おたのしみ――withシーナ
あれから一週間が過ぎた。今回はリベラリタスの時のように、勇者に遭遇してしまうような騒動も無かったので、俺たち一行は解放されたパティエンティアにしばらく滞在していた。
というか、俺とクモラはあまりの疲労にまともに動けない状態だったので、否が応でも休養を余儀なくされていた。五の村までダニヤンに運んでもらって宿屋の二階をまるごと貸し切ると、俺たちはそこに一週間ほど滞在することになった。
そして、アレクスとハンナはちょくちょく街に繰り出していたようだったが、俺とクモラは数日間寝たきりだったというわけさ。
解放後、パティエンティアがどうなったかについてはアレクスが教えてくれた。
やはり不毛な荒野の広がる土地だ。この五の村のように、オアシスとなっている場所こそ幾つかあるものの、かなりの人数が解放されたテンペランティア、キャスティタス、リベラリタス方面への移住を考えているそうだ。最も近いテンペランティアに向けて旅立ちの準備を進めている者が多いという。
だが長年暮らした土地に愛着を感じ、荒野に留まる選択をする者も少なくない。大きな湖に面した五の村はパティエンティアの中心街として更に人で賑わっていく見込みである。暴君竜は退治され、増えすぎた魔物への対応も解放された他国の協力を得て進められる想定なので、かつてのようにバラバラの村に分かれて移動生活をするメリットも薄いのだ。
以上が、アーティファクト破壊後の簡単なあらまし。
――そしてパティエンティアで過ごす最後の夜、俺は素敵な経験をすることになる。
夜も更けた頃、俺の寝室がノックされる(クモラとは別室だ)。
俺はベッドから起き上がって扉を開く。決着から一週間が経ち疲労もすっかり消えており、この日は昼間街を散策するほどだったので何の苦痛もなく動けた。
開いた扉の先には、申し訳なさそうな顔で佇むシーナの姿があった。
「あ……ス、ステッドさん!その、すみません、こんな夜分遅くに押しかけてしまいまして……」
「いや、それはかまわねえが、いったいどうしたんだ?何かあったのか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……その、少しお話させて頂けませんか?」
立ち話もナンなので、俺は寝室へと彼女を招き入れる。二人並んでベッドの上に腰を下ろす。互いの肩が触れ合いそうなほどに近かった。机上のランプが薄ぼんやりと辺りを照らしている。
しばらく静寂が通り過ぎた。
或る時、シーナが口を開く。
「ステッドさん、改めてありがとうございます。あのドラゴンを退治して頂いて……これで父も母も浮かばれます。このパティエンティアの住民も恐怖に怯えずに暮らしていくことができます」
彼女が改めてと言ったのは、既に数日前にも部屋を訪れており、その際に礼を述べていたからだ。その後も何度か部屋にやって来ては簡単な身の回りの世話をしてくれた。しかし夜に来るのは今日が初めてだった。
「……ステッドさんって、やっぱりすごい方だったんですね」
「いや、そんなに褒められるような存在じゃねえよ、俺は」
暗闇を見つめながらしんみりと言った。
「本当にもうダメかと思ったんだ。情けないことに涙を流して、腰を抜かして、恐怖のあまり逃げ出そうとしちまった。クモラにハンナにアレクス、仲間が居なければ乗り越えることはできなかったと思う。俺はやっぱり一人じゃ何もできない、しょうもない野郎なのさ」
「そんなことはないと思います」
普段おどおどと話すシーナが、この時だけは澱みなく言っていた。
「ステッドさんが素敵な方だから……貴方のために頑張りたいと思うから、みんな支えて下さるんだと私は思います。それは結局ステッドさんの人徳ということです」
「そ、そうかな……?」
「はい!」
熱弁するあまり、彼女は気付かない内に俺の手を握ってしまっていた。ようやく気が付くと、顔を赤らめて、「す、すみません……」と言いながら手を放す。
またしても沈黙が訪れるが、シーナはまごまごしながら何事かを呟き始めた。薄暗くてよく分からなかったが、心なしか顔が先ほどよりも一層紅く上気していたような気がする。
「そ、それで……こんな夜分遅くに押しかけた理由なんですが……」
「お、おう」
「明日の朝には、旅立たれてしまうんですよね?」
「ああ、そのつもりだよ」
既にシーナには伝えていることだった。
明朝には次なるアーティファクトを目指して、別の土地へと向かうつもりだ。どこに向かうのかという具体的な話こそまだしていなかったが、それについては明朝に皆と話し合う予定である。
「で、ですから、その……お別れになってしまう前に、なにかお礼をしたいと思っておりまして……」
「お礼?いや、気にしなくってもいいんだぜ。俺が動けないでいる時も充分世話になったし」
「い、いえ!それは当然のことをしたまでですので!」
彼女はそう言うが、俺は彼女の経済事情を知っている。小さな弟が二人と妹が一人で、その日の食事にも困る有り様だ。最初に出逢った時に渡した金銭以外にも、俺は彼女にお金を融通していたので(無論アレクスに頼み込んで)、しばらくの生活は大丈夫だとは思うがそれでも負担をさせたくはなかった。
しかし俺の心配はとんだ見当違いで、彼女はハナから金のかかる礼は考えていなかった。次のように言う。
「で、でも、お礼をしたいのはやまやまなのですが、私はしがない貧乏踊り子です。ステッドさんにお礼として差し上げられる物がありません」
「そんな、気にすることは……」
「で、ですから、その……」
ここでシーナは、一層もじもじとし始める。
そして俺はどうにもデジャビュを感じていた。暗い室内、二人きりの男女、はにかんだ紅い顔……そうだ!あれはテンペランティアでマルグリットさんと過ごしたあの夜の……!
俺が思い出すや否や、あの夜と同じ言葉がやって来る。
「ぶ、不躾で申し訳ないですが、ス、ステッドさんって……その、好色な方ですよね?」
「ふぇっ!?」
マルグリットさんとまったく同じ言葉に、思わず声を上げて驚いてしまった。
た、たしかにわたくしめは、誰の目から見てもまったく疑いようのない変態野郎ではございますが……
「こ、好色って」
「私思い出したんです……ステッドさん、私が辞めさせられる前にシェヘラザード座にいらしていましたよね?お、踊り子たちの体を舐め回すように、熱心に見ていらしたので……」
「……」
かぶりつきをした挙句つまみ出されたアレクスばかり目立っていたが、あの時はどうやら俺も相当変態的な目で踊りを鑑賞していたらしい。
しょ、しょうがねえさ!みんな美人揃いだったんだからな!
「あ、あれは、その、すみません……」
「い、いえ!責めているわけではないんです!ただ思ったんです、なんにもない私ですけど、共に夜を過ごすことでステッドさんに喜んで頂けるんじゃないかと……その、自意識過剰かもしれないですけど!私って貧相で、ちんちくりんですし」
「とんでもねえ!シーナはとても魅力的な女性だと思うぜ。可愛らしくて、それでいて芯の強さもあって、俺みたいなダメ野郎とは大違いだよ」
「そ、そんなことは……ステッドさんだって、素敵な人です」
ぽつりと言った。少し間を置いて、言葉を続ける。
「それでステッドさん……わ、私のお礼を受け取っては頂けないでしょうか?」
「……そ、それは、シーナに色々けしからんことをしてもよいと、そういうことでございましょうか?」
「はい……ステッドさんのお好きになさってください」
そう言って、シーナは衣服をはだけ始めた。
煽情的な彼女の肌と上気した紅い頬が、とても蠱惑的だった。途端に、彼女の香りを強く感じた。
「いいのかよ?俺はとんだスケベ野郎だぜ?うっかり体を許したら、後悔することになるかも……」
「かまいません。私が望んで言っていることなのですから」
「マ、マジでいいのか!?」
「今夜は舞台でなくベッドの上で……貴方だけのために踊りたいんです」
「……Really?(本当に?)」
「Exactly(その通りでございます)」
シーナは優しく微笑みながら言っていた。
この時、俺の理性のタガは外れてしまった。許してくれ、男はな、一皮むけば狼になってしまうんだ……!
俺は辛抱たまらずに、シーナをベッドに押し倒した。
そして欲望の赴くままに彼女とメイク・ラブ。
「ひゃんっ!ステッドさん……!そんな、大胆です……」
「FOOOOOOOOOOOOOOO!YA!YA!Your luck ran out when you let your guard down!I am the lord of the night!And you are a sad lamb that I will suck dry……!」
――そうしてベッドの軋む音とともに夜は過ぎ、鳥のさえずりの中で朝を迎えた。
え?どうだったかって?
最高だったぜ……筆舌に尽くしがたい極上の夜だった……
まだ眠っているシーナを置いて宿屋を出ると、街は朝焼けに染まって山吹色の光に溢れている。俺は昨晩の余韻に浸りながら、爽やかな心持ちで朝陽を浴びていた。
不意に背後から足音を聞いた。アレクスとハンナだった。
「よう、おはようさん!二人とも!」
「なんや、朝っぱらから上機嫌やな、ステッド」
「てか昨夜、アンタの部屋が妙に騒がしかったんだけど、いったい何してたのよ?」
ハンナの問いにはロクに答えず、俺の心はいまだ宙に浮かんだように取り留めなかった。ただひたすらに黙って、朝の空を見上げている。その伸ばしたために、よく見えるようになった俺の首筋を見て、二人は何か言いたげな顔をした。
俺は気付いていなかったのだ。
昨夜の情事でキスマークが付けられていたことに!
コホンと咳ばらいをしながら、
「せやステッド、言いたいことがあるわ。忘れん内に言っておくな」
「そうね、言ってやりましょう」
「え?なになに?」
アレクスとハンナはジト目で、口を揃えて、
「「ゆうべはおたのしみでしたね」」
「……っ!グフフフフフフフフフ……!」
この時俺は、なんとも気持ちの悪い顔をしていたことだろう。




