溶けるアイスとわだかまり②
ハンナの後ろ姿を見送った後、俺はと言えば先ほどのアレクスの言葉が引っかかっていた。クモラにとって俺はかけがえのない大切な存在、か……
たしかに、クモラは妙に俺に懐いている。しかしそれは何故だろうか?それは俺が守護者の立場だったから、幼い彼女の代わりに戦う役目を担っていたから……そう、クモラが俺に心を開くのは半ば必然であったとも言える。
が、今ではどうだ?クモラはすっかり成長した。
魔王の力が完全に復活したわけではないが、充分自分だけで戦うこともできるだろう。結局、太極をしなければこの先勝ち抜くことはできないかもしれないが、相方が俺でなきゃいけない道理もない。今のクモラなら自分の脚で、こんな駄目な男以外のパートナーを探しに行くことだってできるだろう。
(ハンナの言ったことはすべて紛うことなき真実……そうだよ、俺は結局自分の力で戦ってきたわけじゃないんだ。魔王の力は本来クモラのものだし、太極だって俺だからこそできる力じゃなかった。俺は取り柄のない駄目な男のまま……そんな俺に、いったいクモラはいつまで寄り添い続けてくれるんだろうか?)
何かの拍子に、急に見限られる日が来るような気がして、心に寒風が吹いた。
一方、ハンナはクモラに追い縋っていた。
とぼとぼと歩き続け、やがて街はずれの高台で(最初に居たのとは別の場所)、廃棄区域を見下ろしながら佇むクモラの姿を見出した。
(……)
振り向きもしないが、何故だかクモラはハンナの到来に気が付いているように感じられた。ハンナは恐る恐る近づきながら、思い切って後ろから声を掛ける。
「あ、クモラ……その、さっきはごめんなさい……」
いつになく、しおらしい声だった。
クモラは背中で聞いている。
「私も言い過ぎたわ。私、自分の男嫌いに甘えて、貴方たちの気持ちに配慮する努力を怠っていたわ」
「……」
「さ、さっきはあんなこと言っちゃったけど、ステッドはなんだかんだいい奴よ。誰かの心に寄り添ってやれる優しさと、土壇場でも逃げ出さずに頑張れる根性を持っていると思うわ。これまでの旅路は……きっと貴方たち二人だったからこそ乗り越えられてきたのよ」
「……」
そこから少し間が空いて、風の音だけが聞こえていた。
ゆっくりと、クモラが振り向き始める。ハンナは身構えるようにして、クモラの表情を窺った。
クモラの顔は、曇りない晴れ渡る笑み。
「えへへ♪そうでしょー♪」
肩透かしに感じるほどに、仲直りは難なく上手くいった。
「さっすがハンナ、分かってるねー」
「あ、う、うん」
クモラはご機嫌で、ハンナの手を取ってぶんぶん振った。
彼女が初めから許すつもりでいたのか、それともハンナの言葉が響いたから機嫌を直したのかは定かでない。クモラは驚くほどに性根が曲がっていないので、おそらく謝罪はなくても引きずりはしなかった。そこにハンナの真心からの謝辞が来たので、クモラは上機嫌になったかもしれなかった。
「わたしね、ステステのこと、すごいと思ってるんだ。廃棄区域は怖い人たちばかりだったけど、その中でもステステは精いっぱいに生きてた。自分も大変なはずなのに、誰かを気遣う気持ちも忘れなかった」
再び、廃棄区域を見やりながら言っている。
「……ウィリアムって人に影響されてたのかもね」
「そうかもねー」
「戻りましょ、クモラ。ステッドの奴、きっと貴女のことを心配してるだろうから」
「うん!」
そうして二人は睦まじく、元の場所へと踵を返していった。
張り詰めた空気はすっかりどこにもなくなっていた。
……ところがステッドのところに戻って来ると、妙に重苦しい雰囲気だった。岩に腰掛けたまま俯きうなだれて、どんよりとした空気を湛えている。
「あれ?ステステどーしたの?元気ないねー」
クモラがとてとて近づいていく。
一方ハンナは、立ち尽くすアレクスに尋ねる。
(ねえ、アイツ何があったのよ?)
(分からん。ステッドの奴、何も言わんしな。やが、なんとなく想像はつく。さっきワイが、クモラにとってステッドはかけがえのない存在やと言ったが、今ではクモラも成長しとるし、いつまでこのままでいられるのかと急にナイーブになってもうたんやないか?)
(はー、面倒くさい野郎ね)
しかし悲観はしていなかった。
間もなく陰の落ちた男の心に、太陽の光が降り注ぐ。
「どーしたのステステ?ぽんぽん痛くなっちゃったの?」
「クモラ……いや、そういうわけじゃねえが」
「ほら、行こ!」
はじける笑顔で、迷いなく手を伸ばす。
その陽光の煌めきのような笑顔が、凍てついた心に暖かな風を吹き込んだ。
彼女の顔を見て、さっきまで憂えていたことが急にバカらしく思えてしまった。
……そうだよ、俺はいったい何を悩んでいたんだろう。疑うこともなく、全幅の信頼を寄せて来るクモラが見限るなんて未来を、どうして思い描いてしまったんだろう。
(なんだかうじうじ考えちまったのがバカみたいだな。結局やることはいつもと変わらない。クモラが俺を頼ってくれる限り、俺は全力でクモラを支え続ける。そして、もしもいつか……もしもいつかクモラが別の誰かを相方に選ぶ時が来たとしても、俺のクモラに対する気持ちは変わらない。俺は俺でやれるだけのことをして、クモラを支えてゆくだけさ)
伸ばされた彼女の手を取る。
吹っ切れたような晴れ渡る顔をして、俺は立ち上がった。
「ああ、出発するとしようぜ!クモラ!」
「うん!ハインリヒをえいやーってやっつけるんだよ!」
「「レッツラ・ゴー!ゴー!」」
二人して、街へ駆け出していく。
アレクスとハンナも、やれやれといった面持ちで苦笑しながらその後を追った。




