荒野との別れ
四つ目のアーティファクトを破壊した俺たちは、一週間休んで体力が回復したこともあって、パティエンティアの地を離れようとしていた。いよいよお別れの時である。
五の村の街はずれに、俺とクモラ、そしてアレクスとハンナの四人が居る。
そして俺たちを見送るべくシーナが此処まで付いて来てくれていた。幼い二人の弟と一人の妹を伴って。
「ステッドさん、それにみなさん……本当にありがとうございました!どうかお気を付けて!」
深々と頭を下げる。弟たちもそれに続いた。
「いいってことよ。シーナたちも達者でな」
「はい……あの、ステッドさん、私実は踊り子を続けようと思っているんです」
頭を上げながらそう言った。
「私の踊りは拙いですけれど……それでも踊ることは好きなんです。いっぱい練習して、いつかみんなを愉しませられるようなスゴイ踊り子になってみせます」
「そ、そうか!頑張ってくれ!シーナならきっとできるさ!」
「はい……!で、ですから、その……ま、また、見に来ていただけますか……?」
「ああ、もちろん!絶対見に行くからなー!」
何度も頭を下げながら、シーナたちは遠ざかっていった。
去り際に弟たちが手を振り、声を上げる。
「ボクたちも簡単なおしごとして、姉ちゃんを助けるよー!」
「売り子さんとかー、おくつを磨いたりー」
「だから心配しないでねー!」
俺は手を振り返しながら、「ああ!頼りにしてるぜー!」と返した。たくましい弟妹だ、彼らならきっと大丈夫だろう。やがてシーナたちの姿は見えなくなった。
「しかしあのシーナって娘、ずいぶんとステッドに心を開いとるな」
「ホントね、こんな醜男のどこがいいんだか」
「うーん……」
貶すハンナの傍らで、クモラはなにやら考えごとをしていた。
それにしてもクモラの奴、ずいぶんと急成長したものだ。俺は改めて、まじまじと彼女の姿を見る。
十歳程度の幼女だったのが、十代半ばほどにまで急成長を遂げていた。背丈も手足も伸び、それに比例して髪も長くなった。そのままではうっとうしいので、今はそのクリーム色の髪をポニーテールにまとめている。
服もそのままではあまりに不釣り合いなので新調してある。スカートではなく、ホットパンツスタイルの動きやすい旅装束にちょっとしたマントを身に付けていた。魔王というより勇者をイメージさせる出で立ちだった。
俺が見つめていることにも気づかないまま、クモラは目を閉じて考え込んでいたが、或る時「あっ!」と叫んで俺の方を見返した。
「わかったー!ステステ、あのシーナって子とエッチなことしたんでしょー!」
「「「……っ!!!」」」
俺もハンナもアレクスも、三人して驚く。
「どーりで隣のお部屋が騒がしいと思ったよ!まったくもー!ステステはしょうがないなー、すぐに女の子に手を出すんだから……」
腕を組んでぷりぷり怒っている。いやフリだけだ。なんか言ってみたから言っているという感じで、本気で怒っている様子ではなかった。
いやそんなことはどうでもいい!俺たちの驚きのポイントはそこじゃない。
なんてこった、クモラさんが性知識を身に付けていらっしゃる……!ついこの前まではご飯やお菓子のことばかり口にしていた子供が……!
(ど、どーいうことだよ、アレクス?肉体が成長したから、精神年齢も上がったってことか?)
(そういうことになるやろなあ……いや、正直肉体が急成長したのも意味が分からんけどな。肉体が成長するにしたがって魔力が増えるというのはありふれたことやが、その逆は初めて見るで)
ヒソヒソ話をする俺とアレクス。
まあ状況を見るに、魔王の力が戻ってきているから肉体も成長したってことなんだろう。さすがは魔王の力……って、そんなことよりも問題点は他にある!
クモラが性知識を身に付けたということは、今後俺とアレクスがいかがわしいお店に行ったら、ハンナだけでなくクモラにまで蔑んだ目で見られかねないということだ。うう、どうしよう……
(困ったことになったなあ、ステッド。次ええかんじの店を見つけても軽はずみに利用できんで。下手したらクモラにまで軽蔑されかねんからな)
アレクスが俺の心を読んだように言ってくる。すっかりコイツとは魂レベルでシンクロするようになっちまったな。
(……まあ、行くんですけどね)
(それでこそあんさんや。ワイはどこまでも付いていくで)
クモラが性知識を得たことにより、男二人の結束が強まった。
さて、シーナとの別れも済まし、俺たちはいよいよ街の外に出る。
荒野の風に吹かれながら、次に向かう先を考える。
「それでみんな、次の目的地はどうしようか?」
「せやなあ……残りのアーティファクトは三つ。キアラのおるグラティアスか、ラヴィアンのおるヒュミリタスか、ハインリヒのおるディリゲンティアか」
「でも現状ヒュミリタスは地理的に直接行けないから、グラティアスかディリゲンティアの二択になるわよね」
ここで地理のおさらい。
俺たちは今、世界の南西パティエンティアに居る。
そしてディリゲンティアは世界の中心に位置しており、グラティアスは北西、ヒュミリタスは北に存在する。
「ヒュミリタスは西回りにグラティアスを経由するか、東回りに希望霊山を経由するか、或いは世界の中心部であるディリゲンティア台地を突っ切るかしないと行けないからな……たしかにヒュミリタスは候補から外れるわな」
まだ攻略していない二箇所か、勇者の直轄地を通らないといけないわけだ。すぐには行けそうにない場所だ。真っ先に向かう理由もとくにない。
「で、グラティアスとディリゲンティアだとどっちがいいんだ?」
「うーん、悩ましいなあ……グラティアスに行くにはまず死の大地を踏破せなあかんからな」
死の大地――世界の西に広がる闇の力に満ちた不毛な砂漠。
かつて魔王が現れた場所で、魔王城が聳え立つ土地。人は暮らしていないが今でも魔物がはびこっている危険地帯。
「魔王を倒したあと、魔族も魔物も勇者が大粛清したが、あれから十年経っとるからなあ……生き残った魔物が大量に増殖しとる状況やと思う。あそこは人が暮らしとらん場所やさかい、今までずっと放置状態やったからな」
「それに闇の力が深い土地だし、危険な魔物が多いのよね。暴君竜だって元々はそこに居た魔物だったわけだし」
なるほど、そんな場所を無理に突っ切ろうものなら、グラティアスに着く頃には既に消耗してしまっている可能性が高そうだ。
「一方ディリゲンティアは高所やが、現状ワイらには飛行手段があるさかい、行くのは簡単なんや。行くのはな……」
アレクスが意味深に言葉を区切る。
「行ってもハインリヒに勝つのが難しい……ってことか?」
「そういうことやな。勇者パーティ三強の中で最強は誰か?そう問われたら、多くの者がハインリヒの名を挙げるやろう。アイツは世界的な魔法学者にして、世界トップクラスの魔法使いやからな」
「バカみたいに魔力高いし、気持ち悪いくらいに色んな魔法を使いこなすのよね。だいたいアイツ、四属性ぜんぶ極めてるし」
「し、四属性ぜんぶ!?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
世の中にはまったく魔法を使いこなせない人だっているのに、ひとりで火、水、風、土の四種を使いこなせるってことか!?
「たいていの者は魔法をひとつの属性までしか極められん。生来得意な属性がひとつはあるはずやが、そうでない属性までマスターするとなると並外れた努力か凡人離れしたセンスが必要になる。ハインリヒの奴はどちらもあったわけやな」
「それにアイツは四属性だけに飽き足らず、光と闇の力も極めようとしていたわ。太極の原理を解明したのだってアイツだし。研鑽を怠らない貪欲な天才なのよ」
聞けば聞くほど脅威ばかりが増長していく。
アレクスが、ハインリヒは勇者アルバートの次ぐらいに厄介な相手だと言っていたのを思い出した。
「じゃあ逆に、キアラって奴は倒すことは難しくないのか?」
「そうやな、アイツのジョブは”スーパースター”。支援と妨害に特化した能力やから、本人の戦闘力はさほど高いモンでもないで」
「行くのは難しいけど倒すのは簡単なキアラと、行くのは簡単だけど倒すのが難しいハインリヒの二択ってことになるわね」
すぐには結論が出せず、俺たちは突っ立ったまま考え込み始める。
「じゃー、ダニヤンに手伝ってもらえばいいんじゃない?」
クモラがぽつりと言った。
「ま、まあ確かに……あのアホ戦士が手伝ってくれたら、ハインリヒ戦の勝率も死の大地の踏破率も、ぐっと撥ね上がるが」
「でもアイツは勇者パーティいち制御の効かない男よ?連れていくデメリットの方が大きいと思うんだけど」
「えー、でも私とステステの頼みは聞いてくれるって言ってたよ?」
「ダメよクモラ、アイツの言うこと鵜呑みにしちゃ!ラヴィアンから聞いた話だと、アイツ勇者にも同じこと言ってるのよ。けど結局、十年前の旅路でアイツの勝手な行動にどれだけ振り回されたことか……」
「アルバートの奴、何回かブチぎれとったからな。襲われている人を放置して、とくに誰も襲っていない強そうな魔物に向かって行ったりとかしてたしな」
たしかに、実際に相対峙して分かったが、制御できそうな男には見えなかった。パティエンティアの統治だって、勇者の指示ガン無視で好き勝手していたわけだし。
「そもそもアイツ、今どこにいるんだよ?俺たちを運んでくれたっきり姿を見せないが……」
「うーんとね、あっちの方に気配を感じるよ?」
俺の問いに、クモラが荒野の只中を指差しながら答える。
魔王の力が戻って来たことで、感覚も鋭敏になっているのだろうか?
脚を向けてみると、激しい衝突音が聞こえて来る。見れば土埃を上げながら、新調した紅い鎧姿で槍を担いだダニヤンと、なにやら見慣れない大男が死闘を繰り広げていた。その大男というのは、鬼のような筋骨隆々の外見で、褐色の鎧を身に纏い黄土色の固い髪をしていた。
「うーわ、アレはイーラやな……」
「秒で状況が分かったわ。コイツら、ここでずっと戦い続けてやがったわね……」
アレクスとハンナがドン引きしながら言う。
「あ、あの鬼みてえなのが、憤怒の化身イーラだってのか?」
「せやで。アイツはなー、常に激怒状態やから暴れないと落ち着かないっちゅう傍迷惑な存在なんや」
「四六時中暴れ続けている奴と三度の飯より戦うことが大好きな戦士の組み合わせだったら、必然的にこうなるわよね」
え?ちょっと待って。
もしもダニヤンを旅に同行させる場合、毎日のようにこんな光景を見る羽目になんのか?たしかにそれは、メリットよりもデメリットの方が大きいような……
やがてダニヤンの槍の一撃が、イーラを大きく吹き飛ばす。
「グアアッ!」
「ガハハッ!どうした、その程度か!そんなことでは俺を打ち倒すなど夢のまた夢だぞ!」
ダニヤンが槍を下ろす。
イーラは悔し気に歯噛みしながら起き上がる。
「ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!ふざけやがってー!今に見ていろ!いつか寝首を搔いてやるからなぁ!」
大声で捨て台詞を吐きながら、イーラの姿はかき消えていった。
「ふう……いい汗かいた!」
「いい汗かいた……じゃないわ!アホか!」
アレクスが近づきつつ、悪態を吐く。
「おお、誰かと思えばお前たちか。いやなに、あのイーラという魔族が何故だか俺の体に入り込んでいたみたいでな、急に寝込みを襲われたのだ。そこからはずっと血沸き肉躍る死闘に身をやつしていたというわけだ」
やはりコイツは神経がおかしい。すげえ楽しそうに笑いながら言ってるからな。
アレクスがダニヤンに事情を共有する。
「あー、実はカクカクシカジカでな」
「ほうほうなるほど、消耗したエネルギー回復のために俺の中に居るのか。それは好都合だな!もっと手強くなってくれた方が俺としても嬉しいものだ!」
「いつ寝首を掻かれるか分からない状況で笑っていられるのは、世界中を探してもアンタぐらいだと思うわ」
「何を言うか!常に瀬戸際にあるというこの感覚、このスリルの良さが何故分からんのだ!?」
こんな戦闘狂を旅に勧誘することに一抹の不安を覚えながらも、俺は声を掛ける。
「それでダニヤン、俺たちはそろそろ次の場所に向かおうと思うんだが……お前も来るか?」
「む?何処へ向かうというのだ?」
「今んとこ死の大地を突っ切ってキアラのおるグラティアスに行くか、それともハインリヒのおるディリゲンティアまで行くかの二択やな」
「ほうほう!楽しそうではないか!是非とも同行させてくれ!」
「い、言っとくけどアンタ、同行するからにはちゃんと他人の指示を聞きなさいよ!勝手な行動は許さないからね!」
「あい分かった!善処しよう!」
うーん、なんだろう、めちゃくちゃ信用できないな。一抹どころではない不安がよぎる。そもそも善処としか言ってないし……
さて、俺たちが不安要素ありまくりの戦力を得て、改めて目的地を考えようとしていた時のことだ。何やら不可思議な声を聞いた。宙に響く男の声だった。
『ほう、我が領地に向かわれる予定かね?』
俺たちは一斉に空を見上げる。見れば蝙蝠のようなロボットが翼をはためかせて浮かんでいた。ロボットとすぐに分かったのは、見た目が本物の蝙蝠とはだいぶ違うからだ。黒い球体のようなボディにレンズのようなものが付いており、ボディの両側から翼が生えている。声はこのロボットから聞こえているようだった。
俺とクモラには声の主が誰だか分からなかったが、元勇者パーティの三人はすぐに分かったようだ。アレクスが焦燥に顔を彩りながら叫ぶ。
「そ、その声は……!ハインリヒ……!」




