戦士ダニヤンとの対峙
それから俺たち四人は、四の村の跡地を目指して北東方向へと荒野を進み続けた。途中何度か魔物と遭遇したが問題なく撃退できた。俺もずいぶんと戦えるようになったものだ。
次第に、少し丘のように高くなっている場所に差し掛かるが、そこから遠方に尖った岩が無数に聳えているのが見える。あれがシーナの言っていた四の村の辺りだろう。
ところがアレクスとハンナはなにやら緊迫感をはらんだ面持ちで、俺とは別の方角に目をやっている。
「……?どーしたんだよ、ふたりとも?」
「ステッド、おるで」
アレクスが潜めたような息づかいで言う。
彼の視線を追えば、遠くに巨大な黒い岩地が広がっているのが見える。
「……!」
いや、岩地ではなかった!
よく目を凝らせば翼や尾のようなものが見える。それどころか図体のわりに短い手脚、そして長い首の先に付いた頭部までも……
「も、もしかしてあれが……」
「ああ間違いない、暴君竜や。ダニヤンのアホめ、ホンマにこの地に引き込んでおったか」
「気付かれない内にさっさと行きましょ?アイツ、あの図体でとんでもない速度で飛ぶのよ?追って来られたらパンタグリュエルでも逃げ切れないわ」
そ、そうだな……どうやら今は寝ているらしかった。
俺たちは触らぬ神に祟りなしと、急いで行き過ぎようとする。それにしても、あのドラゴンの体には切り傷や抉られたような外傷が目立っているように見受けられた。同じことに気付いた二人が、脚を動かしつつ言葉を交わしている。
「つーか傷だらけやな、アイツ。まあそりゃそうか、年がら年中あのアホ戦士と戦う羽目になっとるわけやし」
「そうね。てか思ったんだけど、あのドラゴンが暴れて村とかに被害出しまくってんのも、あのバカ戦士にあまりにも喧嘩を売られまくるからむしゃくしゃしてやってんじゃないの?」
「そうやな……きっとそれが真相やな。あの戦士、ホンマに要らんことしかせんな」
やはりダニヤンとの戦闘を通してあのように傷だらけになったらしかった。
「しかし勇者パーティ三強の一人と言えども、数年がかりでも仕留めきれないモンなんだな……」
「まあ暴君竜が恐ろしくタフっちゅうのもあるが、いかんせんダニヤンの火力が足りていないのかもな。”守りの粋”という異名があるように、アイツの長所は打たれ強さやからな。火力という点になると、どうしても武闘家や魔法使いには劣る」
「お互い打たれ強い同士で、負けはしなくても勝ちもしないままズルズルと続いているんでしょうね」
そんな会話を繰り広げたまま、やがて丘からは通り過ぎた。
更に歩いて、尖った岩に囲まれたオアシスの近くにまでやって来る。
水場の周りにはちょっとした植物も繁茂している。暴君竜からもっとも近い水場がこのオアシスなので、ひょっとしたら現在ダニヤンは此処を拠点にしているかもしれないと思った。どれだけタフな戦士でも、ずっと水を飲まないでやっていくことはできないはずだからな。
しかし結論から言えば、捜索するまでもなかった。
遠くから煙が立ち昇っているのが見える。目立たないように茂みに隠れながら近づいていくと、オアシスの畔で魔物の肉を焼いて、豪快に食している大男の姿が視界に入った。
「も、もしかして、アイツが……」
「ああ、戦士ダニヤンや。変わっとらんなアイツ……」
「振る舞いはともかく、外見はだいぶワイルド味が増してるわね……」
無精ひげを伸ばし、長く伸びた焦げ茶の髪を後ろに束ねている。紅を基調とした鎧を着て、傍らには人間が持てるサイズなのかと疑いたくなるほどの大戦槍が立てかけられていた。くちゃくちゃと音を立てて、肉を貪り続けている。
俺たちは出方を窺ってしばらく固まっていたが、やがてダニヤンの方から「むっ……?」という声とともに急いで肉を飲み込むと、さっと立ち上がって俺たちの方に向かって来た。
「……何者だ?気配からして魔物ではないな?」
武骨な声で言う。さすがは歴戦の戦士といったところか、周囲の気配に敏感だ。
俺たち四人は観念して姿を現す。アレクスとハンナの姿を認めた時、さしものダニヤンも意外そうな顔をした。
「むぅ?誰かと思えばハンナとアレクスではないか。久しいな。しかしお前たち、自分の領地はどうしたのだ?」
「ひ、久しぶりね、ダニヤン……」
「い、いやー、実はこれにはふかーいワケがあってな……」
今にアレクスが事情の説明を行おうとした時である。
説明を待たずして、ダニヤンがなにやら楽しそうに叫び始めた。
「……!そ、そうか、分かったぞ!バトルロイヤルだな!?勝った方が負けた方の領地を獲得できるとか、きっとそんな催しが始まったのだな!それで俺の領地目当てに、二人がかりで挑もうということか!」
「ちゃうわ!楽しそうにすなや!まずは話を聞け!」
「簡潔に言うわ!魔王モラクレスは生きていた!魂までは消えていなかったのよ!それでそこのクモラという少女に憑りついていて、そこのステッドという男が彼女の代わりに戦う使命を背負っている!」
まだ説明も途中というところで、ダニヤンは「魔王……!?」と表情を固めた。
ここから常人であれば、きっと恐怖に引きつったような表情をすることだろう。しかし此処に至るまでにずいぶんと戦士ダニヤンの人となりは聞いている。正直、この後どんな表情が来るかは予想ができていたが、想像以上だった。
――ダニヤンは口角を高く吊り上げ、両の眼を爛々と輝かせて嬉しそうに笑っていた。
「ほう……!ほう……!ほう……!」
その笑顔は攻撃的な無邪気さを湛えていて、ありていに言って不気味な顔だった。
「うわー……めっちゃ喜んどるな……」
「私あの顔知ってるわ……子供が新しいおもちゃを買ってもらった時の顔よ、アレ」
ドン引きしながら返す二人。シューザが、魔王が生きていることを知ったらダニヤンやハインリヒは喜ぶだろうと言っていたが実際その通りであった。
やがてダニヤンは豪快に笑い始めた。
「ガハハハハハハッ!面白い!面白いぞ!たしかにその少女からは懐かしくもおぞましい気配を感じる!嬉しいぞ、ふたたび魔王と戦える日が来ようとはっ!」
傍らの大槍を持ち上げて構える。
俺とクモラも戦闘開始の気配を感じてファイティングポーズを取った。
「魔王モラクレスよ!ふたたび世界征服を目指しているのか知れんが、この戦士ダニヤンがその悪しき野望を打ち砕いてくれよう!」
「ち、ちげえ!勘違いするんじゃねえ!俺たちは勇者パーティのせいでおかしくなっちまった世界を立て直す為に旅をしてるんだよ!」
誤解されたまま戦うのも癪なので、聞く耳を持たせるべく声を振り絞った。
「なんだと……?」
「このパティエンティアの様子も見てきたぜ!魔物がほったらかしで、誰も彼も危険と隣り合わせの日常を送っている!それどころか自分が戦いたいが為に、あんなやべえドラゴンまで連れて来やがって!お前、仮にも此処の領主だろ!?少しは領民の生活を考えやがれ!」
「領民の生活だと?知らんわ!」
言い切った。いっそすがすがしいくらいに、迷いなく言い切った。
「弱い者は淘汰されて当然だ。俺は魔王が滅んで世界が平和になっても、弱者が努力も無しに生きていける世界になることは望んでいない。生きることとはすなわち戦うことだ!なれば彼らがすべきことは俺に不平や怒りをぶつけることではない!戦って戦って戦って戦って戦って戦って……そうして精進し力を付けていくことであろうが!」
「ア、アンタの言っていることにも一理有る!けど誰もがアンタのように強くはなれねえ!それでも命の尊さに差はねえはずだろ!だったら人に救いの手を差し伸べることを少しは考えて……」
「御託はいい!俺はさっさと戦いたくてうずうずしているのだ!あのドラゴンとの死闘も楽しいものだったが、さすがに何年も同じ相手と戦い続けていると次第に飽いてくるというものだ。俺は今、新鮮な刺激を求めている……!」
そして笑みを浮かべながら大槍を担ぎ上げ、ダニヤンは近づいて来る。
「魔王の力を持っているのだろう?さあ闘ろう!すぐ闘ろう!今闘ろう!この俺を追い詰めてみろ、ステッド……!」
クソ!分かっちゃいたが、やはり理屈は通じないらしい。
この強靭なる戦士を力で打ち負かさなければ、言うことを聞かせることはできないだろう。
俺は緊褌一番と気合を入れると、クモラ方を向く。
「クモラ、準備は出来てるか?」
「うん!バッチリだよー!」
「よぉし、いくぜえ!太極だ……!」




