廃教会で
俺たちが転送されたのは街はずれの少し高台となっている辺りだったので、まず外周部を下りながら街中を目指していく。その道中で嫌でも視界に入るものがあった。
「下に広がっているのが……きっとそうよね」
「せやな、話に聞いていた通りや」
「ステステ、私たちがこの前まで居た場所だよ」
「ああ……なんだかもう懐かしいな」
俺たちが見下ろしていたのはディリゲンティアの中心街を取り巻くエリア――通称”廃棄区域”と呼ばれる領域だった。中心街は一層高い場所に広がっていて、そこから下層に位置する廃棄区域に大量のゴミを投棄していた。問題はそのゴミに人間も含まれていることである。
少し立ち止まって、中心街の縁にあたるこの場所から廃棄区域を眺める。目に映るのはうず高いゴミの山、それを奪い合う人々。飢えや病、怪我で息絶えた者の亡骸もそこかしこに転がっている。相変わらずの風景だった。
「ひどい有様ね」
「文字通りのゴミ捨て場やな……人間も含めた、な」
さすがの二人も複雑そうな表情だった。
「まあ、あの魔法使いは昔から優生的な思想の持主やった。天才ひとりの命の価値は、凡人千人の命の価値にも勝るだのなんだの言ってな」
「その思想が極まった統治ということね」
それから俺たちは、しばらく何を言うでもなく、ぼんやりと真下のゴミ捨て場の様子を眺め続けていた。よく見れば俺たち以外にも廃棄区域を見物している人たちがいる。しかし彼らの目に憐みの情は無い。あるのは愉悦、そして優越感だけであった。下に落とされるような人間は、ゴミとなることで初めて社会的価値が見出されるのかもしれなかった。
(俺が……俺がハインリヒの奴を倒せばこんな統治も終わらせられるんだよな……)
そう思うといっそう、使命感が闘志という名の炎をくべる。たとえ相手が強敵だと分かっていても。
「……」
廃棄区域を見ていて、或る場所を思い出した。
俺はみんなの方に向き直って、話を切り出す。
「みんな、ちょっと寄りたい場所があるんだが、いいか?」
「かまへんが、いったい何処に行く気や?」
「…………俺がこれまで過ごしていた場所さ」
そう言って、俺は先頭を切って歩き始める。階段を降りて街中にまで出る。
見知った街なので足取りに迷いはなかった。
少し歩いたところで足を止める。辿り着いたのは街の東の片隅に在る小さな教会。既に廃教会だった。人の姿はどこにもなく、蔦が繁茂し始めている。『取り壊し予定につき立ち入り禁止』の立て札があった。
「此処が、ステステがずっと隠れていたっていう教会?」
「ああ、そうだよ」
随分しんみりとした声音になっていた。
「たしか、アレクスとハンナにも話していたよな?俺とクモラは廃棄区域の森で出逢ったんだが、俺は廃棄区域に落ちる前はずっとこの教会に隠れ潜んでいた」
「……聞いたわね」
「魔王が討伐された後、勇者から魔族殲滅命令が下されて、魔族との混血だった俺はウィリアムっていう親切な神父さんに匿われていたんだ。親父の友人だった人でな、魔族だった母ちゃんにも良くしてくれた人だったよ」
少し、声がくぐもった。しばらく経ってから言葉を続ける。
「両親が殺されて、俺だけはなんとか逃げ延びることができたけど、この教会の屋根裏部屋から出られない日々が続いた。薄暗い部屋の中で、窓の隙間から変わり映えのしない景色を眺め続けるだけの毎日……けどそんな日々にも終わりが訪れた。ウィリアムさんが俺を匿っていることがハインリヒの手の者にばれてしまったんだ」
「……それで、廃棄区域に逃げてきたんだよね?」
「ああ、ウィリアムさんが決死の覚悟で俺を逃がしてくれた。俺はゴミの中に隠れて追手をやり過ごし、投棄されるゴミと共に廃棄区域へと落ちていったのさ」
「……すまんなぁ、ステッド。ワイにはあんさんに掛けるべき言葉が分からへん」
三人はただ押し黙って、もはやもぬけの殻となった教会を見つめ続ける。
俺はと言えば、ただ目を閉じて在りし日を想い起こしていた。
目に浮かぶのは、かつて優しい言葉を掛けてくれたウィリアムさんの姿。
――ステッド君、僕はこの世に無駄なものなんて一つもないと思っている。魔族も人間も、どちらもかけがえのない命さ。その双方から祝福されて生まれた君の命には、とても大きくて深い意味があるはずなんだ。大丈夫、心配要らないよ、君のことは僕が守ってみせるからね。
思わず涙腺が緩む。震えた声で独り言ちた。
「ウィリアムさん……」
俺は生きている。まだ生きているよ。そして使命を果たす。
ハインリヒを倒して、ゆくゆくは勇者を倒して……誰しもが笑って暮らせる世界に変えてみせるよ。




