覚醒
「ク、クモラ……」
クリーム色の長い髪を風に靡かせ、もはや不釣り合いとなった子供用の服を身に纏ったクモラを、俺は呆然と見上げている。
目の前で何故このようなことが起きているのか、俺には分からなかった。七大罪の化身を三体復活させたことで、魔王の力が戻り始めているからだろうか?
いや、理由なんてどうでもいい。クモラは決死の覚悟で俺を庇おうとしている。
それを俺は黙って見ているだけなのか?冗談じゃない!
俺はよろよろと立ち上がってクモラの隣に立つ。
彼女の勇気に当てられて、不思議と恐怖心はなくなっていた。
「ステステ……?」
「すまねえクモラ、俺は守護者失格だな……守るつもりが守られてばっかりなんだからな」
巨竜に向かいながら言葉を続ける。
「やっぱり俺はダメな奴なんだ。弱くて、ウジウジしていて、とてもお前の守護者なんてやっていけそうもない……」
「そ、そんなこと……!」
「だからもうお前を守るなんて言わない。クモラ!俺と……俺と一緒に戦ってくれ!俺にはお前が必要だ!」
決意の眼差しで、彼女に手を差し出した。
クモラはにこやかに笑いながら俺の手を取る。
「うん!一緒に頑張ろう!ステステ!」
「ああ!いくぜえ、太極だ!」
再び、俺たちの姿がひとつに結び付く。
ベースはいつもの尾を生やした漆黒の影だ、しかし真っ白い鎧を身に纏っている。更に背中に黒い翼を広げていた。
俺たちの太極がさらなる次元へと昇華したのか、今までとは異なる出で立ちに変わっていた。
【いくぞ!暴君竜!】
翼をはためかせ、軽やかに大空に舞い上がる。
巨竜も翼を広げると俺たちを追って勢いよく飛び立った。
そして俺たちから離れたところでは、パンタグリュエルに乗ったハンナとアレクスが空を駆けていた。
「急ぐでー!ステッドたちを救うんや!」
「けどパンタグリュエルじゃ、絶対に暴君竜の追跡は振り切れないわよ!アンタ、なんか算段があるんでしょうね?」
「う、それは……こう光魔法で目眩ましとかして、上手いこと巻けへんか?」
「だー!最後まで人任せかー!」
だが、二人は眼前に飛び込んで来た景色に驚愕する。
ステッドとクモラが普段より強力な太極をして、暴君竜と互角以上に渡り合っているのだ。
太極した二人は空中を高速で駆け巡り、巨竜に猛烈な打撃を打ち込んでいた。
「ええ!?な、なにがどうなってるの!?」
「い、いきさつは分からんが、とにかくステッドたちの太極がレベルアップしとるみたいやな……!」
言っている内に、巨竜が轟音を立てて地に叩き落された。
俺たちは真下に向かって両腕を伸ばし、莫大なまでの闇の波動を収束する。そして一気に解き放った。
闇魔法:”闇椿”――!
流星群のような、猛烈な威力の闇の波動が地上に降り注ぐ。
「こ、これは……!間違いない、ワイら勇者パーティを半壊させた魔王の必殺魔法や!」
「と、とんでもない威力ね!」
余りの猛烈さに、顔をしかめながら言っている。
土埃が晴れる頃、いまだピンピンしている暴君竜の姿が目に映った。
(やっぱり、闇属性の攻撃じゃ仕留めきれないか……なら反属性で攻撃するまでだ!)
俺たちは天に向かって両腕を掲げる。
闇の波動が迸るも、それが続々と白い光へと変わっていく!
(俺たちは今太極した姿なんだ……!闇が有れば光が有る、それが世界の真実!闇の向こうから光の力を呼び起こす……!)
闇魔法:”夜明け前”――!
俺たちの両手からは、太陽と見紛うほどの眩い光が迸っていた。
「な、なにアレ……?もしかして光属性の力じゃない!?魔王ってあんな力使えたっけ!?」
「分からん……けど、闇属性の力が光属性に変換されているように見えるな」
二人が見守る中、俺たちはその光の奔流を真下に向かって一斉に放出する。さきほどの”闇椿”と同じ要領で、今度は全力の光の波動を解き放っていた。
波動が命中した暴君竜は、明らかに苦し気な鳴き声を上げた。
「おおーー!いけ!いったれーー!ステッド、クモラーー!」
「私が許可するわ!やっちゃえーー!アンタたちーー!」
二人の声援を受けながら、俺たちはありったけの力を込める。
(クモラ!全力でいくぞ!)
(うん!準備オッケー!)
((いっけーー!!))
降り注ぐ光の波動は、辺り一面を眩しく照らし尽くし、何者も何物をも見ることは叶わなかった。アレクスとハンナは余りの眩しさに、パンタグリュエルの背で目を覆っていた。
攻撃が終わり、次第に視界が明瞭になってくる。
――眼下で暴君竜はついに力尽きて、地に倒れ伏していた。
俺たちは地に降り立つと、おそるおそる様子を窺う。
そしてたしかに暴君竜が息絶えたこと、決着が付いたことを確認するといよいよ脱力して太極が解けるに至った。
俺たちは巨竜のすぐそばで、仰向けに地べたに横たわっている。
「ハァ、ハァ……!つ、疲れたーー!」
「きゅ~」
「も、もう一歩も動けねえ……」
疲労困憊といった面持ちで、荒い息のままに空を見上げている。
「でも、勝ったねー!」
「……ああ、俺たちの勝ちだぁー!」
寝転がったまま、ただ口だけを動かして叫んでいた。もはや体をロクに動かせないほどに疲れ切っていた。けれどもこのどうしようもない疲労感が、なぜだか今は心地良かった。
「えへへへへ!」
「ワハハハハ!」
仰向けのままで、顔だけ見つめ合って笑い合っていた。
ひとしきり笑った後で、今度は巨竜の亡骸の方へと顔を向ける。
(暴君竜……思えばお前も不憫な奴だったよな。知らない土地に連れて来られて、年がら年中戦いを挑まれる羽目になって、終いにはこうして討伐されちまった。けれどもお前は罪のない人々を殺し過ぎた。すまねえが、どうかお相子ってことにしてくれよな……)
もはや動くことのない竜の屍を見つめて、どことなく憐憫の情に絆されていた。
それを邪魔するように、ザッザッと土を踏みしめて近づいて来る足音を聞く。初めはアレクスたちかと思ったが、それにしては重い足音だった。なんとか上体を起こして見れば、近づいて来ていたのはなんと吹き飛ばされたはずのダニヤンであった。
(ダ、ダニヤン……!?なんて身体能力だよ、もうここまで戻って来て……)
既に”悪鬼羅刹”は解けており、元の体に戻っていた。鎧は壊されているので半裸に近い出で立ちだった。
(ま、まずい……もうロクに戦う力なんて残ってねーぞ……ちくしょう、やっぱ俺はここまでなのかよ……?)
もはや哀しむ余裕すらなかった。
諦めて眠るように目を閉じかけたが、ダニヤンは俺たちの前まで来ると、勢いよく膝を突いて頭を垂れた。
「見事だ」
まるで王に傅く臣下のように、心から尊敬の念で言っているようだった。パンタグリュエルの背で状況を見ていたアレクスとハンナも、目を丸くして驚いていた。二人が初めて見る、ダニヤンが膝を突いた姿だった。
「な、なんのつもりだよ……?アンタ……?」
「お前たちは、俺が何年かけても倒せずにいたドラゴンを見事討伐してみせた。これは俺よりも強いことの証明に他ならない」
「お、おりゃ別に、お前を倒したわけじゃねーぞ……?」
「何を言うか、今の目の前にある光景こそがすべてを物語る。それで十分だ」
跪いたままで、巨竜の亡骸を見渡して言う。
「俺は強さをこそ尊ぶ!お前たち二人の頼みとあらば、俺にできることなら喜んで協力することを誓おう!」
爛々とした目で続ける。
「ひとまず、お前たちを休める場所まで運んでやろうと思うのだが、それ以外に何かしてほしいことはあるか?俺にしてほしいことがあれば気兼ねなく言ってくれ!」
ダニヤンは快活に笑いながら言っている。
俺からしてみれば複雑な気分だった。
勝てたのは二人で力を合わせたからだし、なにより相性の問題だっただろう。ダニヤンは暴君竜に対する有効打を持っていなかった。それは俺たちも同じことだったが、俺たちは覚醒を経て奇跡的に有効打を得るに至ったのだ。だから正直、暴君竜を倒したからと言って、ダニヤンよりも強くなった気はしていなかったのだ。
しかし、もはや言い返す気力もなかった。黙って賛辞を受け入れる。そして此処へ来た目的を、ダニヤンへのお願いという形で伝えた。
「そ、それじゃあダニヤン……ひとつ頼みがある……アーティファクトを破壊して、このパティエンティアの住民を、解放してやってくれ……」
これがパティエンティアの、四つ目のアーティファクトを壊すまでの顛末だった。
――七大罪の化身、”憤怒”が復活を果たした!




