溶けるアイスとわだかまり①
さて、気持ちの整理を済ませた俺たちは、ハインリヒの待つマジック・キャッスルを目指して市街の中心部に向かおうとする。ところがその道中で、なにやら気になる店を見つけた。通りに向けてカウンターが露出しているタイプで、傍らに雪の結晶のようなマークの付いた立て看板がある。看板にはこうあった。
『冷たくって甘い!美味しいジェラートはいかが?』
興味を引かれた俺たちは足を止め、店をしげしげと眺めている。
「ねーステステ、なにこれ?お菓子?」
「あーかもな、けど見慣れない食べ物だな」
「直感でビビーンと来たで。多分これ氷魔法を応用して作った、冷たい菓子やろ。雪の結晶のマーク付いとるしな」
「なるほどね。さすがは魔法都市だわ」
つ、冷たい?雪のように冷たい菓子ってことか?
そんなものが……
「雪みたいなお菓子なの!?食べたい!食べたーい!」
「そうだな、ちょっと寄ってみようか」
「ハインリヒとの戦いが控えているってのに……まったく暢気なものね」
「まあええんやないか?むしろ道草食いまくって待ちぼうけさせた方が虚を突けるかもしれんで」
「いや、アンタじゃないんだからそりゃないでしょ。まあ私も食べてみたいから別にいいわよ」
こうして俺たちは、このジェラートなるものを食べてみることにした。
店の売り子さんが「いらっしゃいませー」と笑顔で出迎える。見ればガラス製のケース内に均等に四角い穴が配置されており、その中に色とりどりの雪が収められているようだった。
ケースにはどれが何味といった説明書きの札が貼ってある。味は十種類以上あった。
一同、しばし考え込む。そして各々気になった味の注文を始めた。
「わたしはバニラミルクがいいな!」
「俺はピスタチオで!」
「ワイはモカコーヒーや」
「ハニーレモンっていうのでお願い」
注文を受けた売り子さんが、丁寧にジェラートを掬いあげると、小麦生地を軽く焼き上げた円錐形の容器に乗せていく(コーンというらしい)。そして俺たちの手にジェラートが手渡された。それとアレクスとハンナがそれぞれ追加で一つずつ注文する。おそらく相方の分だ。魔族(それも七大罪の化身)が街中でいきなり姿を現すわけにもいかないので、好みは聞かずに勝手に決めているようだった。
代金の支払いを終えると、俺たちは人気の無い街はずれまでやって来る。さきほどの店からそれほど離れておらず、いいかんじに木陰や岩の在る場所だった。ちょうどいい。
俺たちは岩に腰掛けると、さっそくジェラートという未知の甘味に舌鼓を打ち始める。
「わー♪本当に冷たくって甘ーい♪」
「うわっ、美味いなあこれ!」
「ええな、病みつきになりそうやわ」
「思わず頬が緩んじゃうわねー」
爽やかな冷気と快い甘さが、疲れた肉体にじんわりと染み渡るようだった。
やがてアレクスとハンナは、自分の相方を呼び出す。黒い亀かアルマジロのような怪物と、バイオレットの髪に角と翼を生やした妖艶な美女が姿を現した。
「おうグーラ、これはお前さんの分や。チョコレート味やで、好きやったろ?」
「ああ、ありがとよアレクス。オラの分まで買ってくれただか」
ジェラートを受け取ると、舌先でちろちろと舐め始める。体格が大きいので手に持つというより摘まんでいるようなかんじになっている。
「ひゃー、ひゃっこくて美味えなあ、これ!」
「段々食欲戻って来たやんけ。ええことやで」
ジェラートを気に入った様子のグーラを見て、アレクスは穏やかに笑っていた。
傍らではハンナがルッスリアに、彼女の為に買ったジェラートを渡している。
「はいルッスリア、これアンタの分よ。勝手にフランボワーズにしちゃったけど、別にいいわよね?」
「ありがとーハンナ♪わたくし木苺大好きよ」
「そ、ならよかったわ」
にこやかにジェラートを食べるルッスリアを見て、ハンナもまた満更でもなさそうにしていた。ルッスリアは相変わらずシスター服を着続けているので、同じ出で立ちで並ぶ二人はまるで姉妹のようにも見えた。
(なんだか平和だな……とっても)
これから最難関かもしれない戦いが待ち受けているというのに、不思議とリラックスしてしまっていた。いや、変に気負うよりは全然マシなはずだ。このままでいけば、ともすればハインリヒとの戦いも制してしまえるのではないかと……そんな風に楽観的な夢想をしたりもした。
ところがこのジェラートイベントは、このままでは終わらずにちょっとした波乱を呼ぶことになる。
俺は自分の分を食べ終えると、何気なくクモラの方を見る。そしてぎょっとした。クモラの奴、溶けたジェラートが滴り落ちてしまったのか、着ていた服をバサバサとはためかせていたのだ。
「わー、垂れちゃってるー!」
「……!」
ク、クモラさん!女の子がそんな、はしたない!お胸が見えてしまっておりますぞ!
しかしクモラの奴、本当に成長したな……当然子供の時はぺったんこだったが、今ではささやかな膨らみが確認できる。っといかん、クモラに変な気を起こさないようにしないと……自分がどういう奴か分かっているからこそ、自分が一番信用できない。
だが俺の努力も虚しく、クモラは視線に気づいたのか、じっと見返した後で驚きの行動に出る。なんと自ら服を捲り上げて、俺に見せつけるようにしてきたのだ!
「……触る?」
「ほにゃあああ!」
ク、クモラさん!そんないけません!服をまくって、男を誘うなんて!まったくどこでそんなこと覚えたんですか!
とは言っても抗い切れないのが悲しい男の性。視線を背けながらも、ちらちらと視界に入れようとしてしまう。パティエンティアを発つ前にハンナが選んだ可愛らしい下着が目に映った。
「クモラさん!なにしてはるんですか!」
やべ、アレクスの口調が移った。いやちょっと違うな。
一方クモラは俺の混乱など構わず、無邪気にお色気攻撃を畳み掛けて来る。
「だってステステ、おっぱい好きでしょ?」
「いや、好きだけども!好きだけども!」
「じゃあ、触っていいよ!」
にっこりと、屈託のない笑顔で言うのである。
このままではいけないと、俺は鉄の自制心を発揮し始める。
「あ、あまいぜクモラさん……!何を隠そう俺はおっぱい星の帝王だぜ?そ、そんな慎ましやかな胸で俺を篭絡しようだなんて、お、俺も舐められたモンだぜ、まったく……!」
自分でもワケの分からないことを口走っているのは自覚している。でも頭がヒートしていてロクに言葉が浮かばなかった。うう、本音を言えばとびついてしまいたい……でもクモラは子供の姿の時に出逢っているからか、感覚的には年の離れた妹に近いんだよな、手を出したら負けな気がする。
いや、手など出せるはずがなかった。傍らから凄まじい殺気を感じる。どこが発生源かはみなさんお分かりですよね?うん、手出したら殺されるわ、これ。
俺が一向に靡かないことに業を煮やしたか、クモラは「むー!」と唸りながら殺気の発生源の方へと駆け寄っていく。
「ねえハンナ!おっぱいってどうしたら大きくなるの?」
「はあっ!?」
驚きと苛立ちが入り混じったような声であった。
「あのねクモラ、胸なんか大きくしたっていいことないわよ?オスどもの汚れた視線に晒される機会が増えるだけなのに」
「だってー!ステステに喜んでもらいたいよー!」
「それともう少し慎みを持ちなさい。アンタももう子供じゃないんだから」
「誰にでもこんなことするわけじゃないよー!ステステだからいいの!」
「……そもそもクモラ、前々から思っていたんだけど、この男のどこがそんなにいいわけ?」
嘆息交じりに俺を一瞥する。そしてハンナは水を得た魚のように、罵詈雑言のバーゲンセールを開始した。
「ブッサイクだし、スケベだし、半分魔族だし、弱っちいし、腰抜けだし、教養も甲斐性もないし……おまけにスケベだし……極めつけにはスケベだわ。ここまでどうしようもない男、世界広しと言えどもなかなかお目にかかれないわよ」
く、このクソ女……!なにもそこまで言わんくても……
あとスケベ言いすぎだろ!
ハンナにしてみれば、いつも通りに罵ったつもりかもしれなかった。
けれどもハンナの罵倒を聞いた後、クモラは目に涙を浮かべ始めた。いよいよ深刻な空気になっていることに気づかされる。
「どーして、そんなこと言うの……?」
俯いて、体を震わせながら言っていた。
「ハンナの馬鹿ーー!」
クモラはそう叫ぶと、ダッと遠くへ走り去ってしまった。
残された俺たちはしばらく呆気にとられていた。空気に耐えかねた俺が「あ、あのー、ハンナ……」と声を掛けると、「ああっ!?」と尻尾を踏まれた犬のような形相で睨み付けて来る。そして吠えたてる。
「私がなにか間違ったことでも言ったか!?さっきの私の発言に、事実と食い違っていることが一つとしてあったか!?おう、あるなら言ってみろや!」
「い、いえ!滅相もございません!」
こ、怖え……このモードのハンナも久しぶりだな。
ってかコイツ、よくこれで神官になれたよな。ウィリアムさんと同じ神職だとはとても思えん。
しかしそう、悲しいことに、先ほどのハンナの罵倒に嘘偽りは一切混じっていないのだ。だって全部ホントのことだし。うう、なんだか泣きたくなってきたぞ……
俺が閉口していると、代わりにアレクスが歩み寄って口を出してくる。
「……せやな、確かにさっきのハンナの言葉に嘘偽りはないわ」
ア、アレクス!お前まで!うう、もう本当に泣いちゃおうかな……
ところがアレクスの声色が変わる。
「やが、そもそも人は真実のみに生きとるワケやない。それは神官であるハンナの方がよく分かっとるはずや」
「そ、それは……」
「実態はどうあれ、クモラにとってステッドはかけがえのない大切な存在なんや。それを考え無しに侮辱しおって。おどれ、事態の重さが分かっとるんか?このまま気持ちにひびが入った状態じゃ勝てるモンも勝てんくなるわ」
「……」
「悪いことは言わん、クモラにちゃんと謝ってくるんや」
「……そうね」
ハンナは消沈した面持ちで、とぼとぼとクモラの消えた方向に歩き始める。その様子に見かねたアレクスが、今度はいつも通りの明るい声色で言う。
「なーに心配要らん!クモラはワイらと違ってアホやないんや、ちゃんと話せば分かってくれるはずやで」
「そう……ね」
いつになく元気の無い声で背中越しに答えながら、やがてハンナの姿も遠景に溶けて消えていった。




