
【ハインリヒィィ!!】
真下の惨状をまったく意に介さない、奴の言動に怒髪天を衝いた。




